32 - ブラザーフッド③
天然石のアクセサリーを扱う宝石商、魔法使いの杖や書物、魔法を使った玩具を扱う魔法商、鍛え上げられた肉体や魔法を応用した大道芸を見せる道化師のショーなど、ムート区の上流階級居住地では見ることができない様々な光景にソフィアとカーリアの二人は夢中になった。
店に入ればシルフが同伴し、外はエアンストたちが見張り、王女の存在に思わず近づいてくる市民を引き止めたりなど行った。
ただ、害意のあるはずのない市民だとわかれば、ソフィアは笑顔で握手に応えるなど、ヘルトの市民との交流も楽しんでいるようだった。
「お二人とも、お食事はどういたしますか?」
「あっ、全然考えてなかった…、カーリアちゃんどうする?」
「あたし、港沿いのお店に行ってみたい!
美味しい海鮮料理が食べられるってパパに教えてもらったんだ!」
「なるほど、そうするとリーベ区への関所から横に外れた港湾沿いの飲食街がよいですね」
「シルフ、お店選びお願いしてもいい?」
「お任せください、姫様」
シルフはエアンストに移動場所を耳打ちすると、ソフィアとカーリアの手を取り、歩き始めた。
思わず握られた手にカーリアの頬に赤みが指し、それを後ろで見たアーニャのこめかみに血管が浮かび上がった。
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クラフト区からリーベ区に続く関所の手前の埠頭、貿易品の荷降ろしが行われる港は肉体労働者が飯を求めて集まる食事処が所狭しと賑わっている。
この飲食街は魔法剣技部隊の訓練兵、候補生も頻繁に利用する場所だ。
場所柄、海産品の取り揃えも豊富で、現在、ソフィア、カーリア、シルフがいる店は魔法剣技部隊も贔屓にする海鮮パスタ中心の食堂だ。
店の女将が大盛りの皿に魚介がたっぷりと入ったパスタを持ってきた。
「まさかねぇ、王女様がうちの店の料理を食べてくれるなんてねぇ!
こんな光栄なことはないよぉ、たんと食べていってくださいな!」
「お心遣い感謝いたします。とても美味しそうです」
「あらま、本当にいい子だねぇ、益々サービスしたくなっちゃうよ」
気を良くした女将が更に数品目を厨房に向けて叫び上げたのを聞いて、ソフィアが軽いため息をついてシルフに耳打ちする。
(シルフ…、食べ切れなかったら食べてくれる?
残したりしたらすごく申し訳なくて…)
(ご心配なく、部下たちも控えていますから)
並べられた大皿の魚介パスタから少量を取皿に取ると、ちまちまとフォークで取りながら食べるソフィアと対象的に、大盛りにした取皿から豪快に口に頬張るカーリア。
「カーリアちゃん、そんな風に食べたらお行儀悪いよー」
「なーに言ってんの。あんたみたいに食べてたら日が暮れちゃうでしょ」
「カーリア様、綺麗な服がソースで汚れてしまいますよ」
「むぐッ…、ありがとう!シルフ様! えへへ!」
カーリアの口の周りのソースをテーブルのナフキンで拭きながら、運ばれてくる料理を配膳するなど世話を焼くシルフの姿を店の外から眺めるアーニャは辟易した不機嫌な表情でエアンストの横腹を肘で突いた。
店の外でサンドイッチを頬張っていたエアンストがいきなりの腹への打撃にパンを喉に詰まらせる。
「ゲホッ…、何すんだお前は!?」
「エアンスト兄さん、あたしらは一体全体なにをやってるの?
なんでここでガキのお守りのお守りをしなきゃならんの?」
「護衛任務って言ってるだろうが」
「こんな平和な国で子供襲うやつなんかいやしないでしょ。
わたしが売り飛ばされてきた場所とは天と地ほど違う」
「お前…」
反吐が出るような記憶にアーニャの表情が暗くなる。
身体に刻まれた凌辱の跡が古傷のように痛みだし、思わず両手で自身を抱きかかえた。
生まれも育ちも恵まれていて、自分には無いものを全て持っている二人の娘と、何よりそれにあれこれと世話を焼くシルフに苛立ちが止まらない。
シルフを支えて、彼とともに戦っているのは自分たちなのだから、彼にはもっと自分を見てほしかった。
アーニャの心情を感じ取ったエアンストが説教ではなく、語りかけるように柔らかな表情でアーニャに問いを投げる。
「俺は思うんだがな、アーニャ。
確かに傍から見れば誰もが羨むような恵まれた環境のようにも思えるが、あの方たちは今後の人生、どれだけ自分の選択で生きていくことができるか、わかるか?」
「どういう意味?」
「食いたいものがあればふらっと外に飯を食いに行き、会いたい時に仲間と集まって酒を飲んで、適当な仕事をして、好きな人と結婚し、子を成して生きていく。
俺たちができるそんなありふれた自由が、あの方たちには無いんだ。
ただ街に遊びに出るだけで、こんな大所帯を連れて誰かに命を預けて歩かなきゃならん。
お前は、それが幸せなことだと思うか?」
「……あんまし、思わないかも」
「カーリア様はまだ少なからず選択肢があるかもしれんが、ソフィア殿下は生涯を国に捧げて生きていかなければならない。
そんな人が唯一の友人とやっと過ごすことができる一日だ、俺は精一杯楽しんでもらいたいと思う。
シルフ隊長も同じことを思ってるんじゃないのかな。
ソフィア殿下が生まれた時から一緒にいるんだからな」
「うっ…うーん…」
エアンストに諭されて返す言葉が見当たらないアーニャは、苛立ちこそ消えないものの、楽しそうに食事をする三人を見つめ、ため息を吐き、舌打ちした。
「ちっ、しゃーねー、ガキのお守りも仕事だし、付き合ってやるさ!」
「とかなんとか言っちゃってー、本当はシルフ隊長とられて嫉妬してるんでしょ?」
「ち、ちっげーよ!
アレッサ姉さん!暑いから抱きつくなよ!」
「おーおー、可愛いねー、お前は!」
アレッサに茶化されたことでアーニャの陰鬱な気分が吹き飛んだ。
頬ずりしてくるアレッサの顔を引き剥がそうと揉みくちゃをしている間に、食事を終わらせたらしい三人が店から出てきた。
ソフィアもカーリアもパンパンになった腹を抱えて満足げな表情だった。
カーリアが満腹の腹をバシバシ叩く
「あー!食った食った!大満足!」
「カーリアちゃん…、やっぱりお行儀悪いって」
「パパとかおじいちゃんはこんな感じだけどなー。
あ、でもママがその度に嫌そうな顔してるっけ」
「カーリア様の性格はどちらかというとハバー少佐に似てるかもしれませんね」
「そうそう!パパもしょっちゅうそう言ってる!
ていっても、もう三ヶ月くらい会えてないんだー。
パパ元気にしてる?シルフ様?」
「佐官職に就かれてから一層お忙しそうですが、カーリア様のことは気にかけていらっしゃいますよ」
「そっかー、早く会いたいなー」
店の入口で会話をするシルフとカーリアを後目に、ソフィアが料理の入った温かい紙袋を持ってアーニャに歩み寄ってきた。
王族の接近にまだまだ儀礼の作法が身についていないアーニャが思わずうろたえる。
ソフィアは紙袋をアーニャに差し出すと、彼女の目を真っ直ぐに見つめて話しかけた。
「あの…、お腹すいていませんか?」
「え…?」
「お店でサービスしてもらったんですけど、食べきれなくて手を付けられなかったものを包んでもらったんです。
暑い中、ずっと外で立ちっぱなしでお疲れなんじゃないかと思って」
「え、あっ…あの…、あ、ありがとうございます…、王女様…」
「私たちを守ってくださって、ありがとうございます」
屈託ない笑顔で頭を下げる王女に、アーニャは内心ひどく動揺した。
自分が勝手に敵意を向けていた相手からの感謝の言葉に、自分に対する気恥ずかしさと情けなさが同時に込み上げてきた。
相手には伝わらないだろうが、とっさに謝罪の言葉を口にしようとしたアーニャにエアンストの冷たい声が飛び込んできた。
「おい止まれ、それ以上近づくな」
アーニャは反射的にソフィアを自分の後ろに隠し、エアンストを見る。
そこにはシルフとエアンストたち全員が、二人の男女に銃を向ける光景だった。




