嫉妬
「アルバート王子殿下、光栄です。カンサム公爵家長男、ノアと申します」
「あぁ」
アルバート王子の視線は私から動かない。
「新入生代表挨拶、慎んで拝聴いたしました。大変素晴らしく、これからの勉学への励みにー」
「すまない。今私はリシリアに話し掛けているのだ」
ええっと。
王子の威厳全開で見つめられると私も何も言えなくなるのですが。
「リシリア」
「はい」
「少しご足労願おうか?」
「……はい」
「カンサムと言ったか。悪いがリシリアは私と先約があるのだ。失礼する」
私はノアに軽く会釈をして席を立つ。そして不機嫌そうにホールを出るアルバート王子の後を追った。
「入れ」
「え……でも、ここは」
貴族棟最上階、一番南の部屋。
扉はその部屋だけ重厚な作りだった。そしてドアノブとは言い難い、龍の意匠を凝らした黄金に輝く金具。そして何より恭しく掲げられた王家の紋章。
「私の部屋だ」
「な、なりません」
「構わぬ」
「殿下が構わずとも私が困ります。お嫁に行けません」
学校の寮とはいえ、婚前の男女が密室で過ごすなど言語道断。
「嫁になら私がもらう」
「ご冗談を」
「冗談を言っているように見えるか?」
私はぐいっと引っ張られ、その仰々しい扉に押し付けられた。
「おやめください。ここは学校ですよ」
しかも廊下!
最上階だから来る人は少ないとは言え、まごうことなき公共の場です!
「ではさっきリシリアは何をしていた。あの男は誰だ」
「洗濯室に向かっていたのは本当です。少し考え事をしていて。それで偶然ノアにぶつかったのです」
「呼び捨てか」
「幼馴染なだけですわ」
あぁ、なぜ弁解せねばならないのでしょう。
「私は今とても気分が悪い」
「男の嫉妬は見苦しいですわよ」
「嫉妬、だと?」
しまった。
「間違えました。取り消します」
「いや、嫉妬か。なるほどな」
あぁー!
そこで黒い笑みを浮かべないでください!
「私のどこが良いのです」
「手紙も面白かったが実物はもっと興味深い。これほど私が平常心を保てなくなる相手など他にいない」
「世の中にはもっと殿下を楽しませられる女性がいるかもしれませんわよ」
「例えば?」
「全く価値観の異なる……庶民出身の女性とか!」
アンジュ様とか、アンジュ様とか、アンジュ様とか!!
あぁ、もう声を大にして言いたい!!
「おやおや、何やら騒がしいですね」
茶色の長髪を一つに結んだ男がゆっくりと近付いてくる。丸い眼鏡をくいっと上げ、にっこりと微笑む。
「何かトラブルでも?」
あぁ、この人は担任兼寮長のフランシス先生だ。
一応攻略可能キャラだが、眼鏡キャラはノアでお腹いっぱいと攻略を後回しにしたままこっちの世界に来てしまった。
「いいえ、先生。借りたものを返しに来ただけですわ。アルバート殿下、ありがとうございました」
私はマントをアルバート王子の胸に押し付けた。
少し空間ができ、私は身体をアルバート王子から離す
「では皆様、ご機嫌よう」
私は淑女の礼をする。
そしてそのまま私室へと向かった。