お泊り会
寝所として通された部屋はそれほど大きくなく、一言で言えば「落ち着く」広さだった。
大きなベッドが置かれ、脇にはローテーブルとソファー。
ローテーブルには焼き菓子やカットフルーツが置かれ、氷の入った銀のワインクーラーには赤と白、それぞれのボトルがささっていた。
「ア、アルバート。ここは私の寝所と聞いたのですが」
「私たちの寝所だ」
シーラ!
あなたは一体誰の味方なのですか!
こんなの聞いていませんよ!
「えぇっと、これはどういう……」
「遅くなったがお泊り会を始めようか」
ソファーに座っているアルバートは嬉しそうに手招きをした。
「お、お泊り会!?」
「そういう趣旨だとシーラに聞いていたが?」
アルバートはにやりと笑うとソファーから立ち上がった。
私は思わず後ずさりをするが、背後にある鍵のかかった扉にぶつかるだけだった。
「あ……あぁ……」
「ほら、早く来い」
私はひょいと抱き上げられるとソファーに運ばれた。
二人掛けのソファーに、肩と肩が触れ合う距離に座る。
まずい、ドキドキする。アルバートから石鹸の匂いがする。
「昼にナナとラッタが言っていたな」
「な、何でしたっけ」
「お泊り会とは菓子を食べるのだそうだ」
「お菓子! そ、そうですね、食べましょうか!」
「ほら」
アルバートはメレンゲを焼いたお菓子を一つつまみ、私の唇にかすかに触れさせた。
甘い匂いがする。
「食べて良いぞ」
覗き込むような目に、私は口を開ける。
メレンゲ菓子は口に放り込まれ、口の中でじゅわっと溶けた。
「美味しい、です」
「どれ、私も」
アルバートは頭を傾けて唇を寄せる。
「き! キスは禁止ですよ!」
「まだそんなことを言っているのか」
それほど広くない部屋に二人きり。
しかも視界には大きなベッドが否応なく目に入る。
これはまずいです。心臓がバクバク鳴っています。
「た、たくさんあるではないですか」
私はお皿を指さす。
「ならば次はリシリアが食べさせてくれ」
「!?」
アルバートは足を組んで余裕の笑みを浮かべていた。
私は仕方なく同じメレンゲ菓子を指でつまむ。
「ど、どうぞ」
私は恥ずかしさのあまり、目を背けながら菓子を差し出した。
ぺろっ。
指先に生暖かい柔らかい感触。
「ひゃあ!」
「甘いな」
た、食べられた! 指ごと!
「も、もう休みましょう」
「何を言っている。お泊り会とは夜更かしするものだぞ?」
あぁ、確かにナナがそう言ってましたね。
シーラが寝坊してもいいと言ったのはこういうことですか。
そんなことをぐるぐる頭で考えていると、アルバートの手が伸びてきた。
ぎゅっと抱きしめられる。
「何だ、心臓の音が速いぞ」
「だ、だって。こんなことになるなんて」
「思ってなかったか?」
「思ってません。それにアルバートは今夜、モモタナ様と一緒にいらしたではありませんか」
私がそう言うと、アルバートは私の目をじっと見た。
「そのことだが、モモタナ殿は妃になるつもりなど欠片もないそうだぞ」
「えぇっ!?」
「王妃教育を受けているのは自分自身のためだそうだ。国に帰った時に、国民に恥じない王女でありたいと」
「そ、そんなこと突然聞かされても。信じられないというか」
「自国では甘やかされてきたのだとも言っていた。厳しい環境に身を置いて、自分を磨きたいそうだ」
「そうですか……」
アルバートは私を抱く手にぎゅっと力を込めた。
「それに、帰りたくない理由が――。目指す手本が身近にいるそうだ」
「手本、ですか?」
先生のことだろうか。
「私の知らんところで勝手にモテるんじゃない」
んん?
「身に覚えがありませんが」
「リシリアは悪い女だな」
アルバートは私の胸元にキスをした。
「んっ」
「唇でなければいいのだろう?」
触れられたところが熱い。
「ダメ、です」
「そう恥じらわれると、逆にそそるぞ?」
「そんなつもりは!」
「まぁ夜は長い。お楽しみは後にとっておこう」
「い、意地悪な顔ですね……」
私はふいっと顔を背けた。
「リシリア、ここからがお泊り会の醍醐味だぞ」
「何です」
「好きな人の話をするんだろう?」
何を言い出すのですか!
私の心臓を潰す気ですか!
「リシリア、お前の好いている男の名前は?」
!!
あぁ、何なのでしょう。
この王子、こんなにSっ気ありましたっけ!?
「ほら、言え」
「ア、アルバート」
私は足をもじもじさせながら言った。
「ふむ。その男のどこが好きなのだ?」
「なっ」
アルバートの方を振り返る。
その目の奥には妖しい光が灯っていて、逃げられそうもない。
「絶対死ぬほど努力してるのに、しれっとした顔して完璧なところとか」
「とか?」
ドクドク心臓が鳴って、口から飛び出してしまいそう。
「私のことをいつも見ていてくれて、私の気付かないところでフォローしてくれるところとか」
「とか?」
恥ずかしい。顔が熱い。
顔だけじゃない、身体中に熱い血液が巡ってのぼせているみたい。
「強引だけど、私の嫌がることは絶対にしない紳士的なところとか」
「そう言われると困るな」
「え?」
「私は今、リシリアに口付けたくて仕方がない」
「っ!」
アルバートはすっと立ち上がると、壁際まで歩いて行った。
「アルバート?」
「リシリアに嫌われてはたまらんからな」
アルバートが壁に手を伸ばす。
パチン。
電気が落ちた。
部屋が真っ暗になる。
「えっ、何ですか!?」
真っ暗な中、足音だけが近づく。
「それは夜光貝だな」
私ははっと胸元見た。
ぼんやりとした青白い光が、暗闇の中で唯一光っていた。
周囲が見えない中、アルバートはこの光だけを頼りに私に近付く。
「で、電気を」
そう言った瞬間、私の肩にぴとっと大きな手が触れた。
「ア、アルバート!」
「この暗がりで、なぜ私だと思う?」
「貴方しかいないでしょう!」
大きな手はするすると私の首筋を撫で、頬に到達する。
「口を開けろ、リシリア」
「な、何を」
「菓子をやろう」
アルバートの指が私の口をこじ開ける。
「やっ」
そう声を出したのも束の間、柔らかな感触が唇を覆う。
ちゅっ。
ちゅく。
湿った音が聞こえる。
「んんっ!」
私は思わず身をよじる。
「甘いか?」
蕩けるようなキスに頭がくらくらする。
「だめって言ったのに」
「さぁ、何の話かな」
「もう、だめです」
甘美なキスに、力が入らなくなる。
「そんなに甘い声を出しておいて」
「い、言わないで」
「きっと顔も蕩けているんだろうな」
「そんなこと――」
「リシリア、おかわりは?」
おかわり?
「あ、あの」
したい。
もう理性なんて溶けて混じってどこにいったかわからなくなった。
「何が欲しい? 菓子か?」
耳元で囁くアルバートの息が熱い。
「アルバートが、欲しい」
「あぁ、承った」
アルバートは低い声でそう言うと、私の唇を何度も求めた。