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最弱の代行者  作者: ひとみ
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シロの用事

王都の西側の一画。王都の都心部。


専門店、飲食店、商業施設が立ち並ぶここは、ここ一帯に住まう人達が裕福層なだけあって、並々ならぬ気品や高級感がある。一般人であれば踵を返しそうな場所だ。


私がいるのは“レストラン・ブルーホワイト”。言わずと知れた高級料理店だ。


入り口から伸びたレンガで造られた長い階段の一番下で、私はただ静かに来訪者を待つ。



「───お待ちしておりましたわ」


間もなくして音も無く現れた黒い軍馬が引く馬車に向かって、私は一礼をする。その黄色い縁取りをした黒い馬車は、ここ一帯の雰囲気に溶け込む豪華で壮厳の色を持っていた。


だがそれ以上に、ここ一帯の色には染まらない、異様な色が際立っていた。


馬車の扉がガチャリと開き、細身の女性が出てくる。女性は馬車から飛び降りて軽やかに地面に着地し、紫色のボサボサの長髪を指で巻きながら、欠伸を1つ。


「……先日振りですね。それにしても随分とまぁ、コウキュウな場所じゃあないですかぁ。ワタシこういう所ニガテなんですよねぇ」


「ふふ。柩さん、そんな身構えずリラックスして下さいな。折角良い席をご用意したのですから。それより、あなた1人ですの? 団長さんがいらっしゃるのではなくって?」


「ああ待ってクダさい。あの人、クライアントが美人だからって、ずっと馬車の中でひたすら口臭スプレーしてるんですよ」


「あら」


「なんか前の仕事が、接客業してた時のクセが抜けないらしくて」


「あら」


私はとりわけリアクションは起こさなかったが、それは凄いギャップだ。都市伝説になる程の傭兵団の団長の前職が接客業って……どういう事ですの。


「───待つんだ柩ちゃん。第一印象も身だしなみも大事だよ。他人からの目は常に気にしないと、ジェントルメェンは名乗れないからね」


穏やかかつ腹の底に響く独特な声で、1人の男性が出て来た。ピンクの下地に水玉模様を入れた燕尾服を着こなしている。


被ったシルクハットが目元を隠してしまっているせいで良く見えないが、それなりの歳を重ねた男性だろう。


燕尾服のせいでインパクトが凄いってのが第一印象。


で、



「……あの、乾さん。ジェントルマンは社会の窓全開にしませんけど」


「あらやだ」



余計にインパクトを増した。



「───では改めまして」


青と白の色に支配された、海とも空とも言い表せられされる内装の中、燕尾服の男性が早速挨拶に入る。


「私、傭兵団“陽を喰らうもの(イクリプス)”の団長をしております、“乾”と申します。以後お見知りおきを」


「これはご丁寧に」


丁寧に差し出された名刺を受け取り、目を落とす。白い背景の上にデカデカと“乾”とだけ書いてあった。


「この度は我々イクリプスに依頼があるとの事で。貴女のような高名な方に指名され、とても鼻が高い」


「高名だなんてそんな。私はただのいち庶民に過ぎませんわ」


「またまたご謙遜を。部下から伺っているよ。我々の動向に気付いていた上、高度な変身能力を持っていたと。そして武術にも長け、話術においては突け入る隙が無い程巧みだったと」


「あまり褒められてる気がしませんわね」


「おっと失礼。何分この職に就いていると、個性のある方との商談が多いものでね」


そんな与太話はさておき、調度のタイミングで前菜が来たので、


「立ち話もなんですからお座りになって。ゆっくりこの一時を過ごしましょうか」


そう言って微笑むと、乾も柩も私の言葉に頷いてから席に腰掛け、私も腰掛ける。


席に着いた乾は、そこでようやくシルクハットを脱いだ。


アフロだった。


しかもスーツと同じピンク色だ。インパクトが強過ぎますわコイツ。


私の予想通り、歳を重ねていそうな顔付きをしている。が、その鋭く光る眼光は老を感じさせなく、ただ者ではないのが分かる。


隣の柩と見比べても、明らかに佇まいが違う。流石は団長と言ったところか。見た目はちょっとアレだが、放つオーラは評価に値する。


しかし、と私は眉を潜めた。


乾の心が全く……ではないが、読めない。深い霧がかかっている。読めない事はないが、下手に踏み込んで私に被害が出てしまうのは本意ではない。


まあ今回は依頼の話し合いがメインだ。柩は大して脅威にならないから、乾に少しばかり注意を向けておこう。



店員がデザートを持ってきたところで、うわべだけの談笑を打ち切り、私は本題に入る。


「コース料理もそろそろ大詰めですわね。では、依頼の話に入らせて頂きますわね」


「あなた方なら既にご存知かと思いますけれど、この王都を中心に近い内に争いが起こる事が予想されますの。国全体を巻き込むであろう大規模な争いが」


本題を切り出すと、柩が突然指でテーブルを2回小突いた。それから柩は私から視線を外し、店内に目をやる。


その視線を追っていくと、一組の男女客の元に辿り着いた。


「……その話は控えた方がヨロシイかと。多分聞こえないとは思いますが、あそこに座っているのは第一王子の息の掛かったモノです。それに、どこに誰がいるかもワかりません。目立つゲンドウは避けたホウが……」


「あら? そういえば、あなたの顔も割れていたりしますの?」


「ワタシの素性を明かしたのは第一王子のみです。第一王子がワタシの外見的特徴を他のカタに伝えているカノウセイは否めませんがぁ、まあこれまでの経験上、バレた事はありません」


「なら安心ですわ。ふふ。では、目立つ言動は控える事にしますわ」


そうは言いつつ、チラリと乾の方を一瞥する。


言動うんぬんより先に、乾の身なりをどうにかした方が良いんじゃないだろうか。凄い目立ってるし。入店した時から客や店員からの視線が集中しているのが証拠だ。


乾のインパクトが強過ぎて私と柩の影は薄くなってるかもしれないが。


まあともかく、柩の意見を尊重して穏便に進めるとしよう。私としても事を荒立てたくはない。水面下が望ましい。


「……では、手始めにこちらを」


私が懐から取り出したのは、手に収まるサイズの円盤の石。


「これは?」と柩が首を傾げる。


「魔法陣を描く為の道具ですわ。王都なら軽く囲える規模の魔法陣を作成できますの。これを王都の各所に配置して頂くのが依頼になりますわね」


「……ふんふん」


乾は円盤の石を手に取り、舐めるように眺める。


「ふむ……確かに巨大魔法陣を描く為の物だ。打ち払いの魔法に似通った印が刻まれてるね」


「打ち払い……ですか。ナルホド」


どうやら2人共こちらの依頼の意図に気付いたみたいだ。


打ち払いの魔法。つまり“心の帰り道≪コル・レウェルティ≫”の精神支配を、この道具を使って打ち消してしまおう、と、そういう訳だ。


もっともこれは、魔法陣を敷いて範囲を決める為の代物だから、術者がいなければ魔法を発動できないが。


1度使えば効力を無くし、そして回収に行かなくとも土に還るという自然に優しい道具だ。


因みにこの道具はルシファーとリュウが造り上げたのだが、この道具を造り終えた時に喧嘩になった。その理由が、この道具の名前をどうするか、である。


ルシファーは『投げたら犬が取ってきそうなやつ』と案を出し、リュウは『フリスビー』と言って譲らなかった。


それフリスビーで良いんじゃありませんの? とか思ったが、なぜかルシファーは頑なに首を横に振って否定し、ルシファーとリュウの地味な戦いが始まったのである。


で、最終的に『ナイトが咥えてきそうなやつ』に落ち着いた。


これはリュウが『犬と狐って似てるよね』と良く分からない事を言い出し、ナイトが狐の獣人だという共通点を発見して、こんな名前になった。


これをナイトに告げると、もの凄い顔をされたのが記憶に新しい。


本来ならルシファーが1人で道具作成をしてしまうのだが、この『ナイトが咥えてきそうなやつ』の作成にリュウが携わったのには訳がある。


リュウの計り知れない観測能力───言わば天眼と呼ばれる超知覚能力を遺憾なく発揮させる為だ。


まあリュウにとっては王都とは言わず王国自体をチェス磐を眺めるぐらいの感覚で見れるらしいが、リュウは疲れるとか眠いとか言ってワガママを言うのだ。


だからこれを使用して効率を底上げしてリュウの負担を軽減し、そんな小言は言わせないってのが、この道具の設置の理由。打ち払いなんてのは二の次だ。『ナイトが咥えてきそうなやつ』が無くとも普通に相殺できる。


とどのつまり、イクリプスに仕事を依頼するなんてのはオマケに過ぎない。イクリプスと関わった目的は他にある。


その目的とは、私が得体の知れない存在として認知される事だ。


得体が知れないという事は、恐怖の対象であり興味の対象である。今回起こる事件を、実は私達が解決させました、ともなれば世間に多大なる影響を与えるだろう。


といっても、素性を明かす気はさらさらないが。そういった存在が確かにいる。その事実が大事だ。被害を未然に防げるのなら、抑止力に繋がるのなら、私は今の自分の役割に誇りを持てる。


……まあ、ルシファーの指示が無かったら私はこの場にいなかった訳だが。


ダリア様が絡むとルシファーは本当に頼りになる。ダリア様が絡まなかったら喧しいだけだが。


それはともかく、話を戻そう。


この依頼の難しい所は、厳戒体制の敷かれている王都付近での設置になる。如何に不審がられず、尚且つ見付からないように隠蔽するかが肝だ。少しでも魔法反応が出れば撤去されてしまうかもしれない。


といっても、さして難しい依頼ではないが。


「設置箇所はこちらの地図に記入してありますわ。それと、1週間以内でお願いしますわね。発見されぬよう隠蔽工作もお願いしますわね」


丸めた地図を柩に手渡すと、柩は直ぐに地図を開いて目を通し始めた。


「このバツ印の場所ですね?」


「ええ。バツ印付近であればどこでも構いませんわ」


「ゼンブで……10箇所ですか。やけに少ないですね。巨大魔法陣自体、普通なら大量の人員を導入しなくてはエガけませんのに。それをこれだけで代替するのデショウ?」


「ええそうですわ」


「そうなると、とても優秀な術者が仲間にいるのだね。遠隔魔法に長けた」


と、乾がオレンジジュースの入ったグラスを傾ける。


「ふふ。ご想像にお任せしますわ」


乾の今の発言は、私の背後に大規模な組織がある事を仮定してのものだろう。


柩の言う通り、この広大な王都に巨大魔法陣を敷き精神支配を打ち消すなんて事は、常識的に考えれば不可能だ。……いや、不可能ではないが、とてつもないコストが掛かる。


それを私が1人でやってのけてしまうなど、夢にも思わないだろう。まあ私1人でやっちゃうんですけれど。


柩の心中を覗いたが、やはり私の背後に巨大な組織がいると思い込んでいる。


「依頼については以上ですので、報酬の話に入らせて頂きますわ」


そう言いながら、私は懐から小さな箱を取り出して差し出した。


「あとは全てそちらにお任せするので、私はもう介入しません。ですのであなた方との接触は今回限りとなるので、先払いしますわ。足りないようであれば上乗せ致しますが。持ち合わせもあるので」


柩は小箱を受け取ってそっと蓋を開け、表情を一変させた。


「……これはまさか……古代遺産デスカ? どこでコレを?」


「私も詳しくは覚えていませんの。何せ、物置の奥に仕舞ってあったので」


嘘である。最近ナイトがヴィジランテでの仕事の最中に見付けて来た品で、昨日まで廊下に飾ってあった物だ。


「へえ……」


柩の隣に座る乾は別段驚く事はなく、小箱から報酬品を取り出した。


それは赤。それは花。それは真っ赤な1輪の花。


赤い花の姿を持つ古代遺産だ。


「……“赤の咆哮≪ルブルム・ルギートュス≫”か。まさか報酬が“叡智の結晶≪アルス・マグナ≫”だとは思わなかったよ」


乾はどうやらこの赤い花についての知識を持っているみたいだ。説明する手間は省けた。


「これの価値を、貴女は勿論知ってるんだろう?」


「ええ、当然ですわ。……足りないようであれば上乗せ致しますけれど?」


含みを持たせた言い方で、口を弓のように曲げて妖艶に微笑む。


単騎での都市制圧を可能にし、かなり希少である“叡智の結晶≪アルス・マグナ≫”。それだけでも価値は相当なものだろう。更に、殆どの“叡智の結晶≪アルス・マグナ≫”が装飾品や工芸品、ガラス細工などの形を模し、美術品としても名高い。


身の周りを飾れる上、身も守れる。しかも、今では複製不可能な古代遺産という補正付き。専門家によっては、正確な値段を付けるのは無理だと言わしめる程だ。


それほどの報酬に、更に上乗せをする。


これが指す意味を、果たしてこの2人は理解してくれるか。……流石にそれは見下し過ぎか。


「いや、十分だ。これだけの報酬を前にして、更に報酬を重ねて貰うなんて……俺にはちょっと、恐ろしくてできないねぇ。寧ろ報酬にしては額がデカ過ぎるくらいだ」


そう言う割りに、乾の表情からは恐ろしさが微塵も感じられない。まあどうやら私の心中は伝わっているみたいだ。


ただでさえ強大な“叡智の結晶≪アルス・マグナ≫”を、あっさりと手放す。普通に考えたら、まずあり得ないだろう。


「あ、そうそう」


乾が思い出したように言う。


「貴女方とは良い関係を結んでおきたいと思っている。なので、我々からささやかではあるが、贈り物をしたい。───柩ちゃん」


「ハイ」


言われ、柩がそれなりに厚い紙束を差し出して来た。


「これは……?」


私は警戒しつつ、紙束を受け取る。特に魔法工作は見られない。ただの紙束だ。


「見てくれれば分かるよ。まあ、もしかしたら必要ないかもしれない情報だけど」


手渡された紙束、その表紙を捲りに目を落とす。


「……あら」


書かれていたのは、軍事機密事項だった。


今回の吸血鬼対策に当たっての兵の動員人数から、個人の戦闘レベル、及び装備。それに掛かる維持費や、兵の配置情報。そして、吸血鬼が出現した時に実行させる、十数に渡る作戦概要。


文字の羅列が眼前に広がるも、この場で目を通すのは得策ではない為、直ぐさま紙束を閉じて正面を向いて微笑む。


「有り難く頂きますわ」


この情報が正確かは分からないが、参考程度にはなるだろう。ルシファーへの手土産ができた。


ともあれ、私の用事は済み、食事も終えた。そろそろ頃合いだろう。


「……さて、私からは依頼の話は終わっていますが、質問等が無ければお開きにしたいのですけれど?」


「ああ、じゃあ1つ宜しいかな?」


乾が待ったを掛けた。


「王都を中心に赤い月が観測されたのは知っていると思う。それが2度もだ。これについてどう思われるかな?」


「と、言いますと?」


「国はそれが吸血鬼の所業だと結論付けているが、貴女なら赤い月の異変を起こしたのが吸血鬼ではないと、分かっているんじゃないか? それ以前に、月に干渉する魔法も確認されていない」


「要領を得ませんわね。何が言いたいんですの?」


試されるような言動だった為、少しばかり眉を潜めてみると、


「……失礼。気に触ったようだね」


乾は両手を低く上げて謝罪を示した。


「つまり、あれ程の異変を起こせる存在がいる。恐らく危険な存在だ。貴女は異変を起こした存在の正体が、なんだか分かるか?」


その存在ってルシファーになるのですけれど。取り合えず知らないフリをしておく。


かと言って、他に上げれる名が無いので口をつぐむしかない。


「……質問を変えよう。貴女は───“魔王”の存在を信じているか?」


「………。それはまた……いきなりですわね」


あまりにも突拍子もない質問にしばし動揺したが、椅子に座り直して冷静を作り直す。


「魔王……ですか」


空になったカップにコーヒーを注ぎ、自分の持つ情報を掘り起こしてみる。



魔王については諸説あるが一般的なものとして───


魔王とは突如として現れた魔物で、世界を崩壊させる程の力を有していた。そして世界に仇なした為に敵視され、4人の英雄との死闘の果て、滅ぼされた。


これが大体の人が口を揃えるだろう通説だ。


しかしその時に起きた大戦は、当時の文明がゼロに還る程に深刻で痛烈で悲惨で苛辣なものだったという。


現代では再現が不可能な古代遺産の存在から分かる通り、当時の文明は今より遥かに進んでいた事が伺える。


文明がリセットされた事から人類は暦を新しく組み直し、今はおよそ1100年が経っている。つまり、あの大戦から1100年の月日が流れている事にある。


簡潔にまとめたが、魔王説に共通して言える事が、たった1体で世界に宣戦布告した事である。まあ正確には連れが3体いたらしいが。


そんな脅威が千年も前にいたのかは議論の余地があり、しかも片手にも満たない数で文明を破壊するなんてのは有り得ない。と、首を横に振る歴史学者もいる。


魔王説に異を唱える学者からは『巨大な自然災害により文明が崩壊した』『国同士での長きに渡る戦争が起こした悲劇だ』との意見が出ている。


千年も前の事だが、魔王の存在は歴史学的に証明されているから上記の異議は机上のものでしかない。


が、話の流れからして、千年も前の存在が現代まで生存していると、私の目の前でオレンジジュースを飲んでいる乾は考えているみたいだ。



「乾さんが言いたいのは……つまり、魔王は実は生きていて、宣戦布告の予兆としてあの異変を起こした、と?」


「或いは、復活の兆しとか。まあ憶測の域だけどね。だが、各国でちょっとした異変が起きているとも耳にしてね。近い内に何かが起こると、示唆されている」


魔王……ね。じゃあ私達が何か異変を起こしても魔王に罪を擦り付けられる、という事か。


ん? 魔王が本当に生存しているならルシファーが何か掴んでる筈だが、なんの情報も与えられていない。魔王がいるなら便乗しておく手はない。


ルシファーに有無の確認を取るべきか。


私はこの場にいながら、屋敷にいるルシファーと接触が取れる。屋敷の至るところに配置した霧のメイドは私の一部である為、その身体を借りる事で視界およびその他の知覚機能を共有できるのだ。


私は乾と対話をしつつ、意識を2つに分ける。一方の意識は乾に向けたままにし、一方の意識はルシファーに一番近い霧のメイドとシンクロさせる。


ルシファーは庭園で花壇の手入れの最中だが、構わず話し掛ける。


『あの、ルシファー?』


『ん、シロか。なんだよ。緊急事態か?』


『聞きたい事がありますの。───単刀直入に、魔王って生存してますの?』


『なんだよ急に。マジで単刀直入だな』


ルシファーは平淡な口調だったが、何か興味をそそるものを発見したらしく、『やべーカマキリだ!』といきなり騒ぎ出した。


『……あの、聞いてますの?』


『あー、魔王だっけ? 世間的に認知されてる魔王で合ってるなら、普通に生きてっけど』


『……はい?』


あっけらかんと言われ、私の表情筋が緩んだ。


『もっと言うなら、現在まで生き延びてる、か。封印みたいな形で生きてるよ』


と、鼻をほじりながら緊張感の欠片も見せないルシファー。


『あの……私何も聞いてないんですけれど。それって結構重要事項ですわよね?』


『だって復活するとしても全然猶予あるしな。目先に控える問題を解決してからでも良いだろって思ったワケよ』


『……取り合えず、帰ったら右頬差し出しなさい』


『えっ、なんでよ? ちょっと待って……』


霧のメイドから意識を切り離し、乾へと全神経を戻す。


まあなんにせよ、魔王がいるなら便乗しておこう。私は少し頭を捻り、魔王の存在を裏付けそうな事柄を探す。


「……あ。そうですわ」


「ん? 何か?」


「乾さん方は、“三大悪魔”全てが召喚されたのをご存知ですの?」


「何、三大悪魔……?」


眼前に座る乾は表情をコロコロと変える上、心が読みにくい男だったが、今は分かりやすい驚きを示した。


私が三大悪魔の名を出したのには理由がある。先程少し説明したが、魔王が連れていた3体こそが、その三大悪魔なのである。


魔王が召喚した三大悪魔は三大天使と対極な関係にあり、三大天使と同じく召喚獣の中でも最高位に位置している。


しかし魔王の力は尋常ではなかったらしく、その恩恵を受けていた三大悪魔は『聖女』が使役した三大天使の力を上回り、かつ人々を苦しめたと言う。


三大悪魔は別に魔王の使いではない。が、三大悪魔は魔王の従者、三大悪魔と言えば魔王、三大悪魔は魔王にしか使役できない。それぐらい三大悪魔と魔王の関係は深く世間に浸透している。


そして、歴史上唯一三大悪魔全てを従わせられたのが、魔王である。


うちの堕天使は『天使だけじゃつまんねーし、戦力はあった方が良いよな』と半ばノリで全員召喚してしまったが。


赤い月、三大悪魔、乾の言った各国の異変。魔王が生存しているなら、これらが無関係だと断言する方が難しいだろう。


「して、三大悪魔の情報はどこで? 召喚獣が召喚されたのを確認する方法は幾つかあるが……三大悪魔の場合、確認するだけでも危険が伴う」


「“さぞ優秀な術者がいるのだね”」


乾の問いに、私は先程の乾の言葉の復唱にて返答とした。


「……なるほど」


乾はそれ以上の追及が無理なのが分かったらしく、潔く諦めた。


「しかし乾さん? なぜ急に魔王の話題を?」


「生存しているなら世界の脅威だからね。対策を講じておいても損はないだろう?」


と軽く言ってみせるが、乾の目の奥は笑っていない。乾も魔王の生存を確信しているのだろう。


「傭兵なんて職に就いているが、やっぱり平和な世界で仕事をするのが一番だ」


「そうですわね。魔王がいるのならば、“私共も”爽やかな朝が迎えられるよう全力を尽くしますわ」


これは私の素直な意思だ。心からの言葉だ。敵はいないに越した事はないし、ダリア様に掛かる火の粉を振り払うのは───日常を保つのは私達の役目だ。


今の私の発言は、表向きにはイクリプスとは友好な関係を結べたとも言える。柩からも『敵対関係は禁止』との心の声が聞こえるから、言質を取りたかったのだろう。


「魔王が歴史と同じ事を繰り返すなら、私共は容赦はしませんけれど……ね」


それは魔王にではなく、乾に向けての……静かな警告だ。忠告ではなく、警告。


私に向けてか魔王に向けてかは分からないが……初対面の時から狂気が見え隠れしていますわよ、乾さん?


今の私の発言だが、裏を返せば、害が無ければ私達が動く事は無い、という解釈ができる。


乾が見せていた狂気は私から今の発言の誘発が目的だったなら、中々に食えない男だ。


「はは、そうか。それは心強い限りだよ」


笑いながら言って、乾はピンクのシルクハットをアフロの頭に乗せる。


「いやぁ、急ぎがあったのなら引き止めて悪かったね。俺も時間に押されている身だから、この辺でおいとまさせて貰うよ」


立ち上がり、スッと手を伸ばしてくる乾。社交辞令だろうが、まあ社交辞令は大事だ。応じよう。


私も立ち上がり、乾と握手を交わす。


「では、次の巡り合う時まで」


「はい。有意義な時間でしたわ」


柩とも軽い挨拶を交わし、2人を見送る。2人の背中は店内から消え、それを追うように私の目は窓の外へと固定された。


で、たった今、乾と柩が馬車に乗り込んだのを確認。私の位置からだと、窓を通して乾と柩が馬車に入って行くまでが鮮明に見える。


黒い軍馬が四肢で地を鳴らし、馬車を引いて私の目の前を通り過ぎて行った。


1人残った私は、まだ握手の余韻に慕っている手を静かに開く。


「……ふふ」


手のひらには、植物の種らしき物が貼り付いていた。種は私の視線を浴びると直ぐに形を変え、一瞬にして1本の赤い花へと成長した。


「及第点、ですわね」


私は静かに呟き、心の中で称賛の拍手を送っておいた。



 ☆



黒い軍馬が引く馬車の中。ピンクの男と細身の女性は、ようやく戻ってきた安寧を堪能するかのようにソファに深く座り、茶菓子を摘まんでいた。


「……いやぁ柩ちゃん。第一王子の依頼を蹴るから何事かと思ったけど、あれは蹴って正解だよ」


「ですよネですよネ! ワタシ身が縮むオモいでしたよ。前に痛い目あってるんで、ナオサラですよ」


ニシシ、と乾いた笑いで気を紛らわす柩。緊張感は既に解けていて、本調子を取り戻しつつある。


「デモ乾さん? “叡知の結晶≪アルス・マグナ≫”をなんでカエしちゃったんですか?」


「返したんじゃない。あれは授業料だ」


乾にそう訂正され、「……ああ、ナルホド」と柩は頷いた。



乾が“叡知の結晶≪アルス・マグナ≫”を札として切ったのは、イクリプスの能力を再認識させる最善の一手だからだ。


依頼主は柩を含むイクリプス団員の3人をたった1人で一蹴し、そして団長である乾をも見透かすような発言の数々を披露した。


あれ程の得体の知れない存在がいる。今まで知られていないのが不思議に感じる程、強大だろう存在。それを知れたのは非常に大きい。


“叡知の結晶≪アルス・マグナ≫”を切れば、確実に依頼主はイクリプスの力量を改める。改めれば利用価値を見出だし、より友好に立ち回れる。


今回はただ働きになるが、見返りは金額には換算できない。



「俺個人としては敵にしてみたかったが……時代と立場があるからなぁ。先約もいるし」


「物騒なコト言わないでクダさいよ。……前々から気になってたんですが、センヤクって誰なんです? まさかマオウですか?」


柩の質問に、乾は煎餅をかじってから一言。


「誰だろうね」

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