温泉とスパ
私の部屋は大きな洋館の最上階にあった。
有名貴族の別荘を買い取って改築したものだそうで、重厚感のあるアンティークな佇まいの中にも、機能的でセンスの良い内装が素敵だった。
「湯殿の用意が出来ておりますのでまずはそちらへ」
私はシーラにワンピースを脱がされ、湯殿へ入る。
「うわぁ、すごい」
一面敷き詰められた御影石の黒。
中央には檜で出来た四角い湯舟。
何だか急に和風でものすごく落ち着きますね!
「いかがですか?」
「すごくいいです。木の香りも癒されるわ」
私は湯気と一緒に檜の香りを吸い込んだ。
うん、気分は温泉ですね。
「海が近いせいか、地下から湧く水が少し塩辛いんですよ。でもポカポカに温まると、このあたりでは有名なのだそうです」
それ温泉です!
多分塩化物泉とかそういうやつ!
シーラは私の髪をまとめあげると、先に身体を洗った。
「ふふ、くすぐったいわね。慣れないわ」
「我慢くださいませ。後ほどトリートメントもいたしますからね」
「はぁい」
アルバートとモモタナ様のことで少し落ち込んでいたけれど、シーラの最高級スパを受けているうちに心もほかほかになってくる。
少し熱めの温泉にざぶんとつかると、一日の疲れがじわっと溶けだしていくようだった。
馬車もそれなりに長く乗ったし、お茶会では気苦労もすごかった。
アルバートとは喧嘩してしまうし、何だかやっと落ち着けた気がする。
「あぁ~気持ちい~」
弛緩した声が高い天井に響いた。
「では髪もパックしてまいりますね」
「ふぁい」
私は温泉につかったまま、頭だけシーラの方へ投げ出す。
「溺れないでくださいませね?」
「ん、気を付けます」
潮でべたべたする髪をシーラは丁寧に洗う。
続いてトリートメント、なのだが、これがとっても良い香り!
トロピカルなフルーツ系の香りで、トリートメントまで旅行仕様とは至れり尽くせりです。
私は温泉とスパをたっぷり堪能して部屋に戻った。
「シーラのおかげでつるつるピカピカだわ」
もちもちした吸い付くような肌は、自分でもずっと触っていたくなるほど。
「いつにも増してお美しいですわ」
「ふふ、照れるわね」
「お召し物もよくお似合いです」
「すこし派手ではないかしら?」
「とても魅力的ですわ」
いつもは着ないようなベビードール風のドレスだった。
白のシルクは柔らかく光沢があり、胸元と裾には海を切り取ったようなブルーのレースがあしらわれている。
姫系ですが甘々すぎず私のツボをついたドレスです。たまにはこういう冒険してみるのもアリですね。
「せっかくだから、アンジュにもらったネックレスをつけて眠ろうかしら」
私は夜光貝のネックレスを首に下げる。
波の音に、シェルのネックレス、うん、バカンスって感じ。
私がベッドに向かおうとすると、シーラがにっこりと私の前に立ちふさがった。
「そちらは私のベッドですわ」
「え、そうなの?」
「はい。リシリア様はあちらの寝所へ」
手で示された先には鍵付きの扉があった。
なるほど。ここにはシーラが控えて、私は別に寝室があるのか。
「ありがとう、ではまた明日」
「明日は起こしに参りませんので、たっぷりお寝坊なさいませね」
「? いいの?」
「はい。どうぞごゆっくり」
いつもは決まった時間に起こされるのに、旅行って素晴らしいですね!
控えめに言って最高です。
思いっきり寝坊してやりましょう。
頭を下げるシーラに背を向けて、寝室へ入る。
「え?」
予想もしなかった光景に思わず振り返る。
しかしいつの間にか背後にいたシーラは、とても良い笑顔をして扉を閉めた。
カチャリ。
錠の落ちる音がする。
しまった、ハメられた。
「リシリア、今夜は一段と可愛いな」
「な、なんで!?」