24 - 風を操りし者たち㉑
ハバ―中尉の執務室の前に立った俺たち四人だが、俺は緊張しながらドアを叩いた。
あんなことの後だ、一体何を言われるのか正直怖い。
「入りたまえ」
ハバ―中尉の許しを得て、ドアを開け四人一斉に入り込み、敬礼する。
「魔法剣技部隊四名、出頭命令により参りま…した」
2つのソファに、ハバ―中尉、その対面にシルフ隊長が座っている。
シルフ隊長は紅茶に口を付けてハバ―中尉を睨んでいた。
なんだ、この重苦しい雰囲気は…、シルフ隊長からの物言わせぬプレッシャーが瘴気のように部屋に充満しているじゃないか…。
「や、みんなお疲れ様。
どうぞ、座ってくれたまえ」
俺たちがシルフ隊長の隣に座ると、頼んでもないのに、ハバ―中尉が紅茶を出してくれた。
いい香りだ、南部の高級品だろう。
それにぽちゃぽちゃ角砂糖をぶち込むアレッサのいつもの調子が若干場の雰囲気を柔らかくした。
俺たちが紅茶を飲んでいる暇、静寂が室内に流れたが、シルフ隊長が空になったカップをソーサーに置いたところで話し始めた。
「ハバ―中尉、約束通り、お願いします」
「うん。エアンスト君、アレッサ君、カール君、ヨハン君。
今回のこと本当に申し訳なかった。心から謝罪をさせてほしい」
ソファに座った状態で、広げた両膝に手をついてハバ―中尉が深々と頭を下げた。
上官からの思い切った謝罪に俺たち四人、カップを持ったままポカンと呆気にとられる。
「ど、どうされたのですか!?ハバ―中尉!?
顔を上げてください!我々に頭を下げるなんて!」
「エアンスト君もこう言ってくれてるが…、どうかなシルフ君?」
「アレッサ、あなたはどうですか?」
「あたし!?状況がわかんないよ!シルフ隊長!」
「とりあえず、謝罪はそれでいいと思います、ハバ―中尉。
私も気が済みましたから」
「そうか、そいつは救われるね…」
ハバ―中尉は自分のコーヒーを淹れると、再びソファーに座って一息ついた。
「今回のエアンスト君、アレッサ君に関わる騒動は、元はと言えば僕と、魔闘士の上級士官の一部が画策した結果起きたことなんだ」
「どういうことでしょうか?」
「僕らは前からトラウゴットと子飼いになっている連中が組織内で邪魔だと思って失脚させる機会を伺っていたんだ。
魔法剣技部隊がギルドから賄賂を受け取っていると連中は信じていたが、あれは僕らが手を回して連中に誤認させた情報なんだよ」
「つ、つまり…、ケレンをアレッサにけしかけたのはハバ―中尉の…差し金だと?」
「いや、誓ってそれはない。
こうなっては信じてもらえるかわからないが、あの御貴族のろくでなし共があそこまで馬鹿な行動に出るとは本当に予想外だったんだ。
奴らがシルフ君の足を引っ張ろうとしていることは分かっていたから、デマを餌に上層部へノコノコと報告にでも行くのを待っていたんだ。
君たちが国政に参加しているギルドマスター達と交流が深いことを利用して、公の場で事実を公表し恥でもかかせてやれば気位の高い連中だから勝手に去っていくと思っていたのさ」
なんとなく、話はわかった。
俺たちは魔闘士の権力闘争の一部に巻き込まれた、ということだ。
しかし、ハバ―中尉がそのようなことをする人とは意外だった。
彼は相手の身分がなんであれ、自分のペースを崩さずに我が道を突き進む人だと思っていたからだ。
「意外、という顔をしているね、エアンスト君」
「いえ…いや、たしかにハバ―中尉らしくないとは思います」
「魔法使いっていうのは実力で評価されるべきだとは思わないか?」
「…個人的な意見としては、ハバ―中尉と同じです」
「そう、家柄にあぐらをかいている連中が中枢にいるべきじゃない。
魔法は才能と実力と結果が全てであるべきだと僕は思うんだ。
だから、家柄にかまけて組織を腐らせるような連中は排除するべきだとずっと考えてきた。
トラウゴットは僕が軍に入ったころからの上官さ、ずっと折り合いが悪くてね。
兵卒のころからの因縁を晴らしたというところかな」
一通り話し終わったところで、ハバ―中尉はコーヒーを再度口にし始めた。
俺としては彼を責めるわけにはいかないしな、結果よけれ全て良し、とするしかない。
ケレンがいなくなったことで、俺たちの環境はもっと良くなる可能性もあるしな。
「我々を政争の道具にされたのははっきり申し上げて不快です。
エアンストもアレッサも命の危険がありましたし、死者が出る可能性もありました。
大いに反省いただきたいところです」
「し、シルフ隊長、私はもう大丈夫ですから…」
「駄目です、エアンスト。
私は死ぬほど心配したのです」
まっすぐに向けられた彼の目に俺は気恥ずかしさと、それを上回るほどの喜びを感じていた。
この出来事があってからシルフ隊長を失望せたという罪悪感に苛まれていたし、審議会のシルフ隊長の態度に傷心していたからだ。
「ふっ…、君も上官らしさが板についてきたね」
「何を格好つけているのですか、謝罪は言葉でなく結果でお示しいただきます」
「ん…?これはなんだい?シルフ君?」
シルフ隊長が一枚の名簿のような用紙をハバ―中尉に渡した。
「部隊の人員を増強するよう言われておりましたので、方々回って適格者を一覧化しました」
「ほほう…、って、ずいぶんと未成年が多いな…。
16歳未満は軍に入れないのは知っているだろう?」
「ええ、ですから軍の予備役学校と寄宿舎に入れるよう、必要な者の全員分の推薦状を書いて通してください。
衣食住と訓練を両立させるにはこれしかありません」
「全員分…?」
「何かご不満が?」
「いや…、いいさ、このくらい頑張ってみるよ」
「シルフ隊長…、もしかしてあたしたちに後輩ができるってこと?」
アレッサが目を輝かせながらシルフ隊長に問いかける。
「皆さんはもう十分に強くなりましたからね。
次は後続を育てることも合わせて頑張ってもらいたいと思っています。
実働部隊20人、これが正式な予算を通せる最低条件になります」
この部隊が結成されてから、一年と少し、もう後輩を育てる段階まで来たのか。
シルフ隊長は俺たちを評価してくれているが、正直、まだまだシルフ隊長から教わることが多い中で、人を育成していくことができるだろうか。
俺は不安な気持ちが拭えないが、アレッサはノリノリで喜んでいる。
もしかしたら、彼女の方が人を育てる才能があるかもしれない。
「まぁ、これはこれとして、僕からも新しい仲間を紹介しようかな。
自ら君たちの部隊に志願してくれた子がいてね。
手始めに彼らの面倒をみてくれ」
ハバ―中尉は執務室の入り口を空けて、外で待っていたらしい人物に声をかけた。
ハバ―中尉を追って、二人の男女が入ってきた。
「元第一師団、フリーデ・フェルザー上等兵であります!
この度、魔法剣技部隊に加わりたく志願いたしました!」
「同じく元第一師団のヴァルター・ラーテナウ二等兵であります!
私もシルフ隊長の部隊に加わりたく、志願いたしました!」
審議会で俺たちの潔白の証明に協力してくれた二人だ。
金髪のショートヘアの女兵フリーデ、金髪の癖毛が特徴的なヴァルター二等兵、二人とも緊張しているようで表情がこわばっている。
「トラウゴットやケレンがいなくなったとはいえ、僕らの味方をした以上は第一師団に居づらいと思ってね。
僕が勝手にスカウトしたよ。
正式に第二師団付きにしたから、宿舎なんかも移っていいよ」
宿舎移ってもいいのかよ…、それならアレッサに肩身の狭い思いをさせずに済んだのに、もう少し早く配慮してほしかった。
何はともあれ新しい仲間だ、俺たちは立ち上がって彼らの前に歩み出た。
「シルフです。今回はお二人に本当に助けられました。
心もとない上官ですが、どうぞよろしくお願いしますね」
シルフ隊長を皮切りに俺たち全員、二人と握手と自己紹介をする。
ただ、アレッサとフリーデは宿舎の同部屋だったはずだ、お互いのことはある程度知っているだろう。
「アレッサ、ごめんね。
ケレンが怖かったっていっても…、散々嫌がらせに加担したのに…。
本当にごめんね…」
「いいよ、フリーデ。
あたし全然気にしてないし、私達のために証言してくれたときすごく嬉しかったから」
「アレッサ、エアンスト、あなた達が危ない状況だということを知らせてくれたのはフリーデなのです。
彼女が私に知らせてくれなければ、本当にどうなっていたのかわかりませんでした」
「そうだったんだ!
本当にありがとう!フリーデ!」
「く、苦しいよ、アレッサ」
アレッサがフリーデに熱烈な抱擁をいている間、ヴァルターが一人対応に困っていたように見えたので、俺が彼の話を聞くことにした。
「ヴァルター、出頭命令書の件は本当にありがとう。
あれがなければトラウゴットを追い詰めるのは難しかったと思う。
でも、なぜケレンを裏切ってまでこんなことしたんだ?」
「いや、その…、僕は平民から普通に魔闘士団に入ったんですが…。
ケレン曹長の横暴に前々から思うところがあって…。
僕が憧れた魔闘士ってこういうのじゃないなぁ、と思ってたところだったので…。
それに魔法剣技部隊の皆さんの武勇は聞き及んでいたので、憧れっていうのもありました。
結果的に皆さんの仲間に入れてとても嬉しいです。
精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
「そうか、なんだか照れるな…。
人数も少ないし、まだいろいろ大変だが、よろしくな」
俺は再び彼と握手をした。
「シルフ隊長、新人歓迎会っつーことで、傭兵ギルドで一杯どうっすかね?」
ヴァルターとフリーデの背後に回ったカールが二人の肩に手を回して楽しげに言った。
「それはいいですね、勘定はハバ―中尉に持ってもらいましょう。
問題ないですよね?ハバ―中尉?」
「ああ、ああ、いいさいいさ、盛大にやっておいで」
ハバ―中尉の半ばあきらめた笑顔を見て、歓声を上げた俺たちは杓子定規の敬礼をして賑やかに執務室を出た。
自分たちが懸命にやってきたことが、仲間が増えたことで本当に実を結んだ様に感じて、心の底から喜びに溢れていた。




