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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
33/59

33 - ブラザーフッド④

白いエプロンを着た若い女とチェニックを着た若い男、二人は顔が固定されたまま目だけをぎょろぎょろと動かしソフィアとカーリアを見ている。

エアンストの忠告も聞かずに、というより理解していないようにつかつかと近づいてくる。



「止まれ! それ以上近づくと撃つぞ!」



魔法剣技部隊が銃を構えたことに周囲にいた市民たちが悲鳴を上げながら慌ただしくその場から逃げたり、建物に避難する。

だが、やはりその男女は何の反応もしないまま、魔法剣技部隊から数メートルの地点で止まった。


女の身体がマリオネットのようにガクガクと震えだし、驚異的な動きで獣のように四つん這いになると、一直線にシルフの方へ走り出した。


一瞬だった。

シルフの左手の銃から撃ち出された銃弾が女の眉間を撃ち抜き地面に叩きつけたスイカのように真っ赤な鮮血と脳漿が地面を赤く染め上げる。

続けざまにエアンスト、カール、ヨハンの両腕に構えた銃から発射した銃弾が男の頭部、胸部を撃つ、アレッサはすでに頭部をシルフに撃ち抜かれて倒れた女に追撃の二発を打ち込んだ。


消炎の臭いがくすぶる中、殺害した二人の男女の身体がみるみる異型の形へと変わっていく。

海藻類を思わせる黒緑の筋肉質の肌、吹き飛ばなかった下顎は大きく膨張し、サメのように鋭利で巨大な歯がむき出しになった醜悪な姿へ変貌した。


ヨハンがその姿に即座に反応する。

腰に下げた弾薬袋から蝋で固められた紙薬莢の弾薬を取り出すと、銃身をスイングさせ空になった薬室へ押し込める。



「ミミックだ! 人の姿に擬態した魔物が街に紛れ込んでる!」



そう叫び上げたヨハンは銃口を空へ向け撃ち放した。

弾丸は赤い煙を上げながら上空で炸裂し、真っ赤な雲のように滞留する。

”王都内に魔物の侵入を確認した”ことを知らせる緊急信号弾だ。



「エアンスト、アレッサ、カール、ヨハン!

 四人は姫様とカーリア様を連れてムート区へ退避!

 できる限りこのことを兵に知らせて、ムート区の関所を封鎖させてください!

 アーニャ、あなたは私と一緒に残党の確認と討伐です!付いてきなさい!」


「了解しました、シルフ隊長!

 王女殿下、無礼をお許しください!」


「すんませんカーリア様、緊急なので!」



エアンストがソフィアを抱き上げ、カーリアをカールが抱き上げる。

次々に響き渡る炸裂音、すでに街中の至る所から赤い狼煙が上がっている。

建物への退避を警告する鐘がけたたましく鳴り響き、港にいる大勢の市民が身近にある建物へと駆け込んでいく。



「ヨハン!お前が先導しろ!

 アレッサ、殿しんがりを頼む!」


「任せて!」



ソフィアもカーリアも事態が把握できないまま、走り出したエアンストとカールに連れられ、どんどんとシルフから離れていく。



「シルフ!!」



悲鳴のようなソフィアの言葉に、優しく微笑みを返すシルフ、だがすぐにアーニャと共にフードを深く被り、剣を抜いて走り去っていった。



---



ムート区へと続く東西南北の橋の両門は完全に閉ざされ、跳ね橋が上がり、ムート区は巨大な湖畔の中央に立つ孤島となった。

クラフト区にある軍の全駐屯地、及び市内の兵は人に擬態するというミミックが街中を跋扈する事態に総動員で対応に当たることとなり、王都内は武装した兵士が奔走していた。

人に擬態したミミックだが、判別が難しく、建物に避難しようとしない人の形をした者、建物への避難に遅れた市民を襲う者を討伐していく形で進行していった。


ムート区に唯一ある小さな港に、巨大な戦艦が停泊している。

ムート区に住む特権階級の住民を運ぶ完全武装の戦艦、その王族用居住区の一室にソフィア、カーリア、そして貴族服を着た老齢の男がいた。



「先生!私、国に残ります!

 人々が危険にさらされているのに私がここを離れるのはおかしいです!」


「殿下、どうか落ち着いてくだされ。

 貴方様を退避させることは両陛下のご指示なのです。

 それに街へ出る門は閉ざされてしまいました。

 我々にできることは…、残念ながら何もありません」


「で、でも…」


「午前にも言いましたな、殿下はまだお若い、功を焦る必要はないのです。

 民草には暖かな太陽が必要なのです。

 それは貴方様です、民のことを思うなら今はご辛抱ください」


「…わかりました」


「カーリア・ハバー様、差し支えなければ殿下と一緒にこちらでお休みになってくださいませ」


「あ、はいっ、私もその方が嬉しいです」


「それはよかった。

 夕刻になりましたらお食事をお持ちいたします。

 それでは、失礼いたします」



そういって老人は出入り口のドアを開けたところで、目の前に現れた獣人族の女性に一瞬驚いたがカーリアの保護者だということが入り口を見張っている兵士と身分証でわかると入れ違いに部屋に通した。

大きな木製ケースを持ったポエットは不安げな表情だったが、ソフィアとカーリアの姿を見て一気に明るくなる。

ケースを床に置くと両腕を広げてソフィアとカーリを抱き込んだ



「ああ!!よかった!!

 アデルから話を聞いて本当に心配しました!!

 本当に本当に……、うわぁぁぁ!!」


「ぽ、ポエット!! 落ち着いて、心配させてごめんね!」



安堵の笑顔から一転して泣き出したポエットをソフィアとカーリアの二人で慰める。

体格だけは大人の女性になっている彼女だが、泣きつく所作はまるで幼い子どものようだった

獣人族の反応なのか耳も尾も下がりきった弱々しい姿に共感してしまった二人の目尻にも涙が溜まっていた。

しばらくそんな状態で抱き合っていた三人だが、ポエットの気持ちが立ち直ったところでようやく話ができた。



「ポエット、アデルはどうしてるの?」


「ええっとですねぇー、他の女中の皆さんの面倒を見なければならないから屋敷を離れられない、ということになりまして。

 ”こんな老いぼれよりもあなたの方が適役でしょう”って言われてこちらに急いだ次第です、はい!」


「ポエット、ムート区は安全そうだった?」


「はい!ソフィア様!それはもぉーものすごい数の兵隊がぶわぁーっと街に出ていて!

 私の頭二つ分くらいありそうな背丈で重そうな真っ白い鎧を着た方々がお屋敷を守ってくれました!」


「そっか、それは多分、騎士団だね」


「おお!あれが噂に名高い騎士の方々でしたか!!」



ポエットはソフィアの話を聞いたとたん、床においていたケースを開いた。

中にはリュートとメンテナンス用の道具に混じって紙と鉛筆が入っており、紙の下に木板を敷いて猛烈に何かを書き込み始める。

時と場所を選ばない彼女の芸術に対する情熱にソフィアとカーリアは互いの顔を見て笑ってしまった。


ひとしきり笑ったあとでカーリアは思い出したかのようにソフィアに尋ねた



「ねぇ、あのおじいさんって誰?」


「王室に仕えてる魔法使いの先生。

 私の聖魔法の研究を見てもらったり、いろいろ身の回りのお世話をしてもらってるの」


「え!? 姫ってそんなすごいことしてたの!?

 ああー…ちなみに初等部の勉強内容とかって…?」


「あ…、うん、七歳ぐらいで終わってて、魔法大学の博士課程も終わってて…」


「すーっごい!! やっぱり姫ってすごいね!!」


「そんな風に言われる恥ずかしいな……」



二人は部屋に二つあるベッドのうち、片方に並んで腰掛けた。



「本当にすごいよ、姫。

 私、すごい怖くて早くあそこから離れたくてしょうがなかったのに…。

 姫はやっぱり、この国のお姫様なんだなって思った」


「ううん、私も怖いよ。

 でも、お父様もお母様も…、それにシルフも、みんな戦ってる。

 だから、私が逃げちゃだめなんだって思っただけだよ。

 でも、まだ子供の私がいたって何の役にも立たないのにね」


「…ねぇ、姫、シルフ様ってどんな人?」


「え? うーん…。

 生まれたときからずっと一緒にいて、いつも優しくて…。

 お母様に怒られて泣いてる私のそばでずっと慰めてくれたりとかしてくれてたっけ…。

 軍の仕事がどんなに忙しくても私のわがままを聞いて、約束を破ったこともない…」


「つまり?」


「うーん…、お兄さんみたいな人?」


「そうなんだぁ、姫のお兄さんなら、私アタック掛けても大丈夫だよね?

 シルフ様、見た目は女の子みたいだけど、男らしくてかっこいい!」


「そ、それは…駄目!!」


「えー?」



魔力の開放された魔法石が発する熱が内燃機関を動かし、開放された蒸気が巨大な戦艦のタービンを回し、ヘルトの湖を走り始める。

上げられた橋を抜け、ムート区の住民を乗せた船は海へ通ずる河川を下っていった。

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