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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
3/59

3 - 出会い③

投稿が遅くなり申し訳ありません。

結局、あーでもない、こーでもないとダラダラ書き続けて1万強の文字数となってしまいました。

次からは3,4千文字程度でコンスタントに投稿して行こうかなーと考えています。

ヘルト連合王国に大変革をもたらしたものが魔法機械だ。

魔法使いが体内のマナを源として魔法を発動するというのは先に説明したが、マナはこの世界のあらゆる物質に普遍的に含まれている。

人の体内にあるマナを魔法として使えるのであれば、マナを含有する物質に魔法の属性(地・水・風・火・光)を与えることができるという考えから生まれた魔法を「付呪ふじゅ」といい、これを行える魔法使いを「付呪師ふじゅし」と呼んだ。


付呪された品々はこの世界では古くから魔導器と呼ばれ、魔法使いたちに愛用されており、歴史は長い。

ただし、付呪された呪物が効力を発揮するには使い手に魔力が必要なため、必然的に魔法使いだけが扱えるものとされてきた。


これを魔法使いを介さず、属性をもった呪物、主に付呪された魔法石から神秘の力を人工的な機構を用いて取り出すことに成功したのはヘルト連合王国にあるヘルト魔法大学院魔法工学科のドワーフの研究者達だった。

これに改良を重ねて作り出した魔法機械の中でも空間を冷却する魔法機械はこの国の食糧事情を激変させた。


比較的長期の保存が可能な穀物類だけでなく、野菜や肉・魚といった生鮮食品までも塩漬け、燻製、乾燥をさせずに年単位の低温保存を可能にしたからだ。

大量の食料を備蓄できるということは、それだけ多くの人間を食わせることができ、一、二年程度の不作があっても飢饉を恐れる必要がなくなったことで急激な国力の向上につながった。

食品の価格は下がり、飲食店は常に豊富なレパートリーを提供でき、庶民は多種多様な食事におおよそ年中ありつくことができるようになったことで、一気に花開いた食文化はこの国への来訪者の増加による外貨獲得と多くの投資家の移住によって強力な経済基盤を作り上げたのである。

この魔法機械は同盟国に輸出されているが、核となる魔法機械の構造は秘匿とされており、消耗品である魔法石もヘルト連合王国で製造されているため、それらも国の重要な収入源となっている。

この技術を持っている上級職人達は特別な優遇とムート区での居住が許されており、人材流出防止にも余念がない。


「何よりも暑い夏に冷えたエールを飲むことができるってぇことは最高だな!」と国民たちは口を揃えて言うのだった。



シルフ、ソフィア、ハバー家一行はムート区の関所を抜けてクラフト区の中央広場へ向かっていた。

通行証を見せられた関所の衛兵はソフィアの存在に大層驚いたが、シルフ達が事情を説明すると快く通した。

関所から歩けばすぐに中央広場があり、ヘルト連合王国の中で最も広い広場となる。

この広場は布告や祭りと様々なイベントに使われるが、そうでない場合は大抵市場が開かれ露天商の場所の取り合いとなる。

日用品、雑貨、家具、アクセサリー、食品、200平米程度の土地にぎっしりと出店がひしめき合っている。

ここから見える時計塔を備えた教会は待ち合わせの定番だ、商人のための商館、職人のためのギルドホール、庁舎などもこの広場に隣接している。

要はここに来ればなんでも手に入る、この国の台所だ。



「大変人が多い場所ですので、私の手を離してはいけませんよ」


「「はーい」」



シルフの注意に返事が二つ。

家を出てからカーリアはソフィアにべったりと引っ付いて離れなかった。

仲のいい姉妹のように腕を組んで歩く姿に、保護者一同顔がほころぶ。


広場の喧騒から少し外れた場所に本屋があった。

四階建ての建造物の一階、二階が本で埋め尽くされた非常に大きな本屋だ。

中に入ると紙とインクの匂いが濃い、奥には活版印刷機が見えるので、製本もしているのだろう。



「カーリア、新しい本を買ってあげよう。

 おじいちゃんと一緒に見て回ろうかの?」


「姫も一緒にいくの!」


「カーリア、シルフ様は姫様から離れられないの。

 仲良しになれたのはいいけど、ママ達の言うことも聞かなきゃだめよ?」


「…はぁい」


「さて、僕も久々に見て回ろうかなぁ。

 民間の本も馬鹿にできないしね」



それじゃ後で、と、シルフの肩を叩いたエドゼルはカーリアをソフィアから引き離して奥に向かった。

名残惜しそうに手を伸ばすカーリアに、ソフィアは笑顔で手を振った。



「姫様も本を見て回りましょうか?」


「うん!」



店の中で何度も鉢合わせするのは気がひけるので、奥に行った彼らと別の方向から店内を見て回ることにした。

お世辞にも整理整頓が行き届いているは言えない陳列棚だが、大まかにジャンル分けはされているようだった。

歴史、音楽、工芸と流し見しながら、二人は二階へ続く階段を上がる。

二階に上がってすぐにソフィアはある一角に興味を惹かれたのか、シルフの手を取って足早に向かう。

そこには勇者に関する本をまとめたコーナーがあった。

勇者の英雄譚であったり、武器に関するものであったり、中には彼らの旅の間の食事をまとめたものまで、勇者という一ジャンルだけでもこれだけの本が書けるのかと感心してしまう。


ソフィアが手にとった本、印刷に手間の掛かるフルカラーの絵本である。

なるほど、これは子供の興味を惹くのも納得がいく、装丁にも丁寧な刺繍が施されている。

絵本と言っても片面が絵、もう片面は活字となっていて、幼児向けとは言い難かったが、すでにある程度文字を読むことができるソフィアはペラペラとページを捲る。

あるページでは笑顔になったり、あるページでは眉間にシワを寄せたり、あるページでは悲しそうな顔をしたり、目まぐるしく変わる彼女の表情にシルフは思わず吹き出してしまいそうになった。



「姫様、その本がお気に召しましたか?」


「うん、かわいい…」


「では、その本を私からプレゼント致しましょう」



シルフを見上げる彼女の表情は最初に市場に出かけると伝えた時と同等に光り輝く笑顔になった。

この笑顔を見れただけで、シルフは顔が綻んでしまう。

たとえ、本にぶら下がっている値札に銀貨五枚と書かれていてもである。

銀貨五枚あれば、このクラフト区でそこそこのホテルの個室に食事付きで数泊はできてしまう値段なのである。



「シルフ、読んでくれる?」


「ええ、もちろん」


「やったぁ!!」


「姫様、本屋という場所ではお静かに…」


「あ、ごめんなさい」



口元に一本指を立てたシルフの仕草を、満面の笑顔で真似る彼女だった。




―――




「はい、ありがとね。

 えー、銀貨五枚、頂戴しますよ」


「姫様、これをご主人に」



シルフは財布から取り出した銀貨五枚をソフィアに手渡す。

「え?姫?」と眼鏡を上げた店主はシルフの隣にいるソフィアを見て、仰天した。



「ソ、ソッ、ソフィア王女様!?」


「はっ、はい!」



店主の仰天にさらに仰天したソフィアは思わず後ずさった。



「ご店主、本日はお忍びで参りましたので、どうか」


「め、滅相もございません!

 王女様のお付きの方からお代を頂戴するなど恐れ多いこと…!」


「では、ソフィア王女の社会勉強ということで、どうか受け取って頂けませんでしょうか」


「さ、左様でございますか…。

 では、ソフィア王女様、恐れながら…頂戴致します」


「は、はい…」



金を渡すだけで緊張しまくっている二人だが、ソフィアは差し出された店主の手に片手を添え、丁寧に渡す。

そんな所作さえも感動したのか、店主は真新しい革袋に銀貨を入れて、呼びつけた女房に金庫に入れるよう言いつけた。

革製のブックカバーやら色とりどりの栞などをおまけにプレゼントされ、シルフは一旦断ろうとしたが、ソフィアが喜んでいるので、ありがたく受け取ることにした。



―――



ハバー家一行が本屋の買い物を終えるまで、シルフとソフィアは本屋の外で待つことにした。

途中、通りかかった女道化師が薬草の花の押し花と花蜜の飴を手渡してきた、どうやら薬の宣伝を請け負っているらしい。

残念ながら食品をそのままソフィアに食べさせる訳には行かなかったので、飴はシルフが預かった。

ソフィアが上機嫌に本と栞と押し花を眺めていると、ハバー家一行が店から出てきた。



「すまんすまん、遅くなったわい」


「ひめー!」


「カーリアちゃッ、はわぁ!?」



店から出るなり抱きついてきたカーリアをソフィアは素っ頓狂な声で受け止めた。

頬ずりまでされているソフィアは嬉しそうだが、若干困惑もしていて視線でシルフに助けを求めている。

抱きつくのはちょっと控えてもらおうかなぁ、とシルフが考えていると、「姫様が転んだらどうするの!」とルイーサが嗜めてくれた。



「ごめんね、姫…」


「いいんだよ、カーリアちゃん」



しゅんとしているカーリアの髪を撫でるソフィア、ますます仲のいい姉妹のようだ。



「それにしてもエドゼル様、ずいぶん買い込みましたね…」


「僕の分はないよ、娘のが二冊、それ以外はルイーサが買ったんだ」



10冊以上の本が入った麻の手提げバックを持たされているエドゼルの横で嬉しそうにルイーサが語りだす。



「大収穫ですわ、シルフ様。

 魔法食物を使ったお料理のレシピに、最新の魔法薬学書。

 精神疾患に対する魔法医学の最新論文も興味深いですわ」


「それ、全部読むの?」


「当然ですわ。

 この子に栄養満点の食事を作ってあげたいし。

 お勉強も教えてあげたいもの」


「ふぅ、歴代屈指の大神官様も寿退社ってところかい?」


「あら、教会を離れるつもりはありませんわ。

 私を必要としてくれる人がいる限り、一生を捧げる所存ですもの」


「まったく誇らしいよ。

 …そんなところを愛しているんだけどね」


「ふふ…、あなたが時々見せるそういうキザっぽいところを愛しているの」


「おーおー、そういうのは家に帰ってからにせんかい」



あわや口づけを交わそうとする二人をアルドが制止する。

真っ赤な顔を本で隠すソフィアと対象的にそんな両親の姿をニコニコと眺めるカーリアを見て、愛情表現豊かなのは親譲りか、とシルフは一人納得した。

エドゼルがソフィアの持っている本に気づいて口を開いた。



「おや、姫様も本を買ったのですか?」


「うん、シルフが買ってくれた」


「あら、どんな本ですの?」


「勇者様の物語?」



語尾が疑問符のソフィアは追加の説明をシルフに催促する。



「英雄バルドリック様たちの冒険物語です。

 三大ルーンの加護を受けてから魔王オアマンドを討伐した後の、この国の創生初期まで書かれているようです」


「かなり詳しく書かれているね。

 だからそんなに分厚いのか」


「まぁ、素晴らしい本を選ばれましたね、姫様。

 でも少し難しそうな本ですわね」


「シルフがね、読んでくれるって」


「いいなー、姫」


「カーリアの本はおじいちゃんが読んであげよう」


「やった!」



本の話題が尽きたところで、エドゼルが腹を叩いて進言した。



「さてと、そろそろ腹が減ったね。

 どこかで食事しよう!

 カーリア、何が食べたい?」


「お肉!」



カーリアが即答したところで、シルフはソフィアの希望を聞いた



「姫様は何を召し上がりたいですか?」


「私もお肉がいいなぁ…」


「肉かぁ、いいねっ、ガッツリ行きたい気分だ」


「普段から油こいものばかり食べているではありませんか…。

 いつまでも若くないのですから、控えて下さいね、あなた」


「何言ってるんだい。

 僕ら軍人は体力が資本さ、食べれる時に食べないと」


「そんなこと言って…、最近は内勤ばかりでしょう?

 前よりお腹が出てきていますわよ」


「パパ太ったぁ!」


「ぐっ…、面目ない…」



エドゼルの腹に抱きつくカーリアを見て、ソフィアはシルフの腹をさすりはじめた。



「シルフは…やせてる…」


「そ、そうでしょうか…?」


「もっと太らなきゃだめだよ?」


「姫様の言うとおりじゃ。

 お主は華奢で女子のような面じゃからな。

 もっと食って鍛えよ若僧よ」


「精進致します…」



シルフは苦笑いを受けべながら髪を掻いた。



「場所はどこにしようか?」


「屋台は嫌ですわ。

 人数も多いし、ゆっくり食事ができる場所がいいわね」


「なら、”フライハイト”っていうステーキ屋が大通りの方にあるんだ。

 美味い肉を出すって隊の中でも評判だよ。

 亜人の店員の女の子が可愛いって言ってたなぁ…痛ったぁ!!」



ルイーサに脛を蹴り上げられたエドゼルは痛む足を抱えて跳ね上がり、こめかみに青筋を立てた彼女は「おほほ、嫌ですわおおげさに」と彼の肩を叩いてみせた。

カーリアはそんなエドゼルに人差し指を向けてキャッキャッと笑っている。



「さ、あなた。

 いつまでも痛がってないで、参りましょう」


「ルイーサ! 手加減を考えてよ!」




―――




中央広場からクラフト区の関所まで長くまっすぐ伸びる大通りからやや奥まったところにその店はあった。

オレンジレンガの平屋、黄色文字の看板にフライハイトの店名、ただしドアに準備中と書かれた木の板がぶら下がっている。



「あれ、閉まってるのかな」



エドゼルが木製のドアに開けられた覗き窓から店内を見ようとしたところで、ドアが開いた。

現れたのはオレンジのワンピースに白いエプロン姿の犬耳の女性だった。

エプロンの背後が盛り上がっているのはしっぽがあるからだろう

なるほど美人だ、どちらかと言えば護りたくなるタイプだ、とルイーサに悟られないようエドゼルは心の中で感想を述べる。



「あ、いらっしゃいませ。

 ごめんなさい、ちょっと開店に時間が掛かってしまっていて。

 もう開けますから、中でお待ち下さい」


「あら、一番乗りなんて幸運ですわ」


「お姉さんかわいー!」


「あら、ありがとう。 

 可愛いお嬢様」



ルイーサとカーリアがエドゼルの横を抜けて店の中に入っていく。

すれ違いざまにルイーサに視線を向けられたエドゼルは、なるほど、僕の心中はお見通しか、と寒気を覚えたのはきっと季節が冬だからじゃない。


松の壁に洒落たテーブルと椅子、部屋の中央にある円筒形のガラスを被せた魔法石が店内を明るく照らし、店内はモダンな雰囲気で統一されているが、シンプルで大きめな薪ストーブの上に置かれた料理鍋で作られているスープがどこか家庭的な良さを醸し出している。

壁棚に飾られる高価な葡萄酒や蒸留酒を見るに、客層もそれなりに懐に余裕のある人間が多いのだろう。

先程のウェイトレスが持ってきた子供椅子にソフィアとカーリアを隣同士で座らせ、両脇にシルフとルイーサが座った。



「ほっほ、年寄りにはちと洒落っ気が強すぎかのう」


「綺麗なお店ね、全然煙たくなくて嬉しいわ」


「ありがとうございます!

 こちらメニューです」


「ありがとう。

 子供に食べさせるなら何がいいかしら?」


「子牛のリブロースがおすすめです。

 香辛料は控えめで、ソースは果物をベースにしているので食べやすいですよ」



ガチャリと店の出入り口が開いた。

反射的に「いらっしゃいませ」と言ったウェイトレスの言葉が尻込みになる。

入店してきた三人の男、刈り込んだ髪、汚れた服、手入れの行き届いていない毛皮のマント、全員が首筋から頬に達する入れ墨をしていて、虚ろな鋭い目つきはひと目で堅気でないとわかった。


シルフたち男衆はその三人を一瞥した後、互いに視線を合わせて認識を確認する。

首の入れ墨で分かる、奴隷商だ。

この国において、奴隷商が出入りできる店は契約で取り決めがされており、それ以外の店の利用は禁止されている。

ただ、この店が契約のされた店なのか否か、推測するなら間違いなく契約されていないだろうが、確信が持てない以上対処はできない。


「空いているお席にどうぞ…」とウェイトレスが声を掛けて、ルイーサにメニューの説明を再開しようとした。



「おい、注文」


「えっ…、すみません、少しお待ち…」


「ガキの注文が終わるまでなんか待てるかよ! さっさと来いや!!」



男の怒号が店内に響く。

ソフィアとカーリアがビクリと身体を跳ねらせ、不安な表情で互いの手を握る。

鋭い視線をしたルイーサが席を立ち上がろうとするのをエドゼルが止め、抗議の視線を向ける彼女に「様子をみよう」と耳打ちする。



「私達はもう少し考えますので、お先に伺って下さい」



シルフがウェイトレスに進言すると、「すみません…」と一言残し、おずおずと男たちの方へ向かい、テーブルの上にメニューを差し出す。

三人はひどく機嫌が悪いのか、メニューを見ることなく、ぶっきらぼうに注文をつける。



「適当に摘めるもん持ってこい、あと酒」


「…すみません、昼間はお酒をお出ししてないんです」


「ああ? 与太ぬかしてんじゃねぇぞ、あそこに酒がおいてあるだろが!!」


「すみません…、マスターの決めごとなので…」



男の一人が席から立ち上がり椅子を勢いよく蹴飛ばすと、首を鳴らしながらウェイトレスに詰め寄る。

恐怖に縮こまる彼女を残りの男達が下卑たニヤケ顔で愉快そうに嘲笑う。



「なんの騒ぎだ?」



開け放されたままの店の出入り口からコックコートを着た青年が入ってきた。

食材で膨らんだ麻袋と格好から、この店の店主だろう。

青年は早足に奴隷商とウェイトレスの間に割り込むと、奴隷商の男と正面から睨み合う。



「お前ら奴隷商だろ?」


「だったらなんだ?」


「俺の店に奴隷商の出入りを許した覚えはねぇ、出てけ」


「あぁ!? なんだぁてめぇ…、客に対してその口の聞き方は!?」


「俺の言うことが聞こえなかったのか? 出てけ!」


「マ、マスター…」


「アメリー、衛兵を呼んでこい」



アメリーと呼ばれたウェイトレスは小さく頷くと出入り口へ向かおうとしたが、残りの奴隷商たちに阻まれる。

「行かせるわけねぇだろ」と彼女の前に立った奴隷商が何かに気づいたように口を開いた。



「おい、この女、見覚えがあるぜぇ。

 何ヶ月か前にここに下ろした商品だよ! 亜人だったからよく覚えてるぜ。

 確か、胸に前の飼い主の焼印があったなぁ…へへへ」



男は彼女のワンピースの襟に手をかけると、力任せ引き千切った。

顕になった胸元には大小複数の焼き鏝の跡があった。

悲鳴を上げた彼女は両腕で身体を抱えるように前を隠して、床に座り込む。

これに激昂した店主が男に掴みかかったが、別の男に羽交い締めあい、動きを封じられる。



「てめえぇ!!」


「はっ、俺らが奴隷商だからなんだってんだ。

 おめぇも奴隷をこき使ってんじゃねぇか!

 おらどうした? 殴りかかってこいよ?

 …こねぇならこっちからいくぞ! おらぁ!!」



羽交い締めにした青年の腹部に向けて拳を突き入れ、苦痛で前かがみになった顔面をさらに数発横殴りにされる。

ぐったりとした店主の口からダラリと血が零れ落ち、糸を引いた、



「マスタぁ!!」


「非礼への詫びとしてこの酒はもらっていくぜぇ」


「マスターの店のものに触るな! このケダモノ!」



壁棚の酒に手をかけた男の頬に向けて、アメリーが張り手を見舞う。

逆上した男は彼女の髪を鷲掴みにすると、泣き腫らした目で睨みつける彼女の顔面に向けて右手を振り上げた。

───が、その腕は振り下ろされることなく、別の者の手によって掴み留められた。



「もう、そのへんにしておきなさい」



後ろを振り向いた男の視線の先に、シルフが立っていた。

笑みはなく、男の血走った目と対象的に冷ややかな視線を向けている。

興味がシルフに移った男は、アメリーの髪から手を離すと、代わりにシルフの襟を掴み上げる。


その光景に不安を感じたソフィアが席を立ち上がろうとしたところを、ルイーサが抱きとめた。

「シルフが危ない」と懇願する彼女に「大丈夫ですよ、姫様」と彼女の髪を優しく撫でた。



「よぉ…、ガキ。

 妙な正義感で首を突っ込むと、寿命を縮めるぜ…?」


「あなた方が騒ぐせいでいつまでも食事を出して頂けないので。

 どうかこの辺で立ち去っては頂けないでしょうか?」


「てめぇ、ぶち殺すぞ!!」


「…少し、落ち着きなさい」



シルフが左手の人差し指を男の前に出すと、小さく魔法の印を描く。

途端に足元がおぼつかなくなった男は、なんの受け身をとることなく床に昏倒した。


魔法などとは縁のない二人の奴隷商は、少年のような優男に仲間が何をされたか理解出来ず、店主の青年を放り出して腰に下げた短刀を抜きだした。

暴挙に出た男を止めようにも、刃物を見せられては何も出来ず、店主もウェイトレスのアメリーもその場を離れてただ見ていることしかできない。



「…まだ続けるのなら外にしましょう。

 お店に迷惑が掛かります」


「うるせぇ…殺されてぇか…」


「どうぞご自由に、お出来になるのでしたら」



出入り口から一歩外に出たシルフは軽く挑発するように”こっちにこい”と指で招いてみせた。

まんまと挑発に乗った二人はあとを追うように店の外に出ていった。



「やばいぞ、あの兄ちゃん殺されちまう」


「マスター、動いては駄目! 口からすごい血が出てる…」


「俺のことはいい! 早く衛兵を呼んでこねーと!!」



「あやつなら案ずることはないぞ、若いの」


「傷口を見せて…、口の中を切っただけね」



アルド、ルイーサ、ソフィアとカーリアの手を取るエドゼルが店主とアメリーの元に駆け寄る。

ルイーサは自身の口元に手を当て、治癒の呪文を呟くと店主の顔を両手で包み込む。

たちまち出血がとまり、痛みが引いていく感覚に店主は驚愕の表情を浮かべ、僅かな腫れだけとなった自分の顔を何度も触った。



「こいつは…魔法ってやつか、初めて受けた」


「その治癒魔法の掛け方、他人にやられると妬けるなぁ…」


「ふふ、今夜、いくらでもして差し上げますわ」


「それは楽しみだなぁ…、僕は一応シルフ君を見てくるから、姫様達のことは頼んだよ」



外へ行こうとするエドゼルを、やはり不安に駆られたソフィアが追いかけようとするが、アルドに止められる。



「大丈夫じゃ、姫様。

 あなた様の護衛はこの国一番の剣士ですぞ」


「でも…でもっ」


「どうかわしの孫と一緒にいてくだされ。

 思いの外、怖がりのようでの」



アルドの言葉に、ソフィアはカーリアに視線を向ける。

アルドにしがみついて目をキュっと瞑り震える彼女を見て、肩にそっと寄り添う。

自分だって不安だし、恐怖もあるが、初めて出来た大切な友人が震える姿は見ているだけで痛ましかった。



「姫、あったかい…」


「そうかな?」


「うん、なんか不思議な感じ…すごく落ち着く…」



「ほほう…」



アルドの目に、ソフィアの身体から光り輝くオーラが見える。

そのオーラは絹の布ようにカーリアを包みこみ、彼女の負の感情を拭い去りながら天井へと上る。

それは長年魔法と向き合い続けてきたアルドも見たことのない、魔法なのかすらもわからない。

彼には、その幼い少女が女神のように見えてならなかった。



―――



フライハイトの前はシルフ達を中心に人だかりが出来ていた。

理由は当然、短剣を持った男二人と素手の男が大立ち回りを繰り広げるからだ。

ステゴロならば喧嘩を扇動する輩もいるかもしれないが、凶器を振りかざしているような状況では囃し立てる者はおらず、全員衛兵の到着を願いながら悲劇が起こらないことを願っていた。


───が、いざ始まってみれば、ものの数秒で男の一人は鳩尾に受けた拳打で昏倒し、シルフによって短剣を取り上げられてしまう。

残る一人はシルフの手に短剣が渡ったことで踏み込むことができず、大粒の脂汗を流しながらジリジリと距離を推し量っている。


男に視線を向けることなく、奪った短剣をしばし手の中で弄んでいたシルフだが、興味が失せたように短剣を投げ捨てた。



「もう止めにしなさい。

 捕まればよくて鞭打ち、最悪、斬指刑になるかもしれませんよ」


「うるせぇ! …舐めてんじゃねぇぞ…っ」



悪党というのはとことん哀れな生き物である。

面子を死守することを最重要とし、力の差が歴然としていてもそれに立ち向かうこと美徳とするのだ。

この男の頭の中はプライドを守るために虚勢を張り続けることに必死になっていた。



「死ねオラァ!!」



両手で握った短剣を前に突き出し、一直線に突進する。

だが、期待した手応えは得られず、視界が一回転して全身が地面へと叩きつけられる。

取りこぼした短剣はシルフの足で遠くへ払い除けられた。

受け身も取らずに拗じられた腕が筋断裂を起こし激痛と痺れにその場にうずくまりながら、更に去勢を張り続ける男は脅しの言葉を口にしはじめた。



「てめぇ…、こんな真似してタダで済むと思ってんのか…。

 へへ、俺はしつけぇからよ…」


「……」


「育ちの良さそうなガキを二人も連れてるなぁ…ははっ。

 ああいうガキが好きな金持ちの変態が俺らの客には大勢いるのよ…。

 外に連れ出す時は気をつけるこった…じゃねぇと グッ!!」



シルフは男の首を掴むと乱暴に振り回しながら頭上へ上げる。

男は掴まれている腕を振り払おうとするが鋼のような腕はびくとしない。



「よく聞け、小悪党」



ゆらりと向けられるシルフの視線は冷たく、底冷えするような声が男の恐怖心を駆り立てる。



「お前らの飼い主は分かってる。

 お前らを見る限り、碌な躾もできてないんだろう」


「いっ…いき…がっ…」


「お前らの商売からすれば、この国は大事な得意先のはずだ。

 その国でこんな狼藉を働いたことを知れば、お前らの飼い主はどんな罰をお前らに下すんだろうな。

 衛兵に突き出すよりも面白いことになりそうだが、どうする?」


「ひ…ひ…も、もうしわけ…」


「それとも、このまま首をへし折ってやろうか?」



無表情だったシルフの口がつり上がり、邪悪な笑みを浮かべる。

魂を抜かれそうなその表情に、男の下半身が失禁で濡れていく。



「───そこまでだシルフ君、手を離しなさい」



エドゼルの手が男の首を掴むシルフの手首に掛かる。

しかし、力は緩められることなく、シルフは男の顔を見上げ続ける。



「僕の言うことが聞けないのかい? これは命令だよ。

 それとも何かい? 僕の娘や姫様の前で人を殺めるつもりかい?

 ───そんなことは絶対に許さないよ、すぐに手を離すんだ」


「…申し訳ございません」



シルフの手から解放された男は咳き込み絶え絶えの呼吸を整えながら、その場から逃げようとするのをシルフによって店内で眠らされた男を抱えたアルドが阻んだ。



「ほれ、忘れ物じゃ。

 逃げるんじゃったら、一緒に持っていった方が身のためじゃぞ?」


「ひぃッ…へ…へいっ」



気絶した男を抱えながら三人は人混みを掻き分けて消えていった。



「シルフ君、あんな小物の挑発に血を上らせるなんて君らしくないな」


「お見苦しい真似を。

 お許しください」


「ん、まぁ、大事にならなかったからよかったかな。

 僕の娘のためにやったことでもあるし」


「まったくシルフよ、お前も精進が足らんな!」



「これはシルフ隊長! 他の皆様もご一緒で」


「なんかあったんスか?」



普段着姿のヘルベルトとマーディンがシルフたちに駆け寄ってきた。



「君たちか、いやなに、ちょっとした揉め事さ。

 君たちはどうしてここに?」


「ヘルベルト先輩と昼飯にいこうと、このステーキ屋に来たっス」


「道中でなにやら騒ぎが起こってるので慌てて駆けつけたのです」


「そうか、ならちょうどいい、話は中でしよう。

 僕たちもここで昼食を摂ろうと思ってね」



面々はフライハイトの店内へと入っていく。

コックコートで前を隠したアメリーが心配そうに出迎えた。



「あの…、大丈夫ですか? お怪我は?」


「ほっほ、大丈夫じゃ、厄介者は追い払ったぞい、この優男がな」


「ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか…」


「お気になさらず。

 そちらこそお怪我は?」


「こちらの僧侶様が治療をして下さいました」


「女の子に傷が残ったら大変ですもの、ふふ」



「あ、あの!」



店主の青年が膝に手を付きながら恭しく頭を下げる。



「その…、そんだご迷惑を…。

 それと、とてもお偉い方だとお聞きしまして、ご無礼を…」


「よいよい、頭を上げよ、若いの。

 わしらはただの客として参っただけじゃ。

 それより飯じゃ、まったくとんだ邪魔が入ったわい」


「も、もちろんでさ!

 アメリー、裏に行って着替えてこい、店開けるぞ!」


「はい! マスター!」



―――



「ゆるせんッス!」


「でけぇ声だすんじゃない、落ち着け」


マーディンが大きめに切り分けた肉を口で頬張りながらがなり立てると、他の客が何事かと視線を向ける。

ヘルベルトが軽く頭をはたくと「すんませんっ」と謝ったものの、表情は険しいままで苛立ちは隠せないようだった。

話を聞いて苛立っているのはマーディンだけではない、この国で堂々と狼藉を働いた馬鹿共への怒りはヘルベルトも同じのようで、肉を切り分けていたナイフを止めてシルフに話しかける。



「しかし、その奴隷商、いかがしましょう。

 入れ墨からいってオークを筆頭にしている奴隷商で間違いないと思いますが」


「まぁ、私は何もせずともいいかと」


「奴隷取引はわしらの領分じゃないからの。

 担当官に面倒を掛けるのも悪いしの、尋問で呼び出しを食らうのも勘弁じゃ」



シルフはソフィアのステーキを彼女の一口に合うように切り分けながら言葉を返すと、それをフォローするようにアルドが口を開く。

衛兵に捕まれば尋問に当事者として呼び出される、せっかくの休日を邪魔されるのは勘弁というのが、当事者である彼らの本音だ。

そう返されてしまってはその場にいなかったヘルベルトとマーディンには口出しできない。

話を聞けば、シルフが存分に痛めつけたとのことなので、そのことと引き換えにこの苛立ちは抑えることにした。



「失礼します! デザートをお持ちしました!」



ウェイトレスのアメリーが盆の上にグラスにもられたアイスにクッキーなどをあしらえたパフェを二つ乗せて現れた。

ソフィアとカーリアの前に置かれると、彼女たちの口から歓喜の声が上がる。

思わず手を伸ばそうとするカーリアに「ごはんを食べ終わってからね」ルイーサが言い聞かせた。



「お店からのせめてものお礼です。

 本当にありがとうございました!

 他の皆様にも一品サービスさせて頂きたいのですが、如何ですか?」


「いいのか? 当事者でもない俺らまで馳走になっても…」


「そうっスよ、俺ら後から来ただけっスよ?」


「もちろんです! ご遠慮なさらないで下さい!」



アメリーの満面の笑顔に思わずマーディンの鼻の下が下がる。

どうでもいいが妹系が好みの彼はアメリーがドストライクのようで他の接客にあくせく働く彼女を目で追い続けていた。

結局、アルドが熱い茶を要望した以外、全員コーヒーを頼むことに決まった。


注文を聞いてその場を去ろうとするアメリーをルイーサが呼び止める。



「アメリーさん、ちょっといいかしら?」


「あ、はい! なんでしょうか?」



密着するように身体を寄せ、彼女だけに声が聞こえるようにそっと耳打ちする。



「その、胸の焼印のことなのだけれど…。

 教会へいらっしゃい、時間は掛かるけど治癒することができるわ」


「え…、あ…」


「辛い過去を少しでも忘れることができるなら、私達に手伝わせてね」



目尻に溜まる涙を幾度も袖で拭い、喉につかえながら何度も感謝の言葉を口にするアメリーをルイーサが抱きしめる。

しばらくして落ち着ついた彼女は、笑顔で接客に戻っていった。


その後、しばし談笑を楽しんだ一行は、食事を終えると店の前で別れた。

別れ際、シルフはマーディンへ城門前でソフィアが傷を癒やした件で他言無用の相談をした。

満腹になった彼はすっかり忘れてしまっていたが、シルフの相談には二つ返事で了解した。

もっとも、彼も一人の軍人としてあのような出来事を吹聴するような馬鹿な真似をする気は一切なかったが、シルフに「奇跡に近い」と言われたことで王女への尊敬の念が一層に深まったのだった。



---



「美味しい夕食をありがとうございました」



シルフは食卓を囲むハバー一家に向けて手を組みながら頭を下げる。

白いクロスの敷かれたテーブルに並べれた料理は賑やかな食卓の跡を示すように、ほとんどが空になっていた。



「ふふ、今日買った本にあるレシピを早速試してみたの。

 お口に合ったようで何よりですわ」


「ええ、ルイーサ様のスープも大変美味しかったです。

 身体が温まりました。」


「君が厨房に立つのも、コックはすっかり慣れたようだね」


「母親ですもの。

 コックが作る料理も良いけれど、やっぱり自分の料理を娘に食べさせてあげたいわ」


「うむ、今日の酒は格別に美味いの。

 やはり夕食は大勢で囲むのが一番じゃ」


「お父様、あまり深酒はしないで下さいましね」


「まぁ、いいじゃないか、付き合いますよ、お義父さん」



エドゼルがアルドのゴブレットに上等な葡萄酒を注ぐ。

「すまんな」と言いながらアルドは一気に中身を胃に流し込んだ。

その光景にルイーサは再び口を挟みそうになるが、半ば諦めたのか、黙って食器を片付けはじめた。


先程から屋敷の奥で楽しそうなソフィアとカーリアの声が聞こえてくる。

夕食を早く食べ終えた二人は邸宅の奥で仲良く遊んでいるようだった。


ソフィアを無事城へ送り届ける任を負うシルフは酒を遠慮して、楽しそうな彼女たちの声に耳を傾ける。



「姫様のあんなに楽しそうに笑う声を聞くのは、初めてかもしれません。

 カーリア様というご友人が出来たこと、心から感謝致します」


「それはこちらとて同じじゃ。

 身分は違えど、これからも良い付き合いを続けていこうぞ」


「でも、そろそろいい時間かな。

 お開きにしようか」


「では、姫様を呼んで参ります」



---



「ダメ! 姫はあたしともっと遊ぶの!」



ソフィアの帰宅を告げられたカーリアが引き止めに掛かるが、ルイーサが抱き寄せ、涙ながらに猛抗議する彼女をあやしはじめる。



「カーリア、シルフ様を困らせてはダメ。

 あなたももう寝る時間でしょう?」


「でも…でも…、やだぁッ!」



先程まで楽しそうに笑っていたソフィアの表情も暗く、上目遣いでシルフに懇願する。



「シルフ、もう帰らないとダメ…?」


「姫様もお城に帰ってお休みにならねばなりません」


「そっか…」



説得が通らないと諦めたソフィアはカーリアを抱きしめながら別れを告げる。



「…また遊びに来てくれる?」


「うん、今度はカーリアちゃんをお城に呼ぶ!

 シルフ、いいかな?」


「ええ、女王陛下にお願いしてみましょう」



「じゃあ、ポエットにもお別れしよう?」



カーリアが名前を呼ぶと、白銀の毛並みと碧眼の子犬が彼女の足元に駆け寄り、床に伏せた。

それを見たシルフはひと目でそれが”犬”ではないことに気づく。



「これは、ガルム一族の子供ですか」


「ああ、ガルム一族の長から一人預かっていての。

 知能は人間と変わらず、魔力も強い、いずれ魔闘士として正式に軍で起用できないか検討中での。

 まだ生まれて一週間足らずじゃ、人の姿にもなれはせん」



ソフィアはポエットと呼ばれたフェンリルの子供を抱き上げ別れの言葉を掛ける。

ポエットも切なげな声を上げながら彼女の顔を何度も舐めた。



「バイバイ、ポエット

 みんなもさようなら」



シルフと手をつなぎながら玄関口でハバー一家にお辞儀をする。

アルド、エドゼル、ルイーサ、ポエットを抱いたカーリア、執事長のアデル、女中が見送りに出る


「バイバイ姫! 絶対また遊ぼうね!」


「姫様、本日はご一緒できて光栄でした。

 道中お気をつけて、シルフ君がいるから安心だろうけど」


「ほっほ、姫様、孫と仲良くしてくれて感謝するぞい。

 また招待するからの」


「姫様、夜は冷えますから、暖かくして下さいね」


「またのお越しをお待ち致しております」



「本日はお世話になりました。

 それでは失礼致します」



最後にシルフが別れの言葉を告げ、玄関の扉は閉じられた。



---



住宅に掛けられたランタンの光と、魔法石の街灯が照らす夜道を手を繋ぎながらシルフとカーリアが歩く。

別れの時こそ暗くなってしまったソフィアの表情も、今日一日の楽しかった思い出がよみがえり笑顔になる。



「姫様、今日は楽しかったですか?」


「すっごく楽しかった! カーリアちゃんとまた遊びたいなぁ」


「姫様がいい子にしていれば、すぐにまた会えますよ」


「本当!?」


「ええ、お約束します」



両手を上げて喜ぶ彼女に冷たい冬の風が吹く。

立ち止まって身を強張らせた彼女はシルフに身を寄せる。



「シルフ、寒い…、抱っこして?」


「…仰せのままに」



小さな少女を抱き上げて、寒さから守るように抱きしめる。

しばらく無言で歩き続けていると、いつの間にか彼女の寝息が聞こえてきた。


腕の中の温もりがシルフの心まで温めてくれる。

彼がようやく手に入れた心の安寧を離さないように、ようやく手に入れた幸せを零さないように、彼はゆっくりと歩き続けるのだった。



出会い ― 完


今回も最後までご覧頂きありがとうございます。

まだ序章を書き続けて行きたいと思いますので、お付き合い頂ければと存じます。

それでは。

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