第四話 『入学式』
入学式はいたって普通に行われていた。国歌の斉唱に始まり、校長の式辞、新入生挨拶、アーク市の知事であるファルスさんの祝電、魔法大臣の祝電と続き、そろそろ飽きっぽいデルタの集中力が切れかかってきた。
隣であくびを始めている。
「続いて生徒会長からの挨拶です」
生徒会長か。そういえばどんな人なのだろう。学校の生徒代表とも言えるそのポジションにはカリスマ性の高い人物が選ばれる。となると魔法科か武術科の成績上位者が妥当なところだが……
果たして、舞台袖から出てきたのは案の定、朱色の制服を身につけた女生徒だった。すらりとした細身の高身長。ショートカットの黒髪とキリッとした顔つきも相まって可愛いというより格好良いという言葉が似合いそうだ。
彼女は両手に木箱のようなものを抱えていた。何かの演出にでも使うのだろうか。そんなことを考えていると、不意に前の方の席からからどよめきが湧いた。
それもそのはず。
カインもすぐにそのの理由を見つけ、思わず声をあげてしまいそうになった。
舞台袖からもう一人、生徒が現れた。
普通科生の灰色の制服。ふわっと広がる金髪。小学生と見まがいそうになる小さな体躯。がぴょこぴょこと演台へ向かって歩いて行く。それはついさっきカインと話したばかりの人物。すなわちマリー・ステラその人であった。
「おい、あれってもしかして」
デルタも気づいて驚きの声を上げる。
先に舞台に出ていた武術科の女生徒は演台の奥に運んできた箱を置くと後ろに下がった。
そして、たった今用意された踏み台をのぼり、マリーが演台の前に立った。
「始めまして、新入生の皆さん。わたしが現生徒会長、普通科三年、マリー・ステラなのです!」
「まじかよ、あの人が生徒会長!? てか三年だったのか!?」
「そんな、そんなことが……、はっ! 何か失礼なことを言ってしまったりしていないだろうか!?」
「デルタうるさい」「うるさいですよ、お兄様」
立ち上がりそうな勢いで驚くデルタと急に慌て出すグリフォスをユニと同時に一喝するも、さすがのカインも驚きを隠せない。
あの見た目でカイン達より二年も年上であり、しかも生徒会長。普通にタメで話してしまった……。
だが、それより驚くべきなのは普通科生が生徒会長を務めているという事実だ。現代の魔法優位の社会だ。その上、ここはダンジョン探索者の育成を最たる目標に掲げる学校。魔力に乏しい人が集まる普通科は、勉強こそ国内トップクラスでも学内での地位は高くない……と思っていたのだが。
「――皆さんご存じの通り、この学院はダンジョン・アークの探索者および研究者の育成機関なのです。ダンジョンはこの国に、私たちの生活に莫大な豊かさを与えてくれる宝物庫。
そこから得られる希少な資源は高値で取引される。皆さんの中にはその富を求めてこの学院にやってきた人もいるかもしれません」
初対面の時の天真爛漫といった様子と異なり、壇上で話すマリーの姿は思ったよりも様になっていた。
「ですが、ダンジョンとは、魔獣とは非常に危険なものなのです。五年前のダンジョン・アークの発生に伴う魔獣の大量発生事件、アークの悪夢とも呼ばれるかの痛ましい事件は皆さんもよく知っているでしょう。私はこの事件に巻き込まれて、父と右手を失ったのです」
そう言うとマリーは両腕を上げ左手で右腕を掴むと、おもむろに自分の右腕を引き抜いた。
そのまま取り外した二の腕から先を振ってみせる。
会場にざわめきが走る。
カインも一瞬ぎょっとしたがすぐにそれが義手であることに気づいた。
義手をはめ直しながらマリーは言葉を続ける。
「もちろん皆さんの中には自分の魔法や武術に自信がある方もいると思います。ですが、ダンジョンに絶対はないのです。階層に見合わない強さの魔獣が現れることだってありますし、そもそも圧倒的物量の前では個人の力など無力なのです」
いまや会場全体がマリーの話に聞き入っていた。
「現在の三年生の人数は580人。この数字の意味が分かりますか? 皆さんご存じの通り、この学院の新入生の定員は各学科200人ずつの計600人。そしてこの規定は私たちの代も変わらないのです」
つまりその差分の二十人は――
「落第者などを除いて十五人、ダンジョンに足を踏み入れたその日から二度と帰ってこなくなった人の数なのです。皆さんはこの数を多いと思いますか? それとも少ないと感じましたか?」
カインは知らず知らず口にたまった唾を飲み込んだ。十五人という数字は少ないようで多い。学年の四十人に一人、およそ一クラスに一人が入学から二年間で亡くなっている計算だ。
卒業までに知り合いの一人や二人が消えても何もおかしくない。いや、知り合いどころか――
「――カイン。お前は俺が必ず守るから大丈夫だ」
最悪の想像をかき消すようにデルタの言葉がカインの虚を突いた。
まったくデルタはよくもそんな台詞を平然と言えるものだ。だが、今はそんな親友のストレートな性格がありがたい。
「……それは僕の台詞だよ。勝手に死んでくれたりするなよ、デルタ」
「あたりまえだろ? 何のために今日まで鍛えてきたと思ってんだよ」
そうこうするうちにマリーの式辞、というより訓戒も終わりに差し掛かっていた。
「――この学院に入学した以上、皆さんも遅かれ早かれダンジョンに足を踏み入れる事になるでしょう。ですから、これだけは覚えておいて欲しいのです。何よりも大切なのは自分たちの命だと言うことを。学院とは、ダンジョンに夢見る若者達を死なせないためのものでもあるのです。どんな不条理を前にしても、抗い、生をつかみ取る。そのための力と意思をこの学院で皆さんが手に入れ、磨き上げることを私たちは心より願っているのです」
そこでマリーは一度言葉を句切り、一つ息をつく。
「脅すような話をしてしまって申し訳ないのです。改めて、入学おめでとうなのです! 確かにダンジョンは危険なのですが、同時に私たちをワクワクさせてくれるのもまた事実なのです! 学院での生活も含め、これからのかけがえの無い三年間を全力で楽しむのです! 私たちは新たな仲間を歓迎するのですー!」
ニコッと、華やかな笑顔でマリーはそう締めくくった。
先の真剣な様子から一転し、年相応――、もとい、容姿に完璧にマッチした明るい笑顔
否が応でも惹き付けられる。
戸惑い気味のまばらな拍手が響く。だが、それはすぐに会場全体を覆う大きな拍手へと成長した。
可憐な容姿とオンオフの自在な切り替え。
どうして普通科生のマリーが生徒会長になれたのか、カインはその一端を見た気がした。