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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
21/59

21 - 風を操りし者たち⑱

晩夏、日中の残暑厳しい中だが、夜の冷え込みが徐々に厳しくなり、体温調節と体調管理に苦労する季節だ。

ヘルトの広大な穀倉地帯の黄金の絨毯も収穫が終わり、収穫祭に向けて農家は大忙しだな。


魔闘士の宿舎では、俺は相変わらず除け者だ。

魔法剣技部隊設立前まで親しくしていた連中も俺には話しかけてこない。

デブでちょび髭のケレン曹長の手回しによる嫌がらせは今は鳴りを潜め、ただ同部屋の連中から無視されるだけだ。

以前のように私物を隠されたりなどはされていない。


俺たちの活動は一般兵科の兵士を通じて、魔闘士内でもある程度知名度が上がってきている。

上級士官やベテランはともかく、ここにいる連中は実戦経験の無い連中ばかりだ。

民間への支援と言えども危険な任務をこなす俺たちに畏怖していることを察することができる。


何より、王立魔法大学、商業ギルド、鍛冶ギルドを筆頭に、農業ギルドや湾岸警備隊、河川管理機関などの職員が頻繁にシルフ隊長をはじめ、俺たちへ面会に訪れる。

話の内容は各団体が抱えている喫緊きっきんの問題で、経験上、傭兵ギルドへ依頼しても受け手が見つかりづらい案件についての相談事だ。

それらの案件をリストアップし、優先順位を設定する。

もちろんだが、その依頼料はすべて傭兵ギルドの取り分だ、俺たちには一銭たりとも懐に入らない。

すでに傭兵ギルドからの案件は、ギルドを通す前に俺たちの耳に予め入るようになっている。

案件として公募はするが、思惑通り依頼の受け手が見つからなければ俺たちが対処する。


シルフ隊長は俺たちの訓練、ギルドの対応、組織の運営とかなりの負担が掛かっている。

俺もできるだけシルフ隊長のそばで補佐に回りたい。

今日は非番だが、シルフ隊長の職務室に出向こう。


明朝、宿舎を出て、士官の宿舎へ向かう。

最近は王城には戻っていないようだから、いらっしゃるだろう。



---



「ああ、エアンスト。

 おはようございます。

 すみません、休みの日に手伝いだなんて、戻って休んでもらっていいんですよ」


「おはようございます、シルフ隊長。

 あれ、なぜ私がここに来ることをご存知なのですか?」


「アレッサが昨日、私の手伝いを申し出てくれまして。

 エアンストも連れてくるからと言われたので、てっきり…」



アレッサが…、シルフ隊長のなにを手伝うんだ…?

いや、問題はそこじゃないな、いくら普段はっちゃけているあいつでも時間や約束を反故にするような人間じゃない。

何かあったと見るべきだ。



「シルフ隊長、すみません。

 アレッサを探してきます。もしかしたら宿舎で寝ているかもしれないですが」


「まぁ、そうであれば起こさずともよいですよ」


「とにかく、行ってきます」



士官の宿舎を出ると、駐屯地の敷地内を走った。

何しろ広いからな…、どこを探したらよいものか。

確かアレッサの前の所属は第一魔闘士団だったな、女兵の宿舎はあっちか。


宿舎から女性の魔闘士が出てくる…、男の俺が近づくのはちょっと気が引けるが聞いてみるか。



「そこの君たち、すまないがちょっと聞きたい」


「あ、ナウマン曹長、敬礼!」



俺が話しかけた二人の女兵は揃って敬礼した、俺も敬礼を返す。

第一師団は指揮官に難のあるやつ多いと聞いたが、基本的教育は行き届いているようだ。

魔法剣技部隊は緩いせいで、こういった軍隊然とした行動は久々でちょっと新鮮だ。



「朝の忙しい時間にすまない。

 アレッサ・ベーデカー上等兵を探している。

 この宿舎で寝泊まりしているはずなんだが、知らないか?」


「フリーデ、あなたアレッサと同部屋よね?」


「うん…。

 ナウマン曹長、ベーデカー上等兵は今朝早くに第一師団の出頭命令でケレン曹長と一緒に出ていかれました」


「出頭命令? それはおかしいな。

 もし俺たちを出頭させるなら第二師団のハバ―中尉の命令のはずだ。

 なぜケレン曹長がそんなことを?」


「申し訳ありません。それは私にもよくわかりません…。

 ただ、ケレン曹長は前々からベーデカー上等兵に付き纏っていました。

 基本、男性が立ち入りできない女兵宿舎に押しかけることも度々で…。

 あの子、いつもは平然と追い払っていたんです。

 でも、命令書を持って来られたので、仕方なくついていったんじゃないかと…」


「…君は、それをわかっていて見逃したのか?」


「いえ…それは…」



しまった、ついイラつきが言葉に出てしまった。

彼女たちからすればケレンは上官だ。

やつの行動に対して意見などはできないのは当然だろう。



「すまない…、今のは忘れてくれ。

 出頭命令なら、第一師団の士官宿舎だな。

 ありがとう、行ってみるよ」


「あ、はい…、失礼します」



俺は第一師団の士官宿舎へ走った。

宿舎前に門兵が二人立っている、彼らに聞けばわかるだろう。



「これは、ナウマン曹長!

 おはようございます!」



一般兵科の門兵二人が敬礼してくれた。

俺たちのことをよく知っているのは彼ら一般兵科の兵士たちだからな。

名乗る手間が省けて助かる。



「おはよう。

 仕事中にすまない、アレッサ・ベーデカー上等兵を見なかったか?

 ケレン曹長と一緒のはずなんだが」


「いえ、我々夜勤ですので、出入りする方は全て見ているはずです。

 ベーデカー上等兵は目立ちますゆえ、見れば必ず覚えているはずです」


「そうか…、ありがとう」



ここにもいない…。

出頭命令というのは嘘なのか。

ケレン、いったいアレッサになにをしようとしている。



「なぁ、さっきのやばそうじゃねぇ?

 上に報告した方がよくねぇか?」


「いや、ケレンだったろ。

 あいつには関わりたくねぇよ」



後ろから耳に入った言葉に即座に反応した俺は二組の男性魔闘士の片方の肩を掴んだ。

いきなり肩を掴まれて憤った表情の兵士だが、俺の顔を見て即座に敬礼した。

階級章のない魔闘士二等兵だ。



「いまケレンと言ったか?」


「はッ、申し訳ございません!

 以後、言葉を慎みます!!」


「違う、ケレンはどこにいる?」


「はッ、先ほど資材置き場の倉庫へ女兵を連れて入られるのを見まして…」


「倉庫?どこの倉庫だ?」


「最奥にある赤レンガの倉庫です…」



兵士の言葉を聞いた瞬間に全速力で倉庫を目指して駆け出した。

出頭命令であんな場所にいくはずがない。

俺はすでに頭に血が上りきって、冷静な判断はできそうにない。



倉庫の前に立つと、両開きの扉を蹴り飛ばし、中に突入する。

資材の並んだ倉庫の奥の眼前にケレンと取り巻き、そしてアレッサがいた。

ケレンは焦慮しょうりょした表情で俺を睨み付けてくる。


俺は二人の間に割り込むとケレンと対峙した。



「アレッサ、これはどういう状況だ?

 こんなやつの出頭命令に従うのもおかしいが、こんな場所になぜ黙ってついてきた」


「ごめん…、傭兵ギルドの仕事請負で脅されてついてきちゃった…。

 シルフ隊長を追い込んでやるって言われて…」



なるほど、ケレンが考えそうなことだ。

脅す材料にもなっていない、ただのいちゃもんだ。



「おいケレン、偽の出頭命令書まで作ってアレッサをここに呼び出して何をしようとしていた?

 言葉に気をつけろよ、俺は今すこぶる機嫌が悪い」


「クッ…、おまえらがやっていることはギルドと正規兵の癒着だ!

 請け負った案件から金を受け取っているのはわかっているぞ!!」


「俺たちはあくまで奉仕活動として行っている。

 民間で対処できなければ、どのみち正規兵が対応しなきゃならんからな。

 金銭は一切受け取っていない。疑うならギルドマスターに直接聞いてみたらどうだ?」


「ぐぐ…」


「いくぞ、アレッサ。

 シルフ隊長の手伝いをするんだろ」


「うん…」



俺はアレッサの手を取ると、倉庫を出て行こうとした。

しかし、ケレンがアレッサの肩に手をかけ強引に引き留める。



「待ってくれよ、アレッサ君。

 君はこんな落ちこぼれ連中と一緒にいていい女じゃないだろう?

 トラウゴット大尉は僕と遠縁なんだ、第一師団に戻って僕の指揮下になってくれたら昇級についても進言してあげるよ、悪くないだろう?」


「ほんっと!いい加減にしろよ!!ちょびひげ!!」



ケレンの手を振り払ったアレッサはこめかみに青筋を立てながら、追い打ちをかけるようにやつの胸を突き飛ばした。

突き飛ばされたケレンは倉庫の石畳に勢いよく倒れ込む。



「あたしも…あたしの仲間も馬鹿にするな!!

 そうやって餌をぶら下げりゃ他人がホイホイ付いてくると思ってんだろ!!

 あたしにはもう惚れた男がいるんだ!!

 お前なんか大っ嫌いなんだよ!!」



ケレンのあっけにとられた表情がみるみる憤怒に赤く染まっていく。

やつの魔力が膨れ上がるのを感じた俺は反射的にアレッサの前に立ち、両腕を広げる。

ケレンの手が俺に向けられた瞬間、巨石をぶつけられたような衝撃が俺の全身に走った。



---



これで何発目だろうか。

俺は目下にいる血まみれの男に無心で拳を入れていた。

今の感触は歯が折れた、今のは顎が砕けたような感触だ。


死にかけの魚のように身体を跳ねて抵抗するやつの腹に向けて膝を打ち下ろす。

苦悶しながら血のあぶくを吐くやつの顔に若干愉快な気分になる。


「だめだよ!エアンスト!

 これ以上殴ったら死んじゃう!もうやめて!」



俺の両脇を抱えて引き剥がそうとする女の声。

言っていることはわかっているが、理性が効いていない。


俺の殴打から逃れたやつから再び魔力の膨張を感じた。

反射するように俺も魔力を手に込める。

シルフ隊長から教わった圧縮した風で物体を切り刻む魔法だ、これを放ったらおそらくやつは死ぬだろう。


やつに向けた俺の手が、横から伸びてきた手に捕まれる。

撃ち放つ寸前だった俺の魔力が消え失せ、視界が一回転すると背中が石畳に叩きつけられる。

痛みにつぶった目を開けたとき、見えたのは天井ではなく、無表情に俺を見下ろすシルフ隊長だった。


取り戻した理性で彼に何かを言おうとしたが、俺の顔を覆うように伸びた彼の手によってブツリと意識が途切れた。



---



駐屯地の営倉に入れられ、もう一週間になる。

俺の身体は思いのほかダメージを受けていたようで、肋骨やら腕やら複数箇所にひびが入って、額も十数針縫う必要があった。

グリフォンを討伐したときよりもよほど重症だ、しかもそれがケレンとの喧嘩ときたもんだ、不甲斐ないにもほどがある。

俺の元を訪れるのは食事を運ぶ監視兵、あとは傷の具合をみる治癒士だけだ。

俺を階級で呼んでくれると言うことは、俺の軍籍はまだ剥奪されていないらしい。


あの出来事から部隊のみんなとも顔を合わせていない。

おそらく面会が禁じられているんだろう。


ケレンを半殺しにしたことを後悔なんかしちゃいない。

ただ、シルフ隊長を失望させてしまったという自責の念に駆られて、食事も睡眠も十分にとれない日々が続いている。

未遂に終わったとはいえ、俺はシルフ隊長から教わった力を、クソ野郎とはいえ、仲間を殺すために使おうとしたんだ。

裏切り以外の何物でもない、俺の軍人としての人生は終わったかもしれないが、ただただシルフ隊長に謝罪したかった。


営倉に誰か入ってきた。



「魔法剣技部隊所属、エアンスト・ナウマン曹長ですね」


「ああ…」



軍服にマントを羽織った女性の文官が俺の独房の前に立った。

彼女は一枚の出頭命令書を俺に見せると、淡々と内容を読み上げる。



「駐屯地敷地内で私闘を行った事案について、当事者による審議会を行います。

 明日、迎えが来ますので出頭願います」


「軍法会議じゃないのか…」


「それは審議会での意見陳述の内容により決定されます。

 議長は魔闘士団団長補佐ヨーゼフ・アラーベルガー少佐です。

 何かこの場で申し立てがあれば伺います」


「いや、何もない…」


「では明日」



踵を返した彼女の軍靴の音が営倉に響いた。

審議会か…、あのときの当事者が来るのであればシルフ隊長も出頭するはずだ。

今の俺に彼に合わせる顔などないのにな。


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