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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
17/59

17 - 風を操りし者たち⑭

翌朝、俺たちは昨日殺したグリフォンの死体のそばにいる。

シルフ隊長が仕留めたものは問題なかった。

眉間を射抜かれ首を切り落とされ、綺麗に安置されていた。


問題はシルフ隊長が爆殺した方だ。

肉片がそこら中に散らばってしまっている。

何が問題かというと、グリフォンを討伐したという証明を持ち帰らねばらない。

俺たちは適当に探し回り、無傷…と言えるのかわからんが、くちばしの残った上顎を持ち帰ることにした。

もう一方もくちばし部分を切り落として、布でくるんでバックパックに詰める。

せっかく軽くなった荷物がまた重くなってしまった。


そういえば、シルフ隊長は昨日の戦い以後、剣を失くしてしまっている。

爆炎魔法を使ったときに吹き飛ばされたはずだ。

俺はそれをシルフ隊長に伝えると、彼自身も忘れていたのか目を丸くしている。



「そういえばそうですね。

 まぁしかし、心配はいりません」



シルフ隊長は左腕を上げ拳を握り、やや勢いを付けて肘を曲げる動作をした。

すると、何かが森の中から飛び上がった。

それは風切り音をたて回転しながら飛んでくる剣だった。


まっすぐ飛んでくる剣を見て、俺たちは慌ててシルフ隊長のそばから離れる。

しかし、剣のグリップは吸い寄せられるようにシルフ隊長の左手に収まる。

シルフ隊長は、眉間にシワを寄せ、忌々しげに剣を見た。

あの剣、なにか嫌な思い出でもあるのかもしれない。


隊長は刃を一振りすると、鞘の中に収めた。

表情は元に戻っている。



「…さぁ、準備ができたので村に戻りましょう。

 今日中には村に着きたいので」



うーん…、あの剣、刺青、魂への干渉、シルフ隊長の過去に興味はあるが、あの様子ではそのことに触れるのはよしたほうがいいだろうな。

彼のことだから聞けば話してくれるだろうが、困らせたくない。



---



時刻は夕刻に近づいているが、明るいうちに森を抜けられた。

俺たちが村の門前に到着すると守衛が大門を開けた。


村人は恭しく頭を下げているが、目には恐怖の色が浮かんでいる。

まぁ、ある程度洗ったとはいえ、俺もシルフ隊長も血濡れていて、俺は首に盛大に包帯が巻かれているし、何より全員獣臭い。

ついでにグリフォンのくちばしを包んだ布も血なまぐさいことこの上ないからな。


招集をかけたわけではないのにいつの間にか村の連中が集まっている。

その中から杖を持った老人、村の長が慌てた様子で俺たちに近づいてきた。



「こ、これはこれは兵隊様方…。

 そのように怪我もされて…、さぞ危険な目に合われたのですね…。

 なんと言ったら良いか…」


「戯れは無用だ、番のグリフォン、たしかに討伐した。証拠はこれだ。

 死体はこの場所にある、地図は渡せんからこの場で覚えろ。

 それでも疑うのなら、ギルドを通して苦情を申し立ててもいいぞ。」



俺はグリフォンのくちばしくるんだ血の染みた布を放り投げる。

一瞬顔をしかめた長だが、すぐに媚びつくろう元の顔に戻った。



「疑うなど滅相もございませぬ。

 誠に感謝いたします、このご厚意、領王様を通じて傭兵ギルドへ伝えさせていただきますぞ。

 ではもうお帰りになるのですかな?」


「さっさと失せろということか?」


「なっ、何を仰るのですか!

 そのような不躾なことは決して…」



図星か、それはまぁいい。



「長よ、我が隊の隊長がリリーに用事がある。

 呼んでもらえるか?」


「リリーを…ですか?」


「なにか問題があるか?」



長はしぶしぶと言った様子でリリーを呼んだ。

走り寄ったリリーはあまり清潔な状態とは言えない俺たちに笑顔を向けて近づいてきてくれた。

ただ、彼女の目や口の周りにあざがある。

あの坊主か、それとも母親か、それともこの老いぼれか、それ以外のやつか…、まったく腹立たしい…。


シルフ隊長はリリーの前に近づくと、彼女と同じ目線までしゃがみ込んだ。

俺たち四人はシルフ隊長のそばでリリーと向き合う。



「リリー、あなたのお父上ですが、残念ながら、ご遺体で見つかりました」


「そう…ですか…、でも、私…わかってたから、だいッ…大丈夫…ですッ」



笑顔を引きつらせながら、彼女は抑えきれない涙を懸命に両手で拭っている

アレッサも泣いている…、お前は本当に優しい女だな。



「ただ、あなたのお父上とお話することができました。

 あなたのお父上、グンター様との約束を果たしたいと思います」


「えっ…、でもお父さんは死んで…、シルフさん、どういうことですか?」


「あなたのお父上は死後、幽霊となってその場に留まっていました。

 彼は私の中にいます。

 いま、あなたに会わせますね、彼との約束です」


「え、えーっと…」


「大丈夫だよ、リリー。シルフ隊長に任せて」



戸惑っているリリーを背後からアレッサが抱きかかえた。

シルフ隊長はうつむきながら、自身の胸に手を当てると静かに語りかける。



「グンター様…聞こえますね…。いま、リリーがいます。

 少しの間、私の身体をお貸しします。

 お別れが済んだら、お旅立ちください。

 くれぐれも、悔いを残さないように」



がくりとシルフ隊長の身体から力が抜け、後ろ向きに倒れそうになるのを俺が受け止める。

まったく、”会わせる”って、そういうことなのか…。

自分の身体を他の魂に貸すなんて、聞くだけで危険なのは想像できるのに、しかし俺に止める術はないしな。

せめてどうなるか見守ろう。


彼が身体を起こした。

しかし、彼に触れている俺には分かる、今の彼はシルフ隊長ではない。

これはグンター氏の魂に干渉した結果、獲得できた能力なのだと思う。

いま、表に出ている彼は、シルフ隊長の身体に宿ったグンター氏なのだ。


シルフ隊長の身体を借りたグンター氏は自分の両手を見つめ、顔を触り、

そして目の前のリリーに手を伸ばした。


「リリー…、ああ…、私の愛おしいリリー…」


「えっ…、シルフさん?

 あの、ええと…」


「そうだね、今はシルフ様の身体をお借りしてるんだ、わからないのも当然だね。

 どうやったらお前に信じてもらえるだろう…。

 アンナはどうしている? あの子はもう年だ…、乳が出にくくなってしまっていたね」


「アンナは…、この前潰してしまったわ…、でも最後は美味しい腸詰め肉になった…」


「そうか…。お前はアンナをとても可愛がっていたから、とても辛かっただろう。

 でもね、いつも言っているね、生きるものはいつか死んでしまう。

 私達のために死んでくれた動物たちに感謝し、私達を生かしてくださる神に感謝し、精一杯生きるんだ。

 私達を生かしてくれた者たちは”よろこびの家”に招かれて幸せに暮らし、次は人間に生まれ変わって幸福な人生を歩むんだ」


「それ…、いつも寝る前にお父さんが話してくれたお話…、本当に…本当にお父さんなんだね…ッ」



リリーがシルフ…、いやグンター氏の胸の中に飛び込んだ。

グンター氏は全身でリリーの存在を確かめるように髪を撫で、頬を触り、そして強く抱きしめる。

カールもヨハンも平静な顔をしながら頬に涙が伝っている。

アレッサは感情を押し殺すことなく泣いている。


俺も頬を伝う涙が途切れない、これはグンター氏に影響されたものではない。

俺の純粋な感情から出る涙だ。



「本当に…本当にすまない…お前を一人にさせてしまうなんて…、どうか許しておくれリリー…ッ」


「ううん…、私がんばる…、お父さんとこうして会えたんだもの…ッ」


「リリー、よく聞きなさい、この村にお前は居ることはできない…。

 この方々の言うことを聞いて、新たな地で暮らすんだ」


「え? どうして…? 私は…」


「すまないなリリー、これ以上はシルフ様に負担を掛けられない。

 愛しているよ。本当に愛している。

 どこにいっても、リリー、お前の幸福を私はいつまでも願っている…」


「待って、お父さん!! 私、まだお父さんにいいたいことがたくさん…ッ」



シルフ隊長に抱きしめられながら、リリーは何かを言いかけたが、すでにグンター氏の魂はシルフ隊長から離れていった。

俺たちには見えた、シルフ隊長の身体から抜け出て、そして、満面の笑みで俺たちに一礼し、天へと昇る彼の最後の姿を。

どうか娘を頼むと…、グンターさん、その願い、このエアンスト、たしかにお受けしました。



「お父さんッ!お父さんッ!、私はまだ…、いっぱいいっぱい…お話したいことあるのにッ…。

 まだいかないで!!お願い!!」



シルフ隊長はまだリリーを抱きしめている。

彼女は彼からグンター氏の魂が抜け出たのを理解できず、ただひたすら泣き続けた。

アレッサが、リリーを抱きしめるシルフ隊長ごと、彼女を抱きしめた。

俺は自分の目頭に溜まった涙を拭う。

さて、俺は俺の役目を果たすかな…。


俺はそばにいた村の長を睨み、剣の鞘へ手を掛けながら近づく。

カールもヨハンも俺の後ろについて来てくれた。

俺に殺されるとでも思ったのか、長は後ずさりしながらも、俺が眼前で立ち止まるまで恐々としながら立ち尽くしていた。



「アレッサ、シルフ隊長、リリーを少し離れた場所に。

 これからする話を今のリリーに聞かれたくない」


「うん、わかった」



リリーを抱きかかえたシルフ隊長とアレッサは、俺たちの馬を止めている場所まで彼女を連れて行った。

リリーはまだシルフ隊長から離れようとしない。彼女が落ち着くまでシルフ隊長にはそばにいてもらおう。

これは俺の仕事だ。



「長よ、俺たちに弁明することがあるだろう?」


「…なんのことですかな…、私にはさっぱり…」



俺は剣を抜くと、刀身を老人の肩に置き、刃を喉元に向けた。

俺のめいっぱいの脅しだ。脅している俺自身も心臓の高鳴りを抑えるのに必死だ。



「ヒッ…」


「グンター氏はただの猟師ではなかった。魔法使いだ。

 そしてヘルトの同盟国協定に背く錬金薬の原料を集めていた。

 言い訳は通用せんぞ、後ろにいる長髪の男はヘルト魔闘士団の薬学専門の武官だ。

 この非合法活動はお前の差し金か?」


「グンターの魂がしゃべったのですかな…?」



やはり関与していたな、この老いぼれたぬきが。



「侮るな、我が隊の隊長がすべて暴いている…。

 リリーは…、グンター氏から鳥の卵を受け取ると約束してたそうだ。

 その鳥の卵とはグリフォンの卵のことだろう?

 グリフォンの卵をどこに売るつもりだった?

 貴様、リリーを隠れ蓑にして、不正な商人と取引していたな…?」



俺の言っていることは状況証拠に基づく推測だ。確信はない。

だが、俺の言葉に黙り込む老人を見て、確信に変わった。



「貴様、本当に金がなかったのか?

 村人をはぐらかすため、端金で傭兵ギルドへ討伐依頼を出した。

 グリフォンの番の討伐など、端から傭兵が来るなどとは思っていなかったのだろう?

 ヘルトの正規兵である我々がくるなど、予想外だった、そうだろう?」


「そこまでわかっているなら、このような老いぼれをあまり虐めんでくださらんか…」



長は観念したように俺から視線を外した。

そろそろ条件を言ってもいいだろう。



「貴様には2つ、書類を書いてもらおう。

 1つ、今回の討伐依頼達成証明書だ。今回の傭兵ギルドへの依頼達成は無条件に飲んもらう。

 2つ、リリーをヘルト本国へ養子に出すことについて一筆書け、身元引受人は俺だ。

 俺たちの控えとお前たちの領主へ出す2通書いてもらう。

 一ヶ月待ってやる。

 その間にリリーの養子手続きに関する通達が俺のもとに来なかった場合、ヘルトの商業ギルドの使節隊をこの村へ派遣させる。

 証拠隠滅ができると思うな。この村と取引のあった商人、全て洗い出してやるぞ」


「…従いましょう」


「貴様がグンター氏のどんな弱みを握ってこのようなことをしていたのかは聞かん。

 本人が死んでしまっては、知ったところで何もできん、ただリリーを悲しませるだけだ。

 だが覚えておけ、お前のやったことはヘルトへの背任だ。

 次に合うときは貴様の首と胴が別れているだろう」


「…肝に銘じましょうぞ」



何人かの村人が槍を持って俺たちに近づいてきたが、長が怒鳴りつけて追い払った。

リリーはアレッサとシルフ隊長にまかせて、もろもろ書類を書かせ、全部が終わる頃には日が落ちていた。

大門の前で待っていた三人に合流する。

リリーをヘルト本国に引き取る話は元より全員の合意が取れている。

俺はリリーに話をした。この村が彼女にとって危険であること、グンター氏が我々に彼女の保護を言い残したことだ。

彼女はかなり困惑していたが、怪我をしている自分の顔を触って思うところがあったのか、了承した。



「リリー、この村から持って帰りたいものはあるかい?」


「ううん、なにもないです。

 家畜が少し心配だけど、もう長老様に全部取られちゃったから」


「そうか…」



俺は悲しげな表情の彼女の髪を撫でた。

俺は子供が好きだから、子供が悲しむ顔など見たくはない。

しかし、彼女に対して抱く慈しみの気持ちは、恐らくグンター氏の魂からの影響を受けているのだろう。

人攫いとそう変わらん気もするが、この子のためにもうひと踏ん張りしよう。



「シルフ隊長、日が落ちましたが出立しましょう。

 夜明け頃にはヘルトへ着くかと」


「そうですね、明かりがないので馬は飛ばしづらいですが…。

 アレッサ、あなたにリリーを預けてよいですか?」


「おまかせあれ。

 リリー、眠くなったら気にしないで寝ていいからね。

 馬に揺られて難しいかもしれないけど」


「ううん、大丈夫だよ、アレッサさん」



アレッサに抱かれた彼女が微笑んだ。

うん? ヨハンがバックパックからマナ鉱石を取り出している。



「全員、これを胸に取り付けて。

 発動させれば一日は持つはずだから」



彼の発動させてマナ鉱石からは白色の光が放たれる。

なるほど、これを服に縫い込めばだいぶ効率的に馬を走らせられる。

リリーにありったけの防寒装備をさせよう。かなり冷えるからな。


アレッサとリリーを乗せた馬を中央に配置し、全員隊列を作る。

よし、準備は整った。出発しよう。


”よろこびの家”とは北欧神話に登場するヴァルハラのことで、本来戦いで戦死した英雄の魂の宴が行われている神の領域のことですが、単純に罪のない魂が楽しくやってる場所的な解釈で書いています。

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