3.『たかが市場に行くのに異世界版大名行列をしなきゃならん』
いつから僕は錯覚していたのだろう。
……いつから、たかが異世界に来た程度でラノベとか漫画みたいに自分がチート能力を手に入れていたと思っていたのだろう。
白の肌の人種が多いこの国、アラム一番の大きな市場を歩きながら僕は考えていた。
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勢いに任せて啖呵を切ったはいいがその後の僕の様子とやらは、まあ悲惨なものだった。
「勇者殿、目を覚まされたようでなにより」
「有難きお言葉です」
王様の前で僕は周りの騎士たち同様、ひざまづく。
「では早速ですまないが、その絶大な能力をもってあの極大魔法を放ってはくれないか?昔、異世界から召喚された勇者が放った伝説の魔法とやらを我も見てみたいのだ。」
「えっとーそれはどういう……」
僕がいた元の世界は現代日本だ。
魔法みたいな科学が発展しているだけで、ただの消費者である僕には何の力もない。
つまるところ、魔法のまの字も知らない。
「ああ~すまない。必ずしも魔法が使えるとは限らないというのは父上から話に聞いておる。
では、この聖剣を持ち上げてはくれないか?
これは我が王国に代々伝わる選ばれしものしか持つことが許されない聖剣サラクカエルと言って、この剣がその主に応えるとき凄まじく美しい光が放たれるそうで……」
無言で固まった僕を見て代替え案を提示してくれた王様だったが、残念なことに……。
「重いッ……なんだこれ!?」
僕は聖剣の使い手ですらなかった。
そんなわけで、王国を救うべく召喚された勇者こと僕は極大魔法も聖なる剣も扱えない、つまるところ村人と何一つ変わらない凡人だった。
玉座の周りから漂う気まずい空気に事態の重大さを察し、歓声はピタリと止み静寂が広がっていく。
しばらくして、その当惑を隠しきれず皆のひそひそとした話し声が目立ち始めた頃。
「すみません、王様!召喚の魔方陣のスペル一文字間違えていました!」
誰もが耳を疑う、そんな事実が叫ばれたのだった。
そこで話が終わったらよかった。
僕と交換で本当の勇者をもう一度召喚すればいいだけの話だ。
……でも、その事実は単なるうっかりミスでは過ぎなかった。
女王様によると、今、王様が立ち直れないほどの失意に陥っている訳は別にあるらしく、王様は昨晩首都の国民全員を収集して大々的に
「今宵…。今宵!勇者を召喚する。今まで長い間戦争によって気苦労を負わせてきたと思う。
魔物の進軍によって多くの仲間が死んでいったと思う。本当にすまなかった。
しかし今宵召喚される勇者によって、亡くなった仲間の無念が!皆の切望が!報われるのだ!皆よ、我々の勝利を心して待て!!」
このような演説をしたそうだ。
だから、
「今更勇者が人違いだった、なんて国民に示しがつかない。長きに渡って溜めこまれた国民のストレスが爆発してデモが起きるかもしれない……」
と切羽詰まっているらしい。
そこで二人は僕に、謝礼として一生遊べるだけの金をやるから、とこんな要求をしてきた。
「今から一か月間、偽の勇者になれ」
―――――――――
こうして話は今に至る。そう、今僕がこうして過去を振り返り、
『たかが市場に行くのに異世界版大名行列をしなきゃならん』
というおかしな状況が起こった所為を追及している時も、偽勇者の僕と周りにいる騎士総勢二十数名に対して、道行く国民が敬意と尊敬を全身で表してくるのだ。
土下座に近い体制がデフォルト。正直心が痛い。
「ありがとうございます。勇者様」
「ありがとうございます。勇者様」
「ありがとうございます。勇者様」
男も女も子供も、怖いくらいに皆おしなべて賞賛の言葉を復唱し続けている。
僕は本当の勇者じゃないのに……。
結局の所、僕には、人違いで勇者として召喚されたりだとか偽勇者だとか冴えないしょうもない役柄がお似合いなのだろう。
いや、理想が高すぎるだけか。
こんな夢のような体験をさせてもらえているだけで、勇者じゃなくても満足する妥協の心が必要なのかもしれない。
だとしたら、こんなゴミ臭い気持ち早く捨ててしまいたいな……。
でも、折角の夢の異世界とやらなのにこれじゃあなんだか
「は~~」
細く長いため息を一つ。
「つまんないな」
現実世界と何も変わらない。そうボソッと呟いた瞬間、
「痛っ!」
踏み出した僕の左足が地面ではない何かにぶつかって、小さな悲鳴が上がった。
「いったた~」
脛を押さえてケンケンするそれは、僕と同世代くらいの女の子だった。
「ああ~!ごめん!」
バカ!変にセンチメンタルなんかに陥ってたからこんなことになるんだ!
慌てて止まって、女の子に謝る。行列の後ろの方が急ブレーキの掛け合いっこで若干混乱した。
「ごめん!ぼーっとしてて前見てなかった!怪我とかしてない?」
「してないけど……」
「よかった~~、でも本当にごめんなさい。次から……はないと思うけど、とにかく気をつけるから」
「ああ、はい」
女の子の返答はどこか上の空と言った感じ。
瞬きの回数が以上に多くて少し怖い。
「本当に大丈―――」
「勇者様、何をされているのですか。早く行きましょう」
困惑顔の騎士団長に言葉を遮られて、そのままなし崩し的に前に進まされる。
手を振ることさえできなかった。
ちょっと位が高いからって一般人の扱い雑でもいいのかよ。
不満を石造りのタイルに強く押し付けて気を取り直し、僕は市場巡りを続けることにした。
市場の雰囲気は商店街に似ていて、ファッション系列から雑貨・家具系、異世界らしく魔法道具や武器まで、と様々な店が立ち並んでいる。
店の構え方もオシャレな喫茶店を筆頭にちゃんとした家のものと屋台とかで見かける露店形式のものが、6:4ほど。
店と店との間がそこまで離れていないので、火事とかになったら大変そうだ。
また、アラムの人々の容姿は―――ほとんどが頭を下げているのでよく分らないが髪色は銀・金・茶の三つに限定されている。
逆に、多いと思ってた黒色の髪はさっきぶつかった女の子ただ一人のみだ。
商店街を抜けて、住宅街に入る。
ここでも、僕は手厚い歓迎を受けた。
一応ダメ元で騎士団長に町民の土下座体勢解除のお願いをしてみたのだが、
「国民からの期待や歓迎を受けるのも勇者としての務めですよ」
と笑顔で一蹴。無駄に終わった。
街並みはゲームなんかでよく見かける中世ヨーロッパ風のデザインそのもので、もうはいはい、といった感じだ。
正面から見ると、三角形と正方形を組み合わせたみたいなヘンテコな断面図を持つ家と夜になると魔道燃料によって明かりが灯される街灯が横一辺に並んでいる。
そして、僕らが通っているこの道。このゴツゴツした表面を普段、馬車のようなものがガタガタ音を立てて走っているらしい。
馬車の馬は正確には馬じゃなくって……たしか正式名称は……商用魔獣の―――忘れてしまった。とにかくカタカナだらけだったのだけは覚えている。
そんな360度全方位ファンタジーな世界観に偽勇者というポジションでも正直、ワクワクしている僕がいた。
長い長いこの国の首都の町、アラムを3時間に渡って何往復もして、人々に勇者の存在を十二分誇示したところで偽勇者はお役御免、僕はお城に戻ることとなった。
偽勇者、大変そうですね。
次回、偽勇者に事件が起こります。