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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
28/59

28 - 風を操りし者たち㉕

撃ち出される寸でにアルガーは両腕を眼前で交差させ、顔面への被弾を防いだ。

白銀の篭手に命中し、甲高い金属の接触音を響かせ跳弾した弾丸が地面に当たり砂塵を立てる。


いきなりの殺意のこもった攻撃にエアンスト、アレッサ、ヨハン、カール、全員の血の気が一斉に引いていく。

何より、弾を込めた銃をシルフに渡したエアンストの狼狽えぶりは明らかだった。

アレッサが半泣きしながら彼の襟を掴み揺らす。



「ちょっとエアンスト!どうすんの!?

 本当に殺し合い始めちゃったよあの二人!!」


「俺が一番驚いてるんだ、まさか撃つとは思わなかった…」



シルフらしくない行動にどう手を打つか考えたが、銃を撃ったシルフも、それを見切って防御したアルガーもエアンストの手に負える相手ではない。

いまあの二人の間に入っていけば自分が殺される可能性さえあると考えると、足がすくんで動けない。


銃弾を防ぐ動作で隙のできたアルガーへ駆け出したシルフはミスリル鋼の曲刀を抜き風魔法で空中へ飛び、身体を反転させアルガーの頭上で剣を構え、鎧の隙間から見えるアルガーの鎖骨目掛けて剣を突き下ろす。


しかし、アルガーが上体をひねり切っ先の動線を反らし、空振りとなったシルフの腕を捕まえると、力任せに地面に叩きつけ、間髪入れずにクレイモアをシルフの顔面へ突き入れる。

が、その切っ先が顔面に入る前に風魔法で身体を浮かせ、慣性の勢いに乗った踵をアルガーの側頭部へ打ち込んだ。


脳を揺さぶられてアルガーの片膝が落ちかけたが、地面に着地したシルフの体勢が持ち直す前に横殴りのクレイモアをシルフの頸部へ叩き込んだ。

シルフの身体が地面を滑りながら吹き飛ばされる。



「はぁ、はぁ…、首が落ちんか…。

 とんでもない代物だな、その鎧…」



アルガーは脳震盪から来るめまいに耐えきれなくなり、片膝をついてクレイモアに体重を掛け、状態が落ち着くのを待った。

だが、シルフは頸部への強烈な一撃にも関わらず、平然と立ち上がる。



「…首は切れんかったが、骨が折れてもいいはずだがな。

 シルフよ…、やはり貴様は只者ではないな」



風に身を乗せて猛突したシルフは脳震盪から回復できないアルガーの頭部を再び蹴り上げる。

鎧で守り切れない関節を破壊するために体術を繰り出し、その間にも致命傷へとつながる首への剣撃を執拗に行うが、アルガーもそれらの攻撃をギリギリ避ける攻防戦が続く。


一瞬の隙をついて、シルフを突き飛ばし、大剣を振るう絶好の間合いができた。

シルフが姿勢を崩している間に踏み込み、両手に構えたクレイモアを渾身の力を込めて打ち下ろす。

轟音と砂塵が巻き上がり、二人の姿が見えなくなるが、シルフの風魔法がそれらを吹き飛ばした。


アルガーから繰り出された一撃に合わせたカウンターの膝蹴りが彼の顔面を打ち抜き、巨体が後ろ向きに倒れ込み、右手からクレイモアがこぼれ落ちた。

遠のきそうな意識の中、アルガーは手放した剣を掴もうとしたが、その手をシルフの左足が踏みつける。


シルフは右腕に弾丸の込められた銃をアルガーの顔面に向けて構えた。



「やめてよ!!父上を殺さないで!!」



アルガーとシルフの間に入ったエリクは両腕を広げて銃を構えるシルフの眼前に立ちはだかった。

両目に涙を滴らせながらも自分の額に向けられる銃口に臆することもなく力強い眼差しでシルフを見る。

フードを被って表情が見えない彼はその姿勢でしばし沈黙したが、銃を持つ右腕でフードを払い除け、血に濡れた顔を綻ばせた。



「勇気ある、素晴らしいご子息ですね、アルガー様」


「…ああ、俺の誇りだよ」



ホルスターに銃を戻したシルフはエリクの頭を撫で、倒れたアルガーの手を取り、起こした。

泣きついてきたエリクをあやしているアルガーから離れ、エアンスト達の元へシルフは戻る。



「だ、大丈夫ですか、シルフ隊長…」


「大丈夫なわけ無いでしょうが、エアンスト!

 顔面血まみれですよ!シルフ隊長!

 早く治癒士のところへいかないと!」


「とりあえず応急処置しますんで、こっちきてください、隊長」


「いやぁ、すみませんね、カール」



カールに誘導されてその場に座らされたシルフはされるがままにカールの手当を受けていた。

アーニャが手当を受けるシルフの横に付き、心配そうに彼を見た。



「シルフ、大丈夫?」


「大丈夫ではないですね、アルガー様はとても強かったですから」


「死んじゃうかと思って、すごい心配した…」


「ありがとうございます。

 その気持ちを、今後も仲間のために大切にしてください。

 そうすれば、仲間もあなたのことを同じ様に大切に想ってくれるはずです」


「うん」



シルフは肩に頬を寄せるアーニャの髪をくしゃりと撫でた。

相変わらずの人たらしぶりを発揮するシルフにカールは彼の頭に包帯を巻きながら苦笑いした。

手当を受けたシルフが立ち上がるタイミングと同時に、アルガーとエリクが近づいてきた。

その間にエアンスト、アレッサ、ヨハン、カール、エドゼルが加わる。

ベンとドワーフたちは遠巻きに葉巻を吸いながら彼らを見守っていた。



「迷惑を掛けたな、シルフ」


「まったくだよ、見てたこっちは肝が冷えっぱなしだ。

 子供の教育にこういうやり方をするのは以後勘弁願いたいね」


「あの…、ハバ―大尉、やはり話が見えないのですが…」


「だってさ、ちゃんと説明責任を果たしてくれよ」



エアンストの問いかけにハバ―は回答をアルガーに投げた。

アルガーは周囲に目を向け、ベンたちに聞こえないことを確認すると、語りだした。



「六年ほど前だ。国王と女王は外交の用向きでヴォルニー共和国の首都へ参られていた。

 その帰路でのことだ、俺直属の騎士団、エドゼル率いる魔闘士団が護衛する馬車を賊共が襲撃した。

 そして、交戦を始めた我らの前に突如現れたのが、その小僧…、いやシルフだ」



アルガーは白金の鎧の胸部と腹部の部位を取り外し、綿のシャツを捲し上げた。

腹部から胸元まで走る斬撃の跡があった。



「不可思議な光の中から現れたそいつを見て、最も手練だと思った俺は真正面から向かい合った。

 だが、一撃でその場に叩き伏せられた、これがその時の傷だ」


「シルフ隊長が国王陛下と女王陛下を殺そうとしたと?

 そんな話は到底信じることができません」


「エアンストといったな。

 それは違うんだ。その場にいた賊どもを皆殺しに、二人を守ったのはこいつだ。

 俺のこの傷も急所は外されていた、さしずめ賊どもの始末の邪魔だったのだろう。

 彼奴らには自壊の魔法が掛けられていてな、死してすぐに肉体が崩壊して身元をつかむことができなんだ。

 上級士官しか知りえんが、これはリヒャード帝国の王族暗殺未遂として内偵が進められていることなのだ」



アルガーは鎧を付け直しながら、エリクに持たせていた葉巻を取り、マッチで火を付けて煙を吐いた。



「突如現れ、賊を殺したその男だが、いつの間にやら女王に気に入られ、執事まがいのことをしていると思えば、軍人として頭角を現していく。

 あのときの当事者でこやつを気に入らんやつは大勢いる、魔闘士のトラウゴットは最たる存在だった。

 どうだお前たち、上官の過去を知って思うところはあるか?」



魔法剣技部隊の四人はシルフ隊長を一目見た後、互いの表情を見た。

お互いの考えが同じだったためか、自然と笑みが溢れる。

エアンストがアルガーに向き直り、進言する。



「何も変わりませんよ、アルガー騎士隊長。

 我々は心からシルフ隊長を尊敬しています。

 それが断言できるほど、密度の濃い長い時間を一緒にいましたから」


「ふっ…、まったく良い部下を持ったなシルフよ。

 少々…、妬ましく思うほどにな」


「おい、肝心要の話が抜けているぞ。

 シルフ君に喧嘩を売った理由を言えよ」


「なに、ひとつはこの傷の意趣返しよ、騎士団を率いる長として禍根を残したくはなかったからな。

 もうひとつは、息子のエリクだ。

 どうにも公爵家の身分に思い上がった言動が目立つのでな、本気の戦いというのも見せてその鼻っ柱を折ってやりたかった。

 その二つの目的を果たすのに、今回こういう機会をもらったわけだ。

 改めて礼を言うぞシルフ」


「お役に立てたなら、幸いでございます」


「ふっ、お前からは賊を根絶やしにしたときの剣呑さは消えておる。

 もしあの時と同じお前であれば、俺は数秒と経たずに殺されていたのだろう。

 さて我が息子よ、お前はこの娘に”平民”という言葉を使ったな?」


「そ、それがなんだよ…」


「我々は権力や身分の上に胡座をかき民衆を見下して生きてはならぬ。

 騎士とは無辜の民の手本として生き、彼らを守る存在でなくてはならん。

 でなければ、蔑ろにしたことへの報いを必ず受けることになる。

 お前が最も強いとうそぶいていた父は今負けた。

 戦士ひとりの力など国も守る上では微々たるものでしかない、多くの同胞の力を結集してやっと成すことができるのだ。

 理解が出来たのなら、その娘に謝れ」


「………ごめんよ」



気恥ずかしそうに唇を噛みながら少年は謝罪の言葉を吐き出した。

彼の視線を向けられたアーニャは同じく気恥ずかしそうにうなずくことで返事をする。



「エアンスト、お前にも謝ろう。

 俺は女子供が戦場に立つことは好かん。だからああ言ったことをいった」


「いや、私も立場をわきまえずに…申し訳ございません」


「だから言ったでしょ!あたし気にしてないって!」



伝えるべきことを伝え終わったアルガーはエリクの手を取り、その場を去ろうとした。

その去り際にエドゼルが彼の背中に問いかける。



「アルガー、奥様は元気にしてる?

 かなり前の社交界以来、会っていないとルイーサが気にかけていたんだけど」



エドゼルの問いに、一瞬沈黙したしたアルガーだが、振り返りもせず、こともなげに言った。



「エリクを産んですぐに死んだ。

 元々病弱な女だったからな」


「そうか。悪いことを聞いた。

 悪いことついでに聞くけど、再婚をする気はあるの?」


「ない。 あいつ以上の女など世界中探してもいやしない。

 あいつが残した忘れ形見を一人前に育てることが俺の今後の人生だ」



アルガーを見送ると、遠くに控えていたベン達がシルフの鎧の状態を確認している。



「さすがねぇ…、特殊防刃仕様の繊維を切られちゃってるわ。

 あの男の腕がいいのか、あたしの作った剣がいいのかわからないけど。

 でもミスリル鋼の楔帷子は無傷ね、これなら銃弾も跳ね返せるわ。

 シルフちゃんが生きてるのが一番驚きだけどね」


「鎧なしで受けていたらただでは済まなかったですが、頼もしい装備のお陰で命拾いしました」


「こっちもいい成果を見れたわ、騎士の連中の装備一式、置き換えのために売り込もうかしらね」


「オカマ、悪いんだけど外に行ってる部隊の子達がそろそろ戻ってくるの。

 部隊独立のお祝いの準備で忙しいんだ。

 はい、これ納品書にシルフ隊長のサインしといたよ」


「確かに、ありがとね小娘。

 ところで、お祝いはどこでするの?

 また傭兵ギルドの酒場?」


「んー、それも考えたんだけど、部隊総出で貸し切るとさすがに迷惑掛けちゃうってことでさ。

 そもそも飲み屋が本業じゃないし。

 フライハイトって言うお店をシルフ隊長がおさえてくれたから。

 あたしら行ったことないけど」


「あら、あのステーキ専門店ね。

 あそこはいいお店よー、店主がかなりイケてる子よ」


「オカマ知ってるんだ」


「知ってるっていうか、お店出すための資金援助したのあたしだもの」


「あんた…、金貸しもやってんのかよ…。

 どうせ高利で貸し付けて弱みを握ってるんでしょ…」


「悪徳商人を見るよう目で見ないでしょうだい!真っ当に商売してるわよ!

 でもまぁ、面倒な連中の股間を握るには、金を貸してやるのが一番手っ取り早いのは確かよねぇ…」



邪悪な笑みにアレッサの顔が引きつった。

ベンは荷物をドワーフ達に持たせ、キラリと光る歯を見せながらシルフたちに一礼する。



「それじゃあ、あたしたちはこれでお暇するわ。

 シルフちゃん、破損した鎧は直しておくから、明日にでも取りにきてちょうだい。

 またちょくちょく顔出すわ、チャオ!」



彼が去った後、残された納入品の装備を倉庫へ運び淹れ、エアンスト、カール、ヨハンも新装備に着替え直し、互いに使い心地を確かめるために軽く剣術の練習に勤しみながら、訓練と任務から戻る同胞の帰りをまった。


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