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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
22/59

22 - 風を操りし者たち⑲

明朝、独房を出された俺は数名の憲兵隊に連れられ、司令室のある宿舎へと連行される。

手枷をされることもなく、痛む腹部に気を遣って歩いていたら手を貸してくれた。

ずいぶんと信用されたものだな。

正直、気持ちが萎えきっている時にこういう優しさはありがたかった。


議会室に入ると、左右に並べられた長机、ここは士官たちの席だろう。

中央に議長席があり、向かい合うように傍聴席と思われる多数の椅子が並べられていて、そこにアレッサが座っていた。

彼女は俺に気づくと心痛な面持ちで見つめてきた。

俺は軽く微笑みかけたが、すぐに視線を外す。


他はあのときケレンの周りにいた取り巻き連中だ。

どいつこいつも仏頂面で腕組みをして座っている、何人かは俺の顔を睨み付けてきた。


そして、反対側の扉から、顔中包帯を巻かれたケレンが入ってきた。

同時に入ってきた俺と目が合ったが、やつはひどく怯えた目で俺を見て、すぐに視線を外す。

俺とケレンの二人は傍聴席で互いに離れた位置に座らされた。


しばらくすると、議長のアラーベルガー少佐をはじめ、魔闘士の上級士官が入ってきた。

俺たちは総出で立ち上がり敬礼する。

入ってきた士官にはハバー中尉、そしてシルフ隊長もいた。


俺はシルフ隊長をずっと目で追い続けた。

彼が俺に視線を向けてくれることを期待したが、まるで赤の他人とすれ違うような無関心さで、ご自身の席に着いてしまった。

度しがたい孤独感が俺の気持ちをさらに沈み混ませた。


アラーベルガー少佐は全員が席に着いたことを確認し、手元の書類に目を通す。

初老に入った彼の所作は一見無気力に見えるが、俺たちを見つめる目にはベテラン将校の物言わせぬ力強さがあった。



「えー…、ナウマン曹長、ケレン曹長両名の駐屯地内における私闘についてだが…。

 本来であれば内々の判断のもと懲罰で済ますところ、私闘において破壊魔法を使用した痕跡があることを鑑みて、こうして審議会を行うものとする。

 我が国は魔法の使用に関して国民生活における自由な活用を容認しているが、他者を死傷させる魔法の使用は有事を除く以外固く禁じている、これはヘルト連合国家治安維持法、および交戦規定に準ずるものである」



審議会の要点は喧嘩に破壊魔法が使われたことについて焦点を置かれている。

破壊魔法を受けて負傷したのは俺だ。

俺とアレッサの証言が正しいのは間違いない、それを証明してやる。


まずはケレン、およびその取り巻き連中の証言が行われた。

ケレン自身は俺の殴打で口周りを負傷しているせいか喋ることができないため、やつの取り巻きが証言をした。

言わずもがな、やつらはケレンを庇う証言しかしなかった。

偽の出頭命令書の有無にも言及しなかったし、誘いに応じたのはアレッサ自身で、破壊魔法を使ったのは俺だと言っている。

あの場に居合わせたのは俺とアレッサだけだ、これを覆すことはことはできるのだろうか。



「ふむ、ここまでの証言は概ね一致しているが、もう片方の陳述も聞くか…。

 ナウマン曹長、前に出ろ」


「はッ」



俺は傍聴席から立ち上がると、怪我の痛みは無視してアラーベルガー少佐の前に立った。



「宣誓したまえ」


「私はヘルト連合国国旗とその建国の勇者が象徴する、万人のための自由と正義を備えた、女神フレイヤの下に分割すべからざる一国家である祖国に忠誠を誓います」


「当日の話を聞こうか」


「はッ、当日、私は休暇でしたがシルフ隊長の職務補助をしたいと思い、宿舎へ赴きました。

 偶然ですが、ベーデカー上等兵が前日にシルフ隊長の職務補助を私と同伴の上で行うと申し出ておりました。

 しかし当日の朝に現れず、不審に思った私は第一師団の女兵宿舎へ向かい、そこで同部屋の女兵からベーデカー上等兵がケレン曹長に出頭命令書を見せられ連行された旨を聞かされました」


「出頭命令書? その証言をした者の名前は?」


「フリーデと呼ばれていました。階級は上等兵です」


「わかった。続けたまえ」


「ベーデカー上等兵は元は第一師団の所属でしたので、そちらの士官宿舎へ向かいました。

 門兵に訪ねたところ、来ていないと。

 そこに偶然通りかかった兵士がケレン曹長とベーデカー上等兵が現場に向かうのを目撃しており、そちらへ向かった次第です」


「そこでのやり取りは?」


「ケレン曹長はベーデカー上等兵を相当に気に入られているご様子で、口説き落とそうとしているようでしたが、 振られました」


「ぶッ…クヒヒッ…」



静粛だった議会室に笑い声が響いた。

ハバ―中尉…、私は真剣に話をしているのに…、申し訳程度に声を抑えているが大いに愉快そうに笑っておられる。

俺は彼の笑いが収まるまで発言を待ち、彼がつくろった咳払いをしたところで再開した。



「その際にベーデカー上等兵が激高し、ケレン曹長を突き飛ばしました。

 それに対してケレン曹長が破壊魔法を使用しようとしたため、私がベーデカー上等兵の前に立ち、代わりに魔法を受けたのです」


「ほう…、貴様に記憶があるかわからんが、その魔法は倉庫の屋根と耐火レンガを粉砕する威力があったぞ。

 それを受けてその程度の負傷とは少々不審だな」


「閣下、私も魔法を使用しております。

 咄嗟に私は風魔法でこちらに魔法を放つケレン曹長の腕を上方へ押し上げました。

 そのため直撃を受けておりません」


「なるほど、そこから先はどうしたのかね」


「大変お恥ずかしい話でありますが、私はケレン曹長の攻撃で頭に血が上り我を失っており、ケレン曹長と私闘を行いました。

 はっきりと申し上げれば、殺意がありました」


「潔いな、ではお前たちの隊長が止めねば殺していた可能性があるということだな」


「おっしゃる通りであります」



俺は自分の首を絞めるような不利な証言をしているだろう。

だが、そこへ至る経緯については何一つ偽りを述べていない。

結果的に不要な暴力的解決を行ったのは確かだ、軍人として恥ずべきことを隠す気はない。



「よろしい、戻れ。

 ベーデカー上等兵、前に出ろ」


「はッ」



俺の席の横をアレッサが通っていった。

動きも普段と変わらない、怪我はなかったようで安心した。


宣誓をした彼女は珍しく緊張した面持ちだった。

臆することはない、自分が言われたことを正直に言えばいい。

君に罪はないんだ、なにも泥をかぶる必要なんて無いはずなんだから。



「ナウマンが論じたことに相違はあるか?」


「いえ…、ございません、閣下」


「ふむ、ナウマンの話を真実と仮定した場合だが、貴様はケレンから何を言われたんだね?」


「…我々魔法剣技部隊は傭兵ギルドを通じて民間で対処できない問題を解決する奉仕活動を行っております。

 ケレン曹長は、それは民間と軍人の癒着であり、魔法剣技部隊は多額の見返りをもらっているのだと決めつけておりました。

 全てはシルフ隊長の仕業で、私だけ部隊から引き抜き無罪放免にする代わりに、ケレン曹長の部隊に入れと説得されました」


「ほう、なんと答えたのだね」


「”そうやって餌をぶら下げれば人が付いてくると思っているのか、お前なんか大嫌いだ”

 とお答えしました」


「あっははは!! ひぃっひひ!!」



ハバ―中尉が今度は全く遠慮することなく笑いあげた。

他の士官も必死に笑いを抑えている…。

唯一笑ってないのは第一師団のケレンの上官であるトラウゴット大尉だけだ。

相当に苛立っているのか真っ赤な顔に青筋を立てている。

俺は視線だけを横に向け、ケレンを見た。

包帯で隠れていない肌がトラウゴット大尉と同じく真っ赤だ。

まぁ、やつにしてみれば公然と恥をかかされているのだから仕方ないが、俺としても少々愉快ではある。


いや、笑っていない人がもう一人いたか…、シルフ隊長はアレッサを見つめたまま表情が動いていなかった。

怒っているのか、この状況に呆れているのかも読み取れない。

露骨に怒りをあらわにしているトラウゴット大尉やケレンよりもよほど恐怖を感じる。



「目上の者に対する言動としてはやや不遜ではあるが、まぁいい。

 貴様は出頭命令書を見せられ連れ出されたそうだが、ケレンにその権限はない。

 誰の署名があったのだ?」


「第一魔闘士団、コンラート・トラウゴット大尉の署名がありました」


「貴様ぁ!!デタラメも大概にせよ!!

 オッタル公国トラウゴット家次期当主である私を愚弄する気かぁ!?」



トラウゴット大尉が怒号を上げながら両拳でテーブルを叩き勢いよく立ち上がる。

立ち上がった拍子に倒れた椅子を更に蹴り上げ、怒りを撒き散らす。

白髪の混じったオールバックの黒髪を掻きむしると隣に座るハバ―中尉の横を抜け、その隣に座っていたシルフ隊長の襟首を掴み上げ、強引に振り回した。

憤怒の眼光で睨みつける彼をシルフ隊長は無抵抗のまま無表情で見据えている。



「この…ッ、どこの馬の骨ともわからん青臭い小僧がぁ!!

 ハバ―の後ろでコソコソと小癪な行動をしおってぇ!!

 いいか!?部下の躾のできん無能な上官は昔からこうしてわからせるのが伝統である!!」



トラウゴットは無抵抗なシルフ隊長の頬に横殴りの拳を叩き込んだ。

シルフ隊長の身体が横に傾き、机に寄りかかりそうになったが、それを許さず、もう一度自分に眼前にシルフ隊長の顔を向かせた。

俺の心に、ケレンを殴ったときのような炎がぼうぼうと渦巻いてきた。

だが、ここでやつを殴ってしまえば、本当に俺だけの責任ではなくなってしまう、必死にこらえる。


アレッサも蒼白な顔色に瞳孔の開ききった目でトラウゴットを睨みつけている。

彼女の怒りも限界に近いのかもしれない。



「どうだ!?私の入魂の一発を受け目が覚めたか!?

 この場でさっさと自分の罪を吐くといいぞ?」


「…中々に腰の入った良い一撃でございましたトラウゴット大尉殿。

 先日立ち寄った教会の幼子にもこのような良い拳をもらいまして、楽しげな子どもたちのことを思い出しました」


「き、貴様ぁ…ッ、私の拳をガキの戯れと申すかぁ!!」


「そこまでにせよ、トラウゴット」



トラウゴットが再び拳を振り上げたところで、アラーベルガー少佐の声が響いた。

しかし、トラウゴットは振り上げた拳を打ち下ろすすんでで構え、下げようとしない。



「ほう、私の命令に逆らうか…。

 ここは公平な審議を行う場、ここの長は私だ。

 貴様が公家の嫡男などということは知ったことではない。

 貴様はヘルトにおいて一兵士に過ぎず、私は貴様よりも階級が上、それが全てだ。

 その貴様の拳は私を攻撃し、私を攻撃することは魔闘士、引いては連合国への謀反に等しい。

 席にもどれ、これは”命令”だ」


「しかし、閣下…」


「貴様の発言を許した覚えはないぞ。戻れ、”命令”だ」



トラウゴットは三度シルフ隊長を睨みつけると彼の襟首をつかんでいた腕を乱暴に離した。

口元から垂れた血を軍服の袖で拭うと、シルフ隊長も席についた。

彼の視線はうつむき加減で変わらず無表情だった。



「ふむ、ベーデカー、貴様の言う出頭命令書は見つかっておらん。

 公文書の偽装は大罪だ。

 貴様の発言が虚偽の場合はそれ相応の処罰になるが、わかっているか?」


「閣下、わたくしは嘘偽りなど申しておりません」


「さて、どうしたものか。

 ハバ―、お前の言う通り、まだ出頭していない一名の証言を待っているのだが、まだか?」


「もう間もなくです。閣下。

 もう間もなく到着いたします」



アラーベルガー少佐とハバ―中尉との問答に俺は傍聴席にいる面子を見渡した。

この場に居るケレン側の人間は7人、よく思い出せんが、あの場に居合わせた人間がまだ居るということか。

ケレンも同様に後ろを振り返る。

何かに気が付いたようで、焦りのような表情が見て取れる。


複数の足音が議会室の外から聞こえてくる。

かなりの人数が近づいてきているが、その音がこの議会室の前で止み、扉が開かれた。


そこには数多の勲章を飾った漆黒に艶のあるロープに身を包み、豊満な顎髭を蓄えた老齢の魔法使いがいた。

アルド・ハバ―魔闘士団元帥、ヘルト連合王国魔闘士軍の最高級将校の姿だった。


その場の全員が総立ちになり、直立の敬礼をする。

式典でしかお姿を拝見できない人物を前に、軍人としての精一杯の敬意を姿勢に込めた。



「おうおう、若い魔法使いが雁首揃えて神妙な顔をしておるなぁ。

 若気の至りで喧嘩は結構だが、身内で殺し合いなど戦う相手を間違えておるぞ?ほっほっほ!」


「閣下…、このような場所にこられずとも、わたくしが対応いたしますのに…」


「よいよい、こんなに面白おかしい珍事はないからのぉ。

 それに花婿の秘蔵っ子がどんな者なのか興味があってなぁ、ちょいと顔を見たくなったんじゃ」



ハバ―元帥は顎髭を撫で高笑いしながら議会室へ入ってきた。

そばにいる文官の女性は大変困った表情をしている。

彼女は俺に審議会の通達に来た女性だ、ハバ―元帥の付き人ならば高位の官僚と思われる。


護衛と思われる兵士は入り口で止まったが、後に続くように若い魔闘士の男女が連れ立って議会室入ってきた。

金髪の癖毛で線の細い青年だ、ひどく緊張している。

もう片方は、アレッサがケレンに連れて行かれたことを俺に話してくれたフリーデ上等兵だ、同じくひどく緊張している様子だ。

そして、彼らに対してケレンとその取り巻きが尋常ならざる視線を向けていた。


ハバ―元帥は敬礼をしたままのアレッサの横を抜け、アラーベルガー少佐の前に立つと冊子を手渡した。


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