プロローグ
昼下がりの獣人国の広場は平和そのものだった。
いつも通り、肉食のはずのオオカミが八百屋をやっていて。
いつも通り、眼鏡をかけたキツネが大きな三本の尻尾をゆらゆらさせながら怪しげな骨董品を売っていて。
いつも通り、元傭兵の虎子がその剛腕でハンマーを振り回し、農具の手入れをしていて。
いつも通り……。
ドゴンッ!!
突如、そんな穏やかな街を爆発音が襲った。
誰の耳にもはっきりと聞こえたそれに、皆が一応に息を殺した。
賑やかだった獣人街の時が止まる。
寒気立った静寂の中で、一人、また一人と音のした方向を向き始める。
かなり遠くのほう、隣の隣町くらいから、もくもくと黒い煙が立っていた。
何が起きたんだ!?
ざわめく街の獣人たちに間髪入れず、熱を帯びた突風と空から降り注ぐ無数の瓦礫が飛んでくる。
さっきの爆弾の二次攻撃だ。
獣人たちの視界は砂嵐によって完全に閉ざされ、鼓膜には突風の轟音がつんざいた。
瓦礫が誰かの頭に当たった音がかすかに聞こえ、ノイズにまみれた視界の隅にしっかりと血の色が映り込む。
そうやって恐怖を煽られた彼らの誰もが自分の身を守るのに必死になった。
そう。獣人たちは我を忘れて獣と化した。
さきほどまで幸せな日常を謳歌していた広場はいつも通りとは程遠い地獄へと早変わり。
各々が咆哮し、錯乱し、目には見えない何かと闘い続けた。
そんな中、二度目の爆発が広場から2.3メートルしか離れてない住宅街で起き、
今度は誰も叫ぶことなく、そこには辺り一面の焼け野原が残るのみだった。
その一部始終を僕は指をくわえてじっと見させられていた。
「ははは!見ろ!獣人どもが見る見るうちに消し飛んでいくぞ!」
荒みきった人間の国の王が嬉々として語る。
今、獣人国を襲っている数百もの爆弾の正体は国王と同じ、人間そのものだ。
人間に爆弾を持たせて突撃させているのだ。
正確にはある病気の弊害によって心を失っているらしいので彼らは人間の形をした無機物らしい。
国王がそう言っていた。
でも、僕は知っているのだ。
その爆弾たちは病気にかかったわけではないことを。
初めから心を失っているわけではないことを。
「本当にこんなことがしたかったの、○○○○」
小さくぼやいた僕の声がモニターに映る血の色と同化していく気がした。