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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
38/59

38 - ブラザーフッド⑨

暴力描写あり

顔先三寸で放たれた銃弾を首をひねる動作でたやすく避けてみせたライザは風魔法を纏って上体をひねり、身体を浮かせると、ブレードの突き出たブーツのつま先でシルフの頸部を横蹴りするが、シルフはその蹴撃を篭手の手首にある防刃部で受けた。

その動作を見切っていた彼女は両腰のシミターを抜き放つと、シルフの銃を剣撃で遠方へ払い除け、更に剣を抜こうとする彼の左手首を剣の柄で押さえ追撃を封じ、至近距離で顔を近づけた。



「やっぱり誘いに乗ってこなかったね、ここでの暮らしはそんなに楽しかったの?

 ねぇ、あんたが時間を超えてまで会いに来た女の子って、今はどんな子なのさ?」


「お前と問答をする気はない。

 さっさと殺して、同胞への術を解いてもらう」


「同胞? あんたの同胞はあたしじゃなかったの?」



膠着状態を解き、一歩後方へ下がったライザは張り付いた笑顔が消え、苛立ち孕んだ表情へと変化した。

シミターをフラフラと揺らしながら、なにか思案をしているかと思えば、途端に両腕のシミターから金色の魔法の刃をシルフに向けて撃ち放った。

すかさずシルフからカウンターの風の刃を放つが、相殺はできず、二筋の金色の一撃はミスリル鋼の鎧さえ断ち切るほどの高密度の魔力で、シルフの肩と腹部を貫き、鮮血が飛び散った。



---



四人と剣を交えるこの全身マント姿の性別不明の者は、彼らにとってこの上なく戦いづらいものであった。

剣さばきや身のこなしが卓越していることはもちろんだが、武を身に付けた者であればある程度体得しているはずの、殺気読みができない。

また、足元も被り物で隠れているため、足運びからの次の行動を予測することも困難である。

無機質な機械人形を相手取って戦っているとしか思えなかった。


しかし、相手の動きは四人の動きに合わせて確実に練度が上がってきている。

四人一帯となった剣撃もさばかれ、かわされ、体力だけが削られる状態が続く。



「ぼちぼち…決定打が必要だなぁ、エアンスト」


「焦るなカール…、あいつ、体力が無尽蔵なのかと思うほど足の動きが衰えん。

 このままじゃ俺たちの体力が削れてやられる。

 あいつの足を壊すぞ」


「おっし、さっさとやろう……、俺もぼちぼち限界なんだ」



エアンストの視線による合図で四人は一斉に敵と距離を取り、敵の前後左右を囲む。

エアンスト、カール、ヨハンの三人が魔力を練り上げ、風を纏うと予備動作をすることなく身体を浮かせ、鷹のように一斉に降下突進し剣先を敵の上半身に突き刺し、動きを封じる。

腐乱死体を思わせる悪臭を放つ血液が噴水のように飛び散るが、構うことなくその場に釘付けにした。



「アレッサ、やれ!!」



三人の刺突で動きの止まった敵に対し、両足を切断するためにアレッサが剣先を腰の下方向に向けながら駆け出し、マントに隠れた両足を両断した。

ほぼ攻撃手段を封じられた異型の敵が、初めて不敵な声で喋りだした。



「見事なり…、戦乱の世でなくともこれほどの猛者、戦えて誇りに思う。

 しかし我の能力を見誤ったな。もっともっと確実に切り刻むべきだった」



これまでの斬撃で多量に浴びていた敵の返り血が強力な酸に変わり、煙を出しながら、血の付着した四人の肌や鎧を焼いていった。


やつに剣を突き刺していたエアンスト、カール、ヨハンの三人は全身の鎧が酸によって溶け出したことで、慌てて剣を引き抜き、距離を取る。

足の切断された敵は、一旦地べたに倒れ込んだが、風魔法を纏い、空中に浮遊しだした。


やつの腐臭を放つ血液の特性に気づいた四人が再び体勢を整えようとしたが、肌を侵す強烈な激痛に身体がついていかない。

特に、やつの両足を切断したアレッサは顔面の右半分に浴びた血液の酸によって顔面を焼かれる激痛に悲鳴を上げながら、その場をのたうち回った。



「ふむ…、なにやら奇天烈な武具だな、木っ端の兵士共が使っていたものとは作りが違うな?」



近接していたヨハンの懐からすりとっていた銃を興味深げに眺めていたやつは、風を起こしてヨハンのフードをめくりあげると、顔面に向けて銃口を向けた。

そこへ全身から酸による白煙を上げながら転がるように銃口の先にカールが両手を広げ立ちふさがる。

彼の美しかった長髪の金髪が爛れて抜け落ち、端正だった顔も鼻先から骨が見えていた。



「先行くわ。 お前らは来んなよ」



極至近距離で撃ち放たれた銃は、銃弾はもとより、銃口から吹き出る爆風が彼の顔面を粉砕し、霧雨のように漂う血潮と、欠損した頚部動脈からの大出血が辺りに降り注ぎながら、カールはヨハンの足元に倒れ、二度と身体が動くことはなかった。



「あ"あ"ッ!! あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」



カールの死を見て、怒りと恐慌がヨハンを突き動かす。

彼は手元に残った三挺の銃をがむしゃらに敵に撃ち込み、ミスリル鋼の剣を持って、敵に切りかかった。

ヨハンの斬撃はカールを殺した銃を握る敵の左腕を跳ね飛ばしたが、先に受けた酸の血によって防御機能を失った鎧の隙間に容赦なく敵の剣が突き刺さる。

突き刺さった剣先を上下左右にねじ込まれ肝臓を損壊したせいで、ヨハンの腹部から足元には瞬く間に血溜まりが出来上がっていった。

ヨハンは胸に嵌め込まれた赤いマナの結晶体をもぎ取り、握りしめ、魔力を注ぎ込んで光らせたが、その効力が発揮される前に、命尽きた。


---


ライザの操る剣撃は銃弾すらも跳ね除けるミスリル鋼の鎧をたやすく切り裂く。

距離をあければ、魔法の遠距離剣撃を受けるためシルフは常にライザの自分の剣の間合いから離さずに身体を動かし続けた。

二刀流の彼女の剣は左右への回避が難しい、その度に空中へ上り、背後から心臓への刺突を試みるが、見抜かれ失敗する。

一方のシルフは、最初の魔法の剣撃によるハンデで徐々に動きが鈍くなってきている。

魔法を使った体術は、圧倒的にライザに分が合った。



「ちっ、マジかよ、リナス…、あんたこんなに弱くなっちまったのかよ。

 あんたがあたしに勝てないのは当然としても、弱すぎるだろうが」



ライザの剣撃のスピードとグンと跳ね上がり、二刀流から繰り出される刃が上下左右から無尽蔵に繰り出される。

額に汗を滲ませながら、シルフは必死に剣と魔力をまとわせた両手足の防刃部でそれを受け流す。

シルフは右手に徐々に魔力を溜め込むと、身体をライザの上体に押し付け剣撃を封殺し、自分の体ごと自分の火炎魔法をぶつける。

舞い上がった火柱を気にも止めず、シルフは左手に持つ剣の切っ先を、炎に包まれたライザの喉元に突き入れた。


ライザの覇気のような魔力がシルフの火炎魔法を四散させ、くすぶる煙を吹き飛ばした。

シルフの剣はライザの首筋をわずかに掠るだけに留まった。

そして、ライザの金色のシミターがカウンターとしてシルフの腹を貫いた。

血液が食道を駆け上がり、口内に生暖かい鉄の味が広がり、吐瀉物のように彼の口から吐き出される。


シルフに突き刺したシミターから手を離したライザは、彼のホルスターに収まった銃を抜き取ると、腹に剣が刺さったまま、なおも追撃を加えようとするシルフの大腿部に向け撃ち込んだ。

滑るように石畳に前のめりに倒れ込んだシルフを愉快そうに見下げながらライザは腰を落とす。



「残念だね、一緒に国潰しをしてたころのあんたは本当に強かったのに。

 ねぇ、ひとつイイことを教えてあげようか?

 ここの兵隊共に幻惑魔法と服従の魔法を掛けているのはあたしじゃないんだ。

 そう、後ろでやりあってる死霊術で作ったあたしの人形がやってるのさ。

 あんたの相手をしながら、こんな大掛かりなことをやる暇がなくてね。

 しばらくここで這いつくばってなよ、聞き慣れた…終末の音を、もう一度さ、聞かせてあげる」



---


ヨハンの命が尽き、彼の手からマナ結晶の魔法石がこぼれ落ちた瞬間、彼の腹部から剣を引き抜く暇を与えずにエアンストが敵の身体に覆いかぶさる。

エアンストに邪魔され、ヨハンの死体から剣を引き抜けず、身動きが取れない敵の腹部目掛けて彼はミスリル鋼の剣を突き入れる。

敵の真正面から突き入れた剣はそのままエアンスト自身の腹部に突き刺さり、背中に抜けた。

酸性の血液が容赦なくエアンストの体を焼き、白い煙を上げる。



「これならもう…動けまい…。

 俺と一緒に死んでもらうぞ…」


「ああ…なんという強靭な覚悟か…、敵ながらあっぱれなり。

 この腐った身体で、最後にやりおうたのが貴様たちで、私に悔いはない。

 だが…、武人として、最後まで抗うぞ」



そう告げた敵はヨハンの躯から剣を抜き取ると、エアンストの首を自分の首ごとそぎ落とそうと剣をふるった。

だが、最後に残されたその剣を持つ右腕が、横から薙ぎ払われたアレッサの一撃で跳ね飛ばされる。

アレッサは、四肢をなくした敵と串刺しになっているエアンストに寄り添い、焼けただれた顔に笑顔と涙を浮かべて、意識が朦朧としているエアンストに呼びかける。



「ずっと…ずっと一緒にいるって…いったでしょ…。

 生きる時も…死ぬ時も…、あなたと一緒…」


「アッ…アレッサ」



アレッサは鎧の胸元に飾られた赤いマナ結晶を手に取ると、強く強く魔力を込める。

その結晶をつかむ手に、今にもこと切れそうなエアンストの手が伸びる。

共に散ろう、そういう意味だと感じたアレッサは、そのマナ結晶を乗せた手のひらをエアンストの手に重ねた。



「アレッサ…愛しているよ…」


「あたしも愛してる…、だからずっと一緒に…」


「だから……、君は……、生きてほしい」



アレッサの手に光る赤いマナ結晶を掴み取ると、エアンストは幾ばくも残っていない生命力の大半を使い、巨大な疾風を彼女に浴びせた。

彼女の身体は砦の塀を越え、漆黒の水平線が見える砦の外、断崖絶壁を落ちて、暗い海に消えた。


もう痛みすらも遠のいてしまったエアンストは、今際の際の最後の使命を果たすように手の中のマナ結晶に魔力を注ぎ、爆発させる。


敵も自分の身体も粉微塵にされ、要塞の天井が抜け、石材の瓦解する轟音が辺りに響き渡る。

その瞬間、要塞の周囲を覆っていたような邪悪な魔法の脈動が消えた。

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