4.あれが運命の出会いだったわけですよ!
勇者の歓迎祭と言う名のきつい労働を経て、自室に帰ってきた僕。
まず初めに、ベッドのそばの壁に設けられた窓から日が沈んでいくのを確認して、
「あ~~~!つ~か~れ~~だああ~~!」
叫びながらそのままベッドにダイブした。
一日中ジャージというゆるい服装だったにもかかわらず、全身の筋肉がばっきばきだ。
そりゃ、長い時間慣れないことしたんだから疲れるか。
日本での僕は、友達と話すときにせよ、授業中にせよ、姿勢が悪いことに定評があったのだ。
三時間胸を張れただけでも褒めてほしい。
だいたいそもそも僕という人間は――――
「やびゅーー。やばいの最上級ーー」
もうムリー。疲れてもう何も考えたくない。思考がつづかない。
「タタタタタ、たいやっ!」
とりあえず赤ちゃん語でも発して、間を埋めてみる。
思考の隙を与えてはいけないのだ。
日本で聴いてた曲でも歌おっかな。なんだっけ……
「それが~♪ぼ~くの宿命♪な~んだ♪」
『宿命』という言葉に反応して脳が硬直する。
思い出したくない記憶が呼び起こされ、キャッチ―なサビの代わりに、今度は宗教じみた別のメロディーが脳内再生される。
「勇者様!」「勇者様!」「勇者様!」
脳に焼きついたアラムの人々の声がふつふつと再生されていく。
みんなからの期待とそれを裏切る責任の重さが同時に流れてきて、僕は思わず顔を枕にうずめた。
こうなることが分かってたから、考えないようにしてたのに。
「せめて、僕が本当に勇者だったらな~」
とりあえずそんな身もふたもないことを考えて気を紛らわす。
でも別に声が止むわけじゃない。
意識したせいか、余計強くなってる気すらした。
顔だけじゃなく心も一緒に枕に沈んでいくと、ため込んでた憂鬱が喉の奥で弾け、胸の辺りに謎の圧迫感が広がっていく。
「はぁ~」
描いた未来はこんなはずじゃなかったのに。
「何が勇者になりますだよ……。いい加減、身の程をわきまえようよ」
結局、現実を生き切ったと思える人じゃないと異世界に行っても中途半端なままなのだと思う。
元も今も中途半端な僕なのだから、もうそろそろ、『秘められた力があるかもしれない』だとか、『努力できる力こそが本当の才能だ』とか、そういう惨めな気持ちや屁理屈を全部丸めて飲み干すべきなのだろう。
飲み干したい。飲み干せたら……もっと楽になると思う。
「あ~~、もう~~~消えたい!」
暗い気持ちを振り払いたくってベッドの上を左に右にごろごろする。
現実逃避に逃避する。先延ばしにする。
そういうのはここらで終了!自分らしくない!というか考え始めたらこういうのって終わらないと思うし。
消えて今から逃げたところで、何の解決にもなんないし同じことを繰り返すだけだ、とかいう正論は受け付けない方向で。
ベッドに沈んだ顔を持ち上げて、勢いで僕は立ち上がる。
「よっしゃ、ご飯の手伝いでもしに行くか!」
天井に向かって伸びをして、元気分を補給。
昼間もそうだったけど、日本での生活が恋しくてセンチメンタルに陥ってる僕がいるようだ。
早めに回復せねばい―――
「消えちゃうのって結構辛いよ。あとそれ何の解決にもなってないよね」
「おぉぉい!それは受け付けない方向でって言ったよね!?ね!?」
――けないと思……う。
あれ、思わず反射的に返事をしちゃったけど、今僕の部屋から女の子の声がした気がする。
いや、気がするじゃない確実にした。
……ということは、もしかして。
「もしかして、今の僕の、見てましたか?」
部屋全体をくまなく見渡して、女の子を探しながらそう問いかける。
「もしかしなくても、見てたよ。叫んで飛び込んだと思えば、死体みたいに動かなくなったり、激しくごろごろしたり。なんだか……忙しそうだったね」
「わーおぅ」
やばい、もう一回センチメンタルに陥ってもいいよね。みんな許してくれるよね。
「てかさっきからどこ探してんのさ。見えてんなら無視しないでおくれよーう」
「そう言われても~~見つかんないもんは見つかんない――」
トントンと二度、肩に何かが触れる。
背中に悪寒が走る。
恐る恐る。
視界を180度回転してみる。
「やっほ」
「ぎゃああああああ!」
手を振っていた。
手を振っていた女の子はベッドのそばにある、この部屋にドア以外で入る唯一の方法―――
『窓』から侵入してきていた。しかも、人一人ぎりぎり通れるくらいの奴から!
「わあああ!なんか久しぶりだ~~この感覚。嬉しくて涙出ちゃそ。まあ、とりあえず入らせて~」
「え!?え!?」
警備は!?仮にも国家機関なんでしょ!?
どうなってんの!?ホワイトハウスゥゥ!?
思考暴走。制御不能。おまけに、意味不明。
「よっと。おじゃましまーす」
するる、と器用に窓に体を通してきて女の子が部屋に入ってくる。
その驚きで僕はじりじり退き、しまいにはベットから落下してまった。
尻もちをついて痛いはずなのに、じんじんもひりひりもしない。
とりあえず、お前誰だよ!の意を込めて全身をくまなく観察してみる。
靴は丈夫そうな灰のブーツ。下半身に青色のショートパンツを履き、上半身に緩い雰囲気の白のブラウスを纏っている。肩に掛けられてるのは黒のおおきなスポーツバッグ。
明朗快活を体現したかのようなその子が意外に可愛くて、そのままぼーっと見とれていると、やにわに開けっ放しの窓から風が舞いこんできた。
それがくすぐったかったようで、
「えへへ」
と女の子は指で鼻をこすりながら笑った。
少し焼けた肌と合わさって元気オーラを醸し出す短く切りそろえられた綺麗な黒髪がなびく。
それでハッときた。
「君もしかして、昼間ぶつかった……」
「お、ご名答!ってかよく覚えてたね」
「あーー、確か僕がこの街で見た人の中で唯一の黒い髪の持ち主だったから。印象に残ってたみたい」
「そうなんだ、んじゃ黒い髪に生まれて良かったな」
「そこまで言う!?」
「うん、だってあれが、私と君がぶつかったあの瞬間こそが運命の出会いだったから!」
「運命の出会い?」
小学生以来使ってないメルヘンチックな言葉にキョトンとなる。
「ま、いいや。自分語りは後にして、少し臭いことを言わせてもらおうか」
女の子が地面に座り込んでいる僕の手をつかんで、ベッドに引き上げる。
そしてお互いにベッドの上で向き合って正座する。
会話は唐突に始まった。
「私の名前はメル。あなたの名前は?」
「秋月 一翔」
「アキツキ カズト?あー本当に異世界から召喚されたんだ……」
「あ!ごめん!そっか名前、変えた方がいいよね……なんにしよう」
ここに来てからずっと勇者殿としか呼ばれてないから、自己紹介とか考えてなかった。
「んじゃアキツキにしよ。言いやすいし」
「おっけー、アキツキね」
素直に女の子、曰くメル、の提案に乗らせてもらう。
「…………」
「…………」
そして、それっきり会話は途絶えてしまった。
いや、途絶えたというよりはメルが何か口ごもっている様子だ。
これは、ヘタに話題を振らずに待っているべきか。
それからしばし沈黙が流れ、僕の足もそろそろ痺れてきて、足と体をむずむず揺らしていたら、
「ねえアキツキ……いや」
覚悟を決めたメルが僕の手を再び掴んで、真剣なまなざしで、こう切り出してきた
「ねえ、偽物の勇者さん。私と一緒に本物の勇者になってみない?」
しばらく、あいてすみません。
色々思うとこあって少しだけ設定変えました。(詳しくはあらすじ参照)