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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
第一章 因果から伸びる手
31/59

31 - ブラザーフッド②

「負けた負けた負けたぁ!!ちきしょう!あぁんもう!!」


「もう!いつまで悔しがってんのアーニャ!早くこっち来な、あんた用の装備着せてあげるから」


「アレッサ姉さん…、慰めて!!」


「いつまでも甘えんじゃないの、あんたもこの国じゃ立派な大人!!

 あと服務中はちゃんと階級で呼ぶこと!」


「やだぁ!!」



シルフとの一騎勝負であっさり叩きのめされたアーニャは約束の甘いもの探究デートもお預けとなり残念無念、悔しさを幼子のように地面でジタバタしてアピールしていた。

それを保護者の目線で見守るアレッサたちは、シルフの置いていった木箱からアーニャの装備を取り出して、点検などしながら彼女が落ち着くのを待った。

どうせシルフのことだから、適当なタイミングで甘いものデートに連れ出すに決まっている。

シルフはアメを与えられてもムチを打つことはできないことを初期メンバーの四人はよくわかっていた。


ようやく諦めがついたのか、トボトボとアレッサの元に近寄ったアーニャの古い装備を脱がし、戦乙女の炉の特注品の軽装鎧を着せていく。

アレッサは着させられるがまま、うつむいたアーニャの頭を慰めるようにくしゃりと撫でた。



「あんたね、シルフ隊長に勝てるなんて本気で思ってたの?」


「んなこと思ってるわけないじゃん…。

 久々に稽古をつけてくれたから、嬉しかっただけ。

 でもシルフのやつ…、あたしの相手を済ませたらさっさと行っちゃってムカついた」


「こら、呼び方」


「シルフ隊長!」


「今日はね、ソフィア王女様がお忍びでクラフト区まで遊びにいかれるの。

 王女様がお城を出るなんて滅多にできないことだからね。

 だからシルフ隊長も色々しなきゃならないことが多いの。

 それはあんたにもわかるでしょ」


「そんなこととあたしと…、なんの関係があんのさ…?」


「今日、私たち五人はね、王女様とカーリア・ハバー様の護衛任務。

 あんたの就役後の初任務、しっかりしてもらわないと困るっての」



着付けの終わったアーニャに、ヨハンが銃の使い方を教え、ホルスターに納める。

アレッサ含む女性隊員の黒と赤の意匠と違い、アーニャの鎧は黒と青の意匠が施されている。

胸元に薄緑色、薄青色、薄赤色のマナ結晶の魔法石を組み込み、魔法剣技部隊の腕章をプラチナのチェーンで飾り、最後にミスリル鋼製の剣を腰に下げ、彼女の着付け作業は終わった。


その姿を四人は感慨深げに見つめる。



「似合ってんぞアーニャ、お前にはちっと勿体ねえな」


「そう言ってくれるなよカール、僕の仕立てたマナ結晶の魔法石もイケてるだろ?」


「お前ほど手のかかるやつはいなかったぞ、アーニャ。

 お前の軍服姿を見れて一安心だよ、俺は」


「綺麗だよ、アーニャ。

 改めて入隊おめでとう!ようこそ魔法剣技部隊へ!!」



四人から矢継ぎ早に祝福の言葉をかけられると、アーニャの頬がスーッと赤みをおびる。



「別にいままでだって一緒にいたじゃん…、なんか照れる…」


「これからは職業軍人として頑張ってもらうって意味だよ」



アレッサの伸びた左腕がアーニャの髪から頬を撫でる。

ふとヒンヤリとした感触にアーニャがアレッサの手を見た。



「アレッサ姉さん、指輪」


「あっちゃー、見つかっちゃいましたか」



わざとらしく笑うとエアンストに寄り添い、彼の左手を取って見せびらかすように掲げる。



「プロポーズされちゃいました!」


「まぁ、そういうことだ…。俺も身を固めることにした」



二人を祝福する言葉が次々と掛けられ、五人で指をじっと見つめた。



「野暮なこと聞くけど、結構しただろ?エアンスト?」


「本当に野暮だな、ヨハン。

 まぁ、蓄えはあったからな、奮発したよ」


「逆におせーくらいだよ。ヨハンに先越されてるじゃねーか」


「何いってんだお前は?

 古参メンバーで独身なのはお前だけになるぞ?カール?」


「俺ぁもうちょっと自由を謳歌してぇのさ!

 なんせモテるからな!」


「そんな余裕かましてると、行き遅れるよ~?」



鼻の穴を膨らましながら胸を張るカールにアレッサのツッコミが入り、また笑った。


アーニャは盛り上がる四人からほんの少しだけ距離を取り、幸せに満ちたエアンストとアレッサの表情を見つめる。

ここに来て、なかなか心を開けなかった自分に人としての愛情と時には厳しさを教えてくれた二人。

同じくらいの歳の候補生と一緒に別け隔てなく、父親、母親のように接してくれた二人。


五年間の思い出が一気に涙として溢れ出した。

四人は一瞬ギョッとしてアーニャを見たが、彼女は満面の笑顔で二人へ祝福の言葉を送る。



「エアンスト兄さん、アレッサ姉さん、本当におめでとう」



ひっくひっくと嗚咽を漏らすアーニャをアレッサが抱きしめて、エアンスト、カール、ヨハンも寄り添いながら、晴天の空の下、幸福な時間を共にした。



---



ムート区の関所のそばにある噴水広場にて、肩に掛からない程度のさっぱりとしたショートヘア、金色に光る二重の大きな瞳の少女は傍に控える老齢の執事と、白く美しい狼の耳と尻尾を生やした少女と3人で他愛も無い会話をしながら広場の入口へ頻繁に視線を向けながらこれから会える人物を楽しみに待っていた。

広場に建てられた背の低い時計台はちょうど正午を指し示している。



「お嬢様、参られたようです」


「おぉー!お嬢様!ソフィア様お元気そうですねー!」


「うん!ちょっと背が伸びたかな、うーん…でもあたしの方がちょっと高いね。

 シルフ様と…後ろにいるのは警護の人かな?」


「シルフ様の部隊の方々でしょう。

 精鋭の皆様だと伺っております」


「おぉ!なんと見事は装備なんでしょう!

 お嬢様!また良い詩が思いつきそうです!」


「ポエットはいっつもそれだな~!」



蒼穹そうきゅうを思わせるワンピースにリボンで纏められたプラチナブロンドの髪に真っ白な日除け帽の少女の手を取り、魔法剣技部隊の戦闘服に完全武装をしたシルフと、そのやや後方で周囲を警戒しながらフードで顔を隠した五人の魔法剣技部隊、エアンスト、アレッサ、カール、ヨハン、そしてアーニャがついて歩く。

軽装鎧の下は粗雑は衣類ではなく、要人警護用に仕立てた上等な綿の布地の制服だ。


手を伸ばせば届く距離はまで近づいたところで、ショートヘアの少女、カーリア・ハバーは夏の暑さも気に留めず、飛びつくようにソフィアに抱きついた。



「姫!久しぶり!

 やっとお城の外で合えて嬉しい!」


「うん、私も嬉しいよカーリアちゃん!」


「嬉しいからチューしちゃう!」


「もー、やだー!」



完全に二人の世界でじゃれ合う子どもたちの横で、ハバー家の執事であるアデルとガルム一族の亜人、ポエット、シルフが再会を喜ぶ。

ハバー家に呼ばれること、または王室にカーリアが訪れるたびにこの三人は接する機会が多かったが、今回はアデルの元を離れ、令嬢の安全をシルフに託す意味で、いつもと違った雰囲気があった。



「シルフ様、お久しぶりでございます。

 魔法剣技部隊の武勲はかねがね聞き及んでおりますぞ」


「シルフ様!お久しぶりです!

 ポエットは変わらず元気です!」


「恐縮です、アデル様。ポエットも久しぶりですね。

 見るからに元気そうでなによりです。

 本日はこのような物々しい格好で申し訳ございません」


「何をおっしゃるのですか、お嬢様もムート区から出るなど久々でして。

 これほど心強いこともありますまい。後ろにおられる方々もどうぞよろしくお願いいたします」



アデルとポエットに視線を向けられた四人は即座に敬礼を返す。

勝手のわからなかったアーニャだけは上官たちの所作に一歩遅れて敬礼をした。



「それでは、シルフ様、お嬢様をお願いいたします」


「よろしくお願いします!!」


「はい、終課の鐘が鳴る時刻にここへお連れします。それでは」



シルフはじゃれ合うソフィアへ手を伸ばした。

ソフィアはシルフの右手を取り、カーリアも巻き込んでシルフに抱きつく。

そのままムート区の関所を抜けて、長い鉄橋を渡り、ヘルトの市民の台所、クラフト区へと歩んでいった。

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