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第三話 『アーク高等学院』

 モノレールの改札を降りると目の前はすぐ目的地だ。


「やっぱりいつ見てもでかいよなー!」


 正門の前から校舎を見上げたデルタが感嘆の声を上げた。

 

 門の中は広い中庭が続き、中庭を囲むように大講堂と校舎が四つ建っている。校舎はいずれも伝統的なレンガ調の外装をした五階建ての建物だ。そしてやはり目を引くのは中央に佇む純白の大講堂。屋根から柱に至るまで精緻な彫刻が施され、まるで神殿のような趣すらある。


 四年前に設立されたばかりの真新しい学校と言うこともあって、目に映る全てが輝いて見える。

カインとデルタはずっとこの町に住んでいるので、何かのついでに見に行ったこともあるが、デルタの言うとおり何度見ても圧倒される。国立とは言え、大学の附属高校にこれだけの設備を与えるのだから、国のダンジョンに対する姿勢がうかがえるというものだ。


 中庭は入学式の開始時刻を待つ新入生でそこそこ混雑していた。


「意外と多いなー。この学校って何人いるんだっけ?」


「だいたい一学年で六百人くらいだよ。普通科と魔法科、それに武術科でそれぞれ二百人ずつだね」


 ダンジョンの探索者と研究者の育成機関たる高等学院は三つの科に分かれる。広範な研究者を育成する普通科。魔法工学の研究と魔術師の育成を並行する魔法科、そして対魔獣戦の訓練を中心に武芸の腕を磨く武術科である。


 学園では所属する科によって制服の色が分かれている。普通科のカインは灰色、武術科のデルタは髪の色と同じ朱色。そして魔法科は紺色だ。この三色の中では普通科の灰色が明らかに地味なのでカインはあまり気に入っていない。


「ところでなんだが、カイン」


 デルタの方を見やるとなんだかそわそわしていた。


「どうしたの? お手洗いなら中に入ればあると思うよ」


「いや、そうじゃなくて!」


「じゃあどうしたって言うんだよ」


「いや、なんかさっきから視線を感じるなって」


 言われて辺りを見回すと確かにいくつかの視線が向けられている。目を合わせるとみんなすぐに目をそらした。


「俺にもついにモテ期がやってきたって事か!? なあカイン、そういう事だよな!?」


「いや違うでしょ」


 カインが即答するとデルタは目に見えてガッカリした。まさか本気で言っていたのか?


「単にデルタが有名ってだけだと思うけど? なんたって君は――」


 そのとき、カインの言葉を遮るように後ろから声がした。


「なるほど、君がデュアル家の四男か」


 振り返るとそこには一組の男女の姿があった。二人とも紺の制服を着ている。魔法科生だ。


「僕は魔法科主席のグリフォス・エルディア。覚えておいてくれたまえ。こっちは妹のユニだ」


「は、はじめまして。ユニ・エルディアです。よろしくおねがいします」


 大仰な言い回しでグリフォスと名乗った男はカインの目から見ても美形だった。水色の髪に透き通るような藍色の瞳。長身で手足もすらりと長い。


 一方、ユニと名乗った少女は少しおどおどしていておとなしそうな印象を受ける。純白の髪は腰まで届きそうなほど長く、前髪に一房だけ黒髪が入っている。見た目は兄同様に整っているが、態度の大きな兄に隠れてあまり目立たないといったところだろうか。


 カインもいつもテンションの高いデルタの後ろにいたのでなんとなく親近感が湧いた。


 それはそうと。


「主席……、そういや魔法科の合格者名簿の一番上にグリフォスってあったな。あれって入試成績順だったのか? それでいきなり何の用だ?」


 やや面食らいながらもデルタが応じる。


「入学式の前に気になる人物には挨拶しておこうと思ってね、デュアル家の四男君。さっきも言ったとおり僕は魔法科の主席合格者なのだよ。特に他の魔法科生に気になる者もいなかったから武術科の君の所に来たわけだ、四男君」


 初対面からなかなか態度がでかい。これはデルタとはそりが合わなそうだとカインは革新した。


「まずその呼び方をやめろ、グリフォス。俺の名前はデルタだ。で、どうして俺なんだ?俺の成績は武術科10位だぞ。挨拶に行くならトップの奴のところに行けよ」


 案の定というべきか、デルタの機嫌があまり良くない。キレないか心配になってきた。


 一方のグリフォスはデルタの答えにあきれたような表情を浮かべた。


「あの有名なデュアル家の人間を気にしない訳が無いだろう? 馬鹿なのか?」


 馬鹿と言われたデルタの額に青筋が浮かんだ。しかし、一言多いがこれは正論だ。


「デルタ、何度も言ってるけどデュアル家は有名なんだ。デュアル家は代々身体能力や魔法能力の高い人間を輩出する名門だし、そもそもファルスさんはこの町の知事だよ? 学院にその息子が入学したとなれば注目を集めるのは当然だよ。ていうかあれだけ言ってまだその自覚が無いのは僕でも流石に馬鹿だと思うよ」


「お、おう……」


 カインにまで馬鹿だと言われ、流石のデルタも勢いを失った。


「その通りだ。君よりもそっちの付き人の方がよっぽど優秀なんじゃないか?」


「カインは俺の親友だ。付き人じゃねえ」


「おっと、それは失敬。で、そこの彼が言うとおり、デュアル家はこの国、いや、この世界でも特異な一族。僕と同じかそれ以上の実力を持っていて当然だ。デルタ、君はなぜ実力を隠しているのだ? 君の実力が10位というのは信じられないな」


 グリフォスはデルタの力を推し量ろうとするかのように鋭い目を向ける。

 

 対するデルタの返答は簡潔だった。


「別に俺は何も隠してない。その成績が俺の実力だ」


「は? そんなはずが無いだろう。武術科の入試は仮想戦闘形式のはずだ。デュアル家の人間ともあろう者が実力を隠そうとせずに一位以外を取ることはありえん」


 怪訝な表情を浮かべるグリフォスにデルタはいらだった声を上げた。


「だから俺はその程度だって事だ。何か文句あるかよ」


「当たり前だ! そんなことが――」


「その辺にしてもらえるかな、グリフォス。あまり人を疑うと嫌われるよ」


 見かねたカインはグリフォスを遮るように割って入った。初対面でここまで言われるのは流石に失礼だし、何よりそれはデルタが一番気にしていることだ。


「お前は――たしかカインとかいったか」


 言葉を遮られたグリフォスが鋭い視線をカインに向ける。


「僕はカイン・クロック。よろしく」


「クロック……カイン・クロック? その名前……成績開示で見た覚えが……。そうか! お前、普通科の最下位だな?」


「よくそんなところまで調べてるね。その通りだよ。一応必死で勉強したんだけれどね」


 普通科の入試は国数理社と外国語の筆記試験からなる。他の普通科高校と基本的なシステムは同じだが、難易度は格段に異なる。国内トップクラスの大学であるアーク大学院への高い進学率を誇り、他の国立大へも多くの進学者を出す学院の普通科は偏差値が非常に高い。いわゆる進学校というやつだ。

 カインは決して頭が悪い方では無いが、エリート達の中では明らかに見劣りする。デルタのためにと必死で勉強してなんとか合格最低点に潜り込んだが、普通に落ちていたとしてもおかしくなかった。



「なるほどな。普通科の落ちこぼれが親友とは、君の実力がたいしたことないというのもあながち間違いでは無いのかもしれんな」


カインとデルタを見比べ、グリフォスはにやりと笑った。

 あんまりと言えばあんまりなその言葉に、いち早く反応したのはデルタだった。


「おいテメエ、さすがにそれは――」


 今にも殴りかかりそうな形相でデルタがグリフォスに詰め寄る。しかし、その手がグリフォスに届く前に、少女の声が遮った。


「お兄様。流石にそれは言い過ぎだと思いますよ」


 背後から聞こえた声に、グリフォスの笑みがこわばる。

 声の主はデルタ達の言い争いが始まってから兄の後ろで沈黙を保っていたユニだ。

 挨拶していたときは少し気弱でおとなしそうな印象を受けたが、今は何故かとてもニコニコしている。


「初対面の、しかもこれから苦楽をともにする同学年の方達に対してその態度はあんまりではありませんか? そんなことでは高校でもお友達ができないですよ」


「い、いやユニ、僕はただデュアル家の四男がどんな人物かをだな」


「そんなことを言って、結局は喧嘩を売っているだけでしょう。そもそもお兄様はいつも他人に対して偉そうにしすぎなのです。もう少し謙虚さというものをですね――」


「ああ、分かった! 分かった! 兄ちゃんが悪かったから!」


 兄が負けた。あっさりと負けた。


 先の不遜な態度など影も無い。妹には逆らえないのだろうか。


「ならお二人にちゃんと謝ってください」


「い、いや、それは……」


「お兄様?」


 見ているカイン達もニッコニコのユニの笑みに威圧されて動けない。笑顔が怖い。


「ぐっ……。す、すまなかった……」


「声が小さいですよ?」


「すみませんでしたぁ!」


 本当に妹には勝てないらしい。威勢の良い謝りっぷりにカインは怒りをそがれてしまった。


「わ、私からも、すみませんでした。兄は態度は大きいですが、根はいい人なんです」


「あ、そ、そうなんだ」


 ユニの積極的な態度は兄限定らしい。カイン達に対して話すときは最初の人見知りな感じが戻っている。


「大変失礼しました。それでは私たちはこれで……ほらお兄様、行きますよ」


 ユニがもう一度丁寧にお辞儀をして背を向ける。妹に急かされたグリフォスは、こちらを睨み付け、去ろうとした。だが、


「――おい、待てよ」


 それを呼び止めたのはデルタだった。


「カインは良くても俺は良くねえ。親友をこけにされてその程度で許せるわけねえだろ」


「ではどうしろと? こちらが下手に出たからといい気になるのはやめてくれ」


「やっぱ悪いと思ってねえだろテメエ」


 再度バチバチと火花を散らすデルタとグリフォス。せっかくユニがまとめてくれようとしたのに台無しだ。

 正直今のデルタはカインの言うことも聞かないので、奥であわあわしているユニに申し訳なさそうに頭を下げることしかできない。


 あわや一触即発。今にもつかみ合いが始まりそうなそのときだった。


「ストーーーーーーップなのです!」


カインのすぐ背後から大きな声がした。

驚きで振り返ってもそこには誰もいない。


「あれ? 今声が聞こえたような気がしたんだけど……気のせい?」


「何言ってるんですか! 私はここにいるのです!」


 その声はカインのすぐ近く、正確にはカインの頭の下から発されていた。


「うお……っと、ごめんなさい、気づきませんでした」


 そこにいたのは背の低い金髪の少女だった。大きな翡翠色の瞳でカインをにらむように見上げているが、その幼い顔つきは華奢な体躯と相まってあまり迫力が無い。小学生くらいなのでは無いかという印象すら与える容姿だ。しかし、学院の制服を着ているからには高校生なのだろう。灰色の制服、カインと同じ普通科生だ。


「まあ、いいのです。そんなことより、です! 喧嘩は良くないのです! やめるべきなのです!」


「いや、それはそうなんだけど……」


 少女の介入も気にせず睨み合いを続ける二人にチラリと眼をやってカインはため息をつく。


「話は聞いたのです! お友達のあなたを馬鹿にされて、そこの赤い子の方が怒ってるのですよね? 水色の子の方は謝ったけど引き下がる気はないと」


「それもその通りなんだけど……」


「ならば、決闘で決着を付ければ良いと思うのです!」


 突然現れた少女は元気たっぷりにそんなことを言い出した。


「ここはダンジョン攻略のためにバースノア皇国の技術の粋が集まる学校なのです! 訓練用の戦闘用設備だっていくつもあるのですよ!」


 喧嘩はだめで決闘はいいのか……?


「決闘か。ちょうど良いじゃねえか。一発ぶん殴って反省させてやる」


「望むところだ。身の程というのを思い知らせてやろう」


 カインの疑問をよそに当事者である二人は乗り気なようだった。


「決まりですね! 訓練ルームの手配はわたしがやっておくのです! 入学式が終わったらそこの大講堂の地下一階に集合なのです! っと、もうすぐ入学式が始まるからみなさんも急ぐのですよ!」


ピョンピョンと跳ねながら少女がカイン達を急かす。


 周りを見れば新入生達がぞろぞろと中央の大講堂へと入っていく。カイン達もそれに続くように歩き始める。


 歩きながらもデルタとグリフォスはまだ睨み合いを続けている。それなのに距離を取ろうとしない辺り相性が良いのではないかとさえ思えてきた。そんな二人の後ろ姿を眺めながらカインは金髪の少女に話しかけた。


「ありがとう、デルタ達の喧嘩を収めてくれて。助かったよ。えっと、……」


「マリー、マリー・ステラなのです。別に気にすることは無いのです。わたしはただ、面白い戦いが見られそうだと思って声をかけただけなのですよ。もっとも、あなたの戦いの方が面白そうではあるですけど」


 マリーと名乗ったその少女はそう言っていたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「そんなことはないよ。見れば分かるとおり僕は普通科で、しかも入試は最下位だったんだからね」


「普通科の入試は筆記オンリーで、戦闘能力を測るものでは無いのです。あなたはそれなりに鍛えているようですし、雰囲気が彼らに近いのです」


「……君は――」


「おっと、私は式の前に用事があるのでここで失礼するのです! それではまた後で会おう、なのです!」


 カインが何か言おうとする前にマリーはペコッと頭を下げるとスタタタっと一人で人混みの中に紛れ、大講堂の中へ入っていってしまった。


「おーい、俺たちもさっさと行こうぜ。座席は自由らしいぞ」


「ああ、そうしよう」


「おい、待て! お前が怖じ気づいて逃げないように僕も一緒に行くぞ!」


「誰が自分でふっかけた決闘から逃げるかってんだ。馬鹿かお前は」


「なっ……、お前だけには馬鹿にされたくない!」


「ほら行きますよ、お兄様」


 こうしてわちゃわちゃと騒ぎながら、カイン達一行も校舎へと足を踏み入れた。



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