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最弱の代行者  作者: ひとみ
21/24

長期休み明けの学校はキツい 後編

 ☆



全校集会は何事もなく終わった。休み時間を5分挟み、もうそろそろでホームルームが始まる。


全校集会では学園長の話、研修の為に来た教育実習生の自己紹介、産休で休むらしい養護教諭の代わりの先生の自己紹介、表彰伝達など、いつも通り用意された事柄をただ消化するだけだった。


が、集会はそれだけでは終わらなかった。


学園長の話によると、しばらくの間は6時間目の授業を無くし、3時には完全下校させるらしい。


理由は当然、吸血鬼絡みだ。現在王都では都内での吸血鬼の存在が示唆されている為、軍による厳戒体制が敷かれている。


吸血鬼は太陽の下では弱体化するという。だから生徒は日の高い内に帰れと。そういう訳だ。


でも確か、あの2体の吸血鬼ってリュウが1人で倒したって聞いたんだけどな。その話を聞いた時は心臓止まるくらいに驚いたが、イサメ曰く『ワイバーンと吸血鬼なんて同程度ですよ』と聞いて安心した。


伝説級指定の魔物だが、吸血鬼にもピンからキリまであるんだろう。


……後は、その吸血鬼に襲われた被害者達に黙祷を捧げた。この高校には2人、吸血鬼に襲われた生徒がいた。……いや、俺を入れたら3人か。


「………」


時計の針をぼんやりと追いながら、休み時間が終わるのを待つ。



「……おい! さっき五十嵐先生に聞いたけどよ、編入生このクラスらしいぜ?」


「……編入生かー。編入できるって事は、そいつ相当頭良いんじゃないか? 魔法適性も高いだろ」


「……可愛いのかな?」



「……明日実力テストだねー。勉強した?」


「……してるしてる。順位50台切ればお小遣いアップするんだよね」


「……マジかー。いいなー。あたしもアップしないかー」



「……夏休み何してた?」


「……なんもしてねーなー。あ、バイトしてたわ」


「……ああそうだ。今日鈴木と松本ん家行ってみるか?」


「……あいつら学園の寮住まいだったろ。もしかしたらもう実家に帰ったんじゃねーのか?」



などなど、辺りからはもう俺の話題は消え失せている。


「おい黒江!」


いきなり怒鳴り声が聞こえた。声の主は井上カズトシだ。


井上カズトシは俺の目の前まで来るなり机を叩き、問題集を机の上に投げた。


「おい、ほとんど間違えてんじゃねーか。危うく呼び出し食らうとこだったぞ」


ほう気付いたか。やるじゃないか。


「そういやこの問題集って購買部で買えるんだったな。俺みたいに宿題貸してもらいに来る奴の事を見越してこんな真似したのか? ホント、お前嫌な奴だな」


「あ、うん……ごめん」


「お前さぁ、頭が少し良いからって俺の事馬鹿にしてんだろ?」


安心してくれ。この高校の連中の8割強は軽蔑対象だ。


「そういやお前、召喚魔法使えるって聞いたぜ? ちょっと放課後相手になれよ」


「……あ、ごめん。明日実力テストあるから」


申し訳なさそうな感じでお断りすると、


「は? なんだお前。間違いだらけの問題集見せといてそれかよ?」


悪態をつかれた。逃がす気はなさそうだ。プライドだけは一丁前に高いな。俺なんか放っておけよ。


「じゃあ実力テストの点数で勝負しない?」


自分で言っといてなんだが、そんな意見を提示できた自分に驚きを隠せない。今までだったら謝るだけだったろう。


昨日の件で気の持ちようでも変わったか? 変わったんだろうな。まあなんにせよ、この変化はでかい。


「は? 実力テスト? お前テストの度に校舎の掲示板に名前載ってんじゃん。自分の土俵で戦いたいとか、何言っちゃってんの?」


なんだよその暴論。そこまで行くと笑いが込み上げてきそうになる。


とその時、タイミングが良いのか悪いのか、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。席を離れていた生徒達が自分の席に戻って行く。


井上カズトシは舌を1回鳴らし、


「……まあいいや」


そう吐き捨て、席に戻って行った。



「───はーい、じゃあホームルームやるぞ。号令」


間もなくして先生が教室に姿を見せ、クラス委員長が「起立、礼、着席」と号令を掛けた。


「皆も知ってるかもしれないけど、このクラスに編入生がいるので、早速紹介します。じゃあ2人共、入ってきて!」


先生が手招くと、女子生徒2人が教室に入って来た。


綺麗な金の髪を流すエプロンドレス姿の女子生徒と……もう1人は180は優に超えていそうな身長に加え、燃えるような赤い……ツインテール……と、あのデカい……胸……。


あれ……? ……えっ?



「白井イサメです。宜しくお願いします」


「白井ナイトって言います。半年だけですが、お願いします」



「っ……!?」


予期せぬ2人の登場で、思い切り舌を噛み死にそうになった。


2人の登場は俺の舌に大打撃を与えるだけでなく、一応授業中にも関わらずクラス全体を賑やかにさせた。


「ヤベーじゃん。マジでレイカちゃん負けんじゃね?」


「あれが高校生の胸かよ。てか身長高過ぎね?」


「俺、このクラスで良かったわ……」


「どこかの雑誌モデルかな?」


「スタイル良すぎ。何食べて生きてんだろ」


授業中とはいえ私語が出てくるのはままにあるので、先生も別段気にする素振りは見せず、2人の紹介を続ける。


「2人の名字は一緒だけど、これ偶然だからな。姉妹じゃないから勘違いしないように。じゃあ空いてる席に着いてくれ。丁度机も1つ空いてるから、そこに座っても良いからな」


「畏まりました」


「はい、分かりました」


とイサメとナイトは返事をし、歩を進め出す。


「宜しくね」とか、「私の隣空いてるよ」とか、「前の席に来なよ」とかのお誘いを受けているが、2人は愛想よく軽く受け流し、なんかもう迷いも無く俺の方に向かって来る。


2人が教室に現れてからまばたきを忘れて目を見開きガン見していたが、


「……お隣、宜しいでしょうか?」


イサメに声を掛けられた事でようやくまばたきをした。


そうか。イサメがいつもより笑顔だったのはこういう事だったのか。思えばナイトも今朝は凄いテンションが高かったな。ツインテールが暴れてたもん。


「あ、うん……」


断る理由がなかったので頷くと、2人は流れるような動きで俺の両脇に腰掛けた。


「学校生活も宜しくお願い致します」


「えへへ。同じクラスですね、ダリア様」


「お、おう」


俺を漫画とか娯楽小説での主人公と置いた時、こういうパターンが定石だったりするが、まさかそれが自分で体験する事になるとは思わなんだ。


だって普通この時期の編入って余程の事じゃない限り難しいだろ。しかも2人が同じクラスに編入してくるって異例じゃないだろうか。


2人が席に着いたのを確認した先生は、各列にプリントの配布を始めた。


「はい。じゃあ2学期の予定とか、学校新聞とか、その他連絡事項が書いてあるから目を通しておくように」


そこから先生による実力テストの話とか朝礼などの雑談が開始された。


先生の話に耳を傾けつつ、目立たない声音で2人に入学までの経緯を聞いてみる。


「あの……いきなりどうしたの? 2人して学校に来るなんて」


「お側にお仕えするという言葉に嘘偽りはございません。ならば学校なれど勤めは果たします。わたくしはダリア様のメイドですから」


「私はダリア様と少しでも一緒にいたいからです」


イサメはともかく、ナイトが直球過ぎてリアクションに困るんだけど。とりあえず苦笑い。


まあ2人とも俺の為に来てくれたって事なんだろう。素直に嬉しいな。


「編入試験とか、大変だったんじゃないの?」


夏休み中イサメとナイトの帰りが遅い日が何度かあったが、あれはつまり面接とか筆記試験とかやってたって事か。


「いえ、全然余裕でしたよ? 面接と筆記と……実技と魔力測定? あと何があったかな?」


「レベル測定ですよナイト殿。あれは加減するのが少々面倒でしたね」


「イサメはそういう細かいの苦手だもんね。料理は細かいのに」


「当然です。ダリア様の喉を通るのですから」


2人のその言い方だと試験は楽勝だったって感じだな。


そういえばナイトは暗記力が常軌を逸するぐらいズバ抜けてたな。それにクロスワードを解くのも速いし。


イサメの頭の良さは分からないが、やっぱ良いんだろうな。言葉の節々が可笑しな時はあるけど。


「……あれ? そういえば、住所とか保護者とか……その辺の身元証明ってどうしたの? 名字“白井”ってなってるけど」


「それならば証明書を事前に発行し、それを提出致しました。王都では証明書の発行は都民で無い限り原則的にはできないそうなので、ナイト殿とシロ殿が別の都市で発行を行いました」


そう言いながら、イサメが懐から証明書を取り出した。


国の心臓部である王都は厳しい規則がある。まず、都民になるには最低3年は王都で生活しなければならない。


俺は3年住んでなければ本籍も地元なので、正式には都民ではない。だから地元で作った身元証明書の複製を携帯している。


何かをやらかして身元が証明できないと軍に連行されるらしい。罰則もあるみたいだ。


もし俺が証明書を無くした場合、親に頼んで届けてもらうという回り道を踏まねばならない。厄介だ。なくした事ないけど。


まあ学生証があるから、それで身元っていうか身分を証明できるから問題はない。


「シロ殿は変身が得意ですのでわたくしの姿に変身し、代わりに手続きを行ってくれました。次に住所ですが、借家を幾つか購入しているので住所はそこのを使っております。あと名字ですが、それは見た通り我々の保護者がシロ殿となっております」


イサメが淡々と言葉を並べていく。先生が現在進行形で話てるから小声だが、滑舌がよく聞き取りやすい。


しかし借家を……か。借家……ね。


オーケーオーケー。動じない。何もどどど動じないよ、俺は。


……借家購入ってスゲーな。


「東宮魔法学園は王都外からの生徒も多いので保護者が学校に来る機会は少ないと思われますが、シロ殿は分身を造り出す事も得意なので保護者の点は問題ありません。わたくしとナイト殿、両方の保護者を同時に演じる事は造作もないとの事です」


発光や変身に限らず、シロって分身もできんのか。凄い芸達者だな。


イサメが一息吐いたので、俺は話題を変える。


「……それにしても、偶然だね。同じクラスなんて。このクラス退学者出たと思ったら君達が編入してきたし」


「偶然じゃないですよ? 退学者がいれば他のクラスとの差が生まれますから、穴埋めとして私達が編入する事になったんですよ。だから偶然じゃないんですよ」


ナイトがもの凄い笑顔を俺に向けてくる。眩しい。


「ナイト殿の言う通り、偶然ではありませんよ。このクラスから退学者が出たのはご存じかと思いますが……」


イサメはそこで台詞を切り、目だけをこちらに向ける。背もたれに背中を付けず、真っ直ぐな姿勢は全くブレを見せない。


「その退学者は、我々が関与しております」


「えっ」


「ダリア様と同じクラスになる為にはこのクラスから最低2人は退学にさせなければなりません。でなければ我々は別のクラスに振り分けられてしまいます」


確かに。生徒数を均一にする為に、編入生は人数が少ないクラスに入れるだろうな。イサメ達が編入してきたのが物語っている。2学期にはクラス対抗のイベントもあるしな。


「関与って……何したの?」


「成績の詐称をしてたんですよ」


俺のその問いに、ナイトが答えてくれた。なんか顔の距離が近い。


「試験の一貫として夏期講習に何度か参加したんですけど、その時にその退学者と一緒に夏期講習を受ける事になったんですよね」


ナイトは当時の事を振り返るように続ける。


「なんか違和感あるなぁ、って2人を眺めてたんですけど、魔力量の底上げや高位魔法の術式を内蔵した媒体を、入れ歯という形にして使ってるのが分かりました。先生達も気付かない高性能な代物だったみたいですね」


……あの2人そんな事してたのか。成績が良いっては聞いてたし、俺への絡みも全然なかったから、できるタイプの人間かと思ってたのにな。


筆記試験でいうカンニングペーパーみたいなもんか。それを持ち込んだら不正だもんな。


まあさして関わりが無いので退学と聞いてもなんとも思わなかったが。


「まあ信じてくれるまで時間が掛かりましたけどね。でもその時にシロがいたので、なんとかなりましたよ。やっぱり歳を重ねないと信用は勝ち取れないですね」


つまりあれか。保護者に扮したシロが説得したって事か。まあ若いと知識も乏しいと思われるから、ただの世迷い言だと疑われても仕方ないよな。


「でも、良く気付いたね」


教師が気付かないのに気付くなんて、凄いよな。いや流石だと言うべきか。


「大した事ないですよ」


と自慢気に胸を張るナイト。


そんなナイトとは相反し、イサメは渋った表情をしている。


「本来であればダリア様に金銭を要求したあの4名を即刻排除したかったのですが、あの4名は別のクラスだったので、不本意でしたが見送りました」


ああ……あいつらか。いたな、そんな奴ら。存在忘れてた。放課後辺りに絡みにくんだろうなぁ。嫌だなぁ……。


嫌だけどまあ、2人が来てくれたから嬉しさの方が上かな。



───そうこうしている内に休み時間になった。


そしてやはりと言うか、クラスメイトがイサメとナイト目当てに寄ってきて俺の居場所がなくなってしまったので、渋々教室から逃げた。


まあイサメとナイトが直ぐに追ってきてくれたけど。


で、当初の予定だと実力テストの勉強だったのだが、予定が変わり5組から8組の4クラス合同で魔法実技を行うそうだ。


場所は第三戦闘場。そこに向かう為、今は廊下を進行中。といっても、俺は参加できないが。単なる見送りだ。


「……え。ダリア様、次の時間出ないんですか?」


と衝撃を受けたようなナイト。


「特別枠で入学したからね。出るにしても申請しないといけないから、なんにしても今日は無理かな」


「次回からは参加なさった方が宜しいのでは? コロネ殿の力があれば、ダリア様を卑下にする者共の口を塞ぐ事は容易でしょう」


「……うんまあ、見返してやりたいとは思う。いや思ってた」


思ってた。思ってはいたが、性分からか目立ちたくはない。それに、


「……まあ、君達がいてくるから、俺はそれで十分かな」


「あだっ───!」


「え、何してんの?」


ナイトが曲がり角で足をぶつけたみたいだ。内角攻め過ぎだろ。



それにしても、周りから視線を感じるな。やっぱり俺がイサメとナイトを連れてるせいか?


端から見れば接点ないもんな、俺達。なんで編入生とあいつが一緒歩いてんの? って視線だ。


「───あっはは! ダリア君じゃないか。元気してた?」


いきなり誰かが馴れ馴れしく肩を組んできた。この不快な声には覚えがある。渡辺カルレだ。


気持ち悪くて顔をマッハで背けた。息臭いな。歯磨きしてんのかよこいつ。


「……いや、うん、まあ。元気なのは良い事だよねぇ……」


渡辺カルレは早々に俺から離れ、逃げるように去って行った。


何しに来たんだよ。わざわざ俺に挨拶か? 良い心掛けだ。あれが噂のお礼参りってやつか。


渡辺カルレの態度の原因は言わずもかな、イサメだ。なんか後ろから凄い圧を感じるもん。敵意剥き出しじゃん。


「ねえイサメ。今のが金せびりの奴?」


「その通りですよナイト殿。立場を弁えない下等生物です。ダリア様と同じ空の下にいるのもおこがましい。次来たら捻り潰しましょう」


イサメが物騒な事を言っているが、俺もその意見には同意だ。


「まあ程々にね。ここ学校だからさ」


「畏まりましたダリア様。程々に対処致します」


大丈夫かな? 程々の意味分かってんのかな? まあ俺が止めれば平気か。


「───ちょっと失礼。お時間宜しいかな?」


と、立て続けにイベント発生。俺達の行く手が、3年であろう男子生徒に塞がれた。


中学の時は名前もそれなりに覚えてしまったが、800人もいると同級生の名前も顔もあやふやだ。


3年の集会で何度か見た事あるし、タメ口だし、3年の廊下にいるから同級生だろうな。


「以前の話だけど……考えてくれたかな?」


穏やかかつ上品な口調の男性生徒だ。身なりもきっちりしてる。……なるほど、お坊ちゃんかこいつ。


そんなお坊ちゃんの視線の先にいるのは───イサメだ。


「……どちら様で?」


イサメはその男子生徒に見覚えがないらしく、少し首を傾けた。


「僕は泉ハヤマ。夏期講習の時に会ったじゃないか。その時にうちの使用人にならないかと、話を持ち掛けた筈だよ?」


「……ああ」とイサメは首の傾きを戻しながら「申し訳ありませんが、記憶にございません。夏期講習に集中しておりましたので」


そのイサメの見事な一礼は、早く帰れと言わんばかりに、一挙一動に真心を籠ているように見えた。


イサメは全く覚えてないらしいので、ナイトに聞いてみる。ナイトも夏期講習に参加してるみたいだからな。


「以前の話って何?」


「イサメって見るからに、私服混じりとはいえメイドみたいな服装じゃないですか」


「うんまあ」


「それで夏期講習の時にそこの男子生徒に勧誘されたんですよ。『君の立ち振舞いはうちの使用人より素晴らしいから、うちで働かないか?』って。あと同じ3年生っていうのも輪を掛けたみたいで、気に入られたんですよ」


「……なるほど。あの時の方ですか」


ナイトが記憶を手繰ったおかげで、ようやく思い出したらしいイサメ。


「ですがその話ならお断りした筈ですが? それに、わたくしには既に仕える主人がいらっしゃるともお伝えした筈です」


「聞いたとも。あの時は仕方ないと諦めたさ。他の人の使用人に無理を言う訳にはいかないからね」


「けどね」と泉ハヤマが語調を強めた。2つの瞳を鋭く細め、険しくなった形相が俺に向けられる。


その表情の裏には、明らかな俺へ対する軽蔑の仮面が貼りついていた。


「何も“黒江ダリア”に仕える事はないだろう? 皆が噂していたよ。一体どういう経緯で仕える事になったんだい?」


クスリと泉ハヤマが笑い、イサメが目の色を変えた。


「……その名を、蔑称のように呼ぶのを止めて頂けませんか?」


イサメから憤りを含んだ静かな言霊が放たれた。


言霊は空気を突き抜け辺りに充満し、寒気を帯びたのを肌で感じ取れるぐらいの、容赦ない緊迫感がこの場を支配する。


「………」


しかし周りの目がいるからか、イサメは直ぐさまそれを解いた。


今度は静寂が訪れ、挙動に走る者が1人表れた。泉ハヤマである。


直接その眼に射抜かれた泉ハヤマの顔は一瞬で青に染まり、1歩2歩と後退して、顔を引き吊らせ、


「は、ははっ……。ま、まあ……考えておいてよ」


尻尾を巻くように、泉ハヤマは廊下の奥に逃げ去った。


「では参りましょうか、ダリア様」


「無駄な時間でしたね」


イサメもナイトも泉ハヤマを目で追う事は無く、何事も無かったかのように進路を歩み始めた。



───夏期講習の時は時間にゆとりがあったから言及しなかったが、3年の校舎からだと第三戦闘場までは遠かったりする。


なぜかと言うと、第三戦闘場は森や山奥を想定しているから、必然とその範囲が広くなるのだ。で、得に指示がなければ集合場所はそのど真ん中になる。遠い。


『休み時間を目一杯に使って行かなきゃキツい』と嘆く者がいれば、『あの距離じゃ準備運動にもならない』と笑みを溢す者もいる。


まあそこは、身体を動かすのが好きか嫌いかの違いだ、という事だ。どうしても間に合わない時の移動手段も確立されているから問題はない。


「じゃあ俺はここで」


だから俺の見送りは、第三戦闘場に向かう渡り廊下までとなる。じゃなきゃ俺が授業に遅れる。


「走った方が良いかもね」


「……ダリア様」


突然イサメは膝を折り、頭を垂れてきた。


「先程のわたくしの不始末、如何なる処罰をも受ける覚悟です」


「不始末って……」


さっきの泉ハヤマの件か。別に気にしてない、っていうか日常茶飯事みたいなもんだよ。


「あのような者を野放しにしてしまった挙げ句、ダリア様を不快にさせる発言を許すなど……。ダリア様と学校に通えるなどと浮かれておりました」


「ちょ。立とうよ。ね?」


イサメはおそらく人目を気にして謝るのを我慢していたのだろうが……ここも人通るからね、普通に。5組から8組までの生徒が。


───イサメを励まし、2人を見送ってから教室に戻ってきた。といっても、特別教室だけれど。


魔法実技及び体育では、俺みたいに魔法が使えなかったり、体調不良授業に出席できない生徒が集まり、自主勉を行う為の場が設けられる。それがこの場だ。


体育は魔法は使用禁止なのだが、俺は参加できない。以前にも言った通り、俺の身体能力は小2程度だからだ。


普通の人なら、成長時に素の身体能力に身体強化魔法が自然と補正を掛けていくが、俺には掛からない。発達障害と言い変えてもいい。


だから魔法を全て無しにした素の身体での授業じゃないと俺は出席できない。


まあ俺の事情はさておき、体調不良の生徒なんてまずいないに等しい。いるのなんて、皆勤賞の為に高熱でも学校に来る傍迷惑な厄介者か、宿題を忘れて仮病を使う阿呆か、骨折とかして出席したくてもできない生徒ぐらいなものだ。


俺みたいに魔法が使えない生徒はいない。多分学校でも俺だけ。そう考えると俺ってレアだな。


今回のような合同授業は頻繁にある。その度にクラスの組合わせは変わる為、特別教室に集まる顔触れも毎回変わる。


少ない生徒数。

毎回変わる顔触れ。


これ即ち、ここは俺のパラダイスだという事だ。


各クラスから生徒が集まるのだから、そいつらが知り合いだという確率は極めて低い。同調圧力みたいなのがなければ、会話も生まれない。


よってここはパラダイス。俺の至福の時間。回復ポイント。


「───隣の席に座らせてもらうよ」


少なくとも泉ハヤマが来るまではパラダイスだった。こんチクショー。


帰れよ何しに来たんだよこいつ。ぶっちゃけ今日初めて会ったみたいなもんだぞ。


何も言わずにしかめっ面で見ていると、泉ハヤマそんなのお構い無しに我が物顔で俺の隣に腰掛け、勝手に話出した。


「僕も今日は体調が良くないんだ。夏休み中のほとんどは剣術の稽古で潰れ、魔法も剣術特化の訓練ばかりしていたからね」


自慢気に語るお坊ちゃんだったが、チャイムと共に先生が来たので話を中断。


先生は出欠の確認だけをして出て行き、泉ハヤマは水を得た魚のように得意気な顔に戻す。


しかし俺が明からさまに嫌な顔をしているのが分かったらしく、不機嫌そうに片眉を上げた。


「僕はどうやら歓迎されてないみたいだね」


当たり前だろ。その蔑んだ目を向けられたら嫌な顔もしたくなるさ。嫌われるのは慣れてるが、嫌なもんは嫌なんだよ。


「なんで隣に座ったのかってだろ? 実は話がしたくてね」


「話?」


「ああ。なあ黒江、君ってただの一般人だろ? どうやってあの使用人を手懐けたんだい? 君みたいな人には宝の持ち腐れだと思うな。それともう1人、長身の彼女……ナイトだっけ? 彼女とはどうやって知り合ったんだい? 親しそうだったけど?」


小馬鹿にしたような口調で頬杖をつく泉ハヤマ。随分とお喋りなお坊ちゃんだ。


俺は実力テストの勉強で忙しいので無視を決め込むと、


「……なあ黒江、人を無視するのは感心しないな。あの使用人は僕より君みたいな奴の方が良いって言うんだね。僕が君に劣るなんて………屈辱だよね」


「あの……無駄話ばかりしてないで勉強したら? 体調崩して授業休む余裕があるなら、少しは知識付けて体調管理しなよ。そしたら大好きな剣術の稽古できるじゃん」


おっと。中々良い皮肉じゃないか? 泉ハヤマの顔が引き吊ったのが動かぬ証拠だ。これは効いてる。


もう1つ言い事があるので付け加える。


「劣るって何言ってんのかサッパリだけどさ、えー……少なくとも筆記の試験は君の方が劣ってるよね」


中間や期末試験の順位───30位以内の生徒の名前は掲示板に貼り出させるが、泉ハヤマの名前を見た事がない。つまり筆記試験に限り俺は優位に立てる。


「劣ってる……か」


噛み締めるように復唱すると、目をどぎつく光らせて口角を上げた。


「そういえば、黒江がカンニングしてるって本当かい?」


「は?」


何言ってんだこいつ、と俺の時が一瞬止まった。


する訳ないだろ。魔法実技を免除になってる俺が筆記試験でそんな事したら即退学だ。


誰かが面白半分で流した風評だろうが、そんな曖昧な、噂程度の話を持ち出すなんて可笑しいんじゃないか? カンニングしただけで掲示板に名前を載せられるなら苦労はしない。


「まあ噂なんだろうけど。もしそれが本当なら、僕より筆記の成績は悪いよね」


「………」


嫌らしく笑みを溢す泉ハヤマに、呆気に取られている俺は無言を返した。


「もしかして図星かな?」


いよいよ喉から込み上げてくるものがあったので、我慢せずに吐き出した。


「……じゃあ、さ。これ答えてみてよ───『今年、3日連続で大雨が続いた地域と、その原因を述べよ』」


「どうしたんだい急に? 自棄になったのかな?」


「ニュース見てれば簡単なサービス問題だよ。俺より頭良いなら簡単でしょ?」


「ニュースは余り見てないし、地理には少し疎くてね。稽古が大変なんだよ」


俺だってニュースはあんまり見ないよ。情報紙は見るけど。


「因みに今の、一学期の期末試験の問題なんだけど。……あれ、見直しやってないの? それとも君のクラスだけ解答してないとか? ……ああそっか。剣術の稽古ばかりだから大変なんだね」


「………」


泉ハヤマは流石に分が悪いのを察したらしく、宙空に視線を逃がして黙り込んだ。



どうでもいい余談開始。


この問題の答えだが、原因は冷夏にある。そこの地域は海沿いにあり、今年は海水温が上がったり高気圧が迫ってきたりして例年より気温が低く、更に雨も長かったとか。


授業じゃ余り触れなかったが、試験を作る先生によっては最新の時勢を入れたりしてくる。


どうでもいい余談終わり。


……それにしても、嫌な煽り方したよな。自分がされて嫌な事はしたくないが、今のは仕方ないよな。絡んできた泉ハヤマが悪い。少しぐらい抵抗してもバチは当たらない筈だ。


しばらく沈黙が続いたが、泉ハヤマがおもむろに沈黙を破った。


「……君、魔法が使えたみたいだね。聞いたよ。小山先生が担当した夏期講習で、佐原君に勝ったんだろ? 俄には信じられないけど」


まあ俺があの佐原クマモトに勝っただなんて信じられないだろうな。俺も自覚ないし。あれはコロネのおかげだ。


「そこでどうだい?」と泉ハヤマは不穏な前置きをつくり、


「僕と手合わせするなんていかがだろうか? 君は僕の剣術に文句を言える上、佐原君にも勝った。それに僕は体調不良だ。勝負に乗るには打ってつけの条件じゃないかい?」


いきなり勝負しようぜだなんて、話が飛躍してないだろうか。話の持って行き方が雑だな。


「僕が君より劣っているというのがどうも納得いかなくてね。優劣をハッキリさせればあの使用人も正気に戻るんじゃないかな?」


全く隠す気のない険のある物言いだ。素直にイサメを気に入っていると言った方が好感が少しは持てるのにな。


「放課後、第一戦闘場を借りて試合をしよう。なぁに、時間は取らせないさ。折角魔法を使えるようになったんだ。上手く行けば汚名返上になるんじゃないかな? どうだい?」


としつこく迫ってくる泉ハヤマ。自信の表れか、眼光が鋭く光っている。


この態度を見てると、断ってもしつこく絡んできたきそうな気がする。ならいっそ、勝負に乗ってしまうのも手だろう。


「……君が負けたら、恥ずかしい思いするんじゃ?」


「それはイエスと受け取って良いのかな?」


「まあ、そうだね」


もし俺が勝ったら諦めの悪い難癖付けてくるんだろうなと思いつつ、軽く頷き了承を示す。


俺が勝負に応じて今後どう転ぶか分からないが、俺の評価は地の底まで落ちている。どう努力しても悪い方にはもう転べないだろう。


「そうか。感謝するよ」



それからは特に会話もなく、俺は居心地が悪いまま実力テストの勉強にせっせと勤しむのであった。


帰りたい。



 ☆



───所変わって第一戦闘場。


さっきの時間で今日の授業は終了だったので、帰りのHRを終えてから嫌々この場所に来た。時間はまだ12時を回っていない。


第一戦闘場は主に少数での戦闘を目的につくられて、屋内施設と屋外コートの2つがある。


屋外は魔法障壁の術式を施したネットで仕切りを設け、30程の戦闘スペースを用意している。


屋内は運動競技を行う施設───体育館に酷似していて、AからC棟の計3棟が並んでいる。俺が今いるのはA棟だ。


少し下に目を落とせば、床に引かれた白線が広い空間を10に区分けしているのが一望でき、

上を見上げればガラス張りの天井が招き入れる日光が眩しく、

前を見れば腰に木製の剣をぶら下げた泉ハヤマが不適に笑っていて、思わず溜め息が出た。


「……悪いなコロネ、勝手に勝負受けちゃって」


「気にするな」


独り言のように静かに呟くと、頭の上から声が返ってきた。


「俺も少々気が立っているみたいだ。なるべくは手加減しよう」


言って、コロネは俺の頭から飛び降り、軽やかに着地する。頼もしい事を言ってくれる猫さんだ。


「じゃあルールをおさらいしようか。ルールは全高等学校共通形式───ライフ制とする」


泉ハヤマはそう言いながら、自分の首に掛かったネックレスをつまみ上げた。



───ライフ制。互いの体力を削り合うルールだ。


そのダメージ計算だが、俺の首にも下がっているこの、学校の支給品であるネックレスが行う。先端には魔法細工を施した宝石が付いていて、この宝石が赤に染まった方が敗者となる。


このネックレスには身代りの機能も備わっていて、所持者のダメージを軽減する効果がある。これは少しでも安全性を期す為だ。


まあ魔法実技で大怪我して後の授業に支障が出たら、文武両道を掲げる学校側としては洒落にならないからな。


とはいえ、怪我をしなかったらしなかったで魔法実技を行う意味もない。危険が伴うからこそ、人は真剣に取り組む。


安全性を第一に置いてはいるが、やはり重傷者も偶にだが出る。今年はまだ出てないみたいだが。



「おいおいハヤマー、負けんなよー?」


「負けたら恥だぜハヤマ!」


「お前負けたらジュース奢れよー!」


相手側のギャラリーがハヤマを煽る。一体どこで嗅ぎ付けたのか、俺達の立つコートの周囲には結構な人数が集まっていた。


俺達と同じように試合をする目的で来ていた生徒もいるが、今は野次馬と化している。


「……てかあれ編入生だろ? 何で黒江の方にいんの?」


「うっわヤベー可愛い。身長たっか。胸でっか」


「おいおいハヤマ! 周りに女子がいるからって紳士的な戦いすんじゃねーぞ?」


最早周囲の生徒達は泉ハヤマの勝利を信じて疑っていないようだ。俺の無様に負ける姿を見に来たんだろうな。


今あった発言の通り、俺の後ろにはイサメとナイトがいる。普段なら俺が馬鹿にされただけで怒りを見せる2人だが、勿論険しい表情で相手側を睨んでいる。


しかし俺の身の安全が第一らしく、


「……あの、ダリア様? 無茶しないで下さいね?」


「ダリア様お気をつけて。コロネ殿がいますので問題ないと思いますが」


と、心配の言葉を掛けてくれた。


俺は2人の眼差しを背で受け止めながら「大丈夫」と返し、眼前の泉ハヤマを見据える。


俺の準備が整ったのを見計らい、泉ハヤマは腰に下がった木製の剣を振り抜いた。


「じゃあ、準備はいいね?」


振り抜かれた剣が構えられると、一瞬の静寂が流れた。床に描かれた白線が眩く光を放ち、空間を仕切る為の障壁を展開させる。


試合前の緊迫感だろうか? そんな空気が纏わり付く。


……だが、安っぽい。遊び半分の空気だ。


鳴滝ポルポのライブと吸血鬼の恐怖を味わった俺からすれば、溜め息が出てしまう。まあ命懸けではない試合にあの時のような緊張感を持てって言うのも無理な話か。


「このコインが床に落ちたら試合開始だ。じゃあ行くよ───」


泉ハヤマはコインを天高く弾き、コインが宙を舞う間に剣を構え直す。


俺は若干の放物線を描きながら落ちてくるコインを、結構滞空時間長いなと思いながら、ただジッと眺める。


間も無くしてコインが床にぶつかり、ツンとする金属音が試合開始を告げた。


「さあどこからでもおいでよ。先手を譲ろうか?」


奇妙なステップを踏みながら開始早々余裕を見せる泉ハヤマ。あの動きは剣士特有の足運びだろうか?


「えっ。先手貰っていいの?」


そこに食い付いてみると、


「ああ良いとも。と言っても、僕の間合いに入った瞬間に反撃させて貰うけどね。“剣客”を目指す者の剣術を見せてあげよう」


指先をくいっと動かしてこちらを挑発する泉ハヤマから視線をずらし、そのままコロネへ。


「なんか、泉ハヤマが先手くれるらしいんだけど」


「ああ聞いた。しかし“剣客”か……高望みをする奴だな」


コロネが高望みと言うのも無理はない。この国での“剣客”は、剣士達の最終目標地点になるのだから。


“剣客”。四英雄の1人である神速の剣の使い手である“双頭の剣客“が冠した二つ名だ。


剣客とは剣に優れた人の事で、剣の道を極めた者に与えられる称号ではないが、“双頭の剣客”の影響力が強く浸透しているこの国では、剣聖より価値のある称号なのだ。


なんせ“双頭の剣客”はアイテール王国出身だと言う。故にこの国では“剣客”が最も名誉のあるものとし、剣士達はその二つ名を授かれるよう己を磨く。


しかしここ数十年、剣客の名を冠する者は現れていない。


泉ハヤマが剣客を目指すのは勝手だ。だが自慢をしたいだけなら他でやれ。


自分の欲を晴らす為に俺に勝負を挑んだんだろうが、勝負を受けたのはお前なんかの練習台なる為でも、笑い者になる為でもない。


夏休み前のように流されるままの弱っちい意思ではなく、今の俺は確固ったる意思を持ってこの場に立っている。


お前らという理不尽にに抗いに来たという意思が。


でも俺に才能は無い。抗う力も無い。


俺は弱い。だから……


「コロネ、じゃあ頼むね」


「任せろ」


コロネは背伸びをし、振り返らずにしなやかに歩み出した。


1歩、また1歩と泉ハヤマとの距離を詰める度、その綺麗な黒い毛並みを持つ尻尾が、伸びていっているように見える。


事実、伸びていた。泉ハヤマの剣が届く距離まで近付く頃には、コロネの尻尾の長さはいつもの数倍に伸びていた。


対する泉ハヤマは、刀身を鞘に収めて居合いの構えを取る。左手を鞘に添え、右手は柄から少し離し、直ぐにでも振り抜ける位置に置いている。


「……黒猫君」


泉ハヤマが呟く。


「それ以上近付くと僕の間合いに入───」


右手が柄を握った瞬間───泉ハヤマの動きが凍結した。余裕を保っていた泉ハヤマの表情が、途端に崩れる。


『抜刀ができない』と、泉ハヤマの間抜けな顔が半開きになった口の代わりにそう代弁している。


泉ハヤマは直ぐに手元を確認し、そして事態を把握してビクリと背を震わせ、1歩後退した。


泉ハヤマが下げる剣の柄と鞘を接着させるように黒い紐状のものが複雑に絡み付き、その黒い紐状を辿るとコロネにまで伸びていた。


そう、あれはコロネの尻尾である。異様に長く伸びた尻尾だ。コロネはそのまま剣を鞘ごと奪い取り、乱暴に放り捨てた。


放物線を描きながら剣は床に身を打ち付け、コロネはそれを確認してからその場に鎮座をした。


「で、間合いが……なんだって?」


コロネは退屈そうに、泉ハヤマに挑発気味な声色を放つ。


「……驚いたよ。人の言葉が話せる上に、僕から剣を取り上げるなんて」


「ご託はよせ。剣士なら己の剣に誇りを持つ事だ。剣をなくした時点でお前は負けだ。素直に負けを認めた方がいい」


「まさか猫に諭されるとは思わなかったよ」


くすり、と泉ハヤマが静かにアザけ笑う。


得物をなくしたぐらいでは負けを認めないらしく、ありもしない剣を構えるように体勢を整えた。


「───我が手に剣を」


泉ハヤマの呼び掛けに、床に転がっている剣が反応した。鞘が小刻みに揺れ始め、かと思うと刀身が鞘から顔を出した。


独りでに全身を露にした刀身は、泉ハヤマの手中に向かってその身を飛ばす。


ほんの一瞬で手中に収まった剣を再度構え直し、


「どうかな? 僕と剣は一心同体なんだよ。少しばかり剣を落とされても、直ぐに僕の手元に戻る」


と、余裕を取り戻す泉ハヤマ。


コロネは一連の動きを欠伸をかきながら眺めていたが、時計を一瞥してからようやく重い腰を上げた。


「悪いな。もうお前の演芸に付き合ってる暇はなさそうだ」


「なんだい急に?」


「いや何、俺の事情でな。そろそろ片を付けないと───」


コロネがそう言うと、長い尻尾が物々しさを帯びて巨木のようなものへと形を変え、鞭のように柔軟にしなり、


「俺の昼飯が抜かれてしまうんだ」



泉ハヤマが真横にぶっ飛んだ。



脇腹を尻尾で殴打された泉ハヤマは、地面に掠りもせずに一直線に吹き飛び、白線上に張られた障壁に衝突した。


とアッサリ言ってみせたが、俺が泉ハヤマがぶっ飛んだ事実を認識するまでに少しタイムラグがあった。


だってコロネの尻尾がしなったかと思ったら、いつの間にか泉ハヤマが消えてたんだもん。最初は瞬間移動でもしたのかと思った。


で、瞬間移動から間髪を入れずに何かが打ち付けられる音と微かな振動が起きた。


顔を向けると、泉ハヤマが障壁に激突していて、そこでようやくコロネが攻撃したのだと理解できた。


泉ハヤマは脇腹を抑えたまま床に倒れ込み、首から下がったネックレスが赤く光った。それと連動して障壁が解ける。


泉ハヤマのダメージ限界。試合終了の合図である。それと同時に上がったのは、


「あれ……ハヤマ負けたの?」


「一瞬だったぞ」


「待てよ。ハヤマを一撃で倒せるのって、俺らの学年にいるか?」


「佐原も一撃じゃ無理だろ。しかも一瞬だったし」


「黒江の奴がなんか細工したんじゃねーの?」


「あれだろ。あの猫の召喚獣が誰かからの借りたもんなんだろ?」


「確かに。その可能性大だな」


驚嘆と疑惑の声だった。


どんな言い掛かりを付けようが、あいつらの考えは憶測の域を出ない。所詮は戯れ言だ。聞き飽きた。


周りの声には気にせず、帰ってきたコロネに言葉を掛ける。


「ありがとうコロネ」


「気にするな。当然の事をしただけさ」


「……ま、待て! 不意を突くなんてどうかしてるんじゃないか!?」


案の定、泉ハヤマが身勝手な言い分を押し付けてきた。立ち上がってはいるももの、脇腹を抑え顔面蒼白になっている。ネックレスの軽減込みでも結構なダメージが入ってるのが見てとれる。


「一体どんな小細工をした!? 君のレベルで召喚した召喚獣が強い訳がない!」


驚きで裏返った怒号を放ってくる泉ハヤマに、コロネが乾いた笑いを返す。


「あの程度の速さに対応できないようでは、俺の攻撃は全て不意打ちになってしまうな」


「ダリア様」と不意にイサメに名を呼ばれたので振り返ると、懐中時計で時間を確認していた。


「そろそろお昼です。ここでの用は済んだので戻りましょう」


イサメの言う通り、泉ハヤマとの勝負は決した。もう帰っても問題はない。……文句は言われるだろうが、耳を塞げばオールオーケーだ。


てかさっさと帰りたい。実力テストなんだぜ、明日。


「まあ……そういう事だからさ、勝負は付いたし、俺達帰るね」


「お、おい! 僕は認めないぞ! 何かの間違いだ!」


そんな負け犬の遠吠えを背中に浴びながら、俺達は第一戦闘場を後にした。



 ☆



「───ダリアおかえり……っ!」


「おぶっ!」


屋敷に帰って早々、俺の背中───ていうか腰に闘牛も真っ青な突進が見舞われた。


グキッという鈍い響きとビリっとした電流が体内を駆け巡る。


「ちょっ、リュウ何してんのよ!」


ナイトの焦り声を耳に入れながら、俺は衝撃に身を任せて床に突っ伏した。


あれ、話が違うじゃないすかねぇ堕天使さん……。突進して来ないって言ってなかったっけ? 


まあ、明日腰痛になるやもしれんなこれは。


腰痛で学校休もうと思う。良いっすかねイサメさん?


「ダリア様お気を確かに。これぐらいならば明日には響きません」


目で訴えて見たが、首を横に振られてしまい、敢えなく断念した。

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