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8.4月生まれだから

 今見返したら、4話か5話あたりでヒロインの名前、「モカ」って書いてたり「メル」って書いてたりしてました。一人で、くすってなりました。気持ち悪いですね、はい。

 正しくは「メル」です。

 んで、もってこの際ヒロイン一人しかいないようで、実は二人いたってことにしよっかなとも思ったんですけど。

 普通に難しすぎたので、秒でやめました。

「服を買おう!!」

 

 目覚まし代わりの大きなハツラツ声が唐突に、僕の意識をガツンとどつく。

 目の中に強制的に光が差し込まれ、朝の訪れを感じる。


 絨毯にヒトデみたく張り付くように寝ていた僕は少し顎を引いて、視線を上に持ち上げた。

 その先はメルが寝ていたベッド。


 しかし、どういうことだろう。

 そこにメルの姿はなく、ただきれいに畳まれた布団が窮屈そうに縮こまって置いてあるのみだった。


「そっちじゃないよ。ほら立ち上がって~」


 これまた突然、背後から聞こえた声。それと共にするりと、二本の柔らかい腕が脇に差し込まれて、ギュッと僕の体を拘束した。

 半自動で僕の体が上方向に昇っていく。


 そのまま持ち上げて、たかいたかーいでもするのだろうか。

 それはちょっと……僕的に恥ずかしい。

 

 足の裏が地面から数センチ離れたところで、両脇に籠っていた力は消え、ストン。

 地面に落とされる。心配は杞憂に終わった。


 そして一連の行動が終わり、僕は聞く。頭一つ分くらい小さい彼女に。


「ねえ、今のやる必要あった?」


 普通に起こせよ。

 不満を、寝ぼけ眼をこする動作に込めて、聞く。

 すると、


「……アキツキさ~ん、君この絨毯の上で何度寝したか覚えてますか?」


 メルが頬を何回か痙攣させながら、そんな質問を返してきた。


「あ~2回目までは覚えてる」


 正直に答えてみた。


「4度寝だよ!馬鹿野郎!おら、行くぞ!」


 言葉の主が女の子だと誰がわかるだろうか。

 男らしい罵詈雑言の数々を浴びさせられ、頭を軽くはたかれる。

 さらに、首根っこを掴まれたかと思えば、力強くひきずられる。


「ぐっ、息が!イキガーー!」


 そこまでされて、はっと。

 ようやく僕の意識は現実世界へと帰還した。


「お、思ったより力あるんだ。っくあああ~、分かった。わかったから、買いに行くから、せめて!このまま連れてかないで~~~!」


 途端、日常とは程遠い状況・現状により流れてきた情報の洪水。

 その中で僕はいつも通り情けない声を上げた。


 そうして、僕の愉快な異世界での日常は今日も幕をあげた。


―――――――――――

 異世界生活七日目。

 魔物との戦いの事後処理のゴタゴタを終えた僕らは服を買いに来ていた。

 あの時脳に刻み込まれた醜悪な魔物の見た目くらいはすぐに思い出せるたった七日。

 されど、七日。七日間もあればいろいろあるもので。


 まず僕は、メルの企み通り、魔物を倒し国の危機を救ったとして王様からの心証が一気に回復。

 晴れて本当の勇者として、この国に仕えることとなった。


 勇者の特典で今までは制限されていた王宮内を出歩くことが許され、食事は自室ではなく逐一王宮の食堂に呼ばれ、より豪華でおいしい食事を食べられるようになった。

 また、街にだって今やってるように、騒ぎにならないように変装さえすれば遊びに行けるようになった。

 かなりの自由度だ。


 強いて文句を言うとすれば、変装用の服がダサすぎることぐらいだ。

 サイズが一つ下のオーバーオールは肩掛けの紐がパツパツになって常時股間を締め付けてくるし、中に来ているTシャツは紫と水色という絶望的な組み合わせのストライプが全体に走っているし、正直着たくなかった。

 

 ここで目が覚めた時のジャージをそのまま着用しつづけていたかった。

 紺色と白の落ち着いた組み合わせが今は恋しい。

 

 まあ、だからこそ今服を買いに来ているともいえるけれど。


 さて、この七日間を通じてメルについてもいくつかわかったことがある。


「あ、これとかいいかも!」

 

 少し先を歩いて、店内を巡っていたメルが、カッと靴裏で足元のタイルを軽く鳴らし、止まる。

 手を後ろで組み合わせながら振り向いて、あざといしぐさを見せるや、店頭に並ぶ麦わら帽子の一つを健康的な小麦色した手でひょいと掴む。


「どう?どう?似合ってる?」

 

 寝癖の目立つきれいな黒髪にメルが明るい色合いのそれをかぶせるジェスチャーを見せて、そう問いかけてきた。


 そう、これだ。

 メルは僕以外の人から見えないといえども、触った『物』にはしっかり干渉できるらしく、今みたく帽子をとることも、言ってしまえば万引きなんかも可能だ。

 本人いわく「やるわけないじゃん!?」だそうだが。


「うん、いいじゃん!活発な女の子~って感じ」

「適当に、可愛い~とか似合ってる~で済まさないところを見ると、もしや、慣れてるな?女の子と買い物に行くことに慣れてるな?まさか、貴殿彼女持ちか?」


 律儀に感想を述べたところ、ひゅーひゅーというはやし声が返ってきた。


「いや、どう見ても今の返事適当でしょ」

「またまたー、その適当さがなんともね、わけあり感をね」

「うわーめんどくさいなー」


 下心に塗れて、すられているゴマが明らかに黒くなっている。

 ここまでわかりやすいご機嫌取りも珍しい。

 

「いるわけないって。僕みたいな、こんな冴えない顔面の持ち主に」


 いや、でも……こうはいうものの。

 僕自身としては、己の顔面偏差値は中の下の中くらいだと自負しているから、もしかしたらワンチャン。

 

 ……ワンチャン目の前の可愛い女の子が、わざわざ僕を選ぶかのような物好きの可能性が。

 

「ははは、さすがにお世辞バレバレか」


 あるわけなかった。

 ゴマすりのための手はひっこめられ、


「姉か妹……、幼馴染は……ないな。あっても一緒に買い物のとかしないっしょ。まあ、とにかくそこらへんのパシリに使われてた。そんなところでしょ」


 代わりにメンタリストよろしくずばり、と今にもいいそうな右手人差し指で邪推される。


「勝手に家族構成を探らないでよ」

「ずばり?」

 

 本当に言った。


「やっ、やっぱりそういうのって、プライバシーだし」

「ほんとのことが聞きたいの。ね?いいでしょ」


 人差し指が胸の真ん中あたりにあたる。

 額から汗が流れる。

 信じるべきか。メルが家族構成だけを聞いてそれ以上は何も詮索してこないような子であると。


 胸にあたった指がつーっと上に上ってくる。

 鎖骨を抜けて、のど仏を経由して、首に到達。

 顎を持ち上げられそうになる。

 もう耐えられない!


「あ、姉です」


 答えた瞬間、さっと手が引っ込められる。そして、一言。


「ふーん」

「何?その顔」


 やっぱりこの流れは、詮索されるのだろうか。

 シスコン煽りを甘んじて受けさえすれば、後はどうにでも……。


「……知ってた?私って4月生まれなんだよ」

「へ?」

 

 メルは己の胸に手を掲げて自信満々にそう言った。

 お前には勝てないだろう、と挑発するような微笑が見えた。

 僕からは拍子の抜けた息が漏れ出た。それを間髪入れずに吸い込んで、安堵とともに


「たったの三か月で姉ぶんの!?僕ら今、同い年だよね!?」


 吐き出す。


「4月生まれだから」


 繰り返される。


 ほんの少しの間。そしてその後に。


「4月生まれだから」


 追撃される。


「えぇーー。はぁ……で?」

「うん?これなーんだっ!」

 

 手にしっかりとつかんだ麦わら帽子を高々と上げる。

 その仕草は到底3か月年上とは思えない、下手したら三年下、略して三下だ。


 でも、いくら三年年下でも。

 そんなことされながら、きらきらした目で瞳をのぞきこまれると……。やばい。

 仲のいい女友達・彼女。そんなワードが頭の中でちらついて、勢いよく顔をのけぞらせた。

 腕でにやけまくった口を抑える。


 気持ちわるい、気持ちわるい、気持ち悪すぎだろ僕!!


 なんで、会ってちょっと仲良くなっただけですぐ彼女~とか意識しちゃうの!?いくら日本で女の子に縁がなかったとはいえども、ばっかじゃねえの!?おととい来やがれすっとこどっこい!

 

「ん~~?ふふっ、どしたぁ~?」


 嬉しそうに、わざわざ僕の目の前に移動してきて、もう一回顔をのぞきこもうとする。

 これは……。なんで僕が顔をそらしたのかも、分かってるのだろう。


 似たようなやり取りしたばっかりなのに、二重の意味で恥ずかしさが襲ってくる。


 眼だけでも合わせないようにして、なみうちまくった心模様を落ち着かせる。


「……わかってるでしょ。これ、買うの?」


 厭味ったらしく、顎を使って商品を指してやった。

 リボンも何もついていない、つばが少しギザギザなだけの素朴な帽子を、鼻から劣悪品と決めつけるかのような態度を見せてやった。

 しかし、最後まであなどれないメルさんは


「うん!」

 

 そんなこと一切気にせずに、気持ちのいい返事をよこしてきた。


 早めに引き下がって買い物を切り上げておいたのは正解だったのかもしれない。

 顔を近づけられたら赤くなってしまう、とかいう情けない弱みを握られた僕には、このまま要求を釣り上げられる未来しか見えなかった。


「ほんじゃあ!そうと決まれば、行こう行こう!」


 持っていた麦わら帽子強引に手につかまされ、ただちにレジの前に引っ張りだされる。


「わあった、わあったから!せめて自分の足で歩かせて!」


 懇願に応じられないのはメルと過ごす中での通例行事となりつつあった。

 僕はそのことに少し危機感を抱きつつ、せめてこれ以上レジのお姉さんとか店内のお客さんに変な目で見られないようにしようと志した。


 そうじゃなきゃ、わざわざ勇者としてばれないようにしてきた変装が水の泡になるだけでなく、アラム王国生粋の変人としてその名を知らしめることになるだろう。


「いらっしゃいませ!」


 そうこうしているうちに僕の番がきた。


「あ、これください」

「はい!麦わら帽子一点で2700ゴールドです」

「はいー」


 相槌を打ち、腰ポケットから財布を……財布を……。

 財布が……。


「ない!」

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