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ヨルムンガンド・サガ  作者: 椎名猛
序章 平和
12/59

12 - 風を操りし者たち⑨

全員、バックパックに野営道具一式を詰め、剣を腰に下げる。

シルフ隊長、俺、アレッサはできる限り身軽な状態で山に入る。

カールとヨハンには悪いが、突発的な戦闘に入った際に咄嗟に動けるよう残りの荷物はできる限り彼らに運んでもらう配置にした。

余計な荷物を背負う二人はさぞ重いだろうと思ったが、流石にこれまで積み上げてきた訓練のおかげだ。

徹底的に下半身を鍛えた俺たちには余裕がある。



「まずは西の野営地ですね、シルフ隊長」


「ええ、おそらく正午までにはつくでしょう」



あの村の狩人かりうどは取った獲物の処理や装備の手入れのために共同の野営地を設営している。

村の長から教えられた3つの野営地を結ぶと、自然と狩人たちの行動範囲が決まってくる。

リリーの父、グンター氏がグリフォンの事件に関わっているのならば、闇雲に野山を探すよりも

これら野営地から推測される狩人のテリトリーを捜索するのがよいだろう、というのがシルフ隊長の推測だった。

村の話ではグリフォンの出現以降、村の狩人は狩猟には出ていないらしい。

とすれば、グンター氏の手がかりが野営地に残っている可能性もある。



「隊長、これ見てくれません?」



カールが地面を見ながら俺たちを止める。



豊妖草ほうようぐさの群生っすね、魔法使いがマナの回復に使う一般的な薬草です。

 こいつを好む食性の魔獣が多いので、もしかすると…」



カールが地面を目で追いながら数メートル横に進み、斜面を見上げた。



「あった、獣道だ。

 ってことは、もしかすると…」



今度は近場にある木に掛かった茂みをめくり上げた。



「やっぱあった、罠の跡だ。

 ヨハン、方位盤の方向はどうだ?」


「…ああ、目的地とずれてない。

 ってことは、ここは狩り場だな、この獣道は狩人も頻繁に利用するみたいだね」



さすがはカールだな、山の中の探索ならこいつの知識が本当に助かる。

俺たちはカールの見つけた獣道を追いながら移動する。

途中途中に狩人の痕跡を見つけながら歩き続けると、予定よりもずっと早く野営地に着いた。



「ありがとうございます。カール、ヨハン。

 ふたりのお陰で予定よりも順調です」


「いやー、あの山籠りの成果っすよ」


「僕らみたいな後方部隊出身者はこういうときのためですから」



相変わらず士気を上げるのが上手いな、シルフ隊長は。

他の部隊の指揮官も見習ってもらいたいもんだ、…いや、俺も見習わないと。

よし、野営地の中を調査するか。


俺たちはそれぞれ分かれて野営地内を見て回る。

パッと目につくのは干された肉、キレイに解体された後の獣の骨。

濁った皮なめし液につかった皮革…。

最後に誰かがここをつかって、そのまま消えたのは確実と言えるな。

野営地の隅にある、雨よけのされた道具置き場からシルフ隊長とアレッサが出てきた。



「シルフ隊長、いかがですか?」


「アレッサと中を見ていたら気になるものが、一旦皆さんを集めてください」



野営地の中央にある簡易な椅子とテーブルに一同集まる。

ん…、臭い…、いや凄まじい激臭が…。

なんだ? 近場に腐乱した獣の死骸でもあるのか!?

アレッサも鼻を摘んで顔をしかめている。



「ねぇ、くっさいんだけど! カール、ヨハンあんたたちからする…」


「んな目で見んなよ姉御! これだよこれ!」


「きゃっ! やーもー!なに!?くっさ!!」



カールが汚れたワイン瓶をテーブルの上に置く。

どす黒い粘り気のある液体が不気味に揺れている…。

これはなんだ!?



「こいつぁ魔法薬ですね、臭いの元は紅甲藻ベニコウモっつう水草で空気に触れると魚の腐ったような匂いがします…。

 これに数種類の薬草を混ぜると狩人がよく使う獣寄せの薬になるんですが、これは魔力を使って変性させているみたいで…、臭いがやばいくらいきつくなってい…うぉえッ!」



喋っているうちにどんどん顔色の悪くなっていくカールはとうとう胃の中身を地面にぶちまけた。

隣のヨハンがもらいゲロをしそうなのを必死に抑えている。

可哀想に…、鑑定するのに直に臭いを嗅いだんだろうな…。

シルフ隊長は薬の入ったワイン瓶を手に取ると、平然とした顔で注ぎ口に鼻を近づけ、何かを確かめている。

俺たち全員、引きつり青ざめた表情でシルフ隊長を注視した。



「ふむ、屍食鬼グールが好みそうな香りですね…」


「…と、いうと?」


「人間の腐乱死体から出るものにそっくりです」


「よく…、平気ですね…」


「嗅ぎ慣れていますので。

 …失礼、冗談です」


さらりととんでもない一言に俺たち一同、盛大に引いていると、彼は失言を正すように咳払いを1回した。

彼はワイン瓶にコルク栓をすると椅子の足元においてあったものをテーブルに置く。

これは…、石の矢じりの矢の束だ。



「狩人が備蓄してある矢の中に比較的最近作られたと見受けられるものがありまして、

 矢を見れば作り手が分かると言われますが、これにも魔力が残っていました」



シルフ隊長は手に持った一本の矢をヨハンにわたす。

ヨハンは矢じりを注視するとやや感心した表情をした。



「なるほど、隊長の推測通り、これはマナ鉱石です。

 純度は高くありませんね、河原やその辺の地表でも見つけられるものですが、

 目利きができるものでないとただの石と区別がつきません。

 付呪をした痕跡がありますが、失敗しています。

 作り手の魔力だけ残しているだけで何の魔法の効力もないと思います」



さすが付呪の専門のヨハンだ。

シルフ隊長はヨハンの説明にうなずいた。



「この魔法薬を嗅いで確信しましたが、この矢とこの薬の作り手は同じです。

 つまり、あの村の狩人には魔法を使えるものがいたということになります」


「なるほど、確かに興味深いですが、魔法を使える人間は我々魔闘士だけではありません。

 一介の狩人が魔法を使うことも別段珍しいことでもないでしょう?」


「まぁ、あたしらも山籠りしてるときに使ってたし、別に不思議じゃないわよねー」



俺とアレッサが揃って疑問を口にする。



「いえ、この魔力に非常によく似た性質をもった人間がいます。

 …リリーです」



俺たち全員、驚愕の顔でシルフ隊長を見る。

特にアレッサの混乱具合が著しい。



「ちょ、ちょっと待ってよ、シルフ隊長!

 リリーがここに来て、この薬やら矢やらを作ったってことですか!?

 大体、リリーから魔力なんて何も感じられませんでしたよ!?」


「いえ、昨晩リリーに触れた際、彼女からマナの脈動を感じました。

 ただ、魔力を持っているだけで使役はできない、恐らくは潜在非能力者です。

 そして、魔力の性質は系譜けいふの影響を強く受けます」


「つまりは…、これは彼女の父であるグンター氏が作ったものであると?」


「そう考えることが自然かと思います」



驚いた。魔法の潜在非能力者の魔力を見るには魂と肉体の繋がりである”魂の楔”を観れる

聖職者の鑑定が必要だが、シルフ隊長は相手に触れただけで性質まで見抜けるのか。

俺の人生経験の中ではそんなことができる魔法使いは思い当たらんが…。

ともあれ、グンター氏の痕跡が見つかったところで、グリフォンの討伐に直接関わりがあるとは限らない。

次の行動はどうするばいいのだろうか。

俺が考えあぐねているとアレッサが懇願するような目でシルフ隊長を見ていた。



「シルフ隊長…、魔力の性質が分かるなら…、シルフ隊長ならグンターさんを追いかけることはできますよね?」


「ちょっと待てアレッサ、グンター氏の失踪とグリフォン討伐は別問題だ。

 俺たちの優先事項は彼女の父親探しではないぞ」


「わかってるよ、エアンスト…。

 でもここまで手がかりを掴めたんなら、あの子の願いを叶えてあげたいの…。

 お願いみんな! お願いしますッ、シルフ隊長!」



彼女は俺たちに頭を下げ、シルフ隊長の防寒マントを掴んで抱きつくように再度頭を下げた。

俺は彼女の過去の話を聞いてしまった。

アレッサのリリーに対する想いを考えると、無下に叱ることなどできない。

シルフ隊長はどうするのか。



「カール、この薬…、ここまで臭いが酷いと寄ってくる獲物も限られますね」



シルフ隊長はあの腐臭を放つ薬にした栓を抜いた。

再び吐き気を催すような凄まじい臭いが漂う。



「そうっすね。

 草食性の獣や魔獣は警戒して寄ってこないと思いますけど…。

 それこそグール、アルグール、腐肉食性の魔物なんかじゃねーかなって…。

 普通、猟師であれば逆に避けるべき危険な生き物っすよ」


「グリフォンも肉食性…、ただ狩りをする習性と頻度は低く、

 むしろ腐肉を好んで食べますね」


「ま、まさか…、魔闘士でもない狩人がグリフォン狩りっすか…?」



カールは引きつった笑顔で否定してみせた。

屍肉を食らう魔物、食料になりそうにない危険な魔物を呼び寄せるための薬…。

俺は無言で立ち上がる。

周りが驚きの目で俺をみるが、構わず動く。

ここに来てすぐに目に入った皮なめし液に満たされた用具を蹴飛ばした。


溶液と一緒に地面に転がった複数の生皮、ウォーリアーウルフの毛皮だ。

普通の狼はめったに人を襲わんが、この魔物は好戦的で人里を襲うことも珍しくない。

毛並みが美しいため高額で取引されるが、傭兵ギルドで討伐に上がるなら相当高くつく。


俺は食用だと思っていた干された乾燥肉に近寄る。

これは…、草食動物の肉じゃない…、グールの舌だ。

こっちはドラウナーの心臓、それに肝臓…。

どれも魔法薬、錬金薬の材料だ。


後ろを振り返ると、シルフ隊長以外、唖然とした表情だ、もちろん俺も。

俺はシルフ隊長の目をまっすぐに見ながら乾いた口で喋る。



「シルフ隊長…、我々はいろいろと隠し事をされているような気がしてなりません」


「エアンスト、これらを狩猟することは法で禁止されているのですか?」


「いいえ、それはありませんが…。

 いや…、錬金薬の材料である場合、売り先については場合によってはあります。

 それは少なくともヘルト国内の話です、ここは別の領主の領土ですので…」


「グンター氏の足取りを追う価値は十分に出てきたようです。

 皆さん、荷物をまとめましょう。グンター氏の魔力の痕跡を辿りながら移動します。

 東の野営地か北の野営地か、それは移動しながら決めましょう」


「はッ」



俺たちは降ろした装備を持ち直し、シルフ隊長を先頭に歩き始めた。

もしかしたら、リリーには予想よりも酷な真実が待っているかもしれない…。

俺は横目でアレッサを見た。

険しく、しかし決意に満ちた初めて見る強い女性の顔だった。


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