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最弱の代行者  作者: ひとみ
3/24

夏期講習

翌日。朝である。夏休み突入である。



しかし1つ、問題が発生した。


召喚魔法とは、魔物や聖獣を呼び出し、役目を終えたら還す魔法だ。


で、その召喚したものを維持するには魔力が必要になる。同然の事だ。その上、召喚したものに魔法を使わせたのであれば、召喚者の魔力は直ぐに底を尽きるだろう。


だから還すのである。元居た場所に。


俺もそうした。代行者として召喚したからには、維持するには結構な魔力を持っていかれるだろう。それも6体。


日付が変わる時には、元居た場所に還る……筈だった。



「おはようございます、ダリア様。朝食でございます」


「……あ、はい」


「掃除と洗濯も終えております」


「……あ、はい」


「洋服は種類別で分けておきました。生活用品も整理してあります。何か分からないようでしたら、なんなりとお申し付け下さい」


金髪の景色が俺の霞む眼前に広がる。


そして、目を擦りながら、一言。


「なんで居んの?」


メイドさんは見事なお辞儀を保ちつつ、真っ青な顔を上げる。


「……な、何か、わたくしめに至らぬ点がありましたでしょうか? ダリア様に見限られては、わたくしは……」


今度はマッハでひざまづいた。


「ダリア様のお心を察する事の出来ないこの至らぬ身に、ダリア様のお言葉を……!」


朝からハイペースだな。


「あの……別にいいんだけどさ。確か元の場所に還したと筈なんだけど」


「わたくしめの帰るべき場所はダリア様のお側です」


「いやそう言う事じゃなくてね」


「───我らが主よ、俺らは永住が許されたのさ」


突然、部屋の隅に置かれたテレビの裏から黒と紅の目を光らせる黒猫が現れた。


「えーっと確か……マックロネコ?」


「ダリア様に覚えて頂けるとは、光栄だ。我が名はマックロネコ。偉大なる主に忠義を……」


俺の側まで歩み寄ったマックロネコが頭を垂れる。


「マックロネコ殿、何用ですか?」


「なぁに、不測の事態に備えてだ。ルシファーの奴もダリア様を心配していたからな。それよりもダリア様。貴方の疑問は俺が解こう。本来なら還る筈のものが、何故存在しているのか───」



マックロネコの話によると、召喚されるもの達には魔力の上限値があるそうだ。


例えばその上限値を100とすると、維持する為には10の魔力量。しかしこれは、召喚されたものは不完全であり、魔力をただ無駄に消費する為の木偶なのだ。


この時に100以上を注ぎ込むと、召喚されたものが永住する権利───つまりは、独立した存在になり、還らなくても良くなる。


しかしデメリットもある。


例えば上限値が1000の魔力量を持つ召喚士がいるとする。それで100の魔力を注ぎ込んで永住の権利を与えてしまった場合、召喚士の魔力量が900を超えなくなるのだ。


これは、召喚させれたものが死亡した時に破棄される。あとは余程の実力者でもない限り、還すのは難しいそうだ。


で、俺は永住の権利を6体同時に与えたらしい。伊達に魔力量だけは持ってないって事だな。


てか、なんでこんな大事な事勉強してないんだよ、俺。それなりの学校に通ってんだよね~! と自慢してる自分が恥ずかしい。


とか思ったが、言われて思い出した。確かにそんな事が専門書に書いてあったな。すっかり頭から抜け落ちてたわ。


「しかしこれ以上の召喚魔法は使わないで頂きたい」


大丈夫。やらないよ。怖かったもん。


「貴方は一度死にかけているからな」


えっ。


「そんなに魔力持ってかれたの?」


「ああ。今の貴方の魔力は空に等しい。これ以上魔法を使うと、命を持って行かれる」


「……確かにあの時、音が聞こえなくなって、視界も無くなったっけな」


「正にそれだ。だが安心してくれ。俺が貴方の力だ。どんな困難も打ち払ってやろう」


頼もしい猫さんだ。


「マックロネコ殿、ダリア様の力は貴方だけでは無いのですよ」


メイドさんがしかめっ面を浮かべる。


「分かってるよ。じゃあ俺は俺でダリア様の護りに就く」


そう言って、マックロネコは俺の影と同化した。



「……それで、ダリア様。本日は何処かお出掛けに?」


メイドさんが机の脇にぶら下がった鞄を手に取る


「ああ。今日学校で夏期講習と進路説明会があるんだよ。俺ももう高3だし」


「学校……ですか。差し出がましい様ですが、どうやらダリア様は“零魔法症”の疑いを掛けられているみたいですね」


「……まぁな」


流石、俺の記憶を元にしている事はある。


「……失言でした。申し訳ありません」


何故今の発言をしたかは分からないが、多分俺を見下してくる奴らに一矢報いてやりたいのだろう。そんな気がする。


違うんだよな。俺はそういうのがしたいんじゃない。具体的な事は俺にも分からないが、違う。


それに、Lv.7の俺の代行者なんだから、実力も割れてくる。せいぜい同学年程度、Lv.17・18くらいがいいトコだろう。そんなんじゃ通用しないさ。



───現在9時。10時から進路説明会があり、午後に夏期講習がある。


40分ぐらいで学校に着くので、普通に間に合う。因みに徒歩と乗り物を次いで行く。自転車でも行けるが、時間がかかるしイタズラされるからな。


玄関に鍵を掛け、アパートを出る。


俺の一歩後ろにはメイドさん。160は超える身長、その背筋はスラッと伸び、凛とした佇まい。シワの無いメイド服。肩まで伸びた金の髪は日光に当てられより美しさを増し、エメラルドの瞳と白い肌にマッチしている。


宝石のような彼女を連れ、学校へと歩き出す。


石畳の道、レンガ造りの建物、その建物を繋ぐ宙に浮いた渡り廊下、所々に置かれた観葉植物。


王都に初めて来たときは感動した街並みも、今では慣れてしまい、寧ろこの通学路に至っては気だるさがある。



「……ダリア様。1つ宜しいでしょうか?」


と彼女が声を発したのは、俺が空に魔物を発見した時だった。


「何?」


久しぶりに見た大型の飛行種にテンションの上がる俺。近所の方達も空に指を差し声を上げている。


うっわデッカいな。ワイバーンっぽいな。降りて来たら被害出るな。まあこれだけ人の目についてんだから、誰かが退治しに来んだろ。


「我々は貴方様の力そのもの。わたくしめの実力、頭の片隅に置かせて貰っても宜しいでしょうか?」


「え?」


ワイバーンが急に向きを変え、滑空を始める。


てかこっちに向かって来てる。


物凄いスピードで。



嘘だろ。



ワイバーンが着陸するのに数秒も掛からなかった。


咆哮を空に放ち、翼を広げ、4mの巨体を揺さぶり、怒りを露にする。


それもその筈。ワイバーンの怒りの矛先は俺の目の前にあるのだ。ワイバーンの標的は行商人。同族の鱗や卵を運んでいる彼を許せなかったのだろう。


行商人は尻餅を付きただただ恐怖におののき、近所の方達は叫びながら散り散りに逃げて行く。



《ワイバーン 推定Lv.31》


硬い鱗と鋭い爪を持ち火炎を吐くそいつは、常人での討伐は不可能な存在である。



逃げるしかない。ワイバーンが行商人に気を取られている内に。出ないと死ぬ。


いや、逃げられるか? 俺の足で?


「ダリア様、あの存在は危険でございます」


目の前の存在に圧倒されていたが、メイドさんの呼び掛けで正気に戻った。


「ダリア様にお怪我をされては、わたくしの存在意義が無くなってしまいます」


後ろに居たメイドさんが俺の前に出て、ワイバーンに向かって歩き出す。


「あ、ちょっ……!」


メイドさんを止めようとしたが、足がすくんで動かない。情けない。


「お、おい! 馬鹿、死ぬぞ!」


俺の叫びに見向きもせず、落ちていた木の棒切れを拾い上げ、構える。そして、ワイバーンの標的がメイドさんに変わった。



「ご安心下さい、ダリア様。こんなLv.30程度の小物など───」



ワイバーンが大口を開き、メイドさんに襲い掛かる。



「わたくしの眼中にもありません」



メイドさんが棒切れを振り抜き、先ず、ワイバーンの首が飛んだ。


次に首を無くした胴体が崩れ落ちた。



そして、返り血を浴びず、服にシワすら作らない彼女がとんでもない事を言い放った。



「Lv.46はありますので」




 ☆



『ダリア様、進路説明会のお時間が迫っています。急ぎましょう』



メイドさんがワイバーンを倒した後、しばらく状況が読み込めず、軽く放心状態のまま学校に登校した。


頭の整理がつき、現実に帰って来たと思ったらメイドさんに大声で詫びられた。


ひざまづかれて、だ。


しかも生徒達が出入りする正面玄関というオマケ付き。夏休みで生徒の数が少ないのが幸いだった。


今は多目的教室に向かっているところだが、後ろを歩くメイドさんの表情がおぼつかない。落ち込み過ぎだろ。


因みにメイドさんは保護者という名目で学校に立ち入りさせている。



で、ワイバーンの件である。


『Lv.46になります』


メイドさんのこの発言だが、普通に考えて有り得ない。


遠い昔に存在したと言われる世界を崩壊しかけない力を持つ魔王。それを討ち滅ぼしたと言われる、歴史に名を残した四人の英雄。


『英雄王』『双頭の剣客』『聖女』『不死鳥』


その英雄達のレベルこそ、人の限界レベルと言われている。


そのレベルが、


“Lv.45”


後にも先にもこのレベルを超える者は現れていない。一説には『英雄王』がLv.46だった表記されているものがあるが、定かではない。


そして現在。世界全体で確認されてるLv.45は、たった1人だけ。


『星呼び』


俺の憧れの人だけである。


そもそも、個人で国を傾けられる、文字通り生きる伝説と称されるLv.40台───“クラスレジェンド”に到達した者ですら多くはないのだ。


王国が確認しているクラスレジェンドは、7名だけである。星呼びも含めて。


数が多くないのは魔物にだって言える事だ。一番最近現れたLv.40を超える魔物だって10年も前になる。正確には2、3年周期で現れるが、表沙汰になる前には狩られているのがほとんどだ。


それをパッと出の、しかも俺の召喚したやつがLv.46だって? はは、ご冗談を。


ワイバーンを一撃で倒した事すら凄い事なのに。


「……ダリア様、先程の失態は必ずや取り戻しますゆえ」


メイドさんの力なき声が背中に当たる。


「少し驚いただけだって。気にするな」


「し、しかし……」


相変わらず腰が低い。というか、俺への忠誠心がとんでもない数値を叩き出してそうだ。


だが、ワイバーンを一捻りで潰した彼女の実力は本物。彼女だったら俺なんてデコピン一発でぶっ飛ばせるだろう。


だから、俺も心を引き締めなければならない。メイドさんが───代行者達が本当に俺に付いて来てくれるのかを。確めなければならない。


「な、なあ。じゃあさ……」


「はっ。なんなりと」


「か、カンチョーさせて」


何言ってんだ、俺。


「はっ。喜んで」


喜んじゃ駄目だろ。


メイドさんは滑らかな動きでクルリと反転し、尻をこちらに向けて来た。


「如何様にもお使い下さい!」


声を張るな。声を。


いや俺が悪いんだけどさ。流石に引くわ。


「じ、冗談だよ」


居たたまれなくなった俺は、一足先に教室に入る。



既に教室には結構な人数が集まっていた。俺の姿を発見した生徒達は、話題を俺への悪口にチェンジする。まあ、いつもの事なので気にしない。


「……見ろよ。黒江ダリアだぜ」


「……あいつが進路説明会に来てなんの意味があんだよ」


「……馬鹿なんだろ」



「……つーかさ、なんか後ろに変なのいない?」


「……何あれ……メイド?」


「……使用人がいないと生活もままならないんでしょ」


「……うわー。あんな奴に雇われるなんて、あのメイドさんも可愛そうね」




「下等生物が……」と舌打ちをするメイドさん。


「ダリア様、奴らの処分はいかほどに?」


席に着いた俺は進路説明会の資料に目を通しながら、斜め後ろに立つメイドさんの問いに答える。


「やらなくていいやらなくていい」


「しかしそれではダリア様の名が……」


「それより、学校探検でもしてきなよ」


メイドさんの存在はこの場では浮いている。外に出てて貰いたいのが本音だ。


「それではダリア様に何かあった時に護れません」


「でもマックロネコがいるし」


俺が自分の影に視線を落とすと、黒猫の頭が飛び出した。


「ダリア様のお気持ちをお察しろ、メイドさん。ダリア様は、お前がこの場で浮いてる事を気にしているんだ」


ストレートだね、猫さん。


「考えが及ばず申し訳ありません」


深々と頭を下げるメイドさん。


「何かありましたらお呼び下さい。直ぐに駆け付けますので。では失礼します」


メイドさんの退室と入れ替わる様に、面倒な奴が教室に現れた。


「あっははー!! 黒江ダリアじゃん? なんで学校にいんの?」


教室の隅にまで響く声で歩み寄って来るそいつは、同じクラスの同級生。確か……渡辺カルレ。陰湿な苛めを得意とする。因みに、金をせびってきた奴の一人だ。


「……な、なんか用か?」


「つれないじゃないの~!」


渡辺カルレは身を低くし、声のトーンを落として呟く。


「来週のアレ、明後日にしてくんね? 急に必要になったんだよね」


「は?」


「なんだそよその口は。不服か?」


「い、いや……分かった……」


「ならいいんだ」


渡辺カルレは背筋を伸ばし、爽やかな笑顔で握手を求めてきた。


「じゃあ頼むよ。黒江ダリア君」


この握手には何かあるな。考えられるとすれば、俺の手を握り潰す、だな。


「どうした? 友情の握手だぞ? 握れよ」


逆らえる訳もなく手を出そうとすると、俺より先に白い華奢な手が渡辺カルレの握手に応じた。


「始めまして。わたくしの名はメイドさん。主人に何かご用でしょうか?」


いきなり現れたメイドさんに呆気に取られる俺と渡辺カルレ。


そして、渡辺カルレの顔が悲痛に歪み始める。メイドさんの握力が効いているようだ。


「ご用が無いのでしたら、お帰り願えますか? 二度とお近づきにならぬようお願いいたします。でなければ───」


メイドさんは渡辺カルレを無理矢理引き寄せ、耳を乱暴に掴み、口を近付けて、言った。




「……首が飛びますよ」




渡辺カルレが逃げ出すのに、10秒も掛からなかった。



「申し訳ありませんダリア様! 出過ぎた真似を……」


メイドさんが眼前でひざまづく。


「い、いや……そうだな、なんと言うか……」


迷惑だったと言えば、嘘になる。正直スッキリした。渡辺カルレのあの顔は爆笑だった。


そう言えば、長らく使ってない言葉があるな。



「メイドさん。ありがとう」



メイドさんが鼻血を吹き出した。





現在12時。


進路説明会は何事もなく終わった。夏休みの初日に開催された理由は、夏休み中に進路を決めなければならないからである。


で、進路説明会中に思った。


俺自身が魔法を使えない。


召喚魔法は成功したから魔力の存在の証明は出来たが、俺が魔法を使えない事に変わりはない。


魔物や聖獣は契約によって召喚が出来るようになり、身体のどこかに印が刻まれ、それを見せれば証拠になる。


だが、メイドさんとマックロネコ達は違う。証明する手段がない。還らせる事で証明が出来るが、永住権を与えてしまってはそうはいかない。その上、俺の魔力は空に近くなり、寧ろ悪化した。


よく考えたら、召喚士が色の無い魔力を持っている訳じゃないんだよな。みんな魔法が使える上で、召喚魔法を使ってるんだ。


……悪口を叩いた生徒の言う通り、確かに進路説明会に来たってなんの意味も無かった。


俺の進路は決まった。地元で静かに働こうと思う。



教室を出ると、直ぐにメイドさんが出迎えてくれた。まだ鼻血の後が残ってる。


「お疲れ様でした」


「ずっとそこに居たの?」


「いえ、申し訳ありません。勝手ながら少々外出を……」


「学校探検って事?」


「いえ。先程のワイバーンから剥ぎ取った角を質屋に売却致しました。その後、精肉店や魚市場等を周り……」


そこで言葉を切り、手に持っていた謎の包みを顔まで持ち上げる。


「お昼、でしたので。ご用意致しました」



行動力凄いな。



 ☆



さて、夏期講習である。


夏期講習と聞くと椅子に座って講義を受けるイメージだが、俺の通うこの学校───“東宮魔法学園”には魔法実技学も含まれている。


今日はその学科が午後一番にあるのだ。これに参加しようと思う。


よくよく考えたら、もう内申書が決定してしまっているので、勉強してもあまり意味が無い事に気付いた。


この学校では3年は夏休みまでの成績で評定が決定し、それを元に進路を決めていく仕組みだ。


なぜ夏休みまでの成績しか影響しないのかと言うと、本格的な就活がこの時期から始まるからだ。


まあなんにせよ、代行者達の力を見る為に参加しようと思う。メイドさんはワイバーンを一捻りにしたから、今度はマックロネコの番だな。


「……ダリア様、あの教師の処分はいかほどに?」


第三戦闘場に向かう道中、メイドさんが物騒な事を言っている。


「やらないやらない」


でさっき、担当教師に参加を取り付けて来たところだ。その教師が俺に対して偉そうな態度を取っていた為に、メイドさんはプンスカしているのである。


メイドさんは廊下で待機させていたのだが、丸聞こえだったらしい。地獄耳だな。



 ☆



場所は第三戦闘場。


学校の敷地の東側に存在するここは、人工的に造られた森の戦闘場だ。地面からは膝まで伸びた芝が生い茂り、大量の巨木が日光を遮っている。


80人か90人くらいの生徒が先に入場を終えていた。みんな俺の悪口で話題を盛り上げている。



この授業だが、俺と一緒に戦うのがマックロネコだけということになった。これはマックロネコの意見だ。


代行者として証明出来ないのもそうだが、曰く、メイドさんのつくりは精密過ぎる上、人間としか言いようのないその姿は、代行者としてはあまりにも似つかわしくないそうだ。


言われてみれば確かに。人間と言われても違和感は無いが、こいつは俺が召喚したんだぜ!? って言えば笑い者になるだろう。


それに、魔物や聖獣ならまだしも、自分でつくり出したものに意思を持たせる───生物として完全に独立した存在にするなど、到底出来る事ではない。


多分凄い事なんだろうけど、ぶっちゃけ考えるのが面倒だった為、運が良かったんじゃね? で解決した。


で、端的に言えば、騒ぎになる。


そのようなものを召喚した俺を、国は放って置くだろうか?


否だろう。


最悪の場合、俺の身に危害が及ぶだろう。それはマックロネコ達の思うところでは無いし、俺としてもそれは避けたい。水面下で生きたい。


その為、メイドさんを代行者として公言するのは控えておく。



「……ダリア様がそう仰るなら」


本人は渋ってるけど。


因みに、さっきの担当教師への証明方法だが、マックロネコが影に出入りすることで擬似的に還ることを再現し、証明出来た。


「ま、我等が主の初陣は見事なものになるさ」


地面から飛び出た根っ子の上で、マックロネコは嬉しそうにステップを踏んでいる。


時間を確認すると、13時ちょっと手前。


……あ、先生来た。


「集まってるな。じゃあ早速夏期講習、魔法の実技演習を始める!」


魔法実技学担当教員、小山ジョウジの切れの良い声がこだまする。


逆立った短髪にノースリーブからはみ出た筋肉と強面。戦闘が得意と言うのも納得な印象だ。


この魔法実技学の教員免許を取るには規定がある。Lv.30以上である事だ。つまり、単騎で今朝のワイバーンを倒せる実力がなければ、教員試験を受ける事すら出来ない。


「では早速授業の説明に入るぞ! この第三戦闘場のどこかに隠れている、“スピードラビット”を捕まえて来る事。それが課題だ」



《スピードラビット 推定Lv.5》


学校で飼育している温厚な兎型の魔物だ。こいつがとてつもなくすばしっこい。その上、自分より小さい隙間でもすり抜けられるという。



それをこんな森の中で捕まえろって……どうやんだよ。



「それともう1つ」


ピンっ、と人差し指を立てるジョウジ先生。


その動きと呼応する様に、森が騒ぎ出す。地鳴りが響き、大木達が大きく揺れる。


間も無く、木々を掻き分けて現れたのは、鋼の様な体毛に覆われた体長3メートルを超す巨獣“キリングバブーン”と、2メートル程の熊型の魔獣“グリンベア”だった。


「───先生の召喚獣であるこのキリングバブーン2体と、グリンベア10体を森に放つ。こいつらから逃げながら、スピードラビットを捕まえて来い!」


生徒達から「えーっ!」と非難の声が上がる。


それもその筈。



《キリングバブーン 推定Lv.26》


森の奥地に生息し、凶暴性が高い。


《グリンベア 推定Lv.22》


同上。


どちらも学生の実力では突破するのが困難な魔獣である。まあ数人がかりであれば、グリンベアの方は突破出来るだろうが。



「自分の力の誇示をあの程度の獣風情で示しているのが、なんとも滑稽でございますね」


メイドさんが鼻で笑う。あんた凄い事言うね。まあワイバーン瞬殺してるしな。


「おい止めろ。俺も獣なんだから。なんか馬鹿にされた気分だ」


「申し訳ありません。マックロネコ殿」


「あれ誇示してんの?」


「はい、ダリア様。あの教師の声、表情、仕草などから、教師という身分を棚に上げ、明らかに実力の低い生徒に無理を強き、支配欲を満たしている節が見受けられます」


辛口だな。


「ジョウジ先生」


生徒達の前の列の方で、男子生徒の声が上がる。


「逃げろと言われましたが、倒してしまっても良いのでしょうか?」


そう発言したのは、校内屈指の実力者。魔法実技のみならず、座学でも学年順位一桁を叩き出す天才、佐原クマモトである。


前にいるジョウジ先生より強いとも噂され、座学でも教師より知識を発揮し、教師より教師に相応しい生徒、と他の生徒に評価されている。


いるよね、ああいう神童って言われる人。


羨ましいな、おい。代われよ。お願いします。


「ああ。別に構わんぞ。グループを作って倒してしまっても構わん。だが、このあとにある講習を受ける生徒は、体力を使い過ぎて講習に集中出来ない、なんて事の無いように!」


ジョウジ先生はそう釘を刺し、パチンと手を叩く。


「5分後に魔獣を放つ。───では行動開始!」



生徒達が一斉に走り去った。



 ☆



さて、初の実技授業である。……いや、夏期講習は学校の成績に関係無いので、正式な授業では無いが。


既にメイドさんは場外で待機している。今はマックロネコと2人……ではなく、1人と1匹でスピードラビットの捜索中だ。


「さてダリア様、どうされる? さっさとスピー ドラビットを捕まえてしまおうか?」


「そんな簡単に見つかるかな」


「俺の目はスピードラビットの影を2つ、捉えているぞ」


マジかよ。猫って凄いな。


「それにまだ、ジョウジとやらにスピードラビットを捕獲したという報告者も出てないから、今なら一番乗りだ」


いやさ、だってまだ15分しか経ってないぜ? あの魔獣だって森の中を彷徨いてんだから簡単には……ねぇ?


てか、


「……まさか君さ、結構な範囲で透視出来たりとかする?」


「透視は出来ないな。俺なんかより、竜王ウロオボエの方が探索の能力は長けている」


あの長い角を生やした娘か。……んー、それぐらいしか印象に残ってないな。


まさにウロオボエ、的な。


召喚しといてそれは可哀想だ。よく顔を見ときたい。みんな何処に居るんだろう? 会いに行かないとな。


「ふむ……」とマックロネコは長い尻尾で顎をさする。


「ダリア様、誰か近付いて来ているな。どうも慌ててるみたいだ」


「誰かって……誰?」


その俺の問いに答えたのはマックロネコではなく、


「お、丁度良いところに!」


木陰から現れた渡辺カルレ本人だった。


息を切らし冷や汗を大量に流した渡辺カルレは濁った目に輝きを戻し、俺に駆け寄ってくる。


「なあお前! ジョウジの奴が言ってたけど、召喚魔法使えんだよな!? 俺、この講習クリア出来なかったらジョウジのクソ野郎にどやされんよ! じゃあ頼むわ!」


嵐の様に現れた渡辺カルレは、嵐の様に去って行った。


そして直ぐ、渡辺カルレ慌てふためいていた理由が分かった。



『ギルルルルル……』



この、巨木を軽くへし折り、歩く度に地響きを鳴らす巨獣、“キリングバブーン”に追われていたのである。



おいふざけんなコノヤロー。勘弁して下さい。



 ☆



(……さて、どうするか)


地面から顔を出している根っ子の上で、顔を洗いながらマックロネコは考える。


今逃げていった生徒は確か、先程ダリア様に金をせびった身の程を弁えない男だ。


あの様子から見て、メイドさんの一言は効いていなかったと見える。今メイドさんが居ない為にあの態度を取ったとも取れるが。


ダリア様絡みで、メイドさんは代行者達の中でも血が上りやすい。早い話、手が出やすいのだ。


そのメイドさんが穏便に済ませたから俺もそれに免じて逃がしやったが、2度も見逃すほど俺も穏やかではない。


寧ろ痛い目を見た方が良いだろ。しかも、どうもあの男は、ダリア様に危害を加えるクズだと言うじゃないか。


足で耳の裏を掻きながら、今にも襲い掛かって来そうなキリングバブーンを見据える。


こいつを使ってあの男にお灸でも据えてやるか。


ダリア様に怪我でもされたらたまらんし、さっさと済まそう。


欠伸を一つかき、尻尾を奇妙にくねらせてから自分の影に突き刺す。



───≪影弄り≫



影とは、物体が光を遮って出来る暗い部分を言う。それは影と物体の動きが連動する事を意味する。


この技は対象者の影を弄る事が出来る。


これ即ち───


「あ、あれ……み、見ろよマックロネコ!」



腕を振り上げ攻撃態勢に入っていたキリングバブーン。が、急にそっぽを向き、俺らを無視して渡辺カルレとやらの逃げて行った方へと歩き出した。



「……行っちゃったな」とダリア様が呟く。


「渡辺カルレとやらが標的だったのではないか?」



即ち、俺が影を動かせば、その通りに対象者は動かざるを得なくなる。



 ☆



(な、なんだってんだよ!)


渡辺カルレが心の中で吠える。


(なんで身体が動かねーんだよ! なんでだよ!)


そう。渡辺カルレは身体を指一本も動かせないのだ。それどころか、瞬きも出来ない、口も動かない、風で髪もなびかない。


恐怖に染まった二つの瞳を、眼前のキリングバブーンから反らす事すら出来ない。


(ありえねぇ! ありえねぇ! ありえねぇ!!)


キリングバブーンの太い腕が振り上がる。


(くそ! くそ! くそ!)


隕石が堕ちてくる様な感覚に見舞われながら、渡辺カルレは意識を手放した。



その様子を遠くから眺めていた赤と黒の瞳を持つ黒猫は、一つほくそ笑むと、主人の下に帰るために木の影に溶け込んで消えた。



 ☆



「まさかお前が一番で捕まえてくるとは……想定していなかったな」


「運……じゃないですか? それに、俺の召喚したこの猫が得意だったんですよ」


ジョウジ先生の皮肉を聞きながら、俺の足下で毛繕いをしているマックロネコに視線を落とす。


その長い尻尾の先には、耳が尻尾で巻き付かれて宙ぶらりんになっているスピードラビットの姿が。


うん。キリングバブーンが居なくなったあと、マックロネコが10秒くらいで捕まえて来てくれた。


因みに俺の記録は、小さい頃の話だが、朝から始めて夕方まで、これを3日間続けてやっと捕まえました。



「あれ……先客がいる」


背後の巨木の間から佐原クマモトが出て来た。右手には気絶したスピードラビットがぶら下がっている。


「おお! 来たか佐原。残念だが2位だな」


「そうみたいですね。それとジョウジ先生、課題のスピードラビットです」


「ああ、ご苦労。で、倒せたか?」


「いえ。グリンベア1体だけです。キリングバブーンを倒したかったんですけど」


「大した自信だな。課題は終わりだから戻っていいぞ」


「はい、分かりました。では失礼します」


佐原クマモトがジョウジ先生にお辞儀をし、俺の所に来た。マックロネコに顔を向けながら話し出す


「黒江ダリア……だっけ? あんた、魔法を使えないって聞いたけどよ、召喚魔法は得意な感じか?」


やべー。なんだこいつ。普通に話し掛けてくんなよ。ビビるじゃん。


普通に接されても耐性ないんだって。


「ま、まあな。俺も最近召喚出来たばっかなんだ」


てか昨日だけど。


「そうか。……ああそうだ、俺は佐原クマモトだ。残りの半年、良い学校生活にしようぜ」


なんだこいつ。コミュ力高いだろ。


魔法を使えないと大変だよな、って心にも無い事を言ってくるのが大体だろうが、口に出さないあたり、出来ている。



佐原クマモトはこれから用事があるそうで、先に退場した。


それと同タイミングで、木々の間からキリングバブーンが現れた。肩に担いでる生徒は、キリングバブーンに負けた脱落者だろうな。


てか渡辺カルレじゃん。


ふはは、ザマァ味噌漬け。天罰が落ちたんだよバーカ。



……待てよ俺。他人の不幸を笑うようではあいつらと一緒じゃないか。それは嫌だな。


強い人になりたい。



 ☆



最初の方は結構ドキドキとワクワクで臨んだ戦闘実技講習だったが……始まってみたら、なんか普通だったな。


キリングバブーンはどっか行っちゃったし、スピードラビットはマックロネコが簡単に捕まえたし。


取りあえずマックロネコが凄いってのは分かった。



で、第三戦闘場を出て校内へと続く渡り廊下。俺の目先には生徒の人溜まりが出来ていた。


その人溜まりを掻き分けて出て来たのは、金色の髪に、この場には似つかわしくないメイド服を着た女性。そう、メイドさんである。


メイドさんいつからそんなに有名人になったんだよ。まあ、美人だしな。


「お疲れ様です、ダリア様」


俺の目の前で丁寧なお辞儀を見せるメイドさん。


「悪いな。待たせちゃって」


俺の謝罪にメイドさんはバッと驚いた顔を上げた。かと思うと、直ぐ様膝をついて頭を下げる。


「ダリア様に非はございません! わたくしの力量不足にございます。申し訳ありません」


「あ……うん。そ、そう」


あの……メイドさんに非は無いんだけど。逆に俺が頭を垂れたい気分だ。


「じ、じゃあ帰るか。講習も終わったし。それに今日、近くのスーパーで半額セールなんだ」


「なっ!? ダリア様のお手を煩わせるまでもありません! その程度、わたくしが行って参ります」


「俺、今日食べたいのあるんだけどさ……分かる?」


「ダリア様の好物はカレーライスと理解しております」


「それ小さい時だな」


「……オムライスでございますか?」


「それ、今朝のご飯だな」


「……お、お寿司?」


「昼に食べたな」


「……で、では……」


なんかメイドさんの目に涙が溜まってんだけど……。


ち、ちょっと待って! えっ? これ俺は悪いの? 悪い感じ? 泣かせられた事は多々あるけど、泣かした事ないのに!?


嫌な汗が顔中に流れ、キョドり出す俺。


ち、ちょっと待って。どうすんのこれ? どう対応すんの?


「見栄を張るのはよせ、メイドさん」


そう助け船を出してくれたのはマックロネコ。軽く跳躍し、メイドさんの肩にトンと乗る。


「我等が主人は成長されているのだ。俺らの想像が及ばないくらいにな」


味の好みが変わったのをそんな壮大にしなくても良くね? 味の好みが変わっただけだよ?


「理解が無いのはわたくしの方でございました。申し訳ありません」


再びメイドさんが膝をつき頭を下げる。俺の好物を言い外したくらいでそんな大袈裟な。


「この失態は必ずや返上してみせます。どうかわたくしめに機会のほどを……」


「そ、そうね。じ、じゃあとりあえず……一緒に買い出し行く?」


「は、はい!」


凄く眩しい笑顔で攻撃された。


やめて。暗闇で生きてきた俺に、その光は痛すぎるわ。まあ悪い気はしないけど。



───昼下がりの夏休み初日。アパート近くにあるスーパーに向かっている俺は、既に今日を終えている気分だ。今日は内容が濃くて長い気がする。


……いや。昨日、召喚魔法を成功させる、と意気込んで自転車に跨がった辺りから長いな。


今日はメイドさんがずっとヘコヘコしている印象しかない1日だった。あとワイバーン葬ったっけな。


マックロネコは可愛い。


ふと思い出したが、他の4人は何をしているのだろうか? メイドさんの謙虚過ぎる姿勢に、俺は終始戸惑っていたから考えてる暇がなかった。


聞いてみるか。


「なあ、2人とも。他の4人にも会いたいんだけど、どこにいる?」



 ☆



夜。その廃城は月明かりにのみ照らされ、不気味に佇んでいた。


周りが深い湖に囲まれたその廃城は、ダリアが住む“王都アイテール”から少し離れた“カルゼン大河”を挟んだ先、鬱然たる森林の中で異様な雰囲気を放っている。


幾年もの浸食被害を受け、外壁と屋根は崩れ落ち、内部が露になっている。当時であればどれ程の値段だったのだろう、壊れた家具が投げ出されている。


とある権力者の象徴であったろうその城に全盛期の輝きは無く、栄光の墓場と化していた。


内部の月明かりの差し込む散らかった大広間で、6枚の翼を持つ男性が内観をひたすら眺めている。


「……おい、ルシファー」


そこへ、瓦礫の影から黒い猫が姿を現す。


「どうした、マックロネコ?」


「明日、ダリア様が来られる」


「どこに?」


「ここに」


「いや不味いだろ。まだここに居た魔物を消したばっかなんだぜ?」


ルシファーが大袈裟に両手を上げる。


「あ、ダリア様を別の場所に招待するってのはどうよ?」


「ここでも良いだろ。人目にも付かない。それに、俺らの主が住む場所になるのだから」


「───ダリアが、来るの……?」


不意に、か細い声が発っせられた。ルシファーとマックロネコが声の方に顔を向ける。


大広間の隅、積み上がった瓦礫の隙間から、少女が転がって出て来た。そしてゆっくりと立ち上がり、のんびりと歩み寄ってくる。


「なんだ居たのか。竜王ウロオボエ喜べ、明日ダリア様がいらっしゃるみたいだぜ?」


「本当……?」


銀の髪を持つ少女はガッツポーズで喜びを示すも、瓦礫に足が引っ掛かり、盛大に転んだ。


「大丈夫か?」


「……大丈夫、だよ、マックロネコ。明日ダリアが来るなら、ボク……頑張るよ」


顔を叩いて気合いを入れる銀髪の少女。


「いや、転んだくらいで大袈裟じゃねーの? まあいいや。頑張れ。スゲー頑張れ。立ち上がれなきゃ明日ダリア様に会えないぞ?」


「が、頑張るよルシファー……!」


銀髪の少女はプルプルと身体を震わせ、今にも崩れそうな細い腕で必死に立ち上がった。


「よっし良くやった! 褒めやる!」


「……うん。ありがとう、ルシファー。でも今の頑張りで疲れたちゃったよ、ボク……。寝るね……」


小さい欠伸をかき、隅っこの瓦礫の山の隙間に戻って行った。少女を見届けたあと、ルシファーが背伸びをする。


「さて、と。じゃあ少しは片付けておくかな」


「ああ。そうだな」

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