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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
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52 - ブラザーフッド㉓

パウル、アーニャ、シルフの3人は猛烈な湿度に包まれた暗い地下道を歩んでいた。

カビと苔にまみれたコンクリートでできたそこはあちらこちらに道が分岐しており案内がなければ間違いなく迷うことになる。

先頭を歩くパウルのランタンの炎にときおり鼠の影がちらついた。



「こんな地下通路があったのかぁ……、この上って湖だよね、おっさん」


「その通り。ヘルトの建国とほぼ同時期に作られたので相当古い通路です」


「よく水没しないで残ってんな」


「当時の魔法技術の粋を集めて作られたそうですからね、ただのコンクリートではりませんよ。

 ここはヒルディスヴィーニと商工会の一部だけが知っている場所、王族であっても存在は秘匿されております」


「王族がしらないって、それ通路の意味ある?」


「いざという時に我が君に出奔しゅっぽんいただく時は我々ヒルディスヴィーニの使者がお供するという決まりなのです。

 まぁ、今の今までその時はやってきていない。大変幸いなことです」


「ふーん、この通路を出ればクラフト区に出るの?

 あたしらはそこから歩けばいい感じ?」


「いいえ、ベン・アイゼンハワー様がいる私邸へ直通の通路がございます。

 この分岐する通路のほとんどが商工会の保有する特定の土地の地下と繋がっております」


「そっか、不法侵入する必要はなさそうだよ、シルフ」


「ええ、揉め事を起こさないに越したことはありません」



方向感覚の失いそうな真っ暗な道を歩く。

相当に深くに作られているのか、彼らの足音以外は何も聞こえない。


そのうち、重厚な扉の前でパウルが止まると、金属製リングに大量にぶら下がった鍵から一つつまみ上げ、施錠を外す。

その先には螺旋状となった階段が上へと延々と続いていく。

そこを登り、そろそろ地上かと思われた踊り場に大量のワインが保管されていた。

ランプを持ったパウルが興奮気味に棚に寝かせられた一本を持ち上げる。



「東北部地方、帝国領で作られる高級品ですなぁ。

 あの方もなかなか趣味がいい」


「これから戦争しようって敵国の酒を褒めるって矛盾してんな」


「酒に罪はありませんよ。

 どれほど憎しみ合っても、すべてを拒絶することはできない。

 あなたも年を取ればいずれわかることです。

 さぁ、私が案内できるのはここまで。早課の鐘がなるころにまたここに参ります。

 必ず迎えにきますから、待っていてくださいね」



パウルは先程のワインを懐にしまうと、ランプを持って鼻歌交じりに階段を降りていった。

アーニャとシルフはいくつかの仕掛け扉を突破し、地下を出て薄明かりの邸宅の中を探索する。

途中にいる見張りの赤衣に気づかれないように上階へと進むと、非常に華美な装飾のされた両開きの扉が見える。

一応、ノックをするが返事はない。

ドアノブを捻ったが鍵はかかっておらず、そっとドアを開ける。


上等な革張りのソファにどっぷりと座り込み、大きなガラス窓に映る星々を見上げながら蒸留酒を飲んでいた大男がグラスをテーブルに置くとゆっくりと顔を二人に向ける。



「いらっしゃい。待ってたわよ。シルフちゃん、アーニャ。

 お入りなさいな」



---



窓際のソファから来客用のソファへ蒸留酒の瓶とグラスを持って移動しながらベンは穏やかに二人に語りかけた。

うなずいた二人は扉を閉め、ベンの正面に座る。

暖炉もないのに温かい部屋、贅沢に屋内を照らす魔法石、ベンの自作だと思われる華美な彫刻の施された剣や銃が壁を飾っている。

一刀、一挺は計り知れないほど高価だと思われる。



「元気にやってるみたいじゃない、アーニャ」


「そりゃあ元気だったけど…、いきなり会いに来るなよ。

 こっちはアレッサ姉さんの命を盾にされてるんだ、ハバー大佐の耳に入ったらどうしようかと思ったっての」


「あたしはあたしで忙しくてね。しばらく表舞台から消えていたし。

 あんたたちも南部人の世話をしてるでしょ、ここから東にまっすぐに鉄道を伸ばす計画。

 その仕切をやってるのはあたしよ」


「西方鉄道計画ってやつ? 悪いけど何も知らないよ。

 ヒルディスヴィーニの仕事はそいつらの一時受け入れやら飯の世話ばっかりだったし」


「ちょっと待ちなさい。

 シルフちゃん、エドゼルから西方鉄道計画のこと聞いてないの?」


「はい、ケルン大聖堂に使わされたときから、我々は軍務命令を受けておりません」


「最悪ね、まぁ、あの男らしいわ」



頭痛を抑えるように黙り込んだベンはグラスの蒸留酒をあおると、しばらく思案した後に話をし始めた。



「その件は最後に話しましょ。

 さっき言った通り、ドレスデン要塞の事件の後あたしは西側諸国の色んな場所を駆けずり回っていてヘルトにはいなかったの。

 こっちに戻ってすぐにパウルの使者がきて、シルフちゃんがあたしを探しているから会う場所を作るって話になって、昼間の会合が開かれたの。

 パウルの言う通り、入り口にあんたがいたからこうして会えたわけね」


「そうだったんだ、でも、オカマとオッサンって会ってもいいの?

 話を聞く感じ、お互い関わっちゃいけないかと思ってた。

 今日の会合だってあんたが来るなんて聞いてなかったし」


「良いか悪いかはおいておいて、別に国軍は口出しできないわよ。

 だって商工会と国軍はヒルディスヴィーニ抜きでことを進めていることがいくらでもあるし、

 逆に国軍を抜きにしてヒルディスヴィーニとなにかやることだってあるもの。

 宗教と商いと政治の権力は独立していて、普段から腹の中を探り合いながら利害を一致させてるのよ」


「そっか……、さっきはごめん、あんたの都合も立場も考えないで偉そうなこと言っちゃって」


「へぇー?」



なにやら感心した声を上げて上機嫌に笑ったベンはソファから立ち上がり、二つのクリスタルガラスのグラスを取ると、手元の蒸留酒を注ぎ二人の前に差し出す。



「本当に、ちょっと見ない間にいい子になったわね、アーニャ。

 腕っぷしが強いのは知ってたけど、心もしっかりオトナの女になってるじゃない。

 酒もいけるようになったんでしょ? シルフちゃんも断らないわよね?」


「……良いお酒です。

 いただきましょうか、アーニャ」


「うん、なんか飲みたい気分かも」



三人でグラスをカチャっと触れ合わせると度数の高い酒を喉に流し込んだ。

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