ポーランドオペレーション4
ガスが深く充満している中でも、めげずに小火器を撃つ者もいて銃弾がトラックに集中した。
マクナルディはスピードを緩めず、現場から数十メートル程、離れた、狭い路地の一部に入り、そこを抜けて、いくつか点在する廃材置き場の一つにトラックを乗り入れようとした。
その瞬間、トラックは近くのジャンクの山につまずき、激しく横転し、用水路に突っ込んでしまった。トラックは漏れたガソリンが火元となったのか、爆発して炎上し始めた。
水路の水で炎はやや、弱くなったりしていたが、車体は原型を留めず、プレス機で潰されたような状態になっていた。
車から放り出されていたマクナルディは、顔を上げ、痛みが走る体を動かし、助手席のバーネットを見た。
なぜか、シートベルトを外していた。
マクナルディを助けるためだったのだろう、、。横転の直前に何かに押し出されるような感触があった。それで、、、。
彼の同僚は頭部がひどく出血し、その頭部は180度、歪曲して本人の目は大きく見開かれていた。マクナルディは胸が熱くなり、吐き気がこみ上げてきたが、まだ安否を確認すべき者たちがいた。
生き残ったイギリス工作員は体にまだ痛みが走る中、荷台を調べようと歩き出した。目的のところへ行くと、この任務の最重要の存在理由の元KGBの男はそばにいたケスラー要員と共に身体中から血を流して、ひしゃげたトラックよりひどく、肉体は凄惨さを極めていた。
マクナルディは手を強く握りしめ、体の痛みも忘れ、自分の不手際を呪った。ケガの痛みよりも盟友以上の戦友を判断ミスで死なせたことのほうが辛かった。
しかし彼にはやるべきことへ意識を移すクセがついていたイギリス工作員は3人の死体から身分を示すようなもの、携帯電話、免許証等を抜き取り、そばの炎になげうった。ケスラーの死体からは、あのSDカードを取り出し、ポケットに入れ込んだ。
あの検問所の警察が捜索の為、ここに
たどり着くまで、そう長くかからない。マクナルディは端末の地図アプリを開き、目を通したあと、ある暗号化メッセージを送信し、端末をしまった後、
足早に闇の支配する世界に向け、
走り出した。
英国、ロンドンのオフィス街の一区画に目立たないデザインが施されたその政府関連のビルはあった。
一見するとBBCに出てくる商社施設などの類いに入る、それは、SISの指令センターであり、ここは各地に潜入している、工作員やそのスタッフからの情報が入り、リアルタイムで作戦の進捗状況がモニターできる。
英国の情報組織は米国程の規模はないが、スタッフの水準は高く、情報の質もいいと、米国側も認めている。ポスト冷戦後のデジタル化された情報の大量生産が危惧されてから、政府は情報組織への依存度を高めていた。
通信技術の向上は真実と虚構の境界をあいまいにし、社会の複雑性は増す一方であった。そんな中で情報を商業とする、人々は身を粉にして尽くしていた。
一言で表現するなら、情報戦に真の勝利も終わりもないのだ。そのビルの地下に位置する、電子暗号ロックで立ち入り制限された区画はSOFC課のシチュエーションルームと言われる、課の心臓部であり、各地から入る大使館、工作員からの情報を受け付けている。
10分程前にポーランドの工作員が、同地のSIS臨時支援基地にコンタクトをとり、更に支援基地スタッフの手で進行中の作戦にトラブルが生じた事が暗号化された、衛星通信でこのシチュエーションルームに伝えられた。
アンディ グレシャムSOFC司令は平文化された通信文を手に、一瞬、唇を噛みしめ、内心で痛みのようなものが走るのを耐えた。しかし、それを周囲には明らかにしなかった。
通信文の内容は(工作員に死者あり、亡命者も死亡、しかし、SDカードは確保)とのことだったが、
作戦はあのKGBの元将校とSDカードがセットでなければ成功とは言えなかった。
それでもグレシャムは共に特殊部隊のSASで過酷な訓練と実戦をくぐり抜けた部下の死を心中で悼んでいた。
「全く、どえらいことになった。この事を議員連中が知って、レポーターに口を滑らしたら、 更に状況が悪くなりかねん。 私は反対したはずだよ、中佐。」
そうグレシャムを階級で呼んだ男は紅茶のカップを手に深くため息をついた。グレシャムは通信文を握る手の力を強め、瞳に小さな、しかし、強烈な義憤を表し、男に無言の怒りを放った。男は思わず目をそらした。
「最終的な手続きをしたのはあなたのような幹部の方ですよ、スキナー副長官、、、私はここで紅茶を楽しんでいる、あなたとできれば一緒にいたくない。現地で私の部下がどんな苦痛に耐え、命を張っているか、想像してみることですね」。
相手の男、SISの高級管理官のマーク スキナーは言葉が出ず、ただ、カップの液体を眺めるにとどめた。グレシャムはそんな副長官の少し、惨めな様子を見て、いくぶんか、イラつきが和らいだ。
彼は今まで情報部の高官で任務の最前線の事情に理解を示さない、者を見るたびに苛立ちの感情を抱いてきた。危険で状況の変化が著しい現場と官僚的で苦労を肌で経験していない指導部とに温度差があるのは今に始まったことではないが、
グレシャムには彼らに対して別の感情を持っている。SISの上層の幹部はイートン校やサンドハースト士官学校で学び、優等であり、出世コースが約束されている者が多い。
スキナー自身、ロンドン大学で経済理論を学び、博士号を得ている。
その点、グレシャムは高校卒業後に陸軍一筋に生き、戦場という教室で己を高め続けてきた叩き上げの軍人であった。
フォークランド、湾岸、シエラレオネ、アフガニスタン、英国軍の戦史のなかで特殊部隊員として国のために血を流した彼にとって、持つものが多いエリートには嫌悪感や多少の妬みが気持ちに含まれる。
そのため、スキナーに抱く意識は軽蔑が大半だった。副長官は静かにティーカップを給湯設備のところに置き、言った。
「すまない、お茶の飲み過ぎのようだ、、、小用をたしてくるよ。それと長官への状況報告だが、君に頼むよグレシャム中佐、失礼。」
そう言い残し、スキナーはシチュエーションルームをあとにした。その姿をほんの一瞬、冷たい目で追ったSOFC司令は視線を前に戻し、唇を少し強めに噛んだ。彼は現地でのトラブルを考えると、時間がないというのが、直感でわかっていた。
任務の成功を彼の部下、マクナルディが唯一、可能にできる。ぐずぐずして、手順にこだわれば、マクナルディは殺されるか、捕らえられ、例のSDカードの極秘情報が明るみに出る。グレシャムにとっても、SOFCにとってもこれは一つのデッドラインだった。
これを乗り越えねば作戦のために費やした予算や人員の努力が
無意味になる。すでに、家族以上の絆を持って共に戦った部下の2人がすでに命を落としているので、引き下がれるものではなかった。
ガスが深く充満している中でも、めげずに小火器を撃つ者もいて銃弾がトラックに集中した。マクナルディはスピードを緩めず、現場から数十メートル程、離れた、狭い路地の一部に入り、そこを抜けて、いくつか点在する廃材置き場の一つにトラックを乗り入れようとした。その瞬間、トラックは近くのジャンクの山につまずき、激しく横転し、用水路に突っ込んでしまった。トラックは漏れたガソリンが火元となったのか、爆発して炎上し始めた。水路の水で炎はやや、弱くなったりしていたが、車体は原型を留めず、プレス機で潰されたような状態になっていた。車から放り出されていたマクナルディは、顔を上げ、痛みが走る体を動かし、助手席のバーネットを見た。
なぜか、シートベルトを外していた。
マクナルディを助けるためだったのだろう、、。横転の直前に何かに押し出されるような感触があった。それで、、、。
彼の同僚は頭部がひどく出血し、その頭部は180度、歪曲して本人の目は大きく見開かれていた。マクナルディは胸が熱くなり、吐き気がこみ上げてきたが、まだ安否を確認すべき者たちがいた。生き残ったイギリス工作員は体にまだ痛みが走る中、荷台を調べようと歩き出した。目的のところへ行くと、この任務の最重要の存在理由の元KGBの男はそばにいたケスラー要員と共に身体中から血を流して、ひしゃげたトラックよりひどく、肉体は凄惨さを極めていた。マクナルディは手を強く握りしめ、体の痛みも忘れ、自分の不手際を呪った。ケガの痛みよりも盟友以上の戦友を判断ミスで死なせたことのほうが辛かった。しかし彼にはやるべきことへ意識を移すクセがついていたイギリス工作員は3人の死体から身分を示すようなもの、携帯電話、免許証等を抜き取り、そばの炎になげうった。ケスラーの死体からは、あのSDカードを取り出し、ポケットに入れ込んだ。
あの検問所の警察が捜索の為、ここに
たどり着くまで、そう長くかからない。マクナルディは端末の地図アプリを開き、目を通したあと、ある暗号化メッセージを送信し、端末をしまった後、
足早に闇の支配する世界に向け、
走り出した。英国、ロンドンのオフィス街の一区画に目立たないデザインが施されたその政府関連のビルはあった。一見するとBBCに出てくる商社施設などの類いに入る、それは、SISの指令センターであり、ここは各地に潜入している、工作員やそのスタッフからの情報が入り、リアルタイムで作戦の進捗状況がモニターできる。英国の情報組織は米国程の規模はないが、スタッフの水準は高く、情報の質もいいと、米国側も認めている。ポスト冷戦後のデジタル化された情報の大量生産が危惧されてから、政府は情報組織への依存度を高めていた。通信技術の向上は真実と虚構の境界をあいまいにし、社会の複雑性は増す一方であった。そんな中で情報を商業とする、人々は身を粉にして尽くしていた。一言で表現するなら、情報戦に真の勝利も終わりもないのだ。そのビルの地下に位置する、電子暗号ロックで立ち入り制限された区画はSOFC課のシチュエーションルームと言われる、課の心臓部であり、各地から入る大使館、工作員からの情報を受け付けている。10分程前にポーランドの工作員が、同地のSIS臨時支援基地にコンタクトをとり、更に支援基地スタッフの手で進行中の作戦にトラブルが生じた事が暗号化された、衛星通信でこのシチュエーションルームに伝えられた。
アンディ グレシャムSOFC司令は平文化された通信文を手に、一瞬、唇を噛みしめ、内心で痛みのようなものが走るのを耐えた。しかし、それを周囲には明らかにしなかった。通信文の内容は(工作員に死者あり、亡命者も死亡、しかし、SDカードは確保)とのことだったが、作戦はあのKGBの元将校とSDカードがセットでなければ成功とは言えなかった。
それでもグレシャムは共に特殊部隊のSASで過酷な訓練と実戦をくぐり抜けた部下の死を心中で悼んでいた。「全く、どえらいことになった。この事を議員連中が知って、レポーターに口を滑らしたら、 更に状況が悪くなりかねん。
私は反対したはずだよ、中佐。」そうグレシャムを階級で呼んだ男は紅茶のカップを手に深くため息をついた。グレシャムは通信文を握る手の力を強め、瞳に小さな、しかし、強烈な義憤を表し、男に無言の怒りを放った。男は思わず目をそらした。「最終的な手続きをしたのはあなたのような幹部の方ですよ、スキナー副長官、、、私はここで紅茶を楽しんでいる、あなたとできれば一緒にいたくない。現地で私の部下がどんな苦痛に耐え、命を張っているか、想像してみることですね」。相手の男、SISの高級管理官のマーク スキナーは言葉が出ず、ただ、カップの液体を眺めるにとどめた。グレシャムはそんな副長官の少し、惨めな様子を見て、いくぶんか、イラつきが和らいだ。彼は今まで情報部の高官で任務の最前線の事情に理解を示さない、者を見るたびに苛立ちの感情を抱いてきた。危険で状況の変化が著しい現場と官僚的で苦労を肌で経験していない指導部とに温度差があるのは今に始まったことではないが、グレシャムには彼らに対して別の感情を持っている。SISの上層の幹部はイートン校やサンドハースト士官学校で学び、優等であり、出世コースが約束されている者が多い。スキナー自身、ロンドン大学で経済理論を学び、博士号を得ている。その点、グレシャムは高校卒業後に陸軍一筋に生き、戦場という教室で己を高め続けてきた叩き上げ上がりの軍人であった。フォークランド、湾岸、シエラレオネ、アフガニスタン、英国軍の戦史のなかで特殊部隊員として国のために血を流した彼にとって、持つものが多いエリートには嫌悪感や多少の妬みが気持ちに含まれる。そのため、スキナーに抱く意識は軽蔑が大半だった。副長官は静かにティーカップを給湯設備のところに置き、言った。「すまない、お茶の飲み過ぎのようだ、、、小用をたしてくるよ。それと長官への状況報告だが、君に頼むよグレシャム中佐、失礼。」そう言い残し、スキナーはシチュエーションルームをあとにした。その姿をほんの一瞬、冷たい目で追ったSOFC司令は視線を前に戻し、唇を少し強めに噛んだ。彼は現地でのトラブルを考えると、時間がないというのが、直感でわかっていた。
任務の成功を彼の部下、マクナルディが唯一、可能にできる。ぐずぐずして、手順にこだわれば、マクナルディは殺されるか、捕らえられ、例のSDカードの極秘情報が明るみに出る。グレシャムにとっても、SOFCにとってもこれは一つのデッドラインだった。これを乗り越えねば作戦のために費やした予算や人員の努力が
無意味になる。すでに、家族以上の絆を持って共に戦った部下の2人がすでに命を落としているので、引き下がれるものではなかった。グレシャムは虚空を眺め、遠方で一人、極限状態でいるであろう、家族のブライアンのために自分でも気付かず祈り始めていた。そんな中、グレシャムたちのいる部屋の外では、一人の人物がレコーダーを手に、部屋の中の会話を人知れず、盗んでいた。約10分程、経過してから、その物は録音を止め、足音を消しているかのように、ほぼ、無音の状態でその場を急いで、退いた。監視カメラはこの建物内には無論あるが、機関の内外への偽装のため、いくつかはダミーであった。その者はカメラのどれがダミーかを熟知していて、これまでミスと言えることはしていない。謎の者はトイレに入るとレコーダーから、記録メディアを抜き取り、携帯端末に挿入すると、データを国際衛星経由で、遥か先の土地、ポーランドに、それも当局情報部へと送信し始めた。マクナルディはトラックの事故現場から、2キロほど離れた建物群の狭い路地裏で、携帯端末を使っていた。身体の傷は奇跡的に浅く、もう体力も回復し始めていた。画面にはケスラーが見ていた、ゴロディエフからのデータが映し出されていた。マクナルディは驚愕と不愉快さが、自然と出現するのがわかった。データにあるのは、過去30年分の旧東側の潜入工作員のリスト、交信内容、工作員を運用していた、東側のダミー会社の名前などで、まるで聖書の契約の箱を手にした気分になった。米ソ2大国の神が天と地ではなく、冷戦を造り、その神にかたどって造られたのが俺のようなスパイということか、、。そう思い、画面をタップして、動かしていく中、ある人名に気付いた。まさかと思ったが、その者のフルネームの綴りや年齢が、あるSISの高官と合致するのだ。急にいくつもの小さな点が直線で結ばれ、彼の今までの疑問が氷解していった。あの港湾エリア付近での検問、待ち伏せの正確さ、情報漏れの原因はこの裏切り者にあったのだ。
しかも、始末に悪いのは、データでは四半世紀以上も、我らが秘密情報部の機密が流れ、失敗に終わった、作戦が20件以上あること、それで、当時のソビエト、旧共産圏で逮捕された、要員が50名を超えることだった。
グレシャムは虚空を眺め、遠方で一人、極限状態でいるであろう、家族のブライアンのために自分でも気付かず祈り始めていた。
そんな中、グレシャムたちのいる部屋の外では、一人の人物がレコーダーを手に、部屋の中の会話を人知れず、盗んでいた。約10分程、経過してから、その物は録音を止め、足音を消しているかのように、ほぼ、無音の状態でその場を急いで、退いた。
監視カメラはこの建物内には無論あるが、機関の内外への偽装のため、いくつかはダミーであった。その者はカメラのどれがダミーかを熟知していて、これまでミスと言えることはしていない。
謎の者はトイレに入るとレコーダーから、記録メディアを抜き取り、携帯端末に挿入すると、データを国際衛星経由で、遥か先の土地、ポーランドに、それも当局情報部へと送信し始めた。
マクナルディはトラックの事故現場から、2キロほど離れた建物群の狭い路地裏で、携帯端末を使っていた。
身体の傷は奇跡的に浅く、もう体力も回復し始めていた。画面にはケスラーが見ていた、ゴロディエフからのデータが映し出されていた。
マクナルディは驚愕と不愉快さが、自然と出現するのがわかった。データにあるのは、過去30年分の旧東側の潜入工作員のリスト、交信内容、工作員を運用していた、東側のダミー会社の名前などで、まるで聖書の契約の箱を手にした気分になった。
米ソ2大国の神が天と地ではなく、冷戦を造り、その神にかたどって造られたのが俺のようなスパイということか、、。そう思い、画面をタップして、動かしていく中、ある人名に気付いた。まさかと思ったが、その者のフルネームの綴りや年齢が、るSISの高官と合致するのだ。急にいくつもの小さな点が直線で結ばれ、彼の今までの疑問が氷解していった。あの港湾エリア付近での検問、待ち伏せの正確さ、情報漏れの原因はこの裏切り者にあったのだ。
しかも、始末に悪いのは、データでは四半世紀以上も、我らが秘密情報部の機密が流れ、失敗に終わった、作戦が20件以上あること、それで、当時のソビエト、旧共産圏で逮捕された、要員が50名を超えることだった。