モモタナ様との和解
「モモタナ様、お待たせしてしまいましたか?」
何だかそわそわしてしまって早めに着いたのだけど、モモタナ様は先に着いていた。
メインのビーチからは少し外れたところ。
浸食されて出来た岩のアーチをくぐった先に小さな入り江があった。
急ごしらえだがパラソルとテーブルセットが用意されている。
アフタヌーンティーとまではいかないが、トロピカルフルーツがグラスの縁にたくさん刺さった豪華なジュースが用意されていた。
「いいえ、大丈夫よ。座りなさい」
「失礼いたします」
私は礼をして椅子に掛ける。
モモタナ様が軽く目で合図をすると、モモタナ様付の侍女は岩のアーチの所へ下がった。
ギリギリ会話が聞こえず、安全を見守れる位置のようだ。
「あの、今日はどのようなご用件で」
「悪かったわ」
「え?」
モモタナ様はエメラルドグリーンの海を見つめながら言った。
「貴女、私の心配をして泣いたそうね。でも誤解しないで、私は殿下と結婚する気などこれっぽちもないわ」
「あの……その件は殿下より伺いました」
モモタナ様はアルバートのためではなく、ご自身のために努力をされていると。
「ででで、殿下に、聞いたの!? 口止めしたのにっ」
口止め?
なぜか焦っていらっしゃる。
「すみません、いけなかったでしょうか」
バンッ!
モモタナ様は勢いよくテーブルに手をついた。
オレンジ色のジュースが揺れる。
「痛っ」
「だ、大丈夫ですか?」
あぁ、細い手首が心配です。
「そ、そうよ! 私はリシリアが好きよ! 大好きよ!」
「!?」
んん!?
突然なんですか!?
「貴女に憧れて、こんな風になりたいって、対等に見てもらえるように力をつけたいって! なのにその努力が、貴女を泣かせていては意味がないじゃないの!」
モモタナ様は頬を紅潮させ、目は興奮で潤んでいた。
「あ、あの。ご自身のためとお伺いしましたが」
「そうよ! 力をつけてエーコットに帰って、責任のある仕事をして。いつか王妃になったリシリアと、王族同士外交が出来る立場になりたいって思ったのよ! でも今帰ったんじゃだめ。キレイなだけのお飾りの王女に逆戻り」
「そんなことは――」
「あるでしょう? お父様とお兄様にいいように使われて、ここに送り込まれたのが良い例よ。このままじゃ王女としての肩書しかない。王女と言う名を駒に使われて終わりだわ」
小さな手をふるふると震わせながら言った。
その小さな肩には王族にしかわからない重いものが乗っかっているのだろう。
「でも私は誰かの思い通りになんてならない。自分で考えて、自分で決めて、虚勢なんか張らなくても、立派に見える王女になりたい」
「そのお考え自体が立派だと思います」
「っ! あ、ありがとう」
しゅうっと風船が萎むように、モモタナ様の興奮は小さくなった。
そして力が抜けたように椅子にもたれた。
「これからもよろしくお願いいたしますね」
「え、えぇ」
「モモタナ様のお気持ちが聞けてよかったです。私、嫌われていたと思っていたので」
「嫌われ!? 殿下に話を聞いたのよね!?」
えぇっと……。
「お伺いはしましたが。モモタナ様は妃の座には興味はなく、ご自身の向上のために学ばれているということくらいで」
「な、な、な、な!」
小さな手はまたわなわなと震え出した。
「差し上げたブローチもお気に召さなかったのかと悩んでおりました」
「あ、あれは! リシリアからの贈り物が素敵すぎて、大切に保管してあるのよ!」
「そうだったのですね。よかった」
私が微笑みかけるとモモタナ様は茹でダコのように赤くなった。
「リシリアには迷惑をかけるし、私が王妃教育を受け続けることで他人の目も気になるでしょうけど。でもまだ帰りたくないの」
「はい。私もこれから是非仲良くしていただきたいので、帰らないでくださると嬉しいです」
「う、嬉しいっ!?」
「はい」
私はモモタナ様の白い手を握った。
その瞬間、グレーの髪がふわりと揺れて、モモタナ様がくらっと背もたれに倒れ込んだ。
「モ、モモタナ様!?」
「わ、私。親しい人にはモモと呼ばれているの」
「ではモモ様とお呼びしても?」
「け、結構よ」
私はくすりと笑った。
素直に「愛称で呼べ」と言えばいいものを。ほんの少し遠回りな言い方をして。
でも素直じゃないのはお互いさまか。
好きな人に素直になれず、遠ざけるようなことばかりしていた少し昔の自分を思い出した。