8 - 風を操りし者たち⑤
俺たち五人はクラフト区の中央広場の近くにある傭兵ギルドの酒場に来ている。
武装しているのはシルフ隊長だけだ。
この国における荒くれ者の集まる場所。
どいつもこいつも昼間から酒を飲んで、自分の英雄譚を語り酔いしれている。
大抵は男だが、中には女もいる、魔法石を埋め込んだ杖を脇において、女だけで固まって酒を飲む。
こいつらは傭兵稼業で稼いだ金を全部酒につぎ込んでるんじゃないか?
シルフ隊長は受付のカウンターに向かう、俺たちも後に続く。
そこには眼鏡を掛けた若い女性が煙草片手に一人座って事務作業をしていた。
俺たちに気づくと、彼女は鋭い視線をシルフ隊長に向ける。
美人だがすごい気迫だ、ここにくる連中は一癖も二癖もある人間が多いだろうからな、女性だからと舐められてはならないのだろう。
「こんにちわ、ウィルデ様。
ギルドマスターはいらっしゃいますか?」
「ああ、隊長さんね。
ナリがこの前と違うから誰かと思っちゃったよ。
あんたぁ!! 隊長さんが来たよぉ!!」
ウィルデと呼ばれる女性の大声で一人の男が階段を降りてきた。
禿頭の大男だ、寝てたのか寝不足なのか、目頭を掻きながら緩慢な足取りだ。
「よぉ、シルフの旦那。
ダラしねぇ格好で悪いな、上に上がってきてくれ。
ウィルデ、茶でも出してくれ」
「馬鹿言ってんじゃないよ、あたしゃ忙しいんだ。
きったない顔だね、お客さんが来るんならちゃんと洗っておきな!」
ウィルデ殿に一喝された彼は肩をすくめる。
「わかったよ、自分でやる。
旦那、こっちだ」
カウンターの横を抜け、階段を上がった先にある彼の書斎らしき部屋に通される。
普段人を立ち入らせないのかえらい散らかりようだ、そこら中に書類が乱雑に置かれている。
シルフ隊長を真ん中に俺たち五人はソファに座り、正面に彼が座る。
「シルフの旦那にはこの前会ったが、他の皆さんは初めてだな。
俺の名前はルキだ、ルキ・リーツ。ルキでいいぞ。
お前さんたちの名前を教えてくれるか?」
シルフ隊長以外の俺たち四人はそれぞれ簡単な自己紹介を済ませる。
するとノックの音と共にウィルデ殿が入ってきた。
「お茶どうぞ」
「おお! ウィルデ!!
お前は最高だ! 愛してるぞ!!」
「馬鹿言ってんじゃないよ、お客さんの前で!」
ルキ殿がウィルデ殿にキスしようとしたが、彼女が突き放す、が、まんざらじゃなさそうだ。
そうか、二人は夫婦だったか、よく見れば揃いの指輪をしているな。
お茶を置いた彼女はすぐに部屋を出ていった。
「うちの嫁さん、美人だろ?」
「ええ、羨ましい限りです」
ルキ殿が俺を見ながら問いかけて来たので答えた、決してお世辞じゃないぞ、確かに美人だ。
ちょっと男勝りな気がするがな。
「若い頃は冒険者として各地を放浪しててな、その頃からのパーティメンバーとして一緒にいたんだ。
この国に流れ着いて、ガキが出来て冒険者稼業からは足を洗って、ここを仕切ってるわけよ」
ルキ殿は書類を漁りながら楽しそうにウィルデ殿との馴れ初めを語った。
ウィルデ殿も元冒険者か、なるほどあの堅気とは思えない雰囲気の正体がわかった。
「おっと、悪い悪い、年取るとつい昔話をな……。
隊長さんの親切に甘えて、こいつを任せたいんだが……」
ルキ殿が一枚の紙を引っ張り出して、テーブルの上においた。
用紙に大きく「山岳地帯に現れたグリフォン二体の討伐」と書かれている。
俺の予想は的中したようだが、他の連中は事情が理解できないのか、シルフ隊長に視線が集中している。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、ルキ殿がまさかという表情でシルフ隊長に問いただす。
「おいおいシルフの旦那……、もしかして他のみんなに話してないのかい?」
「ええ、まぁ、事前に説明するより、ここで話した方が早いかと思いまして」
シルフ隊長がお茶を一飲みし、手を組みながら前かがみになる。
「皆さん、私がルキ様にお願いしたのは、この傭兵ギルドで”誰も手を付けない”依頼の斡旋です」
なに、誰も手を付けない?
これは俺も予想外だぞ、傭兵ギルドに来るのだから、当然何らかの討伐依頼を受けるのは考えてたが……。
ルキ殿がまいったなという表情で頭を掻きながら補足する。
「知っての通りだが、傭兵ってのは金で動く、だから割に合わない仕事は避けられちまう。
対価が少なかったり、危険すぎたり、あるいはその両方だ。
シルフの旦那からそういう依頼を無償で引き受けてくれるって申し出があって、ぜひと思ってな」
「む、無償ですかぁ!?」
「静かにしなさい」
「あいたっ!」
無償という話にアレッサが驚愕した顔でシルフ隊長の胸ぐらを掴み上げる。
シルフ隊長はアレッサの額をペシリと平で叩いて黙らせた。
「私たちはヘルトの正規軍です。お金など取れるはずもありません。
これは民間で対処できない問題を解決する奉仕活動だと思ってください」
そこは理解できる。
そもそも俺たちがギルドに肩入れするだけでも怪しいところだ。
そこにもって金稼ぎなどしていたら問題になるのは必至だろう。
それを考えれば、傭兵たちが食いつく実入りのいい依頼を受けるのはただの横取りだ。
やつらがやりたがらない依頼を解決するなら角も立たない、なるほど合点がいく。
「あー……、シルフの旦那、話の続きをしても構わねーか?」
「問題ありません、お願いします」
「じゃあ、ギルドの決まりだからな、討伐対象の説明をするぜ」
ルキ殿の話をまとめると、ある山岳地方の貧乏貴族の治める村でグリフォンが人を襲っているとのこと。
山ヤギの酪農が主な産業の村で、家畜が襲われることは稀にあったが人が襲われたのは今回が初めてで村人に死者が出て早急に討伐をしてほしいとのことだ。
「グリフォンは臆病だから人は襲わないはずなんだがな、どういうわけか人里に現れて人を襲うらしい、しかも番いでだ。
討伐対象として見ればグリフォンは強敵だ、単体でもかなりの脅威だが、それが二匹もいるとなれば危険度は跳ね上がる。
しかも秋口の今は繁殖期の真っ只中だ、まぁ、それ相応の金を積まなきゃ誰もやりたがらないだろうな」
「ということは、相場のお金が出せないと?」
「まぁ、貧乏な農村には精一杯だろうがな。
ギルドの仲介料を抜いたら大した額にはならん。
一応、推薦する戦力だが、銃や弓、魔法で対空戦ができる人員最低十人を推薦してる」
「銃はともかく、弓兵や魔闘士のような技能職を十人集めるのは大変そうですね」
「ただでさえ少ない報奨金を十人で分け合ったら雀の涙だ、だれも手を付けない理由がわかったろ?」
淡々と話しを進めるシルフ隊長とルキ殿を横目に、俺は内心は穏やかではなかった。
人を殺す怪鳥を相手にしようとしている、俺たちよりも実践を経験してる傭兵も忌避するような強敵だ、最悪、待ち受けているのは死なのだ。
隣に座るカールを見ると、目を開いて、俯きながら汗を流している、考えているのは同じらしい。
くそっ、手が震えてきた……、情けないな。
「……なぁ、シルフの旦那。
悪いことは言わねぇから止めときな、部下のみんなの顔を見てると不憫でならねぇ。
俺はこんな商売だから口は堅い、ここで引き返しても何を言わねぇよ」
しまった、俺たちの態度に気づいてしまった。
このままではシルフ隊長の面目を潰すことになる。
臆病風に吹かれた俺たちがそんなことをしてはまずい、俺はすぐに否定の言葉を口にする。
「違うんです! 決して恐れている訳ではなくて……!」
「無理するなあんちゃん、俺はあんたらのような顔した連中を散々見てきてる。
こんな稼業に就こうなんてやつの全員が全員命知らずの馬鹿なわけじゃねぇ。
借金で首が回らなくなったやつ、生活に困窮して仕方なく身を落とすやつ、家族のために大金が必要なやつ、いろんな事情を持ったやつがいる。
怖いってのは恥じゃねぇ、生きるのに絶対必要な感情なのさ」
真剣な表情のルキ殿にそう窘められ、俺は次の言葉が出てこなかった。
他の三人も同様に、視線を落として自分の不甲斐なさを言葉なく嘆く。
「ルキ様の言う通り、恐怖は生き残る上で絶対不可欠……。
かと言って、軍人である我々がそんなことでは国民を守ることはできない。
そして、駆け出しの弱小部隊である我々が次へ進み続けるには戦果が必要、そうではないですか、エアンスト?」
不意に呼ばれてシルフ隊長に顔を向ける。
くしゃりと彼の手が俺の髪の毛を撫でた、突然のことに素っ頓狂な声を上げる俺。
小さな手だ、俺に兄弟はいないが、弟にされているような。
そう考えたら尚更気恥ずかしくなってきたぞ……。
「怖くて上等、危険で結構、それを乗り越えたらあなた達はもっともっと強くなります。
それまでは私が護り支えていきます。あなた達の隊長ですから」
ソファから立ち上がった彼は屈託のない笑顔で俺たちを見回す。
ああ、ここ数ヶ月、訓練で挫けそうになるたびに彼は何度も何度もこの笑顔で俺たちの背中を押し続けてくれたんだ。
何も心配する必要はない、俺達はこの人についていけばいいんだ。
俺はグリフォンの手配書を手に取り、ルキ殿を見据えながら宣言する。
「この討伐依頼、魔法剣技部隊がお受け致します」
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馬に跨った俺たちは訓練で見慣れたヘルトの穀倉地帯を抜け、街道に沿って山間部へと入る。
主街道から外れているためあまり手入れが行き届いていないのか、両脇の樹木の枝が狭い道にせり出していて思うように馬を飛ばせない。
標高の高い山岳地帯に入ることを考慮して防寒コートを着てきたことは正解だ、馬上で受ける風が寒くて仕方ない。
…普段、風魔法を使役しているのに風が寒いとは滑稽だな、と思った。
ヘルトの国境を越えて数時間、いよいよ標高が高くなってくると打って変わって樹木はほとんど生えていない。
代わりに見えるのは岩肌ばかり、傾斜に露出した巨石が転げ落ちてこないかとヒヤヒヤするが、馬を飛ばせるようになったおかげで夕刻には村に着くだろう。
こういう標高の高い乾燥地帯は良い薬草が取れるとカールが皆に向かって一方的に喋っている。
こいつはアレッサについでよく喋る奴だが、彼女と違って周りが乗り気でないとすぐに話題を変える。
にも関わらず、一人で喋り続けているあたり、相当緊張しているのだろう。
それにしても、脳と口が直結しているアレッサが静かなのは違和感が大きい。
彼女が陽気に喋ってくれている方が俺としてはありがたいんだがな。
日が落ちかけたところで目的の村が見えてきた。
周囲を崖で覆われた盆地だ、村の正面口を木材で固めている、天然の要塞と見れば悪くないな。
物見台の見張りが俺たちに気づいたようだ、門前の兵士…、というよりは農民が長槍を持っただけだが、槍先をこちらに向けて警戒している姿が遠目でもわかる。
シルフ隊長が声を掛けてきた。
「エアンスト」
「はっ、シルフ隊長」
「村人との交渉をお願いします。
私はどうにも得意ではないので…。
村の中で野営させてもらえるようお願いします」
「かしこまりました。
元より断らないとは思いますが…」
「宜しくお願いします。
辺境の民ですので、お手柔らかに」
「心得ました」
俺たちは門前の見張りとの距離をある程度保って馬から降りる。
敵意がないことを示すためにゆっくりと、ギルドで受け取った討伐依頼書を前に掲げて見張りに近づく。
「我ら、ヘルト連合王国魔闘士師団所属魔法剣技隊である!
村の長に来訪を伝えよ、危害を加える気は一切ない!
畏まって門を通せ!」
槍を向けている兵士がヘルトの国名を名乗った途端に片膝をついて項垂れた。
そうして二人の内、一人が大門横の潜戸から村の中に入っていく。
しばらくすると大門が開かれ馬を引いた我々を中に出迎えてくれた。
民家は漆喰と木材、藁でできた粗末なものだ。
広くはないが田畑もある程度整備されている、この寒く乾燥した場所で育つ野菜を育てているのだろう。
見渡す内に、民家の窓からくる視線をあちこちに感じる、元よりよそ者が頻繁に立ち入らない村なのだろう、軍人であれば尚更か。
そうしているうちに村の長老らしき男が俺たちに近づいてきた。
彼は敬々しく頭を垂れながら張り付いた笑顔を向けてきた。
「こ、これはこれは王国の兵隊様方…、このような辺鄙な村に何か御用でしょうか…?」
「恐れる必要はない、これを見よ、貴殿らがヘルトの傭兵ギルドに出したグリフォンの討伐依頼書だ」
「そ、それはッ…、もうご依頼してから随分経ってしまい、諦めかけていたのですが…、まさか?」
「この一件、我らヘルト連合王国魔闘士団所属魔法剣技隊が解決する、異論はあるか?」
「めッ、滅相もございませぬ! 冒険者が来るとは思っていたのですが、まさかヘルトの兵隊様が来るとは予想しておらず…」
「異論なしだな、ではギルドに払った金の内、ギルドの仲介料を引いた金は貴殿に返し致す、我ら公務にて参っているのでな」
「おぉ…、なんというご高配、感謝の言葉もございません」
「そこでだな、長よ、折り入って頼みがある。 数日ここに寝泊まりしたいんだが、村の空き地を貸してもらえぬか?テントを張りたいのだ」
「空き地にテントなど滅相もない! こ汚い村ではございますが、できる限りのおもてなしをさせて頂きたく!」
「否、我ら自活のための装備は揃えている、気遣いは無用である」
「左様でございますか、であれば…、あちらに布告の場がございます。
どうぞお使い下され」
「ふむ、使わせてもらうぞ」
「ははぁッ」
長は金の入った革袋を高く持ち上げ、俺達のことを声高に叫ぶ。
状況を理解できた村人たちも、まだ何も解決していないにも関わらず揚々と喜んでいる。
村人に案内されながら布告の場に向かう途中、幼い少女が俺たちをじっと見つめていた。