ある紳士たるおっさんの出来事?
私は紳士である。
強い力に決して屈することはない。
決してないのである。
神経を研ぎ澄ませっ。決して、耳を傾けてはいかん。あの悪魔の囁きに。
「テツじぃ」
誰がじじぃだ。
私は決して、じじぃなどではない。紳士なのである。
まったく、今の若い小娘には敬うという概念はないのかっ。
このような輩に私は捕まりはしないぞ。絶対になっ。
「まったく。どこに行ったのよ」
ふんっ。私を捕まえて何をしようとしているのかは手に取るようにわかるぞ。
なにせ、私は天才なのだから。
「ほら、早く行こうよ」
嫌だ。絶対に捕まるものかっ。
小娘めが。私を捕まえられるなど、考えるなよ。
「ほら~。逃げないでぇ」
ふんっ。甘い声を出しても、私は惑わされないぞ。
この数分。この数分だけ暗闇に身を潜めておればいいのだ。
ここにいれば安心、安全。ここならば、あの小娘に私のような紳士が見つかる訳がーー
「いたぁ」
「お母さん、テツじぃ、いたぁ」
何? なぜ、私を見つけられたのだ。この天才の私を……
「ソファーと壁の間なんかにいたぁ」
止めろっ、私を捕まえてどこに連れて行こうとするのだっ。
「ほら、病院行くよ。予防接種」
止めろっ。分かった。私も認めようじゃないか。私も決して若くない。おっさんだ。百歩譲っておっさんでいい。
だから……。
「さ、動物病院が待ってるよぉ」
「ニャァァァッ」
わかっておるぞっ。
病院とは地獄であるとっ。
あそこは悲鳴が飛び交い、怒号が舞っているのだろう。
「さっ。注射行こ。予防注射♪」
断るっ。
知っておるぞ。
鋭い刃物を私に刺すのだろ。
嫌だっ。
「さっ、注射、注射、ちゅうしゃ~♪」
わかった……。
わかった。小娘などと言って悪かった。
これからはそなたを敬おう。
ご飯もマガママは言わない。
私も子供ではない。私は大人だ。そなたを対等に……。
「さっ。びょういぃ~ん?♪」
「ニャァァァァァァッ」
それはある紳士、もとい、おっさん猫の病院を拒むある日の出来事であった。
了
この話は、登場人物を人でない形にしたくて、猫にしてみました。
内容としてはプライド“だけ”が高い猫が、飼い主に振り回される内容が面白いかな、と思い描いてみました。
この“紳士”があがいているのが伝わって、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。