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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
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50 - ブラザーフッド㉑

クラフト区にある中央広場に佇む華美な教会の入り口でパウルが二人の修道女を連れ立って、アーニャ、アラベラ、イルゼと入り口で分かれるところだった。



「いやはや、やはり人々の喧騒が多いところはどうも好きになれませんね。

 アーニャ、外の見張りは頼みましたよ」


「おうよ、さっさと行け!しっしっ!」


「はぁ……、まったく可憐な乙女がもったいないですなぁ……。

 その修道衣、とてもお似合いですよ、んっふっふ!」


「エロい目で見んじゃねぇ!殺すぞ!」


「ほっほ、失礼。

 ああ、変わった方々が後から来ますが、通して構いませんから。

 一応、物騒なものをもっていないか確認してくださいね」


「あぁ?変わったやつ?」



アーニャが悪態をつこうとしたが、パウルは二人の修道女を連れて中に入ってしまった。

だるそうに教会の外壁に身をもたれかけると懐から出した紙袋から棒付きキャンディを取り出して口に咥えてコキコキと首を鳴らしながらくつろぎ始める。

アーニャのあまりのやる気の無さに呆れたアラベラとイルゼは軽くたしなめる。



「もう、ペトロヴナ伍長、もうちょっと気を引き締めてくださいよ」


「そうですよ…、ちょっと暇があれば甘いものばっかり食べてぇ…」


「別にいいっしょ、ここはヘルトのど真ん中もど真ん中、そこら中に衛兵がいるし、あたしらを監視してる情報部の兵隊もいる。

 何かするなら正面の門をくぐんなきゃ行けないし、この教会、一階には窓がないから侵入するなら上の窓からでしょ。

 あたしらに気付かれないでここを襲撃できるのなんてシルフくらいしか思いつか…ない……ね……」



キャンディを頬張りながらとくとくと喋っていたアーニャの言葉尻が小さくなり、急に表情に影が指した。

不審に思ったアラベラが彼女の顔を覗き込む。



「…どうかしましたか? ペトロヴナ伍長?」


「別に……、アレッサ姉さんならできるかなって、一瞬考えただけさ」


「ベーデカー軍曹ですか……」


「覚えてるかな、姉さんが非番の時さ、給金が出るとあたしら連れてよくこの辺の市場に連れてきてくれたじゃん。

 ときどきエアンスト兄さんも一緒に来てくれてさ」


「あはっ…、もちろん覚えてます。

 ナウマン曹長がいるときは私達の荷物を全部持ってくれて……、訓練ではすごい怖い人でしたけど。

 何も文句を言わずにずーっと私達のこと見ていてくれましたね」


「そうそう、んで、あたしらがちょっと目を離すとすぐにイチャつくんだよなぁ、あのふたりさぁ。

 それ見るたびにデートに付き合わされてる気分になってた!」


「二人とも…、誰かきました」



アーニャとアラベラの静かな歓談に警戒したイルゼの声が割って入る。

二台の華美な馬車からそれぞれ男が二人。

長髪を整髪料でオールバックになでつけ、上等なウォーリアウルフの毛皮のコートを羽織り、その男がタバコを口に挟めばそばに控える人相の悪い手下が珍しいオイルライターで火をつける。

もう片方の馬車から降りてきたのは紫の長髪を後ろで束ね、ファー付きの革のロングコートに身を包んだ大男だ。彼はすでに咥えていた葉巻の灰を指で叩きながら険しい表情で睨むオールバックの男とは対象的にずいぶんと愉快そうに佇んでいる。



「あーらあら、あんたも呼ばれてたのダミー坊や」


「そりゃあこっちのセリフだぜカマホモ野郎……。

 俺がいま一番見たくねぇツラだ」


「まだ根に持ってんのね。

 あんたが口を滑らせてベラベラ喋るからよ。そもそも、工夫こうふの調達を端からあたし頼みにしてたのが間違いだったと気づいたらどう?

 これに懲りたら鉄道計画に噛んで来るのはやめなさい。造船の方で稼がせてあげたんだから、それで我慢することね」


「ざけんじゃねぇ! ここまでどれだけの金と手間を掛けてきたと思ってんだ!

 俺が舐めた靴の数は1つや2つじゃねぇんだぞ!」


「役人共の靴を舐めるしか能がないから肝心なとこで躓くのよ。

 別に喧嘩しても構わないわよ。来週には別の商人があんたの立ち位置にいるだけ。

 誰が赤衣の子たちを食わせているかよく考えなさいな、坊や」


「ぐっ…、…くっそ……」



意趣返しのように加えていたタバコをベン・アイゼンハワーの足元に投げ捨てた男は猛烈な苛立ちを抱えたまま門をくぐると教会の入り口へ入ろうとした。

しかし、その前にアラベラとイルゼが立ちはだかり男と押し問答をしたが、彼女たちが懐にしまい込んだ得物をちらつかせるとこれまた凄まじい形相を浮かべながら渋々身体検査に応じた。

その背後で冷ややかに近づいてきたベンに、アーニャはどう対応するか困り果てていた。

すぐさま頭の中にある情報部の兵隊たちの位置を見直し、入り口で見張りをしていた彼らがベンたちの乱入で混乱しているところまでは判断できた。

あとはこの見知った男への対応を考えている間に、冷たい言葉を浴びせかけられる。



「ねぇ、そこのあんた。

 あの子達は仕事をしてるみたいだけど、あんたはボーっとしてていいわけ?

 ヒルディスヴィーニの武装僧って言うのも大したことないのね」


「あぁ? あっ…いえ、失礼いたします……」



ベンは修道衣に身を包んだ女がアーニャだと確実に気づいているがあえて見下した冷たい目線で見下ろしてくる。

アーニャの手が膝下、太もも、そして腰回りに伸びていく。

彼女の手がコートのポケットあたりを叩いた途端、ベンがその手をひねり上げる。



「いたっ!」


「ちょっと、汚い手で触んないでよ。

 あんたが一生働いても買えないような代物なんだから」



ベンに捻り上げられたアーニャの手のひらにくしゃりと紙のようなものが握り込まされた。

一瞬登った血の気をすぐに落ち着けて、頭を下げる。



「失礼…しました」


「ふん」



アーニャは去ろうとするベンの顔を上目でちらりと見た。

彼女に対して薄桃色の口紅のされた厚い唇の口角を上げてウインクしている彼の表情が見えた。

渡された紙がバレないように修道衣のポケットにしまい込んでアラベラとイルゼに合流する。



「ペトロヴナ伍長、大丈夫ですか?」


「うん、別になんてことないよアラベラ。二人も大丈夫だった?」


「別にどうってことないですけど……、嫌な感じの人たちですね……」



普段おっとりとしたイルゼの表情が珍しく曇っていた。

周囲を見渡すと、当初聞いていた話とは違い、商工会の人間とそれを警護する真紅の装備を身に着けた商工会の武装組織「赤衣」が教会のあちこちにライフル銃を構えて佇んでいた。



「うえっ! なんか腹痛くなってきた!

 ねぇアラベラ!厠ってどこだっけ!?」


「普段いくら食べても平気なのに珍しいですね、ペトロヴナ伍長。

 そこ曲がって左です」


「ありがと!! すぐ戻ってくるから!」



迫真の演技でアラベラとイルゼの元から離れたアーニャはベンに渡されたくしゃくしゃの紙を広げてそこに書かれた文字を読んだ。


”今日から三日間、終課の鐘が鳴ってから海路灯台の明かりが消えるまでの時間、下の場所で待っててあげる。

エドゼルの部下に見つからないようにね、別に心配してないけど。

久しぶりにお話できるのを楽しみにしてるわ、二人とも”

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