”思いつき”は素っ裸
僕の彼女は、金髪を腰まで伸ばしていて、人並でない高い鼻先が特徴だ。
いつも堂々としていて、姿勢がいいのに、声がそのクールな見た目に反して甲高く、何を喋っても甘えたような調子になる。
そんな彼女はコンビニのレジ前に置かれたプラスチックの募金箱を指差してこう言った。
「これって意味あるのかな?」
彼女の発言の意図がよく分からない。僕は聞き返す。
「意味あるのかな、ってどういう意味?」
「これ見て」
彼女に促されて、募金箱を見てみると、それはアフリカの貧しい子供達を救う目的であるようだ。
どうして、彼女はこれを意味ないと言い放つのだろうか。
「見た。意味あると思う。だってアフリカでは貧困で苦しんでいる子供たちが沢山いて、彼らは援助を期待しているはずだ」
僕は目の前で、バーコードを読む大学生アルバイトや、後ろに並ぶ3組の客達から体面良く在ろうとして、ちょっと厳しい口調で彼女に言った。
彼女はムッとしたようだ。
「だっておかしいよ。出会ったこともないアフリカの子供達を救おうとすることも、それを人任せにしてやろうとすることも。そんなの全然やってる場合じゃない。もっとやるべきことが私たちには沢山あるじゃない?」
「いいや、それは違う。それに、ともかくここを離れよう。僕らはもうお金を払い終えたから、ここに居られなくなった」
レジ前で変なことを喋るカップルが居るぞ。と思われている内にこの場を去りたいところだ。
さっさとそこを退け、と思われる前にね。
不満そうな顔の彼女の手を引いて、コンビニを出た。
コンビニを出てすぐに彼女は僕の手を乱暴に振り払った。
「ひどいよ、まーくん。私は正しいことを言ったのに」
「ある意味ね。ただ、その必要はなかった」
「そうかも。でも私と同じ考えの人から ”いいね” って言ってもらえたかも」
僕はポカンとしてしまう。そんな小さな承認欲求を目的にしていたとは。
どおりで、僕に話しかけているにしては声量がやや大きいと思った。
まあ、そんなことはいつものことなので問題としない。
今回、彼女にアドバイスしたいのは、何故君の発言が、あの場で有効でなかったかだ。
僕は答えを知っている。
「それは大方無理だろうね。あんな思いつきじゃ」
「思いつきは駄目だっていうの?」
「いいや、思いつきは素晴らしいよ。世の中に思いつきが無かったら、携帯電話もコンビニも、あと、君が誕生することもなかっただろうさ」
「あら、素敵な言い回し」
彼女はちょっとだけ機嫌を直してくれたようだ。
僕は続ける。
「ただね、思いつきは素っ裸なんだ。意味分かる?」
「いいえ、さっぱり」
「例えるなら……素っ裸の人が君の目の前にやってきて、アドバイスをくれたとしても、君はそれを受け入れようとは到底思えないだろ?それと一緒さ。せめて服を、贅沢を言えばスーツでも着てくれた方が信用しようって気になるもんさ」
「うーん……何となくは分かる、けど」
「うん。だから君が本気であそこに居た人達や僕から納得されたかったなら、もっとじっくり募金のことについて考えるべきだ。まあ、それだけじゃ足りないだろうけど。まずはそこから」
僕らは歩き出した。
彼女は”うーん”と時折声を漏らすので、どうやら僕が言ったことを考えているようだ。
こういう時、僕は彼女に声を掛けない。僕と付き合ってから随分と思考好きになってくれた。元々考えるのは好きだったのかもしれない。
5分ほど街中をぶらぶらと歩いてると、ピタと彼女は立ち止まる。
そして、真剣な顔で僕の方を向いた。そして、言う
「好きだよ」
「な……」
僕は動揺する。突然すぎてよく分からない。
そんな僕を見て、彼女は満足そうに笑う。
「今のは思いつきだったけど、効果あったでしょ?」
”思いつき”は素っ裸 ー終ー
そして、この短編小説もまた”思いつき”なのだった。もっと服を着せてあげた方がいいけど、服を買うお金が無いです。




