特別講義室A
2週間後、私とモモタナは特別講義室Aにいた。
「それではモモタナ様から発表願います」
先生がそう言うと、モモタナ様は姿勢よく立ち上がった。
「土、作物の育成状況を鑑み、この地での農業を放棄します。その代替として、ここに大規模な紡績工場を建設、産業都市としての発展を期待します」
モモタナの物言いは堂々としたものだった。
王族の威厳がなせる業なのかもしれない。
「紡績ですか。それを選んだ理由は?」
「この領地は母国エーコットにほど近く、ここで作られた糸を輸送するコストが安く済むためです。エーコットは小国であり資源も乏しい。ですがその代わりに技術が発展しています。特に織物は被服といった日用品に止まらず、芸術品としても価値が認められています」
確かにエーコットの織物芸術と言えばかなり値が張る。
貴族の中には「テキスタイル」という名称で愛好している者もいるとか。
「わざわざ貿易で糸を手に入れなくとも、自国で生産するわけにはいかないのですか?」
「エーコットはここより北東にあり、ほとんどが寒冷地です。綿花を育てられるのは南側のごく一部の地域。需要に照らし合わせても、圧倒的に量が足りないのです」
「なるほど。ですがエーコットが交易を結ぶという保証は? 作っても売れなければお金になりませんよ」
「保証? そんなの、私の権限で十分ですわ」
モモタナは自信たっぷりの笑みを浮かべて言い切った。
「なるほど、よろしい。少々強引な手ではありますが、貴女だからこそ導き出せる結論です」
「恐れ入ります」
モモタナはふわりとスカートを持ち上げて礼をし、着席した。
「隣国の王女であるあなたが我が国の王妃となることの意義を示したと言える発表でした。報告書にはそう申し添えておきましょう」
その言葉にドキリとする。
でも私だって国のために考えて結論を出した。
負けてはいられない。
「では次にリシリア様、発表をお願いします」
ごくりと唾を飲みこむ。
私はゆっくりと立ち上がり静かに息を吸う。
「私はこの地でサツマイモを育てることを提案します」
「サツマイモ、ですか」
モモタナの発表に比べればインパクトが薄いことは百も承知だ。
「機械農業専攻の生徒Aに土を検分してもらったところ、非常に痩せており、水はけが良すぎるため作物が育たないとの指摘を受けました。ですがそういった土壌に適した作物も存在します。それがサツマイモです」
「なるほど、続けてください」
「また、執政補佐官専攻の生徒Bの話ですが、我が国は産業の発展と引き換えに、食物自給率は低下の一途を辿っているそうです。今後は食物自給率の向上を目指す施策を取り入れるとの発言もありました。我が国において農業は強化すべき分野だと思っています」
先生は頷いた。
「貴女の言う通り、食物自給率の問題は現在大きな議題の一つです。ですが、サツマイモではいささか収益面が不安ですね。そこはどうクリアするのですか?」
そう。
サツマイモは安い。
他の領地に行けば小麦も稲も手に入るのだから、相対的に価値は下がる。
「こちらをご覧ください」
私は黄金色の板状のものを先生とモモタナに配った。
「これは?」
「干し芋、サツマイモを干したものです」
「加工食品ですか?」
「はい、と言ってもサツマイモを干すだけです。気象状況から見てもこの領地は乾燥する日が多く、干し芋作りにはうってつけです」
「ほう」
先生はじっと干し芋を見つめた。
次の一言が勝負だ。
私は声を張る。
「そしてこれを、軍の携行食として国で買い上げます」
「軍の?」
先生の顔が上がる。
よし、関心をつかめた。
「まず干し芋は保存がききます。さらに糖質が高く、少ない量でも多くのエネルギーが得られます。芋のため腹持ちもよく、遠征時に不足しがちなビタミンミネラルも摂取出来ます」
「なるほど、携行食には最適というわけですか」
「はい。実際に騎士団専攻の生徒C,Dの2名に試食してもらいましたが、良い反応をいただきました。国が年間契約を結び、安定した需要と一定の価格を保証することで、この地のサツマイモ栽培を保護します」
「よろしい」
私は一礼して着席する。
「リシリア様、貴女の作成した資料にはたくさんの友人が出てきますね」
「はい」
「王妃になるにあたり、貴女を手助けしてくれる人脈を得るということは非常に重要なことです。貴女は人に好かれるのでしょう。レポートより貴女のお人柄、拝察いたしました」
そう言われると何だか恥ずかしくなる。
「そして貴女自身が国のことを考え、人に寄り添った施策を打ち出したこと、王妃になるにあたり高く評価いたします。報告書には、王妃として申し分ない精神と知識を持つ者だと記載しましょう」
「ありがとうございます」
私はもう一度頭を下げた。
先生は全ての資料を一束にまとめると、すっと立ち上がった。
「両名とも、1学期の集大成とも言える結果をよく出してくださいました。お二人とも全く異なる結論を出してくれたこと、大変嬉しく思います。国に問題が生じた時、最適解は一つではありません。どうか王妃になられた時、今日の日のことをよく思い出してください」
先生の言葉を胸に刻む。
自分の考えだけが正しいとは限らない。
王妃だからと驕らず、周囲に耳を傾けながら国を導かなければならない。
きっとそう伝えたいのだろう。
「そしてこの先、貴女が望む国のビジョンを明確になさってください」
国のビジョン?
「産業化を進め、交易を盛んにし、一歩抜きん出た国にするというのも一つ。国内の安定を確立し、強靭な国を作るというのも一つ。陛下とともに、この国をどう運営するのか、どうかよくお考え下さい」
先生は教壇を下り、私たちの前で深々と礼をした。
それは生徒にするものではなく、将来の王妃に向かってする、深い敬意を持ったものだった。
私とモモタナは同時に頭を下げた。
沈黙の中どのくらいそうしていただろう。唐突に頭上から先生の声が降る。
「私の授業はこれまでです。どうぞ2学期もお励みください」
それと同時に終業の鐘が鳴り、先生は退室した。