ダンスレッスン
翌朝、私はげんなりした気持ちで目覚めた。
アルバート王子にマントは返せたものの、多分状況は改善されていない。
というか、逃げるように帰ったことで悪化したかもしれない。
学生寮には自分の侍女や使用人は置けないことになっているので私は自分で支度を始める。
といっても制服を着るとか髪を結うとかそんなの前世でもやっていたから何の苦もないけれど。
「ごきげんよう」
一時間目はダンスレッスン。
ダンスホールに向かいながら、私は淑女らしいスマイルで級友と挨拶を交わす。
まぁご機嫌は最悪ですけどね!
ホールに着くと私の気持ちはもっとどんよりした。
男女別に整列するのはわかる。ダンスレッスンなんてある意味体育の授業みたいなものですからね。
でも、なぜ身分順?
背の順とか、名前の順とか、他にもあるじゃないですか!
アルバート王子はもちろん男子の先頭。そして女子の先頭は筆頭公爵家の私だった。
二列縦隊を恨むだなんて、後にも先にもこれが最後でしょうね。はぁ。
「おはようございます、アルバート殿下」
私は一応声を掛けておく。
「おはよう」
うーん、やはり反応はイマイチですね。
ダンスレッスンの先生は、いかにも厳しそうな女官という感じだった。
「あなた方は卒業後すぐに社交界へと羽ばたきます。社交界で大切なのは何と申しましてもダンス!」
そうなの?
「まずは見本をお見せしましょう。ランカ君、前へ」
あ、ランカ先輩だ。
さすが運動部だけあって身体能力が高いのかしら。
「ではこちらへ」
そう言って先生がランカ先輩の手を取ろうとすると、先輩はそれをすっと避けた。
「先生、女性の見本は彼女で」
「えぇ?!」
ランカ先輩は私の手を取ると、ホール中央に躍り出た。
先生は納得できないような顔で自動演奏のオルガンを鳴らす。
「ついてこいよ?」
「は、はい?!」
ランカ先輩の大きな手にぐっと引き寄せられる。
慣れとは恐ろしいもので、私は即座にステップを踏む。
う、上手い。
「名前は?」
「ノックス=リシリアと申します」
「リシリアか。昨日の件は考えてくれたか?」
私たちはステップを踏みながら会話をする。
顔が至近距離な上、オルガンの音が大きい。他の生徒には声は聞こえていないだろう。
「まだ学校生活が始まったばかりで慣れておりません。課外のことを考える余裕はまだ――」
「余裕がないようには見えんぞ。見ろ、制服の着方も、美しく整えられた髪も、お前ほど完璧な者が他にいるか?」
確かに気になってはいました。
どのご令嬢も、入学式の時はとてもきれいでいらしゃったのに、今日は何というか、すこしボロッとしてらっしゃいます。
おそらく着付けや髪の手入れなど、不慣れなのでしょう。
「たいしたことではございませんわ」
「それに俺のダンスについてきている。この速度にブレずに合わせられるとなると、相応の体幹があるのだろう」
「ランカ先輩がそう思うのなら、そうなのかもしれませんね」
否定はしません。
スタイルアップのために体幹トレーニングは欠かしたことありませんから。
「それに足腰もしっかりしている」
「陸上部の先輩にそう言っていただけるとは光栄ですわ」
階段ダッシュの成果ですかね。
「やはり欲しいな」
「っ!」
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。近くで見つめられると吸い込まれてしまいそう。
「ん? リシリアはそんな顔もするのか」
「な、何でございますか」
「余裕がない、隙だらけの顔だ」
「お見苦しくて申し訳ございません」
「いや、逆だ」
「?」
「可愛い」
「かっ?!」
筋肉質で大柄な身体からは想像できないような優しい笑み。
あぁもう、私は悪役令嬢なのに。可愛くてどうするんですか。
「なんだ、見本とはその程度のものか」
自動演奏の切れ目で、ホールに低い声が響く。
「来い、リシリア」
アルバート王子はまるで攫うかのように私の腰に手を回した。
「で、殿下っ」
「ふん。王族のダンスに敵うものか」
再び自動演奏が流れ始める。
あぁ、無意識にステップを踏んでしまう足が憎たらしい。
夜分遅くにすみません。