1日目の夜
「リシリア様ぁ~見てください!」
夕食は浜辺でBBQをした。
庶民棟の皆はわいわい立って食べていた。
それに対して貴族出身者は困惑するばかり。
でもそれも次第に慣れて、日が落ちる頃には誰もがお祭り気分を楽しんでいた。
「夜の海って少し怖いわね。飲みこまれそう」
「それは海ですか? 気持ちじゃなくて?」
アンジュは的確なことを言う。
アルバートは夕食もそこそこに、モモタナ様を連れてどこかへ行ってしまった。
真っ暗な海を見ていると、ドロドロの感情に飲みこまれそうになる。
私が黙っていると、アンジュは小さなネックレスを首にかけてくれた。
「夜光貝です。お昼に見つけたのでネックレスにしてみました」
「不思議、光ってる」
夜光貝は淡いブルーの光を放っていた。
滲むような、じんわりとした光だった。
「差し上げます。リシリア様の元気が出ますように」
「ありがとう」
「嫌なら止めればよかったんですよ」
「いいえ。私が言い出したことなの」
「リシリア様が?」
「モモタナ様はアルバートのために毎日頑張ってらっしゃるのに、見向きもされないだなんて報われないでしょう」
「はぁ?」
アンジュは口をへの字に曲げた。
「ア、アンジュ!?」
「リシリア様、余計なお世話ですそれ」
「で、でも」
「その上壮大な勘違いをしていらっしゃる」
「勘違い?」
「まぁモモタナ様も悪いですけどね」
アンジュは呆れたような声で言った。
「私、何かおかしなことをした?」
「みんなバカですね」
「!?」
バカ!?
すごいパワーワードではないですか。
「勘違いされるようなことをしたモモタナ様も、殿下を送り出すリシリア様も、リシリア様の言うことを聞いて行っちゃう殿下も、みーんなバカですよ」
ふ、不敬ですよ。
私はともかく、王太子殿下と隣国の王女にバカなどと。
「ま、いいですけどね! そのおかげで私、リシリア様ひとり占めですからっ」
アンジュは私の腕に絡みついてきた。
バカという言葉が衝撃的過ぎて思考停止中なのですが。
「リシリア!」
「あっ、ノアくんの声」
ノアは砂に足をとられながら、歩きにくそうにしていた。
「こんばんは、ノア」
「あのさ、さっき向こうで殿下を見たんだけど」
モモタナ様と一緒だったところを見たんだろう。
夜風は随分涼しいのに、額に汗を浮かべて私を探し回ったのかもしれない。
「モモタナ様もいらした?」
「いたよ。リシリアはそれでいいの?」
「私はアルバートを信じてるから」
ノアは何かを言いかけて、それをぐっと飲みこんだ。
そして一言だけ、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「泣かされてない?」
私は微笑む。
「大丈夫よ」
ノアはぎゅっと拳を握った。
「わかった。リシリアが大丈夫なら、それでいい」
「心配してくれてありがとう」
きっと言いたいことは他にもあるんだろう。
でもノアから出てきた言葉は私が考えるよりもずっと大人だった。
「じゃあ行くよ。アンジュさん、邪魔してごめん」
「いえいえ!」
「何か辛いことがあったら言って」
「ノア君。今は私がいるので!」
「そっか、じゃあアンジュさんに任せよう」
「はい! 任されました!」
アンジュは騎士の敬礼をする。
夜はあっという間に更けてゆく。
「リシリア様、そろそろお部屋に」
シーラが迎えにきたのはまだ宴が盛り上がっている最中だった。
「アンジュ、ネックレスをありがとう。今日はもう休むわ」
「私はもう少し遊んできます」
「えぇ、楽しんで」
「リシリア様、おやすみなさい」
「おやすみ」
アンジュは一礼すると、焚火の方へ行ってしまった。
焚火を囲むように人の輪ができ、思い思いに語り合っている。
私は焚火に背を向けると、シーラの案内で部屋に向かった。
ノアが大人になっている!