42 - ブラザーフッド⑬
「それで、用件はなんだ、アルド」
「そう急くな、王よ。
わしは貴方様よりだいぶ年を取っておる。
最近は何をするにも億劫でかなわんのでな。茶ぐらい飲ませてくだされ」
城の最上階にある展望室、四方をガラスで覆われたその場所はヘルトで最も高い場所だ。
据え付けられた望遠鏡を使えば、ヘルトの王都が一望できる。
カーリアが城へ遊びにきた折には、ソフィアとの定番の遊び場だった。
部屋の片隅にある小さな薪ストーブで沸かしたお湯でアルドが茶を沸かし、3つの器に注ぐとソフィアの茶にだけ角砂糖をを数個入れて、我先に一口飲んだ。
「此度の王都襲撃、ドレスデンの奪取奪還作戦、全て魔王オアマンドの復活に際して起きたこと。
王はどこまでご存知でありますかな?」
「アルド…、貴様…、なぜそれをソフィアの前で話す…?
いくら旧知の仲とは言え…」
「そうですか、ご存知でしたか、それは誰から?」
「王都守備隊第7師団のエトムントから、わしの親衛隊を通して内通が入った」
「ほうほう…、やはり辻褄が合いますなぁ」
「どういう意味だ?」
「エトムントが乗った船がドレスデン救出作戦の航行中に駆動機の不調か何かで船列から離れ今も行方がわからんそうでのぉ。
やつは此度の騒動でドレスデンの有事を見聞きした将校の一人、シルフが兵士三人を射殺した現場に居合わせていた」
「……ソフィアの前でその話をするな。
話が見えん、手短に頼む」
「わしの義理の息子…、エドゼルの様子がどうにもおかしくてですな。
他の将校たちと結託し、此度の有事に魔王復活が絡んでいることを隠匿しようと画策しているようでの。
あやつの権限の及ばぬはずの戒厳令を出し、この事実を知っている者たちを抱き込もうと動いております。
エトムントは王への忠誠心が強かったゆえ、やつの忠告を聞き入れなんだ、と考えると失踪した理由も納得行く。
1000年という時を経て、既におとぎ話となった魔王が復活したばかりか、その手の者に要塞を奪われ、同士討ちまでさせられた。
勇者バルドリックの色褪せぬ威光によって保たれている連合国家の秩序が根本から揺らぎかねぬ事態、エドゼルはそう考えている。
考えたくもないことじゃが、今のエドゼルにとってシルフとアレッサという女兵が生きて帰って来たのは大きな誤算ではないかと、わしは予想しております」
「シルフを軍に引き抜き、隊を持たせ可愛がっていたのはエドゼルではなかったのか…?」
「もちろんそうですとも、だが、あやつは目的のためならいかなるものも犠牲にすることを厭わん男じゃ。
あの若さで少佐の地位まで上りつめたのは、徹底的合理性と必要ならば身内も蹴落とす冷徹さがあってのこと。
やつが魔法剣技部隊などという組織を立ち上げたのは単なる道楽ではございませんぞ。
シルフという逸材に目をつけ、長い年月をかけて育てた兵士の使い道を既に定めていたと考えた方がいい。
そのほとんどがこの惨事で散っていったことも、またやつの誤算かもしれませぬが…」
「しかし、どの道、魔王復活の件は全て同盟国に明るみになるのは避けられまい」
「この先がどうなるかはわかりませぬが、その過程でシルフの抹殺が選択肢に入るとも限りませんぞ」
「……私やお母様がそばにいれば、とりあえずシルフに危害が及ぶことはない、そうではありませんかアルド老師様……?」
ソフィアは、まだ目を赤く腫らしたままではあったが、顔を上げて毅然とした態度を見せる。
「…孫を世話してくれ、姫様というご友人と引き合わせてくれた男じゃ、シルフには恩を感じておる。
エドゼルが極端な選択を取る前に、あやつの周囲を固めてやらねば。
かといって、エドゼルも娘の大切な夫、カーリアの父親じゃ。
今後のエドゼルの動向はこの老骨が引き受けましょう、王よ。あやつも義理の父であるわしには手を出さんでしょう。
姫様をシルフに合わせてやってくだされ、もしかすると…、奇跡というものが起こるかもしれませぬぞ」
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学舎の食堂の一角には魔法剣技部隊の候補生たちが所狭しと陣取り、他の部屋の子供たちには無理を言って食堂から追い払った。
総勢二十数名、女子も男子も入り交じり身を寄せ合うテーブルの中央に、寝間着姿のアーニャが陣取っている。
何を勘違いしたのか、寝間着姿のまま真剣や銃を持ち寄って集まった男女もいれば、魔法薬や付呪の分厚い本を持ち寄って破壊魔法の術式を復習している者もいる。
「みんな集まったね、本当はあたしはちょっと前にここを出て行った人間なんだけど、いろいろあって、またしばらくここで寝泊まりすることになった。
みんな、シルフ隊長と姉さん、兄さんたちがドレスデンへ行ったことはわかってるね。それについて伝えなきゃならないことがあるんだ」
アーニャの言葉に一同がざわつく。
「たぶん、悪い知らせから言っちまった方がいいと思う。
ヨハン兄さんとカール兄さんは死んだ。もっと言うと、シルフ隊長とアレッサ姉さん以外は全員死んだ」
カールとヨハンを師としていた者たちから怒号、これは男子のものだろうか、あとはただ啜り泣く声が聞こえた。
騒然となる場、アーニャは深呼吸して続ける。
「落ち着いてくれ、話は最後まで聞いてほしい。
シルフ隊長とアレッサ姉さんの二人は多分、王立軍病院にいる、重症の兵士を治療できるのはあそこしかないからね。
なんでこんな事態になったのか、それはあたしにもわからない。
あたしの顔を殴ったクソッタレが言うには、いまこの街には戒厳令が敷かれているらしい。
王都内に流入する情報は軍の検閲が必ず入るし、一般市民も当面は軍人の顔色を伺って過ごすことになると思う。
あたしも駐屯地に帰れなくなったし、あんたたち候補生も待機命令が下ってる。
今、あたしら魔法剣技部隊はハバー少佐にとって目の上のたんこぶらしい。ムカつくけどね」
アーニャはわざとらしく舌打ちをしてみせる。
「今のあたしらにできることは、正直言ってなにもない。
下手に行動を起こしてお前たちにまで危害が及ぶことが一番怖い。だから大人しくしていよう。
いま、魔法剣技部隊の正規兵で唯一動けるのはあたし一人だ、シルフ隊長でもアレッサ姉さんでもない、あたしの命令が絶対。いいね?
絶対にここを出るんじゃない、これは”命令”ってやつだ。
わかったな!?」
アーニャは肩で息をして俯いた状態から一気に顔を上げて叫ぶ。
「なんだよ!! 返事しろよ!!」
「「「はい!! 了解しました」」」
「とにさぁ、あたしこういうの初めてで慣れてないんだよ!!
さっさと自分の部屋に戻って寝ろ!! 解散!!
泣きたきゃ自分のベッドの中で泣けぇ!!」
アーニャの叫びを聞いているうちに再び涙が出てきたのだろう、鼻水をすすりながら自室に戻る者、目頭を押さえて立ち上がる者と様々だったが、全員が指示に従い動き出した。
人のいなくなった食堂にアラベラ、とイルゼの二人が残った。
アラベラは、下を向いたままのアーニャの両肩に手を置き、優しく撫でた。
「お疲れさまでした」
「うん……」
「大丈夫ですかー? ペトロヴナ伍長ー?」
間延びしたイルゼの心配そうな声に、感情が高ぶったアーニャの肩が揺れた。
「うん……」
「ペトロヴナ伍長、何もわからなかったここ数日よりも、少しは気を落ち着けられるのではないですか?
このままでは伍長も倒れてしまいますよ、あたしたちが頼りにできるのは伍長しかいないんです」
「そうですー、早く部屋に戻りましょー…、私達が一緒に泣きますからー…」
「うん…、…うん……」
アーニャは二人に支えられるようにして立ち上がり、フラつきながらも部屋に戻った。
二段ベッドの下で三人川の字になって寝ながら、カールとヨハン、アレッサ、そしてシルフとの思い出話しをしながら、泣いて泣いて、そのまま眠りについた
アーニャにとっては、悲しく悔しくも、久々に熟睡できた夜だった。
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ルイーサ・ハバーは再び思い悩んでいた。
ソフィア・プリスタインが病院に来るという連絡を受けたからだ。
今日も気絶するまでシルフに魔法を掛け続けたヴェリーヌの尻拭いをし、この世を去る軍人と何度も対峙し、痛みと悪夢にうなされる生き残りたちの阿鼻叫喚を聞きながら、山のように積み上がる書類を片付ける日常の中に、また面倒な人間がやってくる。
この国の王女、娘の親友であり親友の娘、普段の彼女に対する情愛や敬慕は病院という戦場で戦っているいまの彼女にはなく、その苛立ちは例えるなら、重症で糞の役にも立たない敵を捕虜にしなければならないようなものだ。
それでも彼女はソフィアの来訪を拒絶することはできなかった。
これはアダルハード国王とこの病院の理事である父アルドの命令だからだ。
魔法石のランプだけが照らす理事室でペンを走らせていると、ドアがノックされた。
ようやく患者の寝静まった病院の中で硬い革靴の音が複数聞こえてきていた、どうやら来たらしい。
「お入りになってくださいませ」
開けられたドアから入ってきたのは、長い銀髪を首の後ろで束ね、治癒士の着用する医療服に身を包んだソフィア・プリスタインだった。
「お久ぶりでございます。ルイーサおばさま」
ソフィアの挨拶に返事をする前に、彼女の後ろに控える兵士をひと睨みする。
「廊下を歩くときはもっと静かになさい。
苦労して寝かせた患者を起こして私達の仕事を増やすつもり?
それとも同胞の泣き叫ぶ声が聞きたいのかしら?」
「いっ、いえ…、申し訳ございません…」
「姫様の護衛はここに常駐する方に任せてもらえるかしら。
人数が増えれば増えるだけ邪魔なの。
ヴェリーヌ陛下のお付きの方だけで十分でしょう?」
「も、もとよりそう命令されておりますので、我々はこれで…。 失礼いたします…」
ルイーサに一喝された兵士たちは部屋にソフィアを残しそそくさと部屋を後にした。
よほどルイーサの剣幕が効いたのか足音は聞こえなかった。
「お、おばさま…」
「姫様、ようこそおいでくださいました…、と言えるような場所ではないことはご承知いただけるかと思います。
シルフ様の容態は未だ危険、お見舞いに行ける状況ではございません。
どうか、お引取りいただけますか?」
「見舞いではありません。
彼を、シルフを助けにきました」
「……お戯れは困りますわ、姫様。
あなたは治癒士として洗礼も受けていなければ、医者でもない。
それに、私以上に治癒魔法に長けたヴェリーヌ女王陛下ですら、シルフ様を救うことはできていないのです。
無礼を承知で申しあげますが、あなた様に何ができるのでしょうか?」
「じ、実戦経験はありませんがッ、わたくしも母に習って聖魔法の研究をずっとしてまいりました!心得はございます!
そ、それに…」
「それに?」
「根拠は何もないのですが…、なぜかシルフが私を呼んでいるような…、私がシルフを呼び戻してあげないと、あの人はずっと戻ってこない……」
ソフィアは自信なさげに俯いていたが、見上げたその目は真っ直ぐにルイーサを見つめ、彼女の心の奥底に訴えかけるように語りかけていた。
ルイーサはその目を見つめながら、最後は盛大なため息をつきながらランプを手に取った。
「あなたとヴェリーヌの性格、ずっと似ていないと思っていたけど、根っこの部分は同じね」
「え?」
「シルフ様の病室にご案内します。
ついでに、魔力切れで気絶しているおマヌケさんの看病もお願いしますわね」
書類仕事で凝り固まった首をほぐしながら、ソフィアを先導して病院の通路を歩いていった。




