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最弱の代行者  作者: ひとみ
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間話 悪夢の再来

王城、アイテール城。


王都アイテールの西寄りの王都全体を見通せる高台に位置し、分厚い強固な城壁に囲まれ、天にまで届きそうな威厳ある身体をどっしりとそびえ立たせている。


城内には豪華な装飾品が施され、窓から日差しが入っているにも関わらず、壁に設けられた照明が廊下を照らしている。


廊下を突き進んで行くと、これまた豪華な扉の前に突き当たった。他にも部屋があるのだが、その中でも一際(ひときわ)印象に残るその扉を、銀の鎧で身を包んだ壮年の男性がノックする。


「鈴木アレンです、ディエル王子」


「入ってくれ」


「失礼します」


部屋の中から立ち入り許可の声が返って来たので、静かに扉を開き、中へと進む。


部屋の両脇には天井にまで届く本棚と、正面には窓を背にした落ち着いた風合いの椅子、大量の書類を乗せた机が置かれていた。


歩いて来た豪華な装飾で飾られた廊下とは違い、この部屋はシンプルな内観だ。だが気品も持ち合わせている。


「よく来てくれた」


「はっ」


椅子にもたれ掛かった男性に、鈴木アレンは一礼する。



西園寺・デュオ・ディエル。この国の第二王子である。



艶のある黒髪に金色の瞳。他の者が着ようものなら素朴に見える白を基調とした服装を着こなし、20代前半にも関わらず王者の貫禄が滲み出ている。


側には、ディエルのお付きである白のオールバックと白い顎髭を持つ初老の紳士が立っている。


ディエルは机に肘をつけると、表情を深刻なものに変え、口を開いた。


「呼び出したのは、例の件で質問したい事があってな」


「吸血鬼と大蛇の出現の件ですね? やはり先日の月の異変と関係が?」


「月については調査中だ。で、吸血鬼2体とヤマタノオロチについてだ。吸血鬼はまだ分からんが、ヤマタノオロチの方は推定Lv.44と観測隊から(しら)せを受けている」


そう言って、ディエルが顔を俯かせて深い溜め息を吐く。


「れ、Lv.44……!? 吸血鬼が2体……!?」


アレンが驚嘆する。


「ディエル王子……それは国の存亡に関わるでは?」


「だから呼んだんだ。クラスレジェンドにして我が王国軍の総団長、『鋼鉄のアレン』殿に意見を貰いたくてな」



10年前の悲劇、“吸血鬼の大虐殺”がディエルとアレンの頭をよぎる。


それは、たった1体の吸血鬼によって行われた大量殺人であり、王国の歴史に名を刻んだ事変である。


約10年前、フラッと現れたこの吸血鬼は2つの街の住人を皆殺しにし、報告を受けた王国は直ぐにクラスレジェンド5名と名のある実力者達を集め、クラスレジェンドを中心に5つの討伐隊を編成した。


吸血鬼1体の為にこれ程の戦力を投入したのは、殺されたリストの中にクラスレジェンドに籍を置く者の名が記されていたからだ。そのような敵に出し惜しみをしてる暇は王国には無かった。


本来なら観測隊を先行させて吸血鬼の実力を探り討伐隊を編成するのだが、短期間で街2つを潰しされて国民の不満も最高潮だったし、速やかに対処しなければならない、という王国のプライドもあった。


そんなろくに策も練らない中で行われた吸血鬼討伐は、クラスレジェンド2名と全体の8割りが壊滅という大敗を期する結果となった。


原因は色々ある。


吸血鬼の実力を知らなかった事。

作戦が無かった事。

討伐隊の協調性が欠けていた事。

クラスレジェンドが5人も居たために慢心していた事。


上げれば切りが無い。


そして今回、クラスレジェンドを単騎で3人も倒した吸血鬼が姿を現したのだ。それも2体。更に推定Lv.44のヤマタノオロチの同時出現。


それに対し、王国の最高戦力はたったの7名。いったいどうしろと言うのだ。頭が痛くなる話である。



ディエルがまたも深い溜め息を吐く。


「……先日行われた対策会議では重鎮達は、やれヴィジランテに丸投げしろだの、やれ『星呼び』が居るだの、やれ被害はまだ出て無いだの……話しにならん。だから10年前の悲劇が起きたのだ」


ディエルが椅子に座り直し、眉をしかめて愚痴をぶちまける。


「父上も父上だ。老害共の意見に首振り人形のようにハイハイ言いおって……。国民をなんだと思っているんだ。国の威信など眼中にすらない」


「……殿下」


「しかも、老害共は全責任を私に投げるときたもんだ。呆れて声も出ない。成果が出れば掠め取ろうという魂胆が丸見えだ」


「殿下」


「また大敗を期せば、国の看板を背負う私の責任だ。この国は腐っ───」


「殿下!」


突然の声に、ディエルの口がピシャリと止まった。


「ディエル殿下、自分の国を悪く言うのはどうかと思いますぞ?」


落ち着いた口調の初老の紳士が方眉を上げる。


「済まないコウジ。許せ。気がどうかしていた。なんせこれは、国の存亡に関わるかもしれん。失敗は許されないのだからな」


「まさか殿下から弱気な発言を聞くとは……長生きはしてみるもんですな」


初老の紳士───コウジが天井を仰ぎながらしみじみと白い髭をさする。


「どこが弱気なのだ。それにコウジ、そなたはまだそのような歳でもあるまい! 白髪が多いだけだ」


気勢を取り戻したディエルが、本題の事を思い出してアレンに向き直る。


「……話が逸れてしまったな。なんにしても、私が思う対策だが、やはり強い者を集めるしかないだろう。実際のところ、Lv.40を超える魔物の対処はそれしかない」


そう。弱者の攻撃では強者を転ばす小石にもならない。


困ったものだ、とディエルが肩を落とす。


「幸いにもまだ吸血鬼とヤマタノオロチによる被害は出ていない。ヤマタノオロチのについては暫くは大丈夫でだろう。(のろ)い奴だからな。被害が出ない内に防衛網を敷き、その間に戦力補強を行う」


「戦力補強、と言いますと?」


「アレン殿、こちらをどうぞ」


アレンが疑問の声を漏らすと、コウジから何かの資料を渡された。その資料に目を落とし内容を確認する。そこには、人名と数字の列がズラリと並んでいた。


「これは……?」


「この前行われた軍の新人達の演習結果だ」


「一対一で行われた模擬戦ですね? これが何か?」


ディエルが引き出しから、またも資料を取り出しアレンに提示する。


「そしてこれが、国の観測隊が出した兵士一人一人のレベル測定結果。そしてこっちが、とある男の出した兵士一人一人のレベル測定結果だ。比較してみろ」


そう言われ、アレンは机に置かれた数字の羅列をしばらく眺め、ディエルに冷や汗をかいた顔を上げる。


「自分、こう言うの苦手でして……」


「まあこんな大量の人数を直ぐに比較しろと言われても無理だな。私も無理だ」


「お、お戯れを……」


「茶目っ気だ、許せ」


「それで、これが何か?」


「集計した結果、ある事が判明した」


随分と回り道するなこの人、と思いながらアレンはディエルの言葉を待つ。


「観測隊のレベル測定の精密度は7割弱。7割近く正確にレベルを測定出来る。……が、とある男のレベル測定の精密度は9割強だ!」


「そ、それはつまり」


「今までより、より正確に実力差を知る事が出来る。戦力を高めるにはこの男を頼るしかない。お前も知っているだろ? この男を」


そう言って、ディエルが机の上で写真を滑らせる。


「最上ヤスユキ……」


アレンから友人の名前が自然に出た。


「その者は2年前に賊との戦いで片眼を失って軍を引退。だが、半年前にクラスレジェンド入りを果たしたそうだ。『一隻眼』の異名を持ってな。既に軍に復帰する報せは預かっている」


「成るほど、ヤスユキが『一隻眼』だったのですか。それは初耳です。確か……“魔眼”を持つそうですね? この測定結果も、魔眼の力ですか?」


「そうだ」


ディエルは勢い良く立ち上がり、今までの話を含めて言葉を放つ。


「この問題は早急に対処しなければならない。しかし10年前の失態がある為に成功させねばならない。だが時間は掛けられない。そこで、そなたに質問だ」


「はっ」


「『一隻眼』の力を使い、兵士達の中から精鋭達を選りすぐるか、未だ見ぬ力を持つ民の中から思わぬ掘り出しものを探し当てるか、どちらが確実だと考える?」


前者は、観測隊が既に兵士達の実力をほぼ見定めているので、クラスレジェンドの発見は望めない。目的は、『一隻眼』がより正確にし、実力のある者を見極める事にある。という意。


後者は、軍が把握してない実力者、若しくはクラスレジェンドの発見が目的だ。本人が知らないだけで、潜在能力を秘めている者もいる。という意。


「なっ! 国民を戦場に出すのですか!?」


「慌てるな。そこまで私も愚かではない。戦う意思のあるものに呼び掛けるさ。今は猫の手でも借りたいのだ。そなたも考えてくれ、この国が良くなる為に、な」


「そう、ですな……。そういう事なら後者が宜しいかと」


「そうかそうか! やはりな! それで行こう! おいコウジ、直ぐに取り掛かるぞ」


「承知いたしました、殿下」


喜びを見せ行動に移るディエルと、国を守る決意を今一度心に誓うアレン。



国の為に最善尽くべく思考を巡らしたディエルのこの策も、後に起こる“悪夢の再来”の前では机上の空論でしかない事を、今の2人は知るよしもない。

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