いくみを見つけた!
「ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」
「はいっっ!」
「「「「おぉ〜!!」」」」
クラスメイトから歓声が上がる。ヒーローがヒロインに教室の真ん中で告白する。ヒロインが涙を浮かべて返事をすると、ヒーローはたまらず彼女を抱きしめる。二人の物語のクライマックスだ。
私、本田いくみは自分の役割を今日も全うする。かっこよく告白を決めるヒーローでもなく、かわいらしく泣くヒロインでもない。そう、歓声をあげるクラスメイト。いわゆるモブだ。
名前だって本当は与えられていない。自分が好きな名前を自分で勝手に名乗っている。私はモブのこういう自由なところを気に入っている。
物語もひと段落ついたので自販機で飲み物でも買ってこよう。
「よ!」
「あ、おつかれー」
彼は小林わたる。これも本人が勝手に名乗っている。
彼は物語の冒頭でヒロインに絡むが、ヒーローにコテンパンにされ、終盤報復しにくるタイプのモブだ。自由な私とは違いよっぽど重要な役を任されている。
「いや〜今回もうまくまとまりましたな」
「小林の尽力あってよ」
「そう言ってくれるのいくみちゃんだけだぜ」
ガコンッ
「はい、おつかれさま」
私は小林がよく飲んでいる炭酸飲料を買って彼に手渡す。
「いくみちゃん……!」
そのキュルキュルとした目はなんだ。いらないなら私が飲むぞ。
私の表情から察したのか小林はサッとペットボトルを受け取る。
蓋を開けるカチッという音とともにプシュッと空気が飛び出す。
さすが好きなだけあって開けるのが上手いなと思う。炭酸を飲む前につい出来心でペットボトルを振り、手や服、床や壁なんかもベトベトになったことがある私は、ガコンッと落ちてくる自販機の炭酸飲料を開けるのがちょっと怖い。
小林は腰に手を当てグッグッグッと喉を鳴らしながら炭酸を体内に取り込む。
「いくみちゃん!うまいよ!」
そーですか、感想はぜひ飲料メーカーに伝えておくれ。
「俺さ、単純だから」
「へ?」
「こういうことされると」
小林は下を向き頭を2回乱暴に掻いたかと思えば、目線を真っ直ぐこちらに向けた。
「いくみちゃんのこと」
なんか、こいつ近づいてくるぞ。後退りした私の背中に壁が当たる。小林はなおも近づいてくる。
「え、えと」
私が小林の胸を両手で押したとき、豪快で不快な音が解き放たれた。
「ゲーーーー」
「ぷっはははっ! きったなー」
「がー! クソッ! なんで俺はいっつもいっつも」
「一気みたいなことするからでしょー」
「ちょっとでもかっこいいかなって」
「ばかだな〜ズレてるよ」
「うるせー!」
「ないわーこれはないわー。好きな子にやっちゃダメよ」
「お前に好かれたいなんて思ってませんー」
「はいはいそうですかー。それはよかった」
「え?」
なんでちょっと悲しげな顔するかな。売り言葉に買い言葉でしょ。
「ゴホンッ。あー失礼しました。そうだよな、ゲップはねーわ」
「まぁ、小林って感じでいいけどね」
「お前の中の俺のイメージどんなん!?」
「物語の冒頭でヒロインに絡んでヒーローにコテンパンにされた挙句、終盤報復しにくるイメージ」
「はいはいそうですね、その通りです」
「でもそんな哀れな君を見てる人もいたりして」
「へ?」
小林は救われたような視線を向けてくる。私はその視線を遮るように自販機のボタンを押す。あ、しまった。つい、さっき買った炭酸を押してしまった。
ガコンッ
落ちてきたペットボトルを取り出す。
「俺らはさ、モブじゃん?」
「うん」
「飛び抜けて目立つところもない」
「そうね」
「でも、いくみちゃんの自由気ままさとか、ゲップさえも笑って受け入れちゃう器の大きさとか、こういうふとした優しさとか、俺にとってはたまんないわけ」
小林は空のペットボトルをひょいと持ち上げ、はにかんだ笑顔を見せる。
「モブの中にいても、いくみちゃんだけはすぐ見つけちゃうんだよね」
なんでそんな嬉しそうに笑うかな。
私なんか見つけて楽しいか?
でも、そうだね。そう言われてみると私も小林がいるとすぐ気がつく。
あーまたやってるなー。頑張ってるなー。ばかだなーって。え? まさかこれってそういうこと? 自分には全然関係ないって思ってたんですけど。
「いくみ!!!」
「はいぃぃい!」
急に大きな声を出すな。しかも呼び捨てとか。
驚きすぎてペットボトルが手から離れる。
「ぎゃーーー!」
「なになに」
「落ちた!」
「なんだ、そんなこと」
「そんなことじゃない! こうなっちゃったら開けるの大変なんだから!」
「えー? じゃあもっと振ってみる?」
「ばかー! やめろー!」
小林はペットボトルを拾いジャカジャカと上下に振る。何を考えてるんだ。
「大丈夫だって! ほら」
ブシュッと嫌な音がして泡が飛び出し、小林の手に勢いよく垂れる。
「やっべ」
ちょっと待って小林と言おうとしたが、時すでに遅し。慌てた小林は手を離しペットボトルを落下させる。もう一度掴もうとしたのがさらに事態を悪化させ、掴み損なったペットボトルは、彼の顔に炭酸をお見舞した。
「っざけんなー!!」
「あっはっはっはっ! ミラクルじゃん」
「俺はちょっとかっこつけようと」
「だからあんたズレてんのよ」
「また〜? もーやだよー」
「はいはい」
ハンカチで小林の顔を拭きながら、自然に笑みがこぼれる。
彼はがっくりきているようだ。
でもさ、どうしたってカッコつかないこの感じ?
こういうのがかわいいとか思っちゃう人も世の中にはいるわけよ。
「だめだ、目に沁みていてー」
「水道で洗ってきなよ」
「そうする」
「はーい」
「あ、えと、その」
「なに?」
「今度会ったら覚えとけよー!」
ぴゅーと効果音が鳴りそうな情けない走り去り方に小林の美学を感じる。
いや、やっぱあいつズレてるな。そこは「覚悟しとけよ」とかでこうキュンとさせるもんじゃないのか?と思ったけど、そんなこと言われたら心臓もたないや。
そういうドキドキは物語のヒーローヒロインに任せて、私はのんびりと自由気ままにやらせてもらおう。
自分がキュンキュンするよりも誰かが幸せになってるのを見てる方がよっぽど楽しい。
モブの特権だよな〜。そう思いながら少しだけ残った炭酸を飲み干す。小林は無事だろうか。水道で泣いてるサッカー部のマネージャーとかにちょっかいかけて部長に一喝されたりしてないだろうか。
モブはモブだが、自分とは違いパチパチと弾ける刺激的な日常を送る小林に、微力ながらも遠くからエールを送った。