ポーランドオペレーション7
ヴォイヒクは仮設指揮所で、ひとり、設置された、ホワイトボード上の地図に見入っていた。
今までに自分のもとに入ってきた情報で有力なものは皆無だった。痕跡というものを逃走中のイギリス人は全く残していない。
これだけでも、相手がよく訓練されていることが容易に推察出来る。ヴォイヒクとしては、このまま、何も出来ず、あの傲岸不遜なロシアのFSB将校に報告して、我が物顔で批判されるのでは、、と思った。
これは彼にとって不快で、自尊心への汚染へと繋がることだった。ここはロシアではない。
祖国、ポーランドはヴォイヒクへ、名誉と愛国意識を与えてくれる場所だった。
歴史を振り返ると、ロシアはこの国を隷属国としか見ず、また、大戦中はドイツの軍事的な横暴を防げなかった。
そして、今は教科書の世界史に表されることのない、影の戦争の相手として英国を敵としている。
これはなにかがおかしい、、、。保安警察少佐は疑問を自分に投げかけた。自分は政治的事情はわからないが、この国を愛し、守る義務がある。
だが、現実には、政治が障害となる。なぜこの国は大国の謀略や無理な要求に悩まされるのか?。あと何世紀にわたってこの問題を引き継いでいくのか?、、。
突然、テーブルの固定通信機のコール音が鳴り響き、ヴォイヒクはすぐ、反応した後、受話器を手に取った。「こちら、ヴォイヒク少佐」。
「どうも」。
相手はソロスキだった。彼は現在、本部のコンピュータルームにいて、市内の通信の監視任務に当たっている。
「新情報が入り、お伝えしようと思いまして、、」。
ヴォイヒクの目が刃物のように鋭くなった。「手短にいってくれ」。
「ここの技師が通信傍受をしていた際、英語での音声通信をキャッチしまして、通話の中にマクナルディという名前が出たんです」。
「それで、、、」。
ヴォイヒクはやや興奮してつづきを聞いた。
「例のSIS要員でしょう、発信場所も特定済みです。13番街のアンデレスというパブの公衆電話です」。
それを聞いて、情報部の少佐はホワイトボードの地図を見て、答えた。
「よし、ここから半径800メートル圏内の所だな、今からそのパブに直行すれば、30分以内にその工作員を拘束出来る。君はそのまま通話内容を監視しろ」。
ソロスキが了解の言葉を出して、通信を切ると、ヴォイヒクは指揮所を出て、周辺のスタッフに呼びかけた。
地元警察、情報部の彼の部下が集合し、ヴォイヒクの説明を聞き、
それが、終わると、それぞれ、パトカー、セダンといった車両に乗り込み、
目的地へ急いだ。
それをヴォイヒクは無表情に見つめ、今後の展開に、考えを巡らせた。
ある、建物の一室で、マクナルディは身体に防弾ベスト、弾倉用ポーチ、ホルスターを装着し、
銃器の手入れをしていた。
そのレミントンM700のカスタムモデルは各国の特殊不正規戦で、活用され、
マクナルディ自身、イラクでの戦闘で何回か使ったことがあった。
スコープの取り付け部分には、
高解像の映像で、目標を捕捉出来る、
暗視装置が装備されていた。
そして、消音サプレッサーもライフルの銃口にねじ込ませ、
弾道調整用に使うPDAのバッテリーを確認すると、それらの道具をバックパックに収納していった。
その一連の作業をアンはマクナルディの近くで観察し、やがて、視線を手元のメモ帳に移した。
そこにはマクナルディと議論して立てた、計画の概要が記されていた。
当局の者が万が一、見たとしても、わからなかっただろう。
何故ならアンがCIA訓練施設で習得した、独自の暗号作成技術が使われていたからである。
韓国語、ラテン語、アフリカーンス語が組み合わされ、無論、アンの頭の中の解読方法でしか、意味は分からないようになっている。
「ここまでは順調ね、あのトリックにポーランド側が引っかかってくれれば
いいけど、、、」。
アンの言葉に対し、マクナルディは静かに答えた。
「ポーランドの情報員、ヴォイヒクだったな、、君からもらった資料によれば頭はキレるだろう。だから裏をかく」。
英国人はさらに続けた。
「俺が中東、南米あたりで使った手口だ、この国の連中はそこを知らないそこにつけ入る」。
それを聞いてCIAの女はうなずき、メモ帳を閉まった。
一方、13番街の一画では、いくつかの地元当局の要員と車両が点在し、パブのアンデレスを監視する形態をとっていた。
武装した突入部隊が車のヴァンの中で待機し、車内の液晶画面にはヴォイヒクが映っていた。
「隊長、どうだ?」。
そう、情報将校が言うと、部隊長は応答した。
「確認しましたが、パブの中に人気は少なく、静かに音楽が流れれていて、タイミングは良好です」。
ヴォイヒクは数秒、考え込んでから、決断を口にした。
「よし、ゴーだ!」。
ヴァンの中から、黒ずくめの戦闘服に身を包み、防毒マスクを顔にかぶった特殊部隊班が一気におどりでて、アンデレスを目指して、急行した。
ドアに接近した、隊員は小型爆薬をセットし、離れると、慣れた動作で、起爆、これが合図となって、「警察だ!」。
の一声が店内に響いた。
煙にまみれて、店内の少人数の男女は突然の出来事をのみ込めず、ただ、あわてふためいて、
悲鳴を上げ、やがて、突入してきた特殊部隊の手で床に腹這いにされ、身動きを封じられた。
鎮圧は2分ほどで終了し、流れていた音楽も止んだ。突入した、隊員の一人が、
公衆電話BOXに警戒して、直行したが、
人影はなく、受話器付近には携帯レコーダーが置かれているだけだった。
隊員は不審に思い、レコーダーを手に取り、再生ボタンを押した。
それから、アクセントがポーランドなまりのものである、英語が聞こえ出した。それがヴォイヒクたちが傍受した会話の正体だった。