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最弱の代行者  作者: ひとみ
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間話 報告

高い城壁を持つアイテール城。その一室。


飾り気の無いシンプルな部屋の窓から街並みを眺める黒髪の青年は、紅茶で喉を潤しながら後ろに立つ老紳士からの報告を耳に入れていた。


「───ヤマタノオロチが討伐されただと!?」


予想外の報告に黒髪の青年が振り替える。


「それは本当か、コウジよ?」


「左様です、ディエル殿下」


コウジと呼ばれた老紳士は手に持った書類の束を捲り、報告を続ける。


「討伐されたのは昨日。商業都市ガイアでその報告がされています。対象物であるヤマタノオロチの9つの首もヴィジランテのメンバーが確認し、内1つが証拠として提出されています」


「……馬鹿な。まだ依頼を発注して2日だというのに。星呼びが動いたという事か?」


「いえ、ヴィジランテに登録していない無名の冒険者でございます。ダイナとトロンという2人組で、姿の方はヘルムやマントで隠していたらしく詳しくは不明ですが、1人は長身の女性、1人は小柄な人物だったそうです」


「そうか」


ディエルは紅茶を机に置き、椅子に腰を掛けて頬杖をつく。


「……まさか、ヤマタノオロチが討伐されてしまうのは想定していなかった。しかも2人で、か」


「2人共クラスレジェンドに匹敵する実力者でしょうな」


「風神も驚いているだろうな」



ヴィジランテに属するクラスレジェンドの一角───『風神』。


ヤマタノオロチの件はほぼ彼女に一任していた。と言うのも、軍は各地方で吸血鬼対策の為の防衛網を敷いていて手が少なくなっている。そこでヴィジランテに協力を仰いだのだ。


事が事なので会議は直ぐに行われた。その席に自ら進んで来てくれたのが風神だった。挨拶を交わして話し合いを始めようとしたら、


『こちらで討伐しましょう』


と言われ、出鼻を挫かれた。


彼女は軍の人員不足を知っていたようで、こちらを気遣っての言葉だったのだろう。責任を押し付けるみたいで気が引けたが、兵を削くのも難しい状況だったので、代わりに多額の報酬を約束する事で了承した。


彼女は依頼書を発行してヤマタノオロチに有利なメンバーを呼び集めて討伐しに行く算段を立てていた。だが蓋を開けてみれば、名の知れぬ者に討伐されてしまった。さぞ面を食らっている事だろう。



「ですな。まあ、朗報には違いありませんぞ?」


コウジが顎髭を擦りながら優しく微笑む。


「そうだな。肩の荷が下りた気分だ」


「おや殿下、吸血鬼がまだですぞ。ああそれと、朗報と言えばもう1つ」


「なんだ?」


「黄昏の塔に生息していたクラウデーモンですが、これも討伐されました」


「ん? そいつは確か、半年周期で復活する悪魔じゃなかったか?」


「報告者の話によると、完全に消滅したそうですな。瘴気も無くなったそうですぞ?」


「何? 3年も放置されてた難件だぞ。一体誰が?」


「ダイナとトロンと言う2人組ですな」


「ああ、その者達か」


ディエルは手元の書類に真剣な眼差しを送る。


この2人は1週間前からヴィジランテの依頼を受け始め、成果を出している。難易度A以上の依頼ばかりをだ。


これは幸先がいいかもしれない。恐らくこの2人も一隻眼と同様に己の力が覚醒してクラスレジェンド入りを果たした逸材なのだろう。これなら数日後に開催されるレベル測定でも良い結果が得られそうだ。


「……ん? クラウデーモンは自然に現れたものではないのか」


「そのようですな。何者かが召喚した形跡が見られたようですぞ」


「また面倒な……」とディエルが溜め息を吐く。


「まあその件に関しては後回しだ。それとコウジよ、この2人に協力を要請は出来ないか?」


「難しいですな。身元が不明ですゆえ。情報が不足しております」


「そうだろうな。まあ仕方無い。欲しい人材だが頭の片隅に置いておこう」


ディエルは椅子から立ち上がり、再び窓から見慣れた街並みを見下ろす。


「……あとは吸血鬼、か」


「───入るぞ、ディエル」


不意に扉が開けられた。突然の来訪者にディエルは振り返り、目を丸くする。


黒い軍服のような服を着た男性がディエルの前まで静かに歩み寄る。


黒みがかった赤い髪を七三で分けて後ろに流し、細い顔立ちから見せる表情は筋肉が死んでいるみたいに全く変化させない。彼から滲み出る威圧感から、ただ者ではないのが見て取れる。


西園寺・ヘン・ラグサス。この国の第一王子であり、ディエルの実兄である。


「これはこれはラグサス様。私に何かご用でも?」


ディエルが眉を潜めてお辞儀をする。その態度はまるで、親の敵とでも接しているかのように冷めていた。血を分けた兄に向けるそれではなかった。


「貴様、なんの権限があって“百鬼”を動かした?」


「おや? “百鬼”は吸血鬼討伐の為に編成された特殊部隊です。その吸血鬼対策における軍の指揮は私が持っている筈ですが?」


ディエルが考案し、『一隻眼』のデータを元に作り上げた“百鬼”。100人で構成され、対吸血鬼に特化した者を選抜した特殊部隊だ。


クラスレジェンドの『鋼鉄』を中核に据え、隊員の一人一人が防御魔法、弱体魔法、吸血鬼の弱点である光属性魔法などを修めている。


「それに“百鬼”を向かわせたマルーシ街は吸血鬼の存在が確認されたばかりです。妥当な対処だと思いますが?」


目撃情報があったマルーシ街に直ぐに偵察隊を向かわせ吸血鬼の居場所を探っていた所、そこから離れた僻地で偵察隊が吸血鬼に接触し襲われたそうだ。


これを逃す気はディエルには無い。


ヤマタノオロチが討伐されて手が空いた『風神』が討伐に参加してくれる事になり、更にもう1人、遠征からクラスレジェンドに名を連ねる王国軍最強の闘士───『拳帝』が帰ってくる。


吸血鬼の居場所が変わらない内に陣を一気に展開させ、吸血鬼の行動範囲を狭めて弱体化をしつつ時間を稼ぎ、『風神』と『拳帝』が『鋼鉄』に合流でき次第、この3名を主軸として吸血鬼を討伐する作戦だ。


順調だ。国民からダイヤの原石を発掘しなくても済むかもしれない。多少の犠牲は出るだろうが、水面下で事を終えられる……筈だった。


「その情報には誤りがあった。……確か、吸血鬼は2体いたな。その内1体が“悪魔の大森林”で吸血鬼が目撃された、とな」


「そのような報告は聞いておりませんが?」


「更に、1週間も前の情報に正確性は皆無。そんな場所に“百鬼”を留まらせる訳にはいかない」


「ま、待って下さい! マルーシ街に常駐している偵察隊から今朝報告を受けたばかりですよ!?」


「誤報ではなかったか? 今直ぐに『鋼鉄』を含め“百鬼”を王都に帰還させろ。王都の防衛が最優先だ。決定事項だ。拒否は認められん」


ラグサスは制するように言い、小脇に抱えていた茶封筒から書類を取り出し、机の置く。


「貴様はこれにサインさえすれば良い。……吸血鬼退治に犠牲は付き物、だろ? 民を多少犠牲にしても、な」


「っ!?」


ラグサスの言葉に、ディエルは机を叩いて怒りを露にする。


「民を守るのが我々の役目の筈……! そんな勝手な理由で……」


「貴様も分かるだろ? 貴族連中が怖がってるんだ。残念な事に、奴らの後ろ盾が無ければ国も回らない。ある程度の秩序を保たねばならんのだよ。俺も苦労が絶えないんだよ」


ディエルは言葉も出なかった。


10年前もこうだったのだろうか。確かに昔に比べてクラスレジェンドの数は少ない為、おいそれと札を切る事はできない。


しかし、いつまで温存していては敗北に繋がる。少ない札で戦わなければならない。だからこそディエルは決断したのだ。


ラグサスは頭を俯かせるディエルは目もくれず、踵を返して扉を開け、


「良い報告を期待している。国の為に、な」


それだけ言って、退室した。



「……殿下」


覇気を無くした主人に老紳士が声をかける。


「なあ、コウジ」


「なんですかな?」


「“百鬼”を全員戻せとは言われてないよな?」


「左様で」


「『拳帝』と『風神』については?」


「何も言われておりませんね。その書類にも“百鬼”の帰還の事しか明記されておりません」


「よし。“百鬼”は半数帰還させ、あとはマルーシ街の隊と連携して吸血鬼の包囲に入る。対策会議に入るぞ。『一隻眼』の方も進めておけ」


「承知しました」

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