14 - 風を操りし者たち⑪
「死者の魂を肉体に入れるなど、何をお考えなのですか!!シルフ隊長!?」
俺は取り乱しながらシルフ隊長の肩を揺さぶって訴えかける。
シルフ隊長は困りきった顔で、まるで子供のように俺への言い訳を考えているように見えた。
完全に冷静さを失っている俺にアレッサ、カール、ヨハンが割って入る。
「別に大丈夫じゃん! シルフ隊長は何も変わっていないし、それにリリーに会わせてあげられるって、
それってすごいことじゃない! あの子絶対に喜ぶよ!」
「そうだぜ、ちょっと落ち着けって!」
たしかにグンター氏の霊魂を吸収しても、シルフ隊長には何の変化もない。
先程から困り果てて頭をかいている彼を見ると、こんな芸当をするのは今に始まったことではないのだろう。
俺は諦めのため息をつくと、シルフ隊長の肩をガッと再び掴んだ。
真剣な顔で。
「シルフ隊長…」
「は、はい!」
「本来、死者の魂に干渉できるのは、我が国において一部の僧侶や神職しか許されておりません。
つまり、ヘルトにおいて死霊術のたぐいは外法、法に触れるのです。
くれぐれも、我々以外の前で容易に見せることはお控えなさってください」
「はい、心得ました…、エアンスト…。
ただ、私に触れてしまったことで皆さんもある程度魂に干渉できるようになってしまったと思われます」
「そ、それはどの程度ですか…?」
「おそらく、意識ある霊魂であれば意思疎通可能です。
幽鬼との戦闘や死霊術の影響を受けている者を見分けることなども可能です。
もしかしたら、魔法の潜在非能力者を見分けることもできるかもしれません」
「シルフ隊長のように、魂を取り込むことも可能ですか?」
「それは不可能です。
エアンストが危惧する通り、危険ですからそもそも行わない方がいいかと」
「危険だとわかっているのにー!」
「だー! もういいじゃん! 寒いし疲れたし早く移動しようよ!」
再び説教モードで彼の肩を揺さぶる俺をカールとヨハンが羽交い締めにし、アレッサが引き剥がした。
確かにもう日が落ちる、この場所も元々はグリフォンの巣だった場所だ。
疲労困憊の今の状況では戦うのは難しい、早く離れよう。
「ヨハン、この場所からだと東と北、どっちの野営地が近い?」
「圧倒的に北。
というより、この周囲の狩り場のために設置された場所じゃないかな」
「シルフ隊長、いかがでしょうか」
「ええ、そちらへ移動しましょう」
急斜面を下りながらさらに北上、また森林に入ったところで地図が指し示す場所についた。
が、野営地らしきものはどこにも見当たらない。
俺たちは当たりをうろうろ、周囲を警戒しながら探す。
「ねぇ、ここじゃない? 斜面の横穴」
木々に隠れて見えなかったが、斜面の横穴に木製の扉が設置されている。
煙突のような穴もあるから、中で火がたけそうだな。
一応、警戒しながら扉を開ける。
左手に出した火炎の明かりで中を見るが、何もいない。
「よし、大丈夫そうだ、入ろう」
「結構広いね。
これなら全員で雑魚寝できるんじゃない?」
「薪もあるな、助かる。
暖炉に火をつけよう」
レンガのストーブに薪を突っ込んで、火炎魔法で火をつける。
うん、室内に煙が充満するようなことはなさそうだ。
「カール、ヨハン、ちょっとよろしいですか?」
「あ、はいっす」
「なんでしょう?」
先に横穴の野営地に入っていた4人に、ドアを開けたシルフ隊長がカールとヨハンに声をかけた。
「完全に日が落ちる前に動物を一匹狩りたいのです。
私の弓と…、ここにも備品の矢が何本かあるのでそれを持ってついてきてもらえますか。
アレッサとエアンストは食事と寝床の準備をお願いします」
「承知しましたが…、こんな時間に土地勘のない場所で狩りなど危険では?」
「大丈夫です。グンター氏の魂が付いていてくれますから」
「そ、そんなことが可能なのですか…」
なんと、取り込んだ魂の知識まで使役できるのか。
カールとヨハンが重そうなバックパックをドサッと落とす。
「んじゃ、行ってくるわ。
食料は俺のバックパック、水とかはヨハンのに入ってっから。
うまいメシよろしく。 …俺、吐いちまって腹ペコだからさ、へへへ」
「あ、僕の荷物には付呪済みのマナ鉱石が入ってるけど、さわるなよ。
とくにエアンストな」
そう告げると足早にシルフ隊長を追いかけて二人は出ていった。
くっ、ヨハンのやつ、俺が飲み屋で付呪鉱石を暴走させそうになって俺を信用してないな…。
さてと、鍋とストーブの上に置いて、ペミカンと水と、ああ、リリーの腸詰め肉も食べてしまおう、悪くなるといけないからな。
ペミカンはまだあるし、シルフ隊長の言った通り、この土地の狩りを知り尽くしているグンター氏の魂がついているならある程度長期戦になっても食料は現地調達可能だな。
「エアンスト、なにか手伝う?」
「いや、ゆっくりしてていいぞ。
今日は疲れただろ? 俺が作るよ」
まぁ、ペミカン溶かして水を足して、小麦粉で調整しながらソーセージ入れるだけだしな。
こんなもんか、あとは時々かき混ぜりゃいいだろ。
中腰で鍋を見ていた俺は、疲れた腰を落ち着けるために暖炉の前に座り込んだ。
「つかまえた!」
「うぉ、おい!」
座り込んだ俺をアレッサが後ろから抱きかかえた。
おっと、またあの香水の香りが…、軍服越しでも分かる感触が…。
いや、違う! そうじゃない!
「な、何やってるアレッサ!?」
「なにって…、休んでろって言ったのあんたじゃん?」
「俺に抱きつく意味はなんだ!?」
「いいじゃんいいじゃん、こっちの方が安らげるからさー。
一緒に火にあたろーよ。
それともあたしに触られるのはイヤ?」
「嫌なわけじゃないが…」
おかしいと思ったんだ。
狩りに付き合わせるなら大荷物を背負って消耗してるカールとヨハンよりも俺とアレッサの方がいいはずだ。
カールとヨハンがなにか吹き込んだな、じゃないとシルフ隊長がこんな気の利いた…、じゃない、気まずい状況を作るはずがない…。
まぁ、何はともあれ…。
「よかったな、アレッサ」
「えっ? 何が?」
「何がじゃないだろ、どうやるかはわからんが、シルフ隊長はリリーとグンター氏を会わせるといってる。
俺たちがあの子にしてやれることとしては、最上級だと思うぞ」
「そうだね…、でも悲しむことには変わりないんだろうな…」
「死者を蘇らせることはできない、そうだろ?」
「そうだね。
でもさ、あの子ってずっとあそこで暮らしていけると思う?」
「それについては、いまちょっと、考えてる…」
いやまぁ、一応考えはある。
あの魂から感じられた、あの善良なリリーの父親が違法な素材採集を単独で行っていたとは考えにくい。
村ぐるみ…、あるいはあの長老の指示を考えるべきだろう。
脅す材料などいくらでも思いつくが、あとは切っ掛け、連中を脅す切っ掛けが必要だ…。
「なぁ、アレッサ、なんでシルフ隊長が…、アレッサ?」
首を動かして上を見ると、アレッサが寝息を立てていた。
仕方ないな、ベッドロールが敷いてあるから、あそこに寝かせよう。
俺は彼女の身体を抱えると、そっと、ベッドロールに寝かせる。
顔に掛かった彼女の赤毛を指でどけて、彼女の頬を手の甲でなぞった。
彼女の両頬には涙の通った跡が色濃く残っていた。
子を残して死にゆく親の悲しみも、親を失う子の悲しみも俺にはわからんが、グンター氏と感情を共有したのなら、一番彼の魂と共感したのはアレッサじゃないだろうか。
精神的に疲労が溜まっているのは彼女だろう。ここは寝かしておこう。
パンの用意も終わったし、これ以上ペミカンを火に掛けると焦げてしまうな。
もうそろそろ戻ってもいいはずだが、なにか問題でもあったのか?
っと、表でなにかやっているな、念には念を入れて剣に手を掛けるが…。
「うーい、もどったぜー。
腹減った。飯もう出来てる?」
「流石にもう疲れたよ、もう歩けない…」
「二人ともお疲れ様でした。
とりあえず火に当たって温まりましょう」
「うぉ…、姉御が寝てる…、っつーことは…」
ペミカンのシチューを配膳している俺のそばにカールが近づくと、耳打ちしてきた
「で? どうだったよ、姉御の感想は…がぁっ!?」
「何の感想だバカ野郎!」
俺はそばにあった鋳物の鍋蓋でやつの頭をどついた。
やっぱりシルフ隊長になにか吹き込んでたな。
俺はジロリとシルフ隊長へも視線を向けた。
俺の視線に気づいた彼だが、涼しげな顔で肩に掛けた弓や剣などの装備を外している。
「まぁ、私は職場恋愛に寛容な組織でありたいと思っていますが」
「ちょ、俺とアレッサはそんな仲では…」
「そうですか…、それを聞いたらアレッサは悲しむでしょうね」
ぐっ、そういう言い方はないでしょう、シルフ隊長。
アレッサは…、起きてないな。
飯の時間だ、起こそう…。
「おい、アレッサ、起きろ。
みんな帰ったから、夕食にしよう」
「…りょーかい」
あれ、こいつやけに寝起きがいいな…。
俺の横をするりと抜けて、3人の中に交わっていった。
俺の発言を聞かれてたか…?
気まずい…が、ここは自然体で行こう…。
今日の出来事を語りながら食事をおえた。
「シルフ隊長、今日の見張り当番はいかがしましょうか」
「いえ、これだけ閉鎖された空間であれば大丈夫です。
全員朝まで眠りましょう」
「しかし、いくら出入り口が塞がっているとはいえ、危険では?」
俺の言葉にシルフ隊長が目配せすると、木の扉に近づき、また魔法の詠唱を始めた。
また聞いたこともない言語だ、南部、北部地方の言語を多少齧っているが、それのどれにも当てはまらない。
一瞬、緑がかった光が現れたが、特に見た目に変化はない。
「魔物よけの結界を張りました。
侵入を防ぐ効果はありませんが、無理にここを通ろうとすればわかります」
「僧侶の防御魔法壁のようなものでしょうか」
「似ていますが、聖魔法ではありません。
魔物の魔力と共鳴して崩壊するようにドアに私の魔力を張り巡らせました。
魔物側は外から私達を認識しづらくなり、仮に侵入しようとすれば私の張った魔力の崩壊で術者である私が気づきます」
「なるほど、大変興味深いです」
「そんなに難しくありませんから、次の訓練に組み込んでみましょうか」
夜中に用を足したい場合は二人一組で外に出るように取り決め。
それぞれ適当な位置にベッドロールを敷いて雑魚寝する。
暖炉のおかげで室内が温かいから中にくるまる必要もない。
うん? ヨハンが暖炉の前でなにか作業してるな。
「ヨハン、なにか問題でもあるのか?」
「悪い、僕はもう少し起きてる。
なるべく音はたてないようにするから寝てくれ」
「なるべく早く寝ろ、明日もあるからな」
「わかってるよ、おやすみ」
時々、石を叩くような音が聞こえたが、眠りを邪魔されるほどではない。
今日もいろいろあって、疲れた。
剣を右腕に抱いて、俺の意識は眠りへと落ちていった。