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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
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59 - 不屈の華⑥

『おい!!こっちの酒まだかよ!?

 早くしろよ!』


『うっさいねー、こっちも手一杯なの見りゃわかんだろう?

 大人しく待ってろよ、田舎もん!』


『ああ!?んだとこのアマ!!』



顔なじみの有能な傭兵連中は仕事に困らない。

いまこの傭兵ギルドにいるのはほとんどが外国そとからきた連中だ。

十代後半くらいの威勢のいい青年がギャンギャン喚き散らす。

あーったく、よくも他所の国であそこまで図太く振る舞えるもんだね。



「お姉ちゃん、あと一人、あれでいいんじゃない?」


「リリーもそう思う?」


「うん、馬鹿そうだもん」


「ひっどい言い草。

 ちょっといってくるよ」



私は厨房に声を掛け、エールの瓶を持つと喚き散らす青年の対面に座った。

剃り上げた眉毛の鋭い眼光が私を見据える。

この寒い時期にこんな薄着でよく出歩けるなぁ、まぁ、金が無いんだろうね。

体つきも貧相だ、とはいえとりあえず人を集めりゃいいって話だし、気にしなくていっか。



「よぉ、酒を持ってきたよ。

 あたしはアレッサ、傭兵ギルドのファミリーメンバーさ、よろしくね」


「へへへ、気が利くじゃねぇか、火傷顔の女。

 その面ぁいったいどうしたんだい?

 おいおい、右手もねぇじゃねぇか!ひでぇなぁ!はっは!」


「……ちょっといろいろあってね。

 こいつはあたしのおごりさ、遠慮なく飲みなよ」


「遠慮なんかするかよ」



一瞬発した私の殺気にも魔力にも反応なしか。

なにをいちいちこんな確認をしてるんだろうかね、私は。

まぁ、慣れないことをしていることと、払拭しきれない罪悪感からの行動なんだろうね。

私は懐から出したペラ一枚の書類をそいつの前に出した。

怪訝な表情でエールを飲みながら、そいつは書類に目を向ける。



「俺ぁ字が読めねぇんだよ」


「そう。いまね、ここで義勇軍に加わりたい人間を募集してるの。

 報酬は入隊だけで金貨三枚、入隊したら月に銀貨二十枚、衣食住はタダよ。

 金貨はこの場で渡してあげる」


「マジかよ、俺ぁ金貨なんて見たことねぇぜ。

 でもよ、戦争が始まったらどうすんだよ?」


「さぁ? そうなったらそうなったときじゃない?」



私の一言に青年は押し黙った。

額に汗をかきながら、やはり戦争に行くという現実を受け入れがたいのだろう。

仕方ないなぁ、あの話を出すか。



「ちなみに、戦争中も軍には何人か女の子がついてくるわよ」


「はぁ? どういうことだ?」


「まぁ、戦争に行くってなってもそういう相手には困らないってこと。

 タダじゃないし、種族もいろいろだけどね。

 あと、いま軍人なら王都の売春街で割引があるわよ。

結構金が入るんだし、余裕で遊べるんじゃない?」


「マジか! 入るぜ、義勇軍!

 どうすりゃいいんだ!?」


「ここに名前を書いて、あと泊まってる宿を教えて。

 私が書いてあげる」


「おう、名前ぐらいなら書けるぜ」


「……書いたらもう戻れないわよ?」


「何いってんだ? 生きて帰りゃいいだけだろうが、へっへへ」



一応、警告はしたけど、彼はもう用紙にサインをしてしまった。

軍から最初に要請された義勇軍の募集人数には達した。

正直、良心の呵責が起こるけれどもここで生きていくと決めた以上、今後いくどもこうしたことは経験するはずだ。

その都度、自分の心を痛めていては切りがない。


私はその場で軍から預かった革袋の中の金貨三枚を青年に渡す。

いままで持ったことがない大金を手にして狂喜している。

そうだね、そのお金で一時の快楽に耽るのもいいかもしれない。

あなたの人生に、幸があることを祈っているよ。


あたしは書類を手にリリーの肩を叩いて束にした書類を彼女と一緒にウィルデさん…、ううん、お母さんの元に届けた。



「お母さん、義勇兵の契約書、まとまったよ」


「すごいよね、お姉ちゃん交渉事がすごく上手だよ!」


「うん、お疲れさん。

 リリー、革袋の残りの金はうちの取り分だから金庫に入れといて。

 あと悪いけど、波止場の事務所にいるルキにこのまとめた契約書を持っていってちょうだい。

 陸軍の連中がいるかも知れないけど、あんたは相手にしなくていいから」


「任せて! お姉ちゃんは先に休んでご飯食べてね!」


「うん、ありがとう」



手早く事務所の奥へ行ってお金を金庫へしまい、リリーはそのまま宿屋から出ていった。

逞しいなぁ、感傷的になっている私も見習わないとなぁ。

そう思いながら出入り口を見つめていたら、お母さんに肩を叩かれた。



「アレッサ、ちょっと話そうか」


「あ、うん」



私はてっきり食事をしながら一緒に休憩かと思ったんだけど、誰もいない資材倉庫に連れて行かれた。

いっけね、何かヘマしちゃったかなぁ…。



「仕事はどう?」


「うん、うまくやってると自分では思うんだけど…。

 何かしちゃったかな?」


「逆さ、よくやってくれてる。まさかこんな即戦力になってくれるなんて。

 大助かりだよ」



よかった、素直に嬉しい。



「でも、まだ感情的な迷いはあるみたいね。

 もし辛いなら他の仕事をやってもらってもいいんだよ。

 やることならいくらでもあるさ」


「ううん、多分、事務仕事よりも口と身体を動かしている方が合ってると思う。

 相手にちょっと感情移入しちゃうだけ」


「そうだね、因果な商売さ。

 大丈夫だと思って依頼したやつが行方不明になったり死体で帰ってきたり、もう数えるのも馬鹿らしくなるほどあった。

 リリーもいろいろ悩みながら逞しく育ってくれた。

 あんたを見ていてそれを思い出せたよ」


「いやー、本当にそれは同感」



そうなんだよね、別にリリーが薄情な人間に成長したわけじゃない。

不条理を受け止めて生きていく術を身に着けたんだ。

その点、おそらく私の方が何歩も遅れているだろう。


少しの沈黙のあと、お母さんがタバコを口に咥えた。

私は慌てて制止しようとしたけど、お母さん自身が先に気づいて火は付けなかった。

ここ、銃器用の火薬や引火性の薬品も保管されてるから火気厳禁なんだ。

どうしたんだろう、この人がそれを忘れるはずがない。

吸いそこねたタバコをぐしゃりと握りつぶしてお母さんは口を開いた。



「アレッサ、あんたに伝えなきゃならないことがあるんだ」


「うん……」


「あんたの…、情報部の監視は今朝を持って命令解除された。

 どういう意味かわかるかい?」


「そっか、二人ともったんだね」



シルフ隊長とアーニャと別れたあと、しばらく情報部の監視の目は厳しかった。

もしかしたら恐れていた事態が起こるかもと怯えていたけど、商工会のおかげで誰にも危害が加えられていないことがすぐにわかって安心していた。

そして、私への監視の目がなくなったということは、もはや二人と私が接触する可能性がなくなったということなのだろう。



「元魔法剣技部隊の子供たちは、全員兵役を免除された。

その代わりにヒルディスヴィーニの信徒として武装部隊に入ったけどね。

それと、ヒルディスヴィーニと商工会の連名で布告を出した。

軍は二度とあんたに関わらない、元魔法剣技部隊の子たちもパウルの指揮がなければ基本的に戦場送りにはならないはずさ」


「そっか」



久々に涙が出てきた私を、お母さんが抱きしめてくれた。

覚悟していたことだ、それ以外は少なくとも現状でもっとも良いところに収まってくれた。


外で食事を摂ってくると伝えて、あの突堤のある港まで歩いた。

荷降ろし専用の場所で繁華街から離れているから人はそれほど多くない。

切り株を椅子代わりに広大な湖を眺める。今の私にはちょうどいい雰囲気だね。


しばらくボーッと眺めていたら私に近づく人がいた。

傭兵ギルド夫妻の五人兄弟の長男、ラルフだ。

私と一番歳が近い。



「アレッサ姉さん」


「よっ、ラルフ。

 波止場の事務所はいいの?」


「リリーが代わってくれたんで大丈夫っす。

 軍人共の相手も面倒なんで」


「へへ、わかるよ」


「飯、食ってないですよね?」



ラルフは大きな紙袋に包まれたサンドイッチをくれた。

脂身の多い一枚ステーキに僅かな野菜と香辛料のソースが入った肉体労働者向けの人気商品。

現役の頃はみんなでよく食べたな。

つい懐かしくて、中身を見たまま思い出に浸っていたら不安げなラルフの声が降ってきた。



「あの……、もしかして嫌いでした?」


「いんや、大好物さ。

 でもあたしこんな身体でしょ、もうあんまり動けないから。

 次からはもっとヘルシーなやつを所望する!」



袖先が余っている右腕をぶらぶらさせながら、努めて明るく振る舞った私だけど、ラルフは何か不満げに口を開いた。



「アレッサ姉さん、自分の身体のこと卑下するのやめてください。

 そいつは国を守った名誉の傷だ。聞いてると俺らは辛くなります」


「そ、そっか…、ごめんね。嫌な思いさせちゃって」


「そうじゃねぇっすよ、姉さんは今も変わらず綺麗です。

 そんなこと言ってたらエアンストの旦那も悲しむと思って」



私の横の地面に座り込んだラルフはそんなことを口にして、慌てて言葉を訂正しようとした。

エアンストの名前はまずかったとでも思ってんだなぁ。

なかなかいじらしいところがあるじゃねぇの。

サンドイッチを横において、お父さんに負けないほどの巨体でビクついてる坊主の頭を笑いながら撫でてやる。

私が怒っていないことに多少安心したみたいだ。



「お前さぁ、そんなクサいセリフが吐けるくせになんで女にモテないんだろうねぇ!

イイ男だと思うんだけどなぁ! あっはっはっは!」


「ひでぇっす……」


「ふふっ、ありがとうね、結構元気でたよ」



サンドイッチを頬張りながら私は考えた。

人の人生と幸福を華に例えるなら、半ばにして無惨に摘み取られたり枯れてしまったり、必ずしも華咲かすこと叶わずに終わることもあるのだろう。

私という華は幾度も踏みつけられてしまったけれど、かけがえのない大切な人々の手で支えられていま再び天を仰ぐことができている。

ならば私は今度こそ最後の瞬間まで地に伏せることなく咲いてみせよう。

私は、不屈の華だ。



不屈の華 -完-

本章完結になります。

いつになるかわかりませんが、次の章が書き上がったらまた投稿します。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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