29 - 風を操りし者たち㉖
中央通りの喧騒を抜け、シックなオレンジ色のブロックでできた店。
趣味の良い内装に店内を照らす魔法石の光が色とりどりの酒瓶を照らし、上品で幻想的な雰囲気を醸し出す。
大衆食堂や酒場にはない徹底された清潔感が訪れる客層を表現している。
しかし、燃え盛る薪ストーブの上に置かれた調理鍋がどこか家庭的だ。
その鍋底をかき回すオレンジのエプロンを見つけた犬耳の女性は、小皿にスープを掬い味を確かめると納得が行ったのか満面の笑顔でうなずいてみせた。
「マスター、スープ出来上がりました」
「おう、じゃあ皆さんに配膳してくれ、アメリー。
前菜もできてるから一緒に頼むわ」
「かしこまりました!」
両腕のスープの皿を抱え、和気あいあいと盛り上がるテーブルに置いていく。
テーブルで賑わう客は一風変わっている。
10代前半の少年少女から青年・壮年の男女、兄弟とも家族とも似つかないが年齢層に関係なく楽しそうだった。
私服ばかりの面々の中、あるテーブルに腰掛ける五人は新調された軽装鎧に身を包み、武装している。
一見すると物々しい気もするが、戦闘服とは思えない華麗に仕立て上げられた意匠は店の雰囲気に溶け込んでいる。
中でも赤髪の女性が身につけている衣装には宝石のように輝く魔法石や腕章を飾る金銀のチェーンが揺らめき、社交の場にいても違和感がないであろうほどに美しかった。
アメリーはスープを持ちながら、そのテーブルへと近づく。
「失礼します。こちら前菜のスープになります」
「わぁ、いい匂い!
あたし、こういうお店くるの初めてなんで、ちょっと緊張しちゃってます」
「いえいえ、いつもの食事のようにたくさん食べて飲んでください。
一応コース料理で承っていますけど、おっしゃって頂ければほとんどのお料理はお出しできますよ」
「本当ですかぁ!? じゃあ、この林檎のお酒をもう一杯…。
甘くて口当たりが良くて、とろけそう…」
「果実と蒸留酒とハーブをブレンドしたお酒なんですよ。
でも結構強いので飲み過ぎには注意してくださいね。すぐにお持ちしますね」
アレッサと会話を交わした女性は、シルフの前にスープを置いて、笑顔を向けた。
「シルフ様、お久しぶりです」
「アメリー様、こちらこそお久しぶりです。
お元気そうで何よりです。
今回は貸し切りなどと無理をお願いしてしまい申し訳ありません」
「シルフ様には大変なところを助けていただきましたから、マスターともども大歓迎ですわ。
他の部隊の皆様も存分に楽しんでいってくださいね」
アメリーはシルフと店にいる魔法剣技部隊の面々に一礼すると、アレッサのゴブレットに酒をつぎ、ボトルを置くとキッチンへと戻っていった。
すぐに主菜もくるだろうが、全員に飲みものが行き渡ったことを確認してシルフが立ち上がる。
シルフが立ち上がった姿を見て、その場にいた全員も立ち上がった。
「皆さん、任務、訓練、または勉強、いろいろあったかと思いますが、おつかれさまでした。
魔法剣技部隊は魔闘士の一分派から独立した一個部隊に組織が変わり、騎士の方々と同様に王室に仕える任務を賜るようになりました。
全て皆さんの日々の努力の賜物だと思っています。
今夜は仕事のことはさっぱり忘れ、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでください。ただし…」
シルフは咳払いをするとやや胸を張り、指を折りながら話す。
「まだ成人していない人はお酒は禁止です。
飲みすぎて騒いだり、他人に無理に絡んだり、喧嘩をしたり、倒れたり、粗相をしたり…」
「隊長ッ隊長ッ! そんなことはベーデカー軍曹しかしないと思いまーす!」
「そんなことしませーん!」
シルフの警告にフリーデがツッコミを入れ、アレッサがそれを否定し踊りながらリンゴのカクテルを一気飲みした。
店内にドッと笑いが巻き起こる。
空になったゴブレットに再び酒を注ぎ、一同高々と掲げた。
「部隊独立と皆さんの尽力を祝して!」
─────乾杯!
特上の肉を食べ、普段はあまり飲まない強い蒸留酒を飲んだアレッサはとうとう机に突っ伏して寝入ってしまった。
その表情はたいそう幸せそうだったが、彼女以外のメンバーはまだまだ宴が続く。
さて、彼女の介抱が誰をするのか、それはもう決まっていた。
カールがエアンストの背中をバシリと叩き、親指でアレッサを指す。
「ほら、お前の愛しのアレッサが寝入っちまってるぜ。
お前の出番だ」
「まったく、しょーがない娘だなぁ…」
エアンストは最後の一切れとなった肉を口に入れ、ワインでさっぱりと洗い流す。
彼自身も相当に酔いが回っているが、まだまだ理性は失ってはいなかった。
アレッサの肩を取り、立ち上がらせるとシルフに一礼する。
「シルフ隊長、こいつを宿舎に連れてったら、そのまま私もお暇します。
楽しい宴、ありがとうございました」
「道中気をつけてください、エアンスト。
明日もよろしくお願いします」
「はい、では」
魔法剣技部隊の視線はアレッサを抱えたエアンストが出ていった出入り口に集中する。
カールが咳払いをし、たちの悪い笑みを浮かべながら号令を出す。
「さて、同志諸君!特別任務だ!
任務内容は尾行!及び偵察!
相手はエアンストだぞ、気づかれるなよ!」
『『『了解!!』』』
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春とは言え冷える中を二人は歩いた。
ひしめく屋台の明かりと酒と飯に盛り上がる民衆、ムート区の関所へ一直線に伸びるこの大通りは24時間寝静まることはない。
ある程度進んで、港湾沿いの道へ外れる。
繁華街から遠ざかり、湾岸倉庫や貯蔵庫が集まる通りを歩く。
「うー…あー…、飲み過ぎらぁ」
「おい、大丈夫か?
気持ち悪いなら全部吐いちまえよ」
「そこまでじゃないけど、ちょっと休ませて…」
エアンストは積み上がった木材の端に彼女を座らせ、自身も隣りに座った。
エアンストの肩に頬を乗せる彼女から、もう彼女のイメージそのものとなったライラックの香りがふわりと風に乗り、鼻腔をくすぐる。
アルコールで火照った意識が自然と落ち着いていく感覚がエアンストには堪らなく心地よかった。
「ねぇー、エアンスト」
「なんだ?」
「あたしって、綺麗なんだよね?」
「なんだよ、どうした?」
「言ってくれたじゃん、この姿のあたしのこと綺麗だって」
素早い動作で、彼女はエアンストの膝にのり、対面する姿勢になる。
吐息が感じられるほど、二人の距離が近くなる。
エアンストの心動が急激に早くなる。暗くなければ顔も真っ赤になっているだろう。
「ねぇ…、もう一回言って?」
「アレッサ、お前酔いすぎ…」
「もう一回言ってよ」
暗がりに慣れた目と澄んだ空に浮かぶ月明かりが、彼女の顔を浮かび上がらせる。
ひどく怯えているような、懇願するような瞳で見つめてくる。
彼はもう躊躇することなく、本心から自然と言葉が出た。
「綺麗だよ、とても綺麗だ。
いつだって君は綺麗だよ」
「本当に?」
「ああ、本当さ」
彼女の両腕がエアンストの首に回り、一層濃くなったライラックの香りと女性の感触が、彼の男としての欲望をくすぐる。
「アレッサ…、これ以上はだめだって…」
「なんで?」
「俺も若い男だ…」
「あたし、エアンストのこと大好きだよ。
愛してる。多分一目惚れ」
アレッサの指がエアンストの唇をなぞる。
ずっと何かに抑え込まれていた欲望がエアンストの心から溢れ出し、気づけば彼女の顔を引き寄せ、唇を重ねていた。
数秒間、そのまま静止して、口が離れる。
舌先に、彼女の飲んでいたリンゴのカクテルの味がした。
「…返事もらう前にされちゃった」
「すまん…。
俺も愛してる。俺もきっと一目惚れだ」
「嬉しい…」
双眼を涙が溢れながら、今度はアレッサから唇を重ねた。
二人のスキンシップは徐々に情熱的なものへと推移していく。
そんなところを、湾岸倉庫の屋根から傍観している黒い影たち。
フリーデが親友でもあるアレッサの恋の成就にガッツポーズを掲げる。
「おー、あのお二人さん、ようやっとくっついたぜ、ヨハン」
「五年も両想いでいるって、どんだけ堅物なんだよって感じだね。
まぁ、原因はエアンストだけど」
「いけませんねぇ…、人の恋路をコソコソ見物するようなことは」
「な~にいってんスか、隊長こそしっかり見に来てるくせに」
「私なりにいろいろ仕掛けてみたんですが、上手くいかなかったもので。
今となってはただのおせっかいだったのかもしれませんね。
今日の日を迎えるまで、エアンストには頼りっぱなしでした。
彼の心を引き止めてしまっていたのは私なのかもしれません」
「不器用なんですよ、あいつは。一つのことにしか基本集中できないって感じで。
おーおー、このままだとあの二人、あそこでおっ始めそうだな。
子供も居るし、そろそろ店に戻って飲み直すかー」
カールの合図で、その場にいた魔法剣技部隊の野次馬が散り散りになる。
そのあと、フライハイトではあの二人の恋愛成就の話を酒の肴にたいそう盛り上がった。
その日、二人は宿舎に戻らず無断外泊をしたが、特にシルフが咎めることはなかった。
風を操りし者たち───完
読んでいただきありがとうございます。
次の章が書き終わったらまた投稿します。




