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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
19/59

19 - 風を操りし者たち⑯

俺の火傷の治療が終わってシルフ隊長を訪ねて驚いた。

まさか、いち下士官でしかないシルフ隊長がこの病院の一等高級な個室に入院することになったと。

普通は兵卒との大部屋が適当なところだ。


部屋のある階に着くと、フロアの入り口には警護兵が二人…。

俺たちが魔闘士だとわかると敬礼をしてくれた。

俺とアレッサは妙な緊張を覚えながらシルフ隊長のいる部屋をノックした。



「どうぞ」



扉を開けると、上品なベージュの絨毯に高級そうなテーブルに革張りのソファ、でかい絵画…。

上半身を脱がされたシルフ隊長は三人の女性治癒士に囲まれて治癒の魔法を浴びせられながら心底困ったような顔をしながら俺たちを見た。


そばにいるヨハンもカールも困惑した笑みを浮かべている。



「シルフ様…、治癒は終わりですが、他に痛むところはございますか?」


「いえいえ、もうなんとも…、私など構わずにどうか他の患者様を…」


「マナの活力が少し低下しているように見受けられます。

 後ほどお食事と一緒に回復薬もお持ちいたします」


「いえいえ…、私はこれでおいとまいたしますゆえ…」


「それは困ります。ハバ―副理事長より今日一日入院していただくよう指示を受けております」


「えぇ…」



げんなりと頭を抱えるシルフ様をよそに、治癒士たちは衣服や洗面道具を置き、その他もろもろ病室内の清掃をして出ていった。

確か、ここの理事長は…、ああ!アルド・ハバ―魔闘士団総帥!

ということは恐らく副理事長はルイーサ・ハバ―様だな。



「なんかすっげー貴賓きひん待遇っすね、シルフ隊長」


「笑い事ではありません。

 いまの私は単なる一軍人、このような待遇を受けるべきではありません。

 もとより、以前もただ城に仕える執事でしかなかったのですから」


「しかし、一体なぜこのような配慮がされたのですか?」



シルフ隊長の過去にいろいろなことがあるのは知っているが…、この待遇は明らかに不自然だ。



「…私自身で口外することは禁じられているのです。

 まぁ、知っている方々はそれなりにいるのですが、恐らくその方々も他言無用と言われているはずです。

 ハバ―中尉の許可が下りればちゃんとお話できるのすが…。

 まぁ、そもそも、その話とこの待遇は別です。

 これは恐らく…」



ん?急に部屋の外が騒がしい、四人、五人? いやもっといる…。

だんだんこの部屋に近づいてきているぞ。



『ちょっと、ヴェリーヌ、あなたこんなところに来ちゃだめじゃない!』


『どきなさい!ルイーサ!ここは昔の私の職場よ!!私がここにいて何が悪いの!?』


『あなた自分の今の立場がわかって!?』


『私の可愛い息子が入院だなんて、いったいエドゼルはあの子に何をさせたの!?』


『わたくしも詳しくは知らないの!!

 お願いよ!ちゃんと治療して帰すから、お城にもどってちょうだい!!』


『黙りなさい!

 ”勇敢なる者の守護者”と言われた私を止められるなんて思わないことね!!』


『あなた自分の二つ名を気に入っているのね!?

 わたくしはイヤなのだけど!?』



ガシャンと音を立てて病室のドアが開いた。

ヘルトの国民として本能に叩き込まれ、軍人として絶対の忠誠を誓う方の一人。

ヴェリーヌ・プリスタイン女王陛下、”勇敢なる者の守護者”の異名を誇る偉大なる聖魔法の使い手、ヘルト守護聖女の一人である。

紫の美しい絹のドレスに、黒鳥の羽を思わせる黒のマントを羽織ったお姿が俺の前に!


俺たち四人は一瞬の迷いもなく膝を付き、頭を下げて最敬礼をする。

こんな手の届くような距離で女王陛下にお目見えするとは…。

まずいぞ、心臓が弾け飛びそうだ…。


女王陛下は何も臆することなくカツカツと部屋の中に入る。

もう諦めた表情のルイーサ様と衛兵が不安そうに見守っている。


ベッドから立ち上がったシルフ隊長は見た目明らかに動揺しきって、あたふたしている。

あのシルフ隊長もこれほどまでに取り乱すのか。

長身の女王陛下はやや見下ろす格好でシルフ隊長と向き合った。



「シルフ…」


「あ、あの女王陛下…、わたしは何もございませんから! そのー、ええと…」


「本当によかった…、本当に…無事で…」



リリーを抱いていたウィルデ殿を思い起こすような優しい抱擁だ。

そうか、シルフ隊長はヴェリーヌ陛下と王女殿下のお世話をしていたと言ってたな。

それは単なる使用人ではなく、ヴェリーヌ陛下がこれほど腐心するほどの関係だったのか。

それなら、この貴賓待遇も理解できる。



「女王陛下…、私は大丈夫ですから、そろそろ…」


「いやだわシルフ…、二人きりのときは”お母様”と呼ぶようにいつも言っているでしょう?

 そんな他人行儀な呼び方されたら、わたし傷ついちゃう…」


「いまは二人きりではございません!」


「まぁ照れちゃって…、もう本当に可愛い子ね!

 あぁ~…相変わらずすっぽりと収まる良い抱き心地…。

 それにソフィアにも負けないすべすべのお肌…」


「あぁッ…女王陛下…駄目ですッ」



抱きしめ、頬づり、顔中へのキスの嵐…。

かつてヘルトを脅かした数多の戦で傷ついた兵士をその力でもって救い、その慈愛の心を持って民に寄り添う女王陛下の印象が…、ほんのちょっとだけ崩れていく。

まぁ、女王陛下だって人の子だ、身内にはこんな面だってあるだろうさ。

にしても見てるこっちが恥ずかしくなるほど熱い愛情表現だなぁ…。


うん? 女王陛下が俺たちの前に近寄ってきた。



「そこの包帯を巻いたあなた、おもてを上げなさい」



俺か!?俺のことか!?

俺は胸に左手を添える最敬礼のまま、顔を上げた。



「はッ」


「あなたの名は?」


「はッ、魔法剣技部隊所属、エアンスト・ナウマン曹長であります」


「その傷は任務で負ったものですね?」


「はッ、私の不覚により負傷いたしました。

 シルフ隊長と仲間の助力がなければこの程度では済まなかったと思っております」


「勇敢なる我軍の兵士、エアンスト・ナウマンよ、立ちなさい」



俺は即座に立ち上がり、一度敬礼をした。

女王陛下が魔法の詠唱し、俺の首元へ触れた。

鎮痛剤でも緩和しきれない疼痛が消え、体中から力がみなぎる感覚、不思議な幸福感が心から湧き上がってきた。



「他の三人、立ちなさい」



緊張に顔がこわばったカールもヨハンもアレッサもキビキビと敬礼をし、姿勢を正す。

その三人にも女王陛下は魔法を掛けていった。

きっと他の三人も、この不思議な感覚に戸惑っているに違いない。



「シルフのこと、お願いね。

 この子、我が身を省みずに突っ走るから」


「「「「はッ」」」」



俺たち揃って敬礼した。

なんというお優しいお方なのだろうか…。

俺の中の崩れた僅かなイメージが再構築され、その忠誠心はより強固になった気がする。



「ヴェリーヌ、あなたね、力を使うのはほどほどにしてほしいわ…。

 あなたの力は強すぎるの、病院の面子もあるんだからね…」


「分かってるわよ、ルイーサ。

 じゃあね、シルフ。ソフィアがとても寂しがってるの。

 あなたの名前を呼んで夜泣きが止まらない時も多いのよ。

 仕事が一段落したら、お城に戻ってきて」


「承知いたしました。……お母様」


「ああ!もう駄目!この子を持って帰るわ!胸がキュンキュンするの!!」


「いい加減にしてヴェリーヌ!

 さぁ!これ以上衛兵の皆さんを困らせないで!

 シルフ様、今日はこの部屋でお休みになってね、皆様失礼いたしましたー!」



ヴェリーヌ女王陛下はルイーサ様に引っ張らながら、衛兵とともに部屋を出ていった。

シルフ隊長は顔中についた陛下の口紅を布で落としながら、気まずそうに俺たちを見ている。

まぁ、状況はなんとなくわかったし、追求するのも可哀想な気もする。


俺は傭兵ギルドへの報告を済ませたこと、そしてリリーが急ではあるが、傭兵ギルドのギルドマスター夫妻の養子となる方向で話が進んだことを報告した。



「そうですか、リリーがギルドに…。

 あのお二方であれば何の問題もないでしょう。

 あとはあの子の人生をあの子自身が切り開いていくだけです。

 これからは傭兵ギルドからの依頼で動くことが中心になりますから、リリーのことも見守っていきましょう」



シルフ隊長は安堵の表情を浮かべながら、心底嬉そうに笑っている。



「しっかしなぁー、あんなゲテモノ連中の溜まり場にあんな可愛い女の子がやっていけるんかねー」


「意外にうまくいくんじゃないか?

 傭兵ギルドの看板娘になったりしてな」


「あたしもなんかそう思う!」



リリーの話は尽きないが、そろそろ俺たちも解散だな。

女王陛下の魔法を受けてから腹が減った、睡眠も取りたい。



「では皆さん、本当にお疲れ様でした。

 本日はここで解散しましょう。

 今日と明日は休暇とします。ゆっくりしてください」



俺たちはシルフ隊長に敬礼し、病院を出た。

不思議と俺たち全員が猛烈に腹が減っていて、一緒に大衆食堂で大飯を食らい、公衆浴場で汚れを洗い流し、各々宿舎に戻っていった。


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