ケンカ
桟橋の手前でようやくアルバートは止まった。
「アルバート!」
「なぜそんなに怖い顔をしている」
「こ、こんなことをして! モモタナ様のお立場がないではありませんか!」
「好きにすればいいといったのはモモタナ殿だぞ」
そんなわけない。
モモタナ様はアルバートのことが好きで、アルバートのために毎日異国の地で努力なさっている。
本心なわけがない。
「モモタナ様のお気持ちをお考えになったことはおありですか!?」
私がモモタナ様の立場だったら?
好きな人のために血の滲むような努力をしているのに報われない。
その上、目の前で他の女に取られるなんて。
「なぜリシリアが泣く」
想像しただけで胸が張り裂けそうだ。
だってそれは、自分が辿っていたかもしれない道。
アルバートの婚約者として王妃教育を受けるリシリア。
でも最後にはヒロインであるアンジュに何もかも奪われる結末。
「もう少し、モモタナ様にも目を向けられてはいかがですか」
「リシリアがそれを言うか。私はリシリアが好きなのに、他の女のところへ行けと!?」
アルバートの苛立った声にびくりと身体が震える。
私は嗚咽が混じりそうな声を何とか抑えて返事をする。
「私を選ぶのは、モモタナ様のことを知ってからでも遅くはないでしょう」
見向きもされぬまま恋が終わるなんて、辛すぎる。
「お前だけだと誓っただろう!」
アルバートは私の肩を乱暴に掴んだ。
「私だってアルバートをモモタナ様に差し上げるつもりはございません! ですが、これではあまりにも報われないではありませんか!」
「ならば私にどうせよと言うのだ!」
「王妃教育は公平に。それが……ザラ様のご意思だそうです」
そんなことを言う自分が嫌になる。
「公平性を期すためなら、私が他の女を抱きしめてもいいと?」
「っ!」
アルバートは苦しそうに顔を歪めた。
嫌だ。
アルバートがモモタナ様に触れるなんて、絶対に嫌だ。
「そんな顔をするくらいなら、最初から言うな」
そう言ったアルバートは私の身体を強く抱いた。
私は胸の中でしゃくり上げるように泣く。
「アルバートのことは好き。でもそれがモモタナ様を苦しめることになる。どうすればいいのかわかりません」
「公平と言ったな」
「はい」
「だが私の心はリシリアにしか傾かない」
「うっ、ひっく」
「それでリシリアが満足するのなら、話くらいはしてこよう」
アルバートはポンポンと私の背中を叩いた。
「わがままですみません」
「全くだ」
「話、だけですか?」
「当たり前だろう」
アルバートは溜息をついた。
「あっれぇ~! 殿下とリシリア様じゃないですか~?」
「ほんとだ! おーい!」
海の中から声がして咄嗟に身を離す。
涙をさっと拭いて声の主を見た。
「ナナとラッタではありませんか。楽しんでいますか?」
「はい! とっても!」
「寮とは違ってお泊りって感じで、すっごい楽しいです~!」
真っ青な海から顔を出す二人はとても眩しかった。
なのに着いて早々喧嘩して泣いている自分が心底疎ましい。
「お泊りとはどういうことをして楽しむのだ?」
アルバートが二人に声を掛ける。
「お菓子を食べたり!」
「ふむ」
「夜更かししたり!」
「ほぉ」
「でもやっぱり一番盛り上がるのは、好きな人の話ですね!」
「なるほど」
「今日はナナの恋人の話聞いちゃうんだから~」
ナナに恋人!?
「もう、秘密って言ったじゃない!」
「田舎に置いてきた恋人がいるんだそうですよ~」
「そういうラッタこそ、去年の学園祭から良い感じの人いるでしょ?」
「あ、あれは、別に」
「さっきも誘われてたの見たんだから。話があるから夜に会いたいだなんて、告白でもされるんじゃない?」
「ちょ、ちょっとー!」
なんと。
修学旅行あるあるですね。
「ふふ、甘酸っぱいわね」
私がそう言うと、ナナとラッタはにやりと笑った。
「殿下とリシリア様も甘酸っぱい夏をー!」
思わぬ反撃に遭いました。
「あぁ、承知した」
「キャー!! 承知したですってー!!」
「リシリア様、ファイトでーす!」
「えぇ!?」
さっきまで泣いていたというのに、夏の太陽に当てられたのかすっかり身体が熱くなってしまった。