もっと遠くまで君を奪って逃げる
初投稿です。誤字脱字などあるかもしれませんが暖かい目で見てくださると嬉しいです
いわゆる一目惚れというものだったのだろう。
政略結婚の見合いの席での、彼女の僕を見定めるような強かな眼の輝きを今でも忘れられない。
僕は代々王家に忠誠を捧げるリーザス公爵家の次男ジーニア、彼女は言ってしまえば成り上がり、ここ十数年で力を付けたベルドール男爵家の長女ロミア。
同じ貴族とはいえかなり階級差がある両家が政略結婚をし、結び付きを強める理由は公爵家には無いように見えるが、それを公爵家から推し進めている理由は兄のジークにある。
僕の母は極東の国から移住してきた踊り子だったらしい。何かの拍子で父の愛人に収まった。僕が3つの時に病気で亡くなっていておぼろげにしか覚えていないから、メイド達の会話を盗み聞きして知ったことだが。
そんな僕を7つ上の兄は嫌っている。兄は公爵夫人譲りの美しい金髪、藍色の眼をしていて容姿端麗。貴族学園を首席で卒業し、去年亡くなった父の後を継いで天才的な領地経営をしているが、体が弱く剣術はからきしだった。
対して僕は兄とは違い黒髪黒目、学業も中の中だったが、剣の才能があった。
妾の子で凡庸な弟にひとつでも劣っていることがあるのが許せないのだろう、兄からは模擬戦で優勝しても褒められたことはないし、口を開けば皮肉が飛んでくる。名前で呼んでもらえたことすらない。
だから、この政略結婚は僕への嫌がらせなのだ。
学園を卒業したら家を出て騎士団に入ろうとしている弟の道を遮るために、わざわざ辺境に位置する男爵家へ出向き、僕の婿入りを取り付ける行動力はすさまじいと思う。
「初めまして。ロミア・ベルドールと申します。ロミアとお呼びくださいませ。これからよろしくお願いいたします。婚約者様。」
「ジーニア・フォン・リーザスだ。ジーニアでいい。よろしく頼む。」
こんな素っ気ない挨拶しか出来ない自分に辟易する。それからの雑談は緊張のせいか殆ど覚えていない。ただ僕にベルドール男爵領を継ぐ素養があるのか見定めるような眼が網膜に焼き付いて離れなかった。
三年制の貴族学園は15歳で入学し、18になる年の春に卒業することが一般的だ。
16でロミアと婚約した僕は週に1度彼女とお茶をし、記念日には贈り物をするような当たり障りのない生活を1年過ごして、彼女と共に学園の最高学年に進級した。
このまま何事もなく卒業するのかと呑気に考えていた僕の甘い考えは粉々に打ち砕かれた。
隣国が鉱山利権を求めて宣戦布告してきたのだ。
つまり戦争が始まる。当たり前だが有事の際に国の為に尽くす義務が貴族にはあるので、伯爵以上の貴族は兵士をまとめて参戦する事を求められる。
これには僕に武功をたてて出世して欲しくない兄も対抗出来なかったらしく、あまり体が強くない兄の代理として学園を休学し、指揮官として出陣する事になった。
出征の時、僕の手を握って
「必ず帰ってきてくださいね」
と呟いてお守りとして刺繍が施されたハンカチを手渡してくれた彼女に
「あぁ、帰ってくるとも」
そう短く返して、僕は戦争に行った。
結論から言えば、戦争は我が国が勝った。
我が国の兵士は職業軍人が多く、農兵が多い隣国に数こそ劣っていたが練度は段違いだったのもあるし、地の利を活かした戦闘が防御側に分があったからだと思っている。
僕が率いたリーザス領部隊の活躍はあまりなかった。
副官には兄の息がかかった家臣が居たし、数名いる分隊長も兄の部下なのだ。彼らは王家に忠誠を尽くしているリーザス家の評判に傷をつけない程度に果敢に戦ったが、表彰されるような苛烈な戦い方はしなかった。
1ヶ月ほどで兵士の八割が戦死するなり捕虜になって無力化された隣国があっさり降伏し、王都に凱旋するために部隊をまとめて移動していた僕に衝撃的な知らせが入った。
ベルドール男爵が、国家反逆罪で拘束されたというのだ。
男爵が隣国に情報を売り、兵役の義務はないと言うのに男爵領に必要以上の傭兵を集めていたのが発覚したらしい。
数少ない側近に鎧を押し付けて軽装に着替え、適当な嘘をつき男爵の拘束を隠して、彼女がいる学園寮へ部隊を投げ出して向かおうとする僕を、その事実をまだ知らない副官は止めなかった。
大方僕が独断専行をするのを、王家から批判されない程度なら止めるなと兄から命令されていたのだと思う。兄がそれを口実に僕を失脚させようとするその策略でさえ今は僕への優しさだとすら思えた。
早馬に乗って夜を駆けた僕が寮に付いた時、そこに居るはずの彼女は居なかった。
焦った僕に問い詰められた寮母は
「ロミア様なら今日の昼、憲兵様に連れていかれましたよ。噂は聞いていますが、恐ろしい事を考える人もいるんですね。」
と僕が彼女の婚約者なのを知らないのかそんな事を言っていた。
男子寮にある自分の部屋に帰るのは怪しまれるので得策ではないので、学園の隅にあるベンチに腰掛けてこれからの事を考える。
ふと脳裏に、この国家反逆罪は兄が企てたのではないかという考えがよぎるが、すぐ違うと悟る。
僕が婿入りしてから実行すれば僕を確実に破滅させることができるし、破滅させてやろうと思うほど僕を憎んではいないはずだ。
となると他の貴族がベルドール男爵家を危険視してこの罪をでっち上げたのか、男爵が事実、国家転覆を企てたかの2択だが、宝石を美しく加工する技術で成り上がった男爵家に敵対しそうな、宝石系を主産業とする貴族はこの国にはいないし、思えば、男爵は初めて会ったとき、この思いがけない好条件の婚約をどう利用してやろうかという野心を隠せていなかった。
冤罪でもなんでもない事実だとすると、男爵家は断絶、男爵は処刑されるだろうが、僕は司法に詳しくは無いのでロミアがどうなってしまうかは分からない。
宿を取ろうことも思ったが彼女がどうなってしまうのかという不安で寝られそうになかったので悶々と一夜をベンチで過ごしたが、誰一人通らなかったのは幸運だったと思う。
翌朝街角を覗いてみると、人が群がる中心に、昨夜裁判が行われ、有罪が確定、男爵家は所領と爵位を没収、王家直轄の天領とし明後日男爵と夫人、そしてロミアが処刑される旨の看板を見つけた。
急いで、戦勝パーティに参加するために領地から出てきた兄のいるであろう王都のはずれにあるリーザス家の別荘に向かう。
兄に直談判し、ロミアだけでもどうにかしてくれるよう兄に頼み込んだが
「何を言う!貴様は戦に出ていて我が国の為に尽くしていたと認められたから奇跡的に我が公爵家はお咎めなしなのだぞ!あの女の事は諦めろ、そんなことをすれば我が公爵家だって危ないのだ!」
そう捲したてる兄の言う事は正論で何も言い返せなかったが、ある考えが浮かぶ。彼女を奪ってどこかに逃げようと思った。
「兄様、僕を勘当してください。国王陛下に、国家転覆を見抜けなかった無能の弟は勘当して公爵家から排除したと報告するのです。邪魔な弟を追放出来て、周囲に潔白を証明出来る。願ったり叶ったりでしょう?」
「勘当…?貴様、まさか!」
「ええ、そのまさかです。公爵家に迷惑をかけるかも知れませんが、どうかお許しを。」
兄は頭を抱え、30秒ほど硬直すると
「いいだろう、今この瞬間から貴様は私の弟でもジーニア・フォン・リーザスでも無い。ただのジーニアだ。どこへでも好きな所へ行くが良い。もう私の前に姿を現すな。」
語調こそ厳しいが初めて僕に向けて優しく微笑みながらそう告げた。
「このご恩は忘れません。ジーク・フォン・リーザス公爵。お体に気をつけて、どうか末永く暮らしてください。私はこれで失礼致します。」
そう兄に感謝を述べて僕は別荘を後にした。
町人どうしの噂話に耳を傾けていると、ロミアは王都の監獄に囚われていて処刑を待っている、そういう内容の会話がたくさん聞こえてきた。
今頃兄が国王陛下に僕を勘当したことを報告しているはずなので買っておいたフードを被り、あまり目立たないように街を歩く。
王都に監獄は1つしかないのでそこにロミアが囚われているのを確信し、機会を待つことにした。
王都唯一の監獄、バスデーア牢は堅固で侵入し難いことで有名だ。
周囲を堀で囲まれていて、唯一の通り道である橋は見通しがよく、警備兵が常駐している。
そこからロミアを奪って逃げることは困難かと思われたが、必ずしも侵入しないとロミアを助け出せないという訳では無い。
処刑するために広場へ移動させる時に奪えばいいと僕は考えた。
勿論失敗した時のリスクは高いし成功するかどうかも分からないが、バスデーア牢に侵入するよりかはマシだと思う。
ただ単に移動の列に突っ込むのでは成功しないだろう。そこで僕は荒くれ者を雇って爆発騒ぎを起こさせてその隙に彼女と逃げる作戦を考えた。
条件に合う者を探し、ちまちま貯めていた貯金から10年遊んで暮らせるだけの金と使う爆薬を裏ルートで買って渡し、作戦の手筈を説明しているうちに処刑当日がやってきた。失敗は許されない。
朝7時、ロミアを連れた処刑人と護衛集団が見せしめのために街を大回りして広場へ出発した。7時にバスデーア牢を出発するのが慣例なのでこれは分かっていた。男爵と夫人は首謀者なので昨日から広場で民衆から石を投げられているようだ。さすがに2人は助けられない。
7時15分に誰も居ないところで爆発を起こしてもらう予定になっている。緊張して手が震えてきたが彼女を何としてでも救う決意を決め爆発を待つ。
7時15分きっかりに大きな爆発音が聞こえ、その隙に彼女の元に駆け寄った。民衆がパニックになって死者が出ることが怖かったが本当に興味がある人々は男爵と夫人に石を投げているのだろうか、ロミアの列を見ている人はまばらだった。爆発は広場とは逆方向で発生するよう頼んだので広場の人がパニックになる心配はないと思う。
僕と彼女にとって幸運だったのは、処刑人や護衛の数が少なく、また質が低かった事だ。僕が彼女の手を縛っている綱をナイフで切ってすぐさま馬に乗り逃げようとしても、追いかけてくる人は1人もいなかった。
状況が飲み込めない彼女に
「説明は後だ!喋ると舌を噛むぞ!」
とだけ告げた。体にしがみつく力が強まったことを肯定と捉え僕は馬を駆けた。
2時間ほど走ると国境の山脈が見えた。あの山を越えるのは簡単ではないが、無断で軍をけしかければ国際問題になるので、そこを越えればしばらくは追ってこないと確信できた。
澄んだ小川が流れているのを見つけたのでそこで休憩する事にした。馬に水を飲ませあらかじめ買っておいた干し肉とパンを食べる。
「あ、あの…ジーニア様…どうして助けてくれたんですか…?
私は犯罪者の娘なのですよ…」
「好いた女も守れないのは男としてどうなのかと思ってな。
山を越えて、国を越えて、僕と逃げてくれないか?といっても後戻りはできない。嫌だと言っても君を奪って逃げる。どこか遠くの国で2人で暮らそう。そして、男爵と夫人を助けられなかった僕の力不足を恨んでくれ。すまない。そして、君を心の底から愛している。」
「父と母は決して許されないことを起こしました。止められなかったのは私の責任なのです。
あの時、捕らえられて処刑されようとするとき、もう私は生きることを諦めたのです。でも、あなたは助けてくれた。私のすべてをあなたに捧げます。」
二ジード共和国がヴォラン王国へ侵攻したことに端を発する、ベルドール男爵が企てた国家転覆未遂事件、それに関するジーニア、ロミアの国外逃亡事件は、2人の手がかりを掴めないまま捜索隊が解散され終結を見せた。
リーザス公爵家はジーニアの行動を止められなかったため罰を受けることになったが、既に勘当していたし、世間が2人に同情的だったのもあって形だけのものとなった。
その後200年後に王国が滅ぶまで、リーザス公爵家は王家に忠誠を尽くし懐刀であり続けた。
2人の行方は誰も知らない。