5 - 風を操りし者たち②
レンジャー結成時のエアンストの一人称視点で書いています。
三人称視点で書くよりずっと難しかったゾ。
俺はエアンスト・ナウマン、魔法大学を卒業してすぐに魔闘士団に入隊したばかりの魔闘士の新兵だ。
まぁ、新兵と言っても大学の士官課程を修了しているからな、はじめから階級は曹長で部下もいる。
こうまでして軍人になろうとした理由はただひとつ、親に楽をさせてやりたいからだ。
俺の親は母親も父親も元奴隷だった。
別にそれに負い目を感じているわけじゃない、この国で”市民”となって立派に働き、税も納めている。
この国はちゃんと仕事を用意してくれたし、自由も保障してくれた、しかし生活が裕福であるか貧しいか、そればかりはどうにもならない。
親父は炭鉱で働き、お袋は縫製工場で働いて必死に俺を育ててくれた。
俺は子供のころから苦労している親の背中を見て育った。
そんな俺にできることは必死に勉強することだけだった。
国が面倒を見てくれるのは義務教育まで、俺はそこで必死に勉強して、特待生として大学へ進み、一番になれなくてもそれなりの成績を残した。
最初は俺が軍人になるのは親父もお袋も反対した。
いくらこの国が大きくても、何があるかわからない、それを両親は心配したんだ。
俺は必死で説得した、今まで育ててくれた恩を返したい、楽にさせて上げたいってな。
そんなものは必要ないって言ってくれたけど、最後は「お前の好きな人生を生きろ」と親父が言って話は終わった。
幸い、俺には魔法の才があった。
魔法使いであることは、俺にとって最大の幸運だと思う。
技能職である魔闘士は一般兵科と比べても給金がいい、家柄がものをいう騎士団とも違い努力と才能で上を目指せる。
俺は絶対に出世して、親に良い暮らしをさせてやりたいんだ。
入隊してから二ヶ月ほど過ぎ、季節は夏に入りつつある。
学生の時から軍隊という気質には慣れているから、他の同期よりは環境に慣れるのは早かったが、初っ端からの激しい訓練は否応なしに兵士としての自覚が芽生えた。
…実は、俺は今、不安を抱えている。
上官であるエドゼル・ハバー中尉から呼び出しを受けたからだ。
何かまずいことをしたのか、と考えてみたが思い当たることはなにもない。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり生真面目な方だと思う、軍隊の規範は厳守しているし、プライベートでも自己管理に余念はない。
咎められるようなことはひとつもない、はずだ。
いかんな、こんなことで心を乱されては。
俺はいずれ、あの人を超えることを目標にしているのだから。
エドゼル・ハバー中尉、単なる一兵卒から現在の階級まで上り詰めた叩き上げだ。
飄々とする態度と言動、それでいて人の心を掌握し、見透かすような目で見る、正直、俺の苦手とするタイプだ。
そんな彼は結婚して去年は子供も生まれたんだっけか。
ノックをし、相手の許しを待って、彼の執務室のドアを開ける。
俺の知らない男が二人、その対面にハバー中尉が座っていた。
「エアンスト・ナウマン、中尉のご命令により参りました」
「うん、忙しいところ悪いね、座ってくれ、あともうひとり来る予定だから」
俺は金髪で長髪の男の隣に座る。
呼び出されていたのは俺だけじゃないのか、ますます何の要件なのか分からんな。
しばらく無言のまま座っていると、廊下をドタバタと走る音と同時に、勢いよくドアがノックされた。
ハバー中尉が入室を促す。
扉が開くと上がった息を整えながら赤毛の女が入ってきた。
「ア、アレッサ・ベーデカー…中尉のご命令により参りました!
出頭が遅れ申し訳ありません!」
「いや、まだ命令時刻になってないよ。
忙しいところ悪いね、さぁ、座って」
アレッサと呼ばれる女は俺の右隣に座った。
「コーヒーでも飲む?」とハバー中尉が言ったが、アレッサを除いて俺たち男衆は遠慮した。
高級そうな豆の香りが部屋に漂う、彼の趣味なのか、これまた洒落たデザインのカップを二つ持ち出し、コーヒーを注ぐと片方をアレッサに差し出した。
彼女はテーブルに積まれた角砂糖をドバドバ入れる、人の嗜好にケチを付けたくはないがいかがなものかと思った。
「さて、全員揃ったし、本題に入ろうか。
どんな話し方にせよ混乱するだろうから、単刀直入に言う。
君たちには魔闘士の新設部隊に入ってもらう」
新設部隊という言葉に一同驚いた、もちろん俺もだ。
アレッサは飲んでいたコーヒーがまずいところに入ったのかむせている。
「ふむ、まぁ驚くだろうね。
エアンスト君、僕ら魔闘士の基本的役割はなんだろう?」
「はっ、前衛の防御陣形の背後より破壊魔法による火力支援を行うことであります」
「うん、模範的回答だ。
前衛を担うのが歩兵、後衛には魔闘士、あとは回復や防御なんかができる僧侶や治癒士がいれば最小の布陣ができるわけだが。
僕が考えているのはこれらの役割を一人で担うことができる兵士を育てることなのさ」
そこまで言って、彼はコーヒーに口をつけた。
後衛も前衛も担うことができる兵士?
確かに、俺たち魔闘士だって基本的な白兵戦の訓練はするが、それは前線が崩されて接敵された時の応戦のために学んでいるに過ぎない。
全てを一人でっていうのは、一体どういうことだ?
そう考えていると、一番左端に座っている、ブラウン色のおかっぱ頭の男が口を開いた。
「ハバー中尉、私もカールも魔闘士の中では補給部隊です。
中尉が仰るような部隊では、やや実力不足かと存じますが…」
「ヨハン君、そこだよ!
君の専門分野はマナ鉱石の加工だろ、カール君は魔法薬学が専門だ。
僕が考える部隊は専業化されているあらゆる分野を扱える、それこそ単騎での任務遂行が可能な万能技能兵を育てることなのさ。
部隊の名前はそうだな…、魔法剣技部隊…、なんてどうだろう!?」
ハバー中尉が大げさな手振りで熱く語る。
言っていることはなんとなくわかった、そしてこれはチャンスなのではないか?
全く新しい新設部隊の創設メンバー、ここで武勲を上げれば一気に出世への道が開ける。
そう考えれば俄然やる気になってきたぞ。
ここで、コーヒーを飲み終えたらしいアレッサが遠慮がちに手を挙げる。
「あのー…」
「なんだい? アレッサ君」
「中尉の仰ることはわかったのですが…、私たちだけで…その兵士になるというのは…」
「ふふ、わかっているよ、ちゃんと手本になる人間は用意してある。
新しい部隊で君たちの上官になる人間だ、呼んでくるから待っていてくれ」
ハバー中尉はなぜか意気揚々と部屋を出ていった。
あの人はあんなキャラなのか?
にしても、俺達の上官になる人か…、面識はあるんだろうか。
話を聞くに、白兵戦にも精通している魔闘士ということになるが、そんな器用な人間は心当たりがないが…。
何やら扉の向こうで言い争いが聞こえる…、ドアが一旦開きかけたかと思えばすぐに閉められた。
しばらく様子を見ていると、今度こそしっかり開かれたドアからハバー中尉と…子供? が入ってきた。
「やぁ、遅れてすまないね…はぁはぁ…。
彼が無駄な抵抗をするものだから…」
「抵抗ではありません、抗議をしているのです、ハバー殿」
「ハバー殿じゃない、君も軍人になったんだ。
私のことはハバー中尉と呼べ、君の上官だぞ」
「籍を置くだけで良いといったではありませんか!」
「そうでもしないと、こんな無茶な話、君も了承しなかっただろう!?」
「無茶な話だと自覚しているんですか!? それは驚きです!!」
俺たちの視線はハバー中尉と口論している彼に向けられる。
黒髪に黒い瞳、声変わりしているので男だと分かるが、顔はどっちともつかない中性的で整っている方だ。
歳は十五、六くらいか、この国では十六歳で成人と扱われるが、ちょうどそれくらいだ。
背も高くない、女性であるアレッサと大差ないな。
にしても燕尾服が全く似合っていない…、完全に服に着せられている感じだ。
しばらく呆然と二人のやり取りを眺めていたが、例の彼が諦めたように対面の椅子に座る。
ため息を付きながらハバー中尉も彼の隣に腰掛けた。
「ふぅ、見苦しいところを見せたね。
彼が新しい部隊の隊長を務めるシルフ君だ」
「…シルフと申します、以後お見知りおきを」
この…少年が俺たちの隊長!?
今の俺は、きっととんでもない表情になっているだろう。
だって、思っても見てくれ、目の前の男は年端もいかない少年だぞ。
そんな彼を隊長だなんて、そんな…。
そんな俺の表情を見たのか、それとも全員俺と同じ表情になっていたのか分からんが、ハバー中尉が口を開く。
「まぁ、困惑するのは当然だね。
彼には、彼の持つ全ての技術を君たちに習得させるよう命じてある。
いいね、シルフ君」
「ここまできたらお受けする他ないでしょう。
受ける以上は責任を持って任を遂行致します。
ただ、この職務に付く間も城へは出向かせて頂きますが、宜しいでしょうか?」
「それは君の裁量で自由にしたまえ。
ただし、隊の活動に支障がないように、常にこっちを優先して行動すること、いいね?」
「承知いたしました」
「では、後は若いもの同士、ごゆっくり」
そう言って席を立ったハバー中尉は手をひらひらとさせながら執務室を出ていった。
その後姿を、頬を膨らませ睨みつけるようにシルフ殿が見ている。
なんとも少女的な仕草だが、中性的で幼い顔立ちのせいか、妙に似合っている。
俺達と向き直ったシルフ殿だが、しばし沈黙の時が流れる。
聞きたいことは山程あるが、どこから切り出せばいいか…、そう思っているとアレッサが先陣を切った。
「あのー…、シルフさんはいつから軍隊に入ったんですか?」
「…昨日です」
「それまでは何をしてたんです?」
「王城にて、ヴェリーヌ女王陛下とソフィア王女の身辺のお世話を。
使用人のようなことをしておりました」
「わぁ、それってすごい!」
こんな状況でも物怖じしないアレッサ、肝が座っているのか天然なのか?
しかし使用人だと、ますます戦闘からはかけ離れている。
だがアレッサが喋りはじめたおかげで俺も発言しやすくなった、思い切って聞いてみよう。
「シルフ殿」
「はい」
「貴殿はどのような経緯でここへ?」
「…一年と少し前に…、流れ着きました」
「では奴隷であったと?」
「いえ、そういうわけでは…」
「それ以前にどこかの国で従軍のご経験は?」
「…いえ、ありません」
「では、戦闘のご経験は?」
「まぁ、それなりに…」
「それはいつ!? どのような相手だったのか!?」
勢いあまって声を荒げた俺の脇を金髪の男、カールが肘でつく。
しまった…、噛み合わない会話につい熱くなってしまった。
シルフ殿の視線が伏し目がちになる、場を取り繕おうと頭を働かせているうちに彼が口を開く。
「私は、魔物も人も大勢殺してきました。
殺した人間の数も顔も覚えてはいません。
こんな話で皆さんの信用を得られるのなら、詳しくお話しますが、如何ですか?」
「い、いや…結構だ…」
事もなげに話す彼だが、その目から伝わる冷たい視線を受けると背中に嫌な汗が滲み出る。
この凄みが、彼の言葉が嘘偽りのないものだと理解させる。
こんな言葉を紡ぐこの少年は一体どのような人生を歩んできたのか、俺の浅い人生経験では想像ができない。
また、沈黙が続く。
こんな雰囲気にしてしまったのは俺のせいだ、何か…、何か場を和ませる話をしなくては…。
しかし、またしても沈黙を破ったのはアレッサだった。
「もー、みんなさぁ…、初めて会ったならしなきゃいけないことあるでしょー?
自己紹介! あたしはあんたたちのこと全然しらないんだけど!?」
ビシリと俺達を指差すアレッサ。
ああ、それもそうだ、俺もここにいるメンバーのことはしらない、話の流れで名前だけ分かっているだけだ。
アレッサの言葉に一番左端に座るヨハンが咳払いの後に口を開いた。
「ヨハン・アルトマンと申します。
魔闘士第三師団所属でマナ鉱石の管理を担当していました。
専門は付呪魔法ですが、破壊魔法も扱えます。
どうぞ宜しくお願い致します」
ヨハン、おとなしそうな見た目通りの礼儀正しい自己紹介だ。
続いて金髪長髪の男、カールが続く。
「カール・グレーデン、ヨハンと同じ第三師団所属でこいつとは同期だ。
専門は薬学。普通の薬も作れるが、変性魔法が得意だから錬金薬も調合できるぜ。
もちろん破壊魔法も使える。 よろしくな!」
カール、長い髪を掻き上げながらキザっぽい挨拶をする。
当ててやろう、こいつは絶対に女好きだ。
この順番でいくと、次は俺だな。
「エアンスト・ナウマンだ。
第二師団所属、後方火力部隊にいたから破壊魔法が専門だ。
よろしく頼む」
む…、前の二人が破壊魔法以外の専門分野を持っているせいか、見劣りしている気がするが…。
まぁ、虚勢を張っても仕方ないしな。
次はアレッサだが、何笑ってるんだ?
「ふふ…ふっふふふ…。
よく聞け男どもよ…、あたしはアレッサ・ベーデカー!
男だらけのむさ苦しい軍隊で健気に咲く一輪の花!
あぁ…狼のような男達の視線が痛いわ!
あ、私も第一師団の火力部隊にいたので破壊魔法が専門でーす!
趣味はお酒を飲むこと! よっろしくぅ!」
なんていうハチャメチャは自己紹介だ…。
が、げんなりしているのは俺だけのようで、カールもヨハンも笑っている。
おっと、シルフ殿も笑っている、笑顔は歳相応だな。
まぁ、彼女のおかげで場の空気は和んだから、感謝だな。
あとはシルフ殿のみだが…。
「ふふ、皆さん、自己紹介ありがとうございました。
先程の問答でお分かりだと思いますが、シルフと申します。
姓は持ち合わせていないので、シルフと呼んで下さい」
姓がない、か…。
やはり出自に謎の多い人のようだ。
「はいはいはーい!
シルフさんの特技と趣味を教えて下さい!」
「特技…ですか。
まぁ、剣術は我流ですが得意と言えば得意ですね…。
ヨハンさんとカールさんの専門の付呪と変性も心得はあります。
王城での仕事が趣味のようになっていました」
「ほほう!」
「ホントですか!?」
「王城で働いていた時の話、もっと聞きたぁ~い!」
付呪と変性魔法の心得があるという話にカールとヨハンが飛びつき、アレッサが話をぐいぐい引っ張っていく。
あれ、俺、蚊帳の外だ…。
くそ、こういう軽口にはいつもうまく溶け込めないんだよな。
こんな時、自分の真面目すぎる性格が恨めしい。
いや、だが、俺は確かめなきゃならない、この人は俺たちの隊長に相応しい人なのか。
談笑する彼らを眺めつつ、話が途切れた所を見計らって俺は立ち上がった。
「シルフ殿、頼みたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「俺と手合わせ願いたい。
ハバー中尉の人選を疑っているわけでも、あなたを見くびっているわけでもないが、俺達の上官になる人がどれほど強いのか、俺は確かめたいんだ」
シルフ殿が俺の目をじっと見つめる。
周りから止められるかと思ったが、他のやつも俺の言ったことに興味があるのか、口を挟もうとはしない。
シルフ殿は椅子から立ち上がると、穏やかに微笑んで応えてくれた。
「お受け致しましょう」
5話まで読んで頂きありがとうございました。
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