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最弱の代行者  作者: ひとみ
7/24

赤と黄の新人

掲示板の前で私は右往左往していた。


「あー……どれがいいのかなぁ。報酬の良いやつは時間が掛かるのよね。でも早く済ませればダリア様に会いに行けるし……」


「ナイト様ナラ、ドレモ達成スル早サニ変ワリハナイノデハ?」


「1秒でも早く会いたいじゃない?」


「シカシ、ココデ迷ッテイテハ本末転倒デハ?」


「ぐっ……確かに」


隣で掲示板を眺める黄色いマントの小柄な者に正論を突かれた。


目深に被った黄色いフードからは顔の輪郭は見えず、黄色いマントで首から足下までを覆って全身を全く見せないこの者の名は『メタトロン』。ルシファーの翼に宿る三天使の1体である。


心配性のルシファーが気を利かせて私の護衛につけてきたのだ。天使なら別に正体がバレても問題にはならない。寧ろ神の使いと言われる天使を使役出来るのは名誉な事だそうだ。興味無いけど。



で、私が今居る場所はヴィジランテが経営する酒場の中。一般人が普通に飲みに来るし、ヴィジランテのメンバーの憩いの場としても開放されている。


カウンターの脇には掲示板が置かれ、多くの依頼書が張られていて、掲示板から漏れた依頼書は掲示板下の長テーブルに纏めて閉じてある。


ヴィジランテの仕組みは至って簡単だ。依頼書に書かれた対象物を手に入れ、依頼書と一緒に係りの者に提出する。これだけだ。報酬の方は大体が後払いになるので、後日訪れなければならない。


そして、依頼は毎日更新される。その日に発注された依頼もその日に達成される事がザラにあるので、注意が必要だ。競争社会なのだ。だから私も毎日通い詰め、吟味する必要がある。無駄を無くす為に。


登録していなくても受けられる。勿論、何かあった場合には自己責任になるが。



しかし……暑い。特に顔が。


今の私の服装はメタトロンと同じく全身を覆う赤色のマントを装備。そして赤いフルフェイスのヘルムを被って正体を隠している。


その理由は、バレると面倒になりそうだからである。なんせ新顔のくせに難易度はランクA以上しか受けてない。これだけで十分噂になるだろう。


要はプライベートの問題だ。私は素で王都を堂々と歩けるから、街中でのダリア様の護衛や買い出しが出来る。ダリア様に迷惑を掛けない為に、なるべく露出は控えている。


あー、やっぱり暑い。マントの下は涼しい格好をしているが、顔はとてつもなく暑い。夏は嫌いだ。暑いから。


「ナイト様、凄イノヲ見付ケマシタヨ」


メタトロンはそう言って、暑さでやられそうになっている私に1枚の黒い依頼書を差し出してきた。


「……何これ?」


「報酬額ガ他ノモノヨリ高カッタノデ持ッテキタノデスガ」


依頼書を見てみると、一目で危険な内容であると理解出来た。黒の背景の上に真っ赤な文字が連なっている。他の依頼書は背景が薄い茶色で文字が黒なのに、これは明らかにレベルが違う。


取り敢えず、重要そうなところ音読してみる。


「……えーっと、ヤマタノオロチの討伐依頼。推定Lv.44。“竜道山”に生息」


読んでいたら赤字のせいで眼が痛くなった。赤は好きな色だが、この配色は殺意しか感じない。


「危険度ランクハ……SSミタイデスネ」


メタトロンが私の手元の依頼書を覗いてくる。


危険度ランクとは、言葉の通りその依頼のリスクの規模を示すものである。このSSは、この国最強の『星呼び』をもってしても死ぬことを覚悟して挑まなければならない程の危険性を持つ。


だが滅多に出回る事はない。数年に1回あるかないかの気まぐれな自然災害のようなものだ。実際、討伐対象が起こす被害の規模は自然災害並みだが。


まあ討伐対象の強さなどどうでいい。資金を早く稼ぎたい。


目をスライドさせ、黒い依頼書の下に書かれた報酬額を見る。


「おぶっ……!?」


思わず変な寄声を上げてしまった。ダリア様が居なくて良かった。居たら絶対笑われる。はしたないって言われる。


今の行いを懺悔し、再び依頼書に目をやる。


いやまあ、こんなに報酬が凄いのか、SSは。自然災害と戦うようなものだもんね。それを考えれば妥当か。


「よっし。じゃあこれにしようか」


「畏マリマシタ。シカシ“竜道山”デスカ……険シイ山道ダト聞イテイマスガ」


「そうね。でも飛行魔法使うから大丈夫大丈夫」


依頼書を懐にしまって外に出ると、なんか変な奴らに絡まれた。


「ようよう兄ちゃん。良さげなヘルム被ってんじゃねぇか」


「兄ちゃん……?」


思わぬ言葉に首を傾げる私。


そう言えばそう見えるかも知れない。今の私は全身が見えてない上、フルフェイスヘルムと高いヒールのおかげで、2m近い身長がある。


それに身体には防具を身に付けていない為、マントの上からでも線が細いのが分かる。


そんな高身長の女性はそうはいないし、細いからひ弱に見えたのだろうが……いや待て。私、胸はある方だと思ってるんだけど……胸当てと勘違いしてるのだろうか?


なんか性別を間違われるって……結構ショックね。


ダリア様に間違われたら壁に頭を打ち付ける自信がある。


「……ねぇ、メタトロン。もしかして私って女性の魅力が無いのかな?」


「今ノナイト様ハ性別ヲ判断スル為の情報ガ不足シテイマス。間違ワレテモ仕方ガ無イカト」


「そ、そうね。ありがと」


良かった。少し自信が出た。帰ったらダリア様に聞いてみようかな。


「いや……でも……」


腕を組んで頭を悩ます。


ダリア様に聞いて、悪い答えが返って来たらどうしよう……。立ち直れる気がしない。既にダリア様から“露出が凄いね”と苦笑いを頂いている。


でもダリア様に真実を聞いて今のこの不安を払拭したいし……。


「おい兄ちゃん、無視するなんて良い度胸じゃねぇか!」

考えていたら変な人達が痺れを切らしたみたいだ。短気ね。絶対女性にモテないわね、この人達。


「ごめんなさい。少し考え事をしていたから」


「あん? その声……まさかおめぇ、女か?」


「そうだけど……いけない?」


「女が昼間っからこんな場所で彷徨(うろつ)くなんざぁ、いけないねぇ」


私だって好きで来た訳ではない。ただ、この広大な王都には片手で数えらる程しかヴィジランテの経営店が無く、ダリア様のアパートに一番近かったのがこの酒場だっただけだ。


王都はいえ、貧富の差は目に見えて激しい。王城がそびえる西側は比較的裕福だが、東側はそうでもない。道を外れればスラム街のような場所に出たりするのもザラだ。


この酒場付近の地区は治安が悪く、出入りするヴィジランテのメンバーもガラの悪い者が多い。


ダリア様の自宅の場所は、やや貧困層に入る。これは由々しき事態だ。ダリア様をいつまでもそのような場所には居させられない。そういう意味もあって移住の案を進言した。


ダリア様の為に早く依頼を済ませないとね。こんな品に欠ける者達に構ってられないわ。


「そう……ご忠告ありがとうね」


変な人達の横を抜けようとすると、


「待てや姉ちゃん!」


呼び止められた。


「何? 急いでるの」


「ちいっと俺らと遊んでかねぇかい? よく見りゃ随分デケェ胸を持ってんじゃねぇか」


変な人がニヤニヤとイヤらしい顔で私の胸に手を伸ばしてくる。昼間から欲に忠実な者達だ。見ていて滑稽だ。


「急イデイルト、言ッテイルノデスヨ」


顔に一発入れようかなぁ、と思っていたら、メタトロンがその手首を掴んで動きを制止させた。


「あん? なんだよちっこいの」


「今ナラバ見逃シマス。コンナ所デ折角ノ五体満足ノ身体ヲ欠陥品ニシタクハナイデショウ?」


「んだぁ? バカにしてんのか?」


変な人が額に血管を浮き上がらせて怒りを見せてくる。


「いいわよメタトロン。私が片付けるから」


「ワザワザナイト様ガオ手ヲ下ス必要ハアリマセン。自分ニオ任セ下サイ」


そう言って、メタトロンは変な人の手首を握ったまま、空いた手でデコピンを見舞った。


「がっ……!」


変な人は一瞬で白目をむき、メタトロンが手を離すと、変な人はそのまま地面に突っ伏して動かなくなった。


「威勢ノ割リニ脆イデスネ。次ハ誰デスカ? 次ノ人ハ片腕ヲ貰イマス」


天使がそんな物騒な事言って大丈夫なのだろうか。まあ堕天使の使いだし、いいのか。


「ちっ……行こうぜお前ら」


残った変な人達は力量差が分かったのか、気絶している変な人を担ぎ踵を返した。


「無駄な時間だったわね」


「ハイ。全クデス」



 ☆



竜道山。


切り立った崖を多く持つ王国でも最高峰の岩山で、道と呼べる道は足の踏み場が無いくらいに荒れまくり、その殺意に満ちた傾斜は名の知れる冒険者ですら引き返すほど。


更に、魔物の中でも最強クラスの種族である竜が多く生息している。というか、生息している魔物のほとんどが竜なのだ。


人格破綻者でもない限り決して足を踏み入れる者はいない死の山。


まあこんなもの、私にとっては右から左に受け流せる話だ。それにこの話はもっと奥の方だ。持ち上げ過ぎだと思う。麓に近い場所は普通になだらかな山道だしね。


「シカシ便利ナ魔法デスネ、空間転移ノ魔法ハ」


飛行魔法を使用しながらヤマタノオロチを探していると、私より下を飛んでいるメタトロンがふと呟いた。


因みにメタトロンは天使なのでちゃんと翼を持っている。人の気配も無いのでその美しく光らせる翼で優雅に飛んでいる。


「普通ナラバ王都カラココマデ、2、3日ハ掛カリマスカラネ」


「陸道でそれくらいだから、飛んでくれば何時間くらいかしらね? 確かに転移は便利よね。数秒くらいで着いたし」


「ムッ……! ナイト様、アレヲ!」


メタトロンが急に岩陰に身を屈め、遠くで(うごめ)く巨影を指差した。私は適当な足場に降り立ち、メタトロンの指差す巨影を見据える。


首が八つある巨大な蛇。


そのぐらいの印象しか持たなかった。アレの首を1つ持ち帰れば依頼は達成できる。まあ確かにこんな山の麓にいれば討伐の依頼が入るのも頷ける。


さて、早く片付けようかな。


「ドウシマショウカ。慎重ニ近付イテ隙ヲ突キマスカ?」


「必要ないわ。あ、メタトロン、このヘルム持ってて」


脱いだフルフェイスヘルムを放り投げ、メタトロンが受けとる。


「ナイト様……マサカオ一人デ?」


「ええ」


即答し、軽く跳躍。そしてヤマタノオロチと同じ土俵に降り立ち、眼前のヤマタノオロチを見上げる。


ヤマタノオロチも私を敵と認識したのか、8つの首が同時に咆哮を浴びせてきた。


「───≪クリアランス=ストレージ≫」


その威嚇には全く動じず、空間を歪ませて中に両手を入れる。この魔法は、私が作り出した異空間にものを保管出来る魔法だ。



まあこんな事している間に2つの首が鋭い牙を光らせて私へと迫って来るのだが……



遅いわね。



空間から両手を引き抜き、



『ぐぎぁぁあああ!』



その二つの太い首を切り落とした。



ドスリ、と首が地面に落ちる鈍い音が響く。無くなった首から濁った血を流しながらヤマタノオロチは荒々しく巨大を蠕動(ぜんどう)させ後退する。



大戦斧。私が今両手に持つ武器だ。その白銀の刃は私の身長ほどの大きさがあり、紅に染まった持ち手を合わせると身体の2倍の大きさになる。重量は結構あるが、身体強化の魔法を使っているので苦にはならない。


「あと首は6つね」


大戦斧をヤマタノオロチに向かって投げ付け、それと同時に駆け出す。


投げた大戦斧はヤマタノオロチの胴体に直撃し、狼狽える間に難なく奴の懐に飛び込めた私は、胴体に突き刺さった大戦斧を、


自慢の紅いツインテールで抜き取った。


私には髪を操る魔法があり、このツインテールは手足のように自在に動かす事が出来る。これのお陰で、私は大戦斧を計4本を振り回す事が出来る。


まあ他の代行者達の前ではアドバンテージにもなりはしないが、ヤマタノオロチには十分だ。2本でも事足りただろう。


だってほら、



『ぐぎぁぁああああああああ!!』



もう残り2つになっちゃったし。



残り2つの首が痛みに苦しみながら空に向かって悲鳴を叫んでいる。首6つを呆気なく切り落とされた奴にはもう、私に対抗出来る手段はないだろう。


戦意喪失に近い状態のヤマタノオロチの残りの首を、私は容赦なく切り捨てた。



「オ見事デス」


「ありがとう」


頭を全てを異空間に回収してメタトロンのところに戻ると、敬服の言葉を貰った。


「赤子ノ手ヲ捻ルガ如ク、デシタネ。流石デゴザイマス。SSノ依頼ナド、ナイト様ニトッテハ暇潰シニモナリマセンネ」


「褒めても何も出ないわよ?」


満更でもない笑みをメタトロンに返す。


メタトロンだったから良かったものを、ダリア様に褒められてたら……爆発して死ぬな、私。


「ッ!? ナイト様オ下ガリ下サイ!」


急にメタトロンが叫び、私の横を風のように通り過ぎた。


何事かと思い振り向いた、瞬間、



「グッ……!」



メタトロンが吹き飛んで行った。



「メタトロン!」


「……心配イリマセン!」


メタトロンは直ぐに身を(ひるが)して地面に着地し、私の下へ戻ってくる。


「ドウヤラ……マダ生キテイルミタイデスネ」


「……そうみたいね」


ヤマタノオロチはまだ生きていた。


私達の見据えるそこには8つの首を失った蛇の姿は無く、頭を1つだけを持つ禍々しい蛇の姿があった。


ヤマタノオロチ。一般的には“八岐大蛇”と書く。私もそう書くだろう。しかし、これは誤りだった。


“八岐(八つに分かれた首)”ではなく、“八叉(八つの股がある)”と言う字を書くのだ。つまり、首は全部で九つ存在する。


……いや、九頭竜と言うべきか。


「ナイト様、来マス!」


「あ、髪が滑った」


間違ってヤマタノオロチを縦断してしまった。


首を輪切りにして頭は無傷で回収するはずだったのになぁ。ビックリして髪の操作を間違えてしまった。まあいいか。


「はぁぁぁ…………」


ヤマタノオロチを難なく倒したものの、私の口からは深い溜め息が出る。


「ドウサレマシタカ?」


気になったのか、メタトロンが心配そうに尋ねてきた。


「油断……したよね、私。普通ならメタトロンは攻撃を受けなかったのに。ごめんなさい」


「油断ハ誰ニデモアルカト。自分ハコノ通リ、ピンピンシテイマスノデ」


「そうじゃないのよ。こんな覚悟ではダリア様を守るなんてとても……」


「ナイト様ガソノヨウナ調子デハ、自分ナド壁ニモナリマセン。ソレニ、実際ニ今ダリア様ガコノ場ニ居タナラバ、ナイト様ノ対応モ変ワッテイタカト」


「でも私は油断したのよ。慢心からね。……はぁぁぁ」


溜め息と共に肩が落ちる。こんな覚悟でダリア様に使えるなんて……情けない。


「私のバカァ……!」


地面に何度も頭を打ち付ける。痛い。


「ナ、ナイト様!? オ気ヲ確カニ!」


「いいの。気にしないで」


オロオロするメタトロンに、私は額に血を流しながら答える。


このままではいけない。このままでは私の自信が揺らいでいってしまう。このままでは胸が大きいだけの無能になってしまう。


ふと、私は閃いた。


「───《クリアランス=ストレージ》」


異空間に手を突っ込み、ある依頼書を取り出す。と、興味深そうにメタトロンが見つめてきた。


「ソレハ?」


「護衛の依頼よ。難易度はランクS」


「Sデスカ? 護衛ノ依頼ニシテハ難易度ガ高過ギル気ガシマスネ」


確かに。護衛と言えば、街から街に移動する時に道中に出会す魔物から依頼主を守ったり、権力者を刺客から守ったりするのが主だ。


街から街に移動するのにそんな危険な道は通らないし、権力者だって頻繁に襲われるわけではない。しかもランクSの目安レベルが、Lv.40以上。生きる伝説級の実力がなければ達成は困難。


依頼書には“遺跡の探索”と書いてあるから、恐らく、依頼主を守り切るという足枷を付けながらの、高レベルの魔物が蔓延(はびこ)るエリアの探索になるだろう。それなら難易度が高く設定されているのも頷ける。


なんにせよ、私の自信を取り戻すには最適の依頼だ。


「決めた。この依頼も受けるわ。いい?」


「了解シマシタ」


 ☆



「5人……ですか?」


依頼主から仕事の詳細を聞いたら、いきなり物凄いカーブのボールを貰い、首を傾げた。


と言うのも、護衛対象が5人いるらしい。これは予想外だ。依頼書には何も書かれてなかったし、護衛対象は1人だけだとずっと思ってた。


「ええ。遺跡までワシと、ワシの曾孫達を連れていって貰いたいのじゃ……」


目の前に座る老婆が掠れた声で答える。



今いるここは竜道山から結構離れた“商業都市ガイア”。その一等地の中でも一際目立つ大きい屋敷の一室である応接室にいる。


私とメタトロンが並んでソファに座り、お洒落なガラステーブルを挟んで向かいに座っている老婆こそ、この屋敷の主人あり今回の依頼主その人である。


垂れ下がった目蓋に年期の籠った白髪とシワ。座っているにも関わらず杖をついている。90歳は越ているだろう。


老婆の名前は“鬼龍院ザイゲツ”。凄い名前だ。依頼主の名前見たとき思わず二度見しちゃったよ。



あのあと直ぐに依頼主の所在地であるこの都市まで空間転移で移動し、直接屋敷に足を運んだ。


ヴィジランテに登録しているとその証が配布されるが、私達は登録をしてないから証を持っておらず、代わりに依頼達成の報告完了時に発行される完了報告書の本人控えを見せ、あとフルフェイスヘルムを外したら入れて貰えた。


警戒心薄くするから女性って便利ね。


なるべく顔は見せたく無かったけど、依頼主に対してそれは失礼だ。まあ挨拶して直ぐに被ったけど。


で、本題である。


「その遺跡と言うのが“黄昏の塔”と書いてあったのですが、どういう場所なんですか?」


ヘルムの口元の部分を開口し、出されたお茶を手に持って質問する。危険な場所だったはずだが、詳しくは知らない。


ダリア様の記憶を元にしている私達には、ダリア様の知識が頭に入っている。思い出の方の記憶はあまり無いが、勉学や雑学といった類の知識は受け継いでいる。


そのダリア様の知識からだが、確か“黄昏の塔”と言えば、商業都市ガイアから南に向かって伸びる街道沿いの末端に立ち竦む古びた建物だ。昔は観光名所として賑わっていたらしいが、魔物の増加で今ではその面影は無いらしい。


「まあ、昔はそうでもなかったんじゃが……今は強い魔物が沢山おってのぅ───」


ザイゲツさんが語り出す。


同時に、「んー……」と私は思考を始める。


護衛対象が5人かぁ……。別に1人でも5人でも変わらないけど、なんか詐欺に合った気分だ。ダリア様が5人だったらメッチャ高ぶるけど。


……ん? ダリア様が5人? なんだそのパラダイスは。行きたい。凄い行きたい。眼福じゃないか。


そんな事になったら頭の中が真っ白になって抱き締めてしまいそうだ。


まあダリア様の理想の死に方の1つに“圧迫死or窒息死(巨乳で挟まれて)”ってあったし、運悪く旅立ってしまっても悔いはないだろう。


いや待って。旅立たせちゃ駄目でしょ。何を考えているんだ私は。


そもそも私はヘタレだ。ダリア様を見てるだけ緊張してしまう。抱擁なんて夢のまた夢だ。


イサメとコロネが羨ましい。どうしてダリア様の近くにいてあんなにどっしりと構えていられるのだろう。私なんか、ダリア様が眩しすぎて直視出来ない。


サングラスが欲しい。心のサングラスが。



「───と、言うわけじゃ」


あ、なんか話が終わってしまった。どういうわけですか、教えて下さい。


老婆は座り直し、老齢とは思えないしっかりとした双眸で私達を見据え、軽くお辞儀をする。


「どうか、頼めんじゃろうか?」


……あの、ごめんなさい。聞いてなかったです。


「分かりました。引き受けましょう。その為に来ました」


聞いてないのに私は自信満々に答えた。あとでメタトロンに話の内容を聞いておこう。



と、そこへ、


「待てよ婆ちゃん!」


扉を乱暴に開き、部屋に1人の青年が入ってきた。老婆の近くまで我が物顔で歩いてくると、細い目で私達を一瞥し、老婆に話しかける。


「……こんなのを信用すんのか? 実力も分かんねぇんだぜ?」


「勝手入るなガラツ。ダイナ殿らに失礼じゃぞ。下がれ」


今の“ダイナ”は私の偽名だ。で、メタトロンは“トロン”という名前で活動している。


「待てよ婆ちゃん。俺だって行くんだから別に口出ししたっていいじゃんかよ!」


「この人達は強い」


「婆ちゃん! あの場所は危険なのに護衛が2人ってのは、やっぱ納得いかねーよ!」


「ワシの目を疑っとるのか?」


「そうじゃねぇけど」


「じゃあ口は出さんでもいいじゃろうが」


「でも婆ちゃんも歳なんだしさぁ」


ザイゲツさんの言葉に全く引く気の無い青年を眺め、私は思う。


時間かかりそうだなぁ……。


「あの」


この状況を打破する為に挙手しながら立ち上がってみた。これで主導権は私に移る。


「ラガツさん、だったかしら? 一応ランクSの依頼は何度か受けて達成しています。私達の実力に不満があるようなら、証拠をお見せしますよ?」


「どうやってっすか?」


「メタトロン、ヤマタノオロチの依頼書出して」


「良イノデスカ? 目立ツヨウナ行動ハ避ケルベキデハ?」


「大丈夫よ。高難易度の依頼をたった2人で受けてるんだから十分目立ってるわよ。それに正体も隠してるんだし」


「アア、確カニソウデスネ」


メタトロンは納得し、懐から黒の依頼を机の上に置いた。


「こ、この依頼書は……!?」


「ま、マジかよ。ランクSSの依頼書とか初めて見たし……」


老婆ザイゲツさんと青年ラガツさんが目を大きくして驚嘆の声を出す。


私は依頼達成の証拠であるヤマタノオロチの首を1つ異空間から取り出し、2人に見せる。


「討伐対象のヤマタノオロチの首です。まだ達成報告はしていませんが」


「確か……竜道山に出たんだったかの? まさか2人で倒したのか?」


「いえ。私1人ですね」


「自分ハ離レテ、パラパラ踊ッテマシタ」


なんかメタトロンがボケているが、まあスルーしよう。


「1人で倒したのか? それに今の空間に歪みを発生させる魔法……どうやらワシの予想の遥か上を行く実力者だったみたいじゃな。空間に干渉するなど、神の域に足を踏み入れていなければ出来ん芸当じゃ」


「分かって頂けて何よりです。ガラツさんはどうです?」


「……分かった。疑って悪かったっすね」


ラガツさんが「お願いします」とお辞儀をする。


ひねくれた青年かと思ったら、そうでもないみたいだ。まあザイゲツさんの事を心配してたしね。彼女を気にかけての態度だったのだろう。


私も共感出来る。ダリア様に得体のしれない者が接触し、そいつがダリア様に危害を加えないとしても、私だって眉間にシワを寄せる。悪態もつくだろう。


だから彼の態度は正しい。お婆ちゃん思いね。



 ☆



黄昏の塔。ツルが絡みつき、年期のこもったレンガ造りの外観から放たれる物々しい空気が身体中に纏わりつく。


今回の護衛対象はザイゲツさんとラガツさんに加え、ラガツさんの兄弟3人の計5人だ。


因みに黄昏の塔には、全員に飛行の魔法をかけ空を飛んで来た。みんな空の旅を楽しんでくれた。


別に空間転移でも良かったが、それでは移動時間が無くなるからメタトロンにさっきの話を聞けなくなる、という勝手な理由で止めた。ごめんなさい。


で、さっきの話だが、この黄昏の塔には3年前まで魔物は生息していなかったのだが、突如新種の魔物が出現し、それによって塔の内部が激変してしまい、周囲に生息している魔物の生態系はおろか、自然まで変えてしまったそうだ。


その塔内部の激変というのが、瘴気の発生である。この瘴気は当時までそこに生息していた魔物を全滅させて異形の魔物を呼び込み、自然を殺し荒れ果てた大地に変貌させた。


原因である新種の魔物は直ぐに討伐されたが、変わってしまった環境を元に戻す事が困難だと判断した王国は、黄昏の塔を中心に広範囲で立ち入り禁止区域とし、この件から手を引いた。


微量ではあるが未だにここ周辺には瘴気が発生しており、塔内部は脆くなった足場と新種の魔物によって呼び込まれた異形の魔物が蔓延り、ガイアでは危険地帯として隠れもないとの事。


「アト、ソノ新種ノ魔物デスガ、発生原因ガ判明シテナイソウデス」


メタトロンが淡々と続けた話が終わり、私は心境を溢す。


「原因不明……ね。そんな不安の種、摘んでおこうと国は思わないのかしらね?」


「専門家ヲ呼ブニシテモ、コンナ場所ノ調査ハ気軽ニ行エマセンカラネ」


「それもそうね」


未知の世界である黄昏の塔の護衛など易々とは出来ない。この依頼は2ヶ月も放置されているのだが、それも納得だ。


まあ私がそんな枠組みに嵌まると思ったら大間違いだけど。


「おねーちゃんスゴいね! 飛ぶなんて初めてだよ!」


急にマントが引っ張られたので下を見ると、キラキラした目の女の子が私を見上げていた。


「楽しかった?」


「うん!」


「それは良かった」


言って、私は女の子の頭を撫でる。


そう言えば、まだ今回の依頼の目的を聞いていなかった。聞いてみよう。


「それでザイゲツさん、この塔には何をしに来たんですか? 依頼書には探索とありましたが、そんな旅行気分で来るような場所では無いと思うんですが」


老人に子供4人。この組合せには疑問を感じていた。


「直ぐに分かる事じゃ。護衛の方、宜しく頼むぞ」


「そう。分かりました」


口にしにくい事なのだろうか。まあ直ぐに分かるみたいだし、追及はしないでおこう。



───塔内部に入ると、急に不快な重圧が身体全体にのし掛かった。


まだ日中なのに外からの光は僅かしか入らず、瘴気も充満しているせいか視界は悪い。足場も悪く、本来なら美しかったであろう内観は不気味な造りに変わっている。


因みに、瘴気の対策は万全だ。この場にいる全員の身体の周りの空間を遮断して瘴気が入らないようにしている。


一応ザイゲツさん達には防護マスクをつけて貰ってる。私はつけて無いけど。


辺りをザッと見渡したが、ザイゲツさんの話の通りチラホラと魔物がいる。しかも魔物の中でも特殊な“塊魔(かいま)”と呼ばれる種類だ。


塊魔は魔力の塊だ。その為、大地や大気の気の流れが集まりやすい場所、つまり魔力が密集した場所に出現しやすい。


「塊魔が徘徊してるのって、やっぱり新種の魔物の影響って事よね?」


隣にいるメタトロンに疑問を投げる。


「ソウデショウネ。ソノ新種ノ魔物ガ、コノ黄昏ノ塔ヲ塊魔ノ溜マリ場ニ変エタノデショウ」


塊魔は普通なら煙のように実体が薄い魔物らしく、実体がハッキリしてるのは珍しいと聞く。


この黄昏の塔の塊魔は実体がハッキリしてるから、ここは魔力の濃度がそれほど高いのだろう。


まあどうでもいいけど。


あの塊魔がこっちに近付く前に片付ければいい話だ。



───で、塔の探索は何事も無く進んでいる。


襲ってくる塊魔は私の大戦斧の一振りで片付くし、崩れた足場も魔法で一時的に補修して歩けるようにし、薄暗い視界だって明るく晴らした。


「おねーさんってやっぱりLv.40超えてたりするんすか?」


塊魔に注意を払って辺りを見回していたら、ラガツさんが声をかけてきた。


しかし、うーん……おねーさんか。私そんな歳じゃないんだけどな。ダリア様と同じくらいなんだけど。まあ身長高いし、しょうがないか。


「はい。じゃなかったらヤマタノオロチに挑もうなんて思いませんし」


「それもそうっすね。どうやって強くなったんすか?」


「え? そうですねぇ……」


最初から強かったんですぅ、テヘ!


なんて事は言えなかった。普通に考えたら何かしらの過程を通過して強さを手に入れたと思われる。アホみたいな事は言えない。


いやまあ、実際に元から強かったんだけどね。召喚された時から既に強かったし。……難しい質問だなぁ。取り合えず無難なのを答えよう。


「努力……ですかね?」


「そうっすよね」


「大切な人を守る為、と思えば強くなれますよ」


ダリア様とかダリア様とかダリア様とか。


「まあ強いからといって、本当に守れるかは分かりませんが。力が全てじゃないと思います」


私は自分に言い聞かせるように言う。


ルシファーが頭を悩ませていた。身を呈して守るのは誰にでも出来る。だがそれは違う。ダリア様を守る為に何をすべきか、どのような強さが欲しいのか、と。


「……おねーさん、難しい事言いますね。それ哲学っすか?」


「私達の課題ですよ。でも、何故そんな事を聞くんですか?」


「───それじゃ、次の階に行こうかの」


私の言葉に重なるようにザイゲツさんがポンと手を叩いて合図する。これで4階層目まで探索は終わった。次が最上階だ。


ラガツさんが先に歩き出し、背中を私に向け、


「……弟達を守らなきゃならないんで」


静かに呟いた。



最上階に上がると、これまでの景色が一変した。瘴気がいきなり濃くなり、魔力の濃度が極端に減った。体感で分かる。この階だけ明らかに雰囲気が違う。


「ナイト様、前方ニ巨大ナ魔物ガイマス」


メタトロンの言葉に「そうね」と返し、魔法で辺りを照らす。


「“クラウデーモン”じゃ……」


巨大な魔物の姿を目に映した途端、ザイゲツさんがたじろいだ。


ミノタウロスに似た巨体のそいつは、黒と紫が奇妙に入り交じった肌を持ち、身体の至るところから血管のような赤い線が浮かんでいる。


一言で言うと、おぞましい。


「デーモン……ですか。と言うと悪魔ですか?」


「ああそうじゃ。3年前に前触れ無く現れた新種の魔物、それが奴じゃ」


「あれ? でも討伐されたんじゃ……」


「奴は塊魔と言っても過言ではない。身体の大部分が魔力の塊じゃ。この塔に集まってくる魔力を糧に再生してるのじゃ」


「詳しいんですね」


「奴は半年の周期で再生するからのう。その度に討伐隊がクラウデーモンを倒し、情報を持ち帰ってくるのじゃよ。しかし、再生の原因が分かっとらん」


「なるほど。取り合えず、あのクラウデーモンを倒さないと探索もままなりませんよね」


恐らく、クラウデーモンには身体を形成し再生する為の核があるのだろう。


ザイゲツさんの話を聞く限り、あのクラウデーモンは5回は倒されているだろう。それだけ倒しているのに再生の原因が分かっていない。そこから察するに、クラウデーモンの体内に核は無く、どこか別の場所にある。


「メタトロン」


「ハイ、ナイト様」


「多分あのクラウデーモンには核があるわ」


「ソレヲ探セバ良イノデスネ?」


「察しが良くて助かるわ。その通りよ。私そういうの苦手だから」


「デハ、塔全体ノ分析ヲ開始シマス」


メタトロンの足元に魔法陣が展開した。周りにも大小様々な魔法陣が展開し、メタトロンを覆う。


そして私は大戦斧を肩に乗せ、クラウデーモンに向かって歩を進める。


「おねーちゃん頑張れー!」


背中に女の子の応援を受け、臨戦態勢に入る。


塊魔には単純な物理攻撃は通用しない。物理攻撃をするなら、なんらかの魔法を付加しなければダメージを与えるのは難しい。


私は爆発魔法を付加させている。


大戦斧を振りかぶり、クラウデーモンに向かって思い切り投擲する。


クラウデーモンが防御するより先に大戦斧はその巨体を横断し、大爆発した。


クラウデーモンの上半身が豪快に飛び散り、下半身だけが残った。


まだ相手に動きが見えるのですかさず魔法を紡ぐ。


「───≪クリアランス=アイソレーション≫」


まずは魔法の被害が広がらないように空間を切り離してクラウデーモンを隔離し、


「≪クリムゾンブラスト≫」


隔離内に紅蓮の爆発を起こした。


数十にも繰り返し起こった爆発が終わり、煙が晴れる。そこにクラウデーモンの姿は無く、飛び散った魔力の破片だけが残っていた。



クラウデーモンを倒し終え、投げた大戦斧を回収してみんなの所に戻ると、メタトロンも作業を終えたのか、私に近寄って来る。


「ナイト様、核ノ場所ガ判明シマシタ」


「本当?」


「ハイ。コレデス」


そう言って、メタトロンが石で出来た板を差し出してきた。それを受け取り、眺めて首を傾げる。


「壁ニ埋マッテイマシタ。クラウデーモント同ジ気ノ流レヲ確認デキマシタ」


「これは……石板? 文字の羅列が書かれてるわね」


頭を悩ませていると、ザイゲツさんが覗いてきた。


「ふむ……召喚魔法の一種ではないかね?」


「召喚魔法……ですか?」


だとしたらクラウデーモンは自然発生したのではなく、何者かが召喚した悪魔という事になる。この塔の異変は人為的に起きたという事ではないだろうか。


「ああ。その石板に召喚の陣を描き、真ん中にくっついてる“アルマジュエル”に蓄積された魔力を使い、クラウデーモンを召喚していたんじゃろうな」


この中心に嵌めてあるのが“アルマジュエル”か。


アルマジュエルには魔力を貯める性質がある。自分の魔力を入れても良いし、大気中に漂う魔力を自然に蓄える事もできる。


確か、とても希少な鉱石である“アルマ鉱石”を加工して造られる宝石だったか。上流階級の者でも滅多にお目にかかる事のない凄く高価な代物だったはず。


「そんな召喚魔法があったんですね」


「王国も広いからのぅ。特殊な魔法が存在しても可笑しくはない」


なるほど。一つ勉強になったわね。


「じゃあ石板をアルマジュエルごと砕けばクラウデーモンは再生しないんですね?」


「そうじゃな。それが確実じゃろうて」


言われた通り石板をグーパンで粉砕した。すると、消え入るように瘴気が薄くなっていき、間もなくして完全に浄化された。


「瘴気が……無くなった。今のが原因だったのは当たりみたいね」


「ハイ。異様ナ空気ガ一気ニ無くクリマシタ」


「ほっほっほ。まさかこの塔の異変まで解決してしまうとはな」


ザイゲツが感心したように言う。


「おぬしらの名が知られてないのが不思議でしょうがないわい。……しかし、新たな問題が出てしまったがな」


「クラウデーモンを召喚した人物がいるって事ですよね?」


「そうじゃ。まあこれは市の方に報告しておくよ」


「そうですね。それより、探索の方は?」


「ああそうじゃな。探させて貰うよ」



「───あったぞ!」


しばらくザイゲツさん達を遠くから眺めていると、ラガツさんに手招きで呼ばれた。目的のものを見付けたらしい。


急いで歩み寄り、目的のものを囲むザイゲツさん達の輪に入り、視線を落として確認する。そこにあったのは、石碑だった。


腰ぐらいの高さの黒い石碑には、人名がズラリと並んでいる。


なんとなく予想はついていた。石碑の中に“鬼龍院”の名前を見付け、私の予想は確信に変わった。


つまり、今回の依頼の目的とは……。


「……ラガツ達の両親の名じゃ」


ザイゲツさんが力の無い声で呟いた。


「この塔の調査に来ていたんじゃよ。古くから存在するこの黄昏の塔は遺跡として学者の好奇心をくすぶらせるからのぅ」


「……2年前、新種の魔物の出現の時に、俺の両親も現場にいたんすよ」


ラガツさんが石碑の前に屈み、小さくなった背中を見せる。


「墓は別の場所あるんすけど、まあ……今年は3回忌ですし、ここで供養したかったんすよね」


「そう……ですか」


私はそれしか返せなかった。いや、何も言わない方が良いだろう。ついさっき会ったばかりなのに同情の念を抱くなど、彼らを蔑ろにするような事はできない。


「それじゃ、花でも手向けようかの」


ザイゲツさんが背筋を伸ばして静かに深呼吸をし、両腕を大きく広げ、


「ハッ!」


気合いのこもった発声と共に手を叩き、切れの良い音を塔全体に響かせた。まるで濁った空気を清み渡らせるかのような音だ。


変化が起きたのは空気だけではなかった。花が咲いているのだ。次々に。至る所から。


花達が床を埋め尽くすように時間はかからなかった。色とりどりの花が美しく咲き誇るその光景に思わず見とれてしまった。


「凄い魔法ですね」


「なぁに、大した事じゃないよ。一時的なものじゃ。ほらラガツ、お前達、手を合わせて。黙祷するよ。ダイナ殿とトロン殿も手を借りていいかい?」


「勿論ですよ」


「ハイ」


ザイゲツは石碑の前に立ち手を合わせ、その後ろに私達が並んで手を合わせ、目を瞑る。黙祷を捧げる。



「……さて、それじゃあ行こうかの」



長いようで短かった黙祷を終え、ザイゲツさんが名残惜しそうに歩き出し、赤くなった目のラガツさんが涙を溢す兄弟達の背中を押しながらザイゲツさんの後に続く。



ラガツさんのように両親を失った気持ちは、悲しいのは分かるが私には到底理解できない。私には両親がいないし、(ちかし)い人を失った事もない。


私にとって……いや、私達にとってダリア様が大切な存在だ。だからこそ言える。あの人を失う訳にはいかない。絶対に。まだ少ない思い出を、作っていくんだ。


「不謹慎ナ事ヲ言イマスガ、ダリア様ガ亡クナッタラ我々モ……」


「嫌な事言わないでよメタトロン。させないわよそんな事」


私も不謹慎だが、この依頼は受けて良かった。気持ちが引き締まった。


「ほら、行くわよ」


「ハイ」


無事に探索は終了し、私達は黄昏の塔を後にした。



 ☆



依頼を済ませて廃城だった場所に戻ると、真っ先にヘルメットを被ったルシファーが目に入ったので大きく手を振る。


「ルシファーただいまー!」


「お帰り無駄肉」


挨拶したらなんかルシファーに悪口言われた。なんだよこいつ。いいじゃん別に、胸あっても。胸は女性の象徴ってのを知らないのかね。


「只今帰リマシタ」


「ご苦労だったなメタトロン。戻っていいぞ」


メタトロンは一礼し、ガラスのように割れてルシファーの翼に帰っていった。


「ねぇルシファー、出稼ぎに出ている私に向かってその口の聞き方はなぁに? 無駄肉じゃないわよ」


「いやぁ、だってリュウのアンチキショーが全然働かねぇんだもんよぉ。悪口の1つや2つくらい言いたくなるわ」


ルシファーが耳を掻きながら愚痴を吐き出す。


城……というには小さいから屋敷に近いが、それを建て始めて早1週間。外装は粗方仕上がり、後は内装を残すのみとなっている。


これだけの速さで建築を行えるのは、目の前で鼻をほじっているルシファーが規格外のスペックを誇っているからである。


ルシファーは私を街に走らせて建築用の資料を手当たり次第に大量に買ってこさせ、半日足らずで自分の頭に全てを叩き込むというふざけた知能をもっている。


図面もフリーハンドで起こし、そこから逆算して必要な資材の数量を割り出している。


あとはシロが召喚した霧の人形を60体ほどを24時間動かす事で、尋常ではないスピードで作業を進めている。


ルシファーは指示を出し、シロは霧の人形を操って作業をし、私は資金稼ぎと材料の調達をし、リュウはサボり。


まあリュウはダリア様がいないと置物みたいに動かないからね。


「で、そのリュウはどこにいるの? また廃材の中で寝てるの?」


気になったので聞いてみる。


「いや、あそこ」


そう言ってルシファーが湖を指を差す。


確かに湖になんか浮いてる、銀色の物体が。ピクリとも動かない。水死体みたいだ。


「暑いから水浴びするって言ってさぁ。せめて服は脱いで水着に着替えて欲しかったな。常識的によ」


「……あれ死んで無いわよね?」


「大丈夫だろ。だってさっき暇潰しに石ぶつけまくってたし。そしたら睨んできたぜ?」


酷い事してんなこの堕天使。


「まあ、生きてるか確認しとくか。一応な」


岸辺に立ったルシファーがニヤリと口角を吊り上げる。悪い顔してんなこいつ。何を企んでるのかしら。


ルシファーは被っていたヘルメットを手に取り、振りかぶる。


「プレイボール!」


叫び、ヘルメットを投げた。


ヘルメットは目にもとまらぬ速さで大気を裂くように湖の上を走り、一瞬でリュウとの距離を詰め、衝突した。


激しい轟音と共に巨大な水柱が天に向かって吹き上がる。


「あー、スッキリした。じゃあ作業に戻るわ」


肩を回しながら持ち場に戻ろうとしたルシファーだったが、突然豪快に転倒した。


その転倒を不自然に感じた私は、ルシファーの足元に目を向ける。と、水浸しで頭にタンコブを作ったリュウがルシファーの両足を鷲掴みにしていた。


「ルシ、ファー……痛いよ。何するの? ボク何もしてないのに……」


「俺も膝打って痛いわ。てか、何もしてないお前が悪いんだよ。お分かり?」


「ダリアに会いたいよ……」


「会話しようか、お嬢さん。───てか、ちょ……! おまっ、何を!」


「……湖に引きずりこんでやる……お返しだ……」


リュウが目を光らせながらズリズリとルシファーを湖に引き込む。


「河童かお前は! 止めろ服が濡れる! 自慢の翼が汚れる! ヘルプヘルプ! ナイト助けて! 死んじゃうよぉ!」


「自業自得じゃない?」


「鬼! 悪魔! そんな甲斐性なしだったなんて知らなかったわ! このデカ乳!」


面倒くさいな、こいつ。


でもまあリュウに頼みたい事あるし。取り合えず抑えるか。


「ねえリュウ」


「……ん?」


「ダリア様の事を考えてみて」


「うん……」


「私達はダリア様の為に働いてるの。でも、リュウは何もしてない」


「うん……」


「ダリア様の役に立ちたくないの?」


「……ん。立ちたい」


「じゃあ手伝わないとね」


「頑張る……!」


リュウは湖から上がり、小さくガッツポーズを取る。


「なんでぇい! 俺の時はふて腐れて言う事聞かなかったのによ」


「それはルシファーの説得が悪かったんでしょ?」


「んな事ねぇよ。ちゃんと言ったって」


「ふーん。どんな風に?」


「働かないとダリア様に捨てられるぞ、ってな」


「いやそれは……私も気力削ぎ取られるんだけど」


私もそんな魂を持ってかれるような台詞は聞きたくない。寿命が縮む。リュウの気持ちも分かるわ。


「ねえルシファー、それ自分で言われたらどう思う?」


「そりゃお前……ゾッとするな。世界の終わりを垣間見るな」


そう言ったルシファーは何かを考えるように空を仰いだ。かと思うと、何故か急に正座をした。


「……リュウ悪かった。嫌な事言ったな」


「ボク、も……ごめんなさい」


リュウも座り直し、反省を見せる。うんうん、一件落着見たいね。


「ところでリュウ」


「何、ナイト……?」


「一応は調べたんだけど、これ調べてくれない?」


私は懐から小袋を取り出しリュウに手渡す。


「……ん? 何?」


「アルマジュエルの破片よ」


「アルマジュエルってお前、そんな貴重な物どこで手に入れたんだよ?」


ルシファーが口を挟む。


「戦利品よ。大丈夫、ちゃんと調べたから」


「調べたってなんだ、危険物か? なんか危険な魔法がかかってんのか?」


「一応メタトロンが調べてくれたわよ。でもリュウの方が確実だし。そしたらこれ、ここの設備に使えるんじゃない?」


「確かに使えるな」


「……うん、分かった。調べてみる……」


リュウはアルマジュエルの破片を手の上に転がし、虹色に変化する瞳で観察を始める。


「ああ、ルシファー?」


「どうしたナイト?」


「SSの依頼達成してきたからお金は方は十分過ぎるくらいに稼げたわよ」


「そうか。じゃあ明日から街に買い出しだな」


「ダリア様に会いに行っていいんでしょ?」


「ああ。でもちゃんと帰って来いよ。仕事あんだからよ」


「はーい」


あと1週間か。あと1週間でダリア様と一つ屋根の下とか、素晴らしいシチュエーションね。


ヤバいな。ニヤけるな。


「何ニヤけてんだよ。気持ちわりーな」


「……ナイト、鼻の下伸びてる」


「う、うるさいな! いいじゃん別に!」

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