一夜明けて
その夜は泥のように眠った。
目が覚めるとカーテンの向こうはすっかり明るくて、影を落とす角度から陽が高いことがわかった。
ころんと首の向きを変えると、アルバートはすぅすぅと寝息を立てていた。
下ろされた髪が無造作にハネていて、なんだか可愛い。
私がアルバートの髪に手を伸ばすとその目がパチリと開いた。
「寝込みを襲うとは、我が妃は大胆だな」
「ち、ちがっ」
「おはようリシリア」
「お、おはようございます」
私は思わずシーツで顔を隠す。
「あと1年半もすれば、寝所も毎日一緒だな」
「……」
「私も自制する必要がなくなるな?」
疑問形にしないでください。返答に困ります。
「無体を働くなとシーラにきつく言われていたが、我慢するのはなかなか大変だったぞ」
アルバートは愛おしそうな声で言うと、シーツごしに私を抱きしめた。
「シ、シーラに! 朝の挨拶をしてまいります!」
「そう急がなくてもいいだろう」
「食事の用意もさせますから、アルバートはゆっくり準備してらしてください」
「はぁ。わかった」
おわかりいただけて光栄です!
私はもぞもぞとベッドから下りる。
するとアルバートもゆっくりと身を起こした。
「アルバート? 何をしているのですか?」
アルバートは私の背後に立つと、ぴったりくっついてきた。
私が一歩歩くと同じだけ歩き、二歩歩くとやっぱり同じだけ歩いた。
「ひとつ確認したいことがあってな」
「?」
私がドアノブに右手を掛けると、アルバートはその上に手を重ねた。
「何です」
アルバートと扉の間に挟まれて身動きが取れない。
途端に心臓がうるさく鳴り始める。
「キスの禁止令はもう解いてもらえたのかと思ってな」
「えっと……それは……」
「リシリアから求めてきたのだから、もう構わないな?」
アルバートの唇が肩に落ちる。
甘い刺激が駆け巡る。
「人が見ていないところであれば」
「わかった」
アルバートが私の頬に軽くキスをする。
「もう、扉を開けますよ。離れてください」
「あぁわかった。またあとで」
「はい」
私が自分の部屋に戻ると、シーラはにっこりと出迎えてくれた。
「おはようございます、リシリア様。ゆうべはよくお休みになられましたか?」
どの口が言うのですが。
アルバートと二人きりで寝所に閉じ込めたくせに。
この侍女が全てを企てたのだと思うと、ここに立っているのが途端に恥ずかしくなります。
「シーラ……」
「はい」
「ゆっくり眠れました」
「それはようございました」
私のヘタレ。
苦情の一つでも言ってやりたいのですが、そうしてしまうとアルバートとの夜を認めてしまうようで出来ません。
もう顔から火が出そうです。
「着替えと、食事の仕度を」
「かしこまりました」
「食事は、殿下の分も一緒にご用意するように……」
あぁ、何を言わせるのですか。
妻っぽいことを言ってしまった自分、穴があったら入りたいです。
「承知いたしました、奥様」
「奥様!?」
「あらやだ私としたことが。気が急いてしまいましたわ」
ふふ、と笑うシーラはどこか楽しそうだった。
「あ、それから。今朝早くにモモタナ様の使いの者が参りまして」
「モモタナ様の?」
「はい。リシリア様との席を設けてほしいとの仰せでしたので、アフタヌーンティーの時間に設定させていただきました」
「わかりました」
モモタナ様から誘ってくるなんて、雨でも降るんじゃないでしょうか。