表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の代行者  作者: ひとみ
20/24

長期休み明けの学校はキツい 前編

昇る太陽がこんなに憎たらしいと思ったのは、果たして何度目だろうか。……いや、どちらかと言うと、長期休みの最終日の寝る前が一番嫌な気持ちになる。


俺のこの気持ちは、全世界のレディースアンドジェントルマン達から同意を得られる自信がある。


何を隠そう、今日は始業式なのだ。


いずれ始業式が訪れる事は分かっていた。だが、吸血鬼に襲われてから俺は2日ぐらい眠ってしまった為、生活のリズムに支障が出てしまった。


早い話が、俺の感覚ではまだ休みなのだ。しかし現実は恐ろしく、今朝の朝刊に目を通したら2日進んでいた。俺の心の奥底に沈んでいた答えを皆に伝えたあの一大イベントも昨日の事になる。


で、その後呑気に悠々と廊下を歩いていたら、イサメが唐突に『明日から学校ですね』って言ってきた。その言葉を聞いた瞬間、思わず唾を飲み込んだ。それからイサメに熱がある事を伝えたが、直ぐに嘘だとバレた。


……まあそんな事はどうでもいい。俺は心を構える間もなく始業式を迎えてしまった。それが重要だ。



今現在の俺は、朝食を終えたので廊下から外を眺めて鬱に浸っている。太陽沈まねーかな。幕上げるの早いよ。


「……あの、なあイサメ、今日ってなんかあったっけ?」


窓枠に寄りかかって太陽を睨みながら、背後のイサメに質問する。


「始業式があります」


「……実はさ、夏休みがまだ1週間残ってたりは?」


「残念ですが、カレンダーの暦が正確なら今日は始業式になります」


「あの、実は俺、38.1度あって……」


「それは昨日聞きました」


「………」


どうやら今日は始業式らしい。


まあ待て。落ち着けよ俺。今まで長期休暇明けのこの葛藤と戦ってきたじゃないか。玄関を開ける瞬間の目眩と戦ってきたじゃないか。


へっ。吸血鬼のあの恐怖に比べたら学校なんて屁でもない。学校の連中に俺が夏休みで培った芯の強さを見せてやろう。


「……なあイサメ」


俺はぐるりと振り返り、イサメと向き合う。そして確りとその翠色の瞳を見据え、


「始業式って何日だっけ?」


どうやら俺の芯はブレブレらしい。


「始業式は今日になります」


懲りずに現実逃避する俺に、イサメはなぜか微笑みを返してくる。なんでそんなに笑顔なのか興味が尽きない。いつもは基本的に無表情で声に抑揚もないのに……いや、案外直ぐ崩れるけど。


多分昨日の俺の言葉がまだ効いているんだろうな。イサメならあり得る。


でもやはり気になったので、『何か良いことあったの?』と聞こうとすると、


「───ダリア様!」


上から声が響いてきた。


見上げると、天井に敷き詰められたステンドガラスの一部が開口していて、そこから堕天使が降ってきた。


堕天使は静かに着地し、そのまま膝をついて頭を垂れる。


「あれルシファー、どうしたの?」


「学校へ行かれる前に、お渡ししたいものがあります」


「ん?」


俺は首を傾げながら、ルシファーから奇妙な物を受け取った。ていうか腕輪を貰った。


薄い黄色をしていて、羽毛みたいな肌触りを持っている。なんだろう、良く見ると鳥の羽を捻って繋げたような形だ。所々に……宝石だろうか? 綺麗な石が散りばめられている。


「んっと……これは? 色が君の羽の色と似てるけど」


「はい。私の羽を加工し、腕輪にしたものです。先日のような事を二度と起こさぬ為、ダリア様にはその腕輪を身に付けて頂きたいのです。誠に身勝手な話ではありますが」


「身勝手って……。まあ、うん、いいけど」


「私のわがまま、聞いて頂きありがとうございます」


相変わらずの低姿勢にキョドりながら承諾し、腕輪を左手首に付ける。と、一瞬だけ眩く光り、そして消失した。


「これで、ダリア様に火の粉が降りかかるようであれば、私共の方に知らせが来るようになりました」


ルシファー曰く、透明化したこの腕輪には俺の現在地を特定と周囲の情報を常時読み取る機能があり、危険が迫った場合その情報が全員に飛ぶらしい。


例えば俺が1人でまた吸血鬼と出会すとしよう。するとこの腕輪が吸血鬼の気配を事前に察知し、それを知らされた皆が駆け付けてくれるそうだ。


凄い機能だな、この腕輪。


「ダリア様、もう1つお願いがあるのですが」


ルシファーが頭を上げる。


「リュウに一声掛けて頂けないでしょうか?」


「リュウに? でも寝てるんじゃ……」


リュウは大抵午前中は寝ている。その上まだ全快してないのだから、返って迷惑な気がする。寝かせといてあげた方がいいんじゃなかろうか。


俺のそんな心の声をルシファーは察してくれたようで、


「リュウは元々の自然治癒能力が極めて高く、更に天使達が手を尽くしてくれているので、今は全快に近いと思われます」


「あ、そうなの?」


それは朗報だ。ずっと心配してたからな。少し気が晴れたよ。


「更に申し上げますと、今リュウに声を掛けなかった場合、その反動がダリア様にぶつかるかと」


ルシファーが何やら不穏な事を言い出した。反動ってなんだよ。


「え。それは、どういう……」


俺はオドオドしながら聞いてみる。


「己を自制しダリア様を避けていた為に生じた、有り余る反動です。始業式という事でお昼にはお帰りになると思われますが、屋敷に到着した際に、恐らくリュウが闘牛の如くダリア様に突進してくるかと思われます」


マジか。病み上がりなんだから無茶すんなって。俺も病み上がりだし。


「しかし今声を掛けておけば、その反動も少しは抑制されるかと思われます。何より、リュウが喜ぶと思いますので」


「そう。俺も心配だったから、じゃあ様子見に行くよ」


と、俺は二つ返事で頷き、イサメとルシファーと一緒にリュウの部屋に向かった。



───で、所変わってリュウの部屋。真ん中に置かれた球体型の揺りかごの中に、リュウが丸く収まっているのが真っ先に目に入った。


枯れたような白色から銀色を取り戻したその髪は毛先に掛けて鮮やかな虹をつくり、肌にも赤みや膨らみが戻っている。


ルシファーの言った事を疑った訳ではないが、昨日の今日でここまで回復するのか、と驚きと感心を隠せない。


リュウを中心に環状の魔法陣が展開し、部屋のあちこちには蝶のような、それでいて鳥のような不思議な生き物が忙しく飛んでいた。


「───おっ、アルジサマが来たぞ」


不意に少女の声が耳に届いた。


「んー? おっと! 一体どうしたのかな? リュウちゃんの治療は順調だよ?」


男性の声が続き、


「リュウ様ノ様子ヲ見ニ来タノデショウ」


と更に無機質な声。


声のした方───右の方に顔を向けると、天使達が小さなテーブルを囲んでいた。


水色の髪の少女と、金髪を後ろで1つに結った男性はチェス磐を挟み対局の真っ最中。で、全身をマントで包んだ小柄な天使はその脇で分厚い本を開いていた。


「あ、クイーン取っちゃったよ」


「お、おい待つんじゃ! タイムじゃタイム!」


「2人共、ダリア様ガ来ラレタノニ、イツマデチェスニ励ムツモリデスカ?」


小柄な天使は呆れた感じで分厚い本を少女と男性の頭に落とす。


あの天使達の様子を見るに、リュウの治癒は大体終えているだろう。もしくは治癒中は暇なのか。とりあえず挨拶だな。


「あ、えっと、おはよう」


「うむ」

「うんおはよう」

「オハヨウゴサイマス」


三者三様の挨拶が返された。一番目についたのは、金髪の男天使の前髪を払う動作だ。自己主張が凄い。


「そういえば君達の名前聞いてなかったよね」


俺はまだ天使達の名前を知らない。ルシファーが召喚したってのを知っているだけだ。天使達は俺の名前を知っているのに、俺が知らないのは気が引ける。


「ダリア様、この者達の名は学校からお帰りになってからの方が宜しいかと」


イサメがそんな事を言うから「え、なんで?」と聞くと、


「時間が(かさ)むと思いますので。遅刻される訳には行きません。帰って来てからならば時間も取れます」


名前聞くだけなんだから時間なんて掛からないだろ。直ぐでしょ直ぐ。


そう思いルシファーを見たら、イサメと考えは同じなのか、首を縦に振られた。


「ダリア様、私の方から天使達について積もる話があります。戻られた際にお話させて頂ければと思います」


積もる話? て事は、この天使達は高位の天使なんだろうか? まあ何を聞いたって動じないよきっと。


もしこの天使達があの“三大天使”ってんなら目が飛び出る自信があるけど。


リュウに歩み寄り、早速障害にぶち当たった。起こし方が分からないのだ。てかマジで起こすのが申し訳ない。


この幸せそうな寝顔をどう覚まさせろと言うのだ。これが兄ちゃんなら顔に懐中電灯を当てたり、脇をくすぐったりできるのだが……リュウは起こせないぞ。


「……あの、もしもし? リュウさん、おはようなんだけど……」


肩を軽く揺らし、起きない程度の声量で声を掛ける。


「あの……俺、学校行くんで。帰ってから突進とかしてこないで頂けると……助かります」


慎重になり過ぎて言葉使いが変になってるな。……まあいいか。一応声は掛けたから突進はして来ないだろう。


リュウの肩から手を離した、その瞬間───


「やだ……」


リュウが俺の胴回りに抱き付いてきた。寝起きいいな。


「行かないで……ボクと、一緒にいて……」


目を擦りながら、上目使いで俺を見上げるリュウ。目に涙が溜まっているのは欠伸のせいだろう。


「ダリアぁ……行っちゃやだよ……」


おい止めろ! なんでそんな顔すんだよ! 弱いんだよそういうの。


だがしかし、これはリュウを突き放す度量を見せねばならんだろう。心を鬼にせねばなるまい。俺は学校に行かねばならんのだ。行きたくないけど。


俺は心を落ち着かせ、断る為にふっと一息つく。そして、



「リュウがここまで言ってるから休んじゃダメ?」



流石にしつこ過ぎたのかイサメに溜め息を吐かれた。


「あの……ダリア様?」


イサメの表情に変化が起きた。俺の背筋に悪寒が走る。身の毛がよだつ。


……この感覚には覚えがあった。確か食事中の時だ。食事中にイサメが俺に対して放ったあの異様な感覚に似ている。


俺が口に食べ物を含んだまま喋った時の、あの異様な感覚だ。


「ダリア様」


静かにイサメが正座をする。その鋭い目付きにやられ、俺も背を丸くして正座。無意識に正座してしまった。


ここでやっと、イサメが怒っているのが分かった。


「ダリア様。言いたくはないのですが、学生の身でありながら学問を疎かにするのはどうかと思います」


「……あの、はい。俺もしつこかったかな、と」


俺のこの学校行きたくない病は恒例行事みたいなものだ。でもイサメの反応を見て、度が過ぎたと反省せざるを得ない。


「ダリアを苛めないで……!」


リュウが庇ってくれたが、リュウもイサメの鋭い目付きにやられ後退。俺の後ろに隠れてしまった。


「おいイサメ。ダリア様に向かってなんだその態度は? メイド如きが主人を説教か?」


「ではルシファー殿、貴方はダリア様がその辺の雑草のように生える一学生程度に怯えているのを、ずっと黙って見ていられると言うのですか?」


「………」


ルシファーは無言でイサメの隣に正座した。


「ダリア様、私からも言わせて頂きますが……学校を拒絶するという事は、これまでの努力を無に帰す事と同義だと私は考えます。ダリア様が学校のみならず世間でも生き辛かったのは身に染みる程分かります。学校が嫌いなのは分かります。が、ここで諦めてしまうのは、例えダリア様と言えどバ───……っ!」


ルシファーがいきなり口を抑え、額を床に擦り付けて悶え出した。6枚の翼がピクピクと痙攣している。


「バ? ごめん……えっと、何?」


良く聞こえなかったから聞き直すが、額を床に擦り付けたままなぜか苦しんでいる。


「例えダリア様と言えどバカとしか言えません、とルシファー殿は言いたいのですよ」


イサメが平然とルシファーの言葉を代弁した。ルシファーは『バカ』の一言に悶絶してたのか。


「お、お前! ダリア様に向かって何を!? バカとはなんだバカとは!?」


「貴方の代わりにわたくしが述べたまでです。相手がダリア様とはいえ言うべき時に言えないのはどうかと思いますが?」


イサメは顔を俺に向けたまま目だけでルシファーをキッと睨み、それから直ぐに視線を外して宙空に固定した。


どこを見ているのかと思いその視線を辿ると、部屋の入り口に行き当たり、


「───ねぇ、ダリア様が部屋に戻って来ないから捜しに来たんだけど……え、何?」


丁度のタイミングでナイトが入ってきた。頭にはコロネが乗っている。


ナイトとコロネは皆して正座をしているこの状況を見てギョッと顔を強張らせ、


「……まあ、この状況について言及はしないが、とりあえず時間を確認しようか」


コロネのその一言は、俺達の背景に稲妻を走らせる程の威力だった。


 ☆



一体何度目の登校だろうか。前方には見慣れた道が流れ、左右には見慣れた街並みが広がっている。


とまあ、マンネリ化した景色だが、変わった事がある。イサメとナイトとコロネが側にいるという事だ。


イサメとコロネとは一度夏期講習の為に一緒に学校へ行ったが、まだ一度しか一緒にこの道を通ってないから新鮮だ。


……てか、やっぱ暑いな。8月も終わるのに。


斜め後ろを歩くイサメは、人目を少しでも避ける為か、今はメイド服ではなく私服のようなエプロンドレスを着ている。相変わらず暑さを感じさせない涼しげな顔だ。


で、ナイトを見ると、まず気温を底上げしそうな暖色の薄着から際立つ、2つの山が目に入った。……うん、やっぱデカいな。何がとは言わないが。


因みに、俺の通う学校には制服着用の制度が無い。


『制服って毎日同じの着るけど、私服って毎日変えなきゃなんないから選ぶのに頭使うよね』


って初代だか2代目だかの学園長が言ったんだか言わなかったんだか興味が無いので分からないが、うちの学校はとりあえず私服だ。


しかし、ナイトの薄着を見ていると俺が厚着な気がしてならない。でも長袖を捲るのが俺のスタイルなんだよな。


……待てよ俺。胸を真っ先に見るってヤバくないか? アウトか? アウトだよな?


ああそうだ。この暑さのせいにしよう。この暑さと青く透き通る空のせいにしよう。だからちょっと可笑しくなってんだな、俺。


そう思いながらナイトの顔を見ると、イサメと同様ナイトも涼しそうな顔をしていた。


「……なぁ、ナイトって暑いの嫌いって言ってなかった?」


「そうですね。凄い苦手です。寒いのも嫌いです」


「あの、涼しそうな顔してるよね」


俺が言うと、ナイトはキョトンと首を傾げ、何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「あー! 確かに今日も暑いですよね! ダリア様と一緒だったので全然気にしてませんでした」


「そ、そうか」


ナイトは俺と一緒だと暑さを忘れるのか。もしかしたら俺には冷房機能が搭載されているのかもしれない。


「……あ」


ナイトを見ていたら、ふととある疑問が頭の中に浮かんだ。


前にコロネがナイトの事を神獣の一角である天狐より格上だと言っていたが、あれって一体どういう意味なんだろうか。天狐より上位の狐の召喚獣なんて聞いた事が無いから、多分そのくらい強力だという表現だと思うが。


まあ俺が召喚できた時点でナイトが天狐以上である可能性は限りなく低いだろう───いや待て、そういえばナイトってかなりの種類の天域魔法を使えるんだっけか?


……あれ。じゃあナイトってコロネの言う通り天狐並、もしくは天狐より強力だったりするのか? 本当に格上なのか?


「ダリア様、どうかされましたか?」


「あ、いや、ごめん」


イサメに名前を呼ばれて思考を中断する。どうやら足を止めていたらしく、イサメとナイトが俺の顔を覗いていた。


まあ、答えが出る筈ないんだから考えたって無駄だよな。この際だから好奇心に任せて色々聞いてしまおう。


夏休みの前日にイサメ達を召喚してからというもの、イサメがワイバーンを瞬殺したり、ナイトが空間転移を使えたり、屋敷が2週間で建ったり───などなど、俺は今までは驚きと現状に慣れる事で手一杯だった。


もう一生分の驚きは先払いした筈だ。聞いてしまえ。


「そ、そういえばさ、ナイトって狐なんだよね? コロネが天狐より格上がうんたらかんたらって言ってたから……」


「まあ、とは言っても狐の獣人ですかね」


「狐の獣人? それって耳と尻尾が生えた状態がナイトの素って事?」


「そうですよ。あ、ダリア様、見てみたいですか? ……でも、人目に付くのでそういうのは帰ってからに……いや、ダリア様が望むなら擬態を解きますけど……」


なんか知らんがナイトが頬に手を当ててモジモジし出した。顔が赤らんでる気がする。


なんでそう変な言い方すんだよ。別に俺可笑しな事言ってないよな?


「因みナイト殿が擬態を解くと、頭からは狐の耳が生えてきますが、代わりにツインテールが消失します」


「えっ、そうなの? そのツインテールってつくりもんなの?」


予想外のイサメのカミングアウトに地味に驚いた俺。近くで見てたのに全く気付かなかったわ。


「耳の代わりですね。頭に何かないと落ち着かなくて」


ナイトはそう言って自分の頭を撫でる。ツインテールが度々生き物みたいに動いてたのは、耳の代わりだったからか。


別にそれに関しては対して興味が無かったので「へー」と淡白な相槌を打ち、本題に戻る。


「でさ、あのー……」


切り出そうとすると、急に右肩が重くなった。


「その話は長くなりそうか?」


低い声が耳に響く。見ると、コロネが肩に乗っていた。


「まあ、そうかも」


「前を見ろ。もう学校だぞ」


「……そうね」


無情にも猫さんが現実を突き付けてきた。


そう。視界から消していたが、直ぐそこに校門が迫っているのだ。通りで歩幅が狭くなる筈だ。


校門の前には体操服姿の筋肉質の教師───小山ジョウジが校門を潜る生徒と挨拶を交わしていた。


あれを目の当たりにすると、遂に学校が始まっちゃったなぁ、と萎縮する胸を抑えずにはいられない。


「じゃあ行ってくるよ。聞きたい事あったけど、帰ってからにするから」


後ろを振り返り、イサメとナイトの顔を交互に見る。と、イサメは深く頭を下げ、ナイトは軽く一礼した。


「畏まりました。行ってらっしゃいませ」


「行ってらっしゃいダリア様。ではまた後ほど」


「うん。行ってきます」


2人に別れを告げ、踵を返す。コロネは俺の影の中に入り準備万端だ。



───生徒に紛れて校門を潜った瞬間、全身になんとも言えない重力がのし掛かり冷や汗が流れた。が、まあ、敷地に入ってしまえばこっちのものだ。


これから始まるのはただ時間を消費する為の学校生活。世間体の為の成績づくり。


さあこいよ学校。俺の処世術を見せてやるよ。


因みにだが、長期の休み明けは毎回こんなほんの気持ち程度の自己暗示を掛けている。



3年専用の無駄に大きい玄関口から校内に入ると、無駄に広い玄関ホールがこんにちは。いつものように通学用の手提げ鞄から上履きを出して履き替える。


辺り一帯は無駄にデカい下駄箱が置かれている。まあ各学年約800人もいるのだから規模が段違いなのも当然だが。


生徒一人ひとりに下駄箱のスペースが与えられているが、俺はいつものように華麗に素通りする。


「……ふむ。夏期講習の時も思ったのだが、下駄箱は使わないのだな」


突然コロネの声が鼓膜に届いた。これは俺の耳の中にできる影を経由してコロネが声を送っているのだ。その為周りには聞こえない。


コロネは読唇術を使えるが、流石に人前で唇を動かす度胸はない。マスクは暑いから付けたくないし。


だからその問いに対し、俺は手帳の上に文字を並べて答える。


『俺って結構有名人だからね。ファンからのプレゼントが入ってるんだよ』


字の上手い下手は別として、年がら年中勉強してるからペンを走らせるのは得意だったりする。


手帳を傾けて少し影をつくると、


「……そういう事か。すまない。尋ねる前に俺が察すべき事だったな」


『大丈夫。気にしてない』


ファンからのプレゼントとは言わずもかな。俺の下駄箱には子供染みたイタズラがしてある。


虫の死骸が入ってたり、上履きが泥水で濡れていたり、上履きがボロボロになっていたり。下駄箱が糊付けされた時もあったし、俺のせいじゃないのになぜか先生に汚いのを指摘されて掃除させられたりした。


嫌がらせをされるのだから上履きを持ち帰るのは必然になる。



───で、廊下を進んで見えてきたのは俺のクラスである3年5組。



俺クラスの有名人にもなれば、歩いているだけで周囲の視線を集めてしまうのは当然の理。そんなジロジロ見んなって。照れるだろ。



「……うわ、能無しが来たぞ」


「……相変わらず気味悪いツラだな」


「……休めよな気持ち悪い」


「……あいつ零魔法症じゃないって本当なの?」


「……デマだろ。召喚魔法もろくに使えない愚図に決まってる」


「……そういや、夏期講習の時メイド連れてたって聞いたぜ?」


「……メイド? 誰情報だよ?」


「……つーか魔法も使えないで良く平気な顔してられるよな」



辺りから黄色い声が聞こえてくるな。なんで俺の話題でそんなに華を咲かせられるんだろうか。


さて、ここでこの学校の5大有名人を紹介しておこう。おそらく校内のみならず校外にまで名を轟かす生徒達だ。


まず、2年でありながらLv.34を叩き出した天才───雪城ナユタ。


座学成績は歴代でも5本の指に入り、魔法実技も教師陣に引けを取らない神童───佐原クマモト。


男女問わず異口同音に発する言葉は、学校一の美女───二ノ宮レイカ。


文武両道英俊豪傑にしてこの国の第三王子───西園寺・トリア・クロード。


そして、誠にアウェイな───俺。


場違いも良いところだ。


注。補足がある。武勇が全く無い日陰者なので、俺の有名度だけは学校内に留まっている。


黄色い声……いや、素直に悪口と言っておこう。を聞き流しながら教室に入室。教室に入るとクラスメイトが十数人いて、幾つかの仲良しグループに分かれていた。


で、やはりというか、クラスメイトは俺を見た途端話題が俺の話にすり変わった。



「……お、きたきた」


「……うーわ、なんか寒気してきたわ。夏なのに」


「……つーかよ、この前吸血鬼の事件が都内であったじゃん? あいつも巻き込まれれば良かったのにな」


「……あ、聞いたかよお前ら。それ16組の岡田って奴がボランティアに行ってたらしくてさ。殺されたみたいだぜ?」


「……俺それ花添えてあんの見たわ」


「……マジかよ。なんであいつじゃねーんだろうな」



聞き流そうとしたが、笑えない会話過ぎて無意識にそのグループの方を見てしまった。


「───あ。なんだよ? どうした黒江?」


「……いや」


呟き、廊下側にある自分の席に着いた。


なんでだろうな。俺普通に学校来てるだけなのに、なんでこう嫌われるんだろうか。魔法が使えないってだけだぞ。


……まあ何を言っても無意味だろうな。


鞄を机に置こうとすると、夏休み前に拭き取った筈の落書きが蘇っているのに気付いた。一番目立っているのが、赤字で書かれた俺の名前の上からばつ印が引かれている落書きだ。


「人間性の低さが滲み出ているな」


「……だよね」


小さい声をコロネに返す。


こういうのを見ると、ここの生徒が本当に頭が良いのかと疑ってしまう。教師も無能揃いじゃないだろうか。


俺の通うこの東宮魔法学園だが、前にも述べた通り、頭は良い高校だ。しかしそれは偏差値だけではない。魔法適正や身体能力、生徒一人ひとりの水準値が結構高い。


だから俺が入学できたのは奇跡に近い。


東宮魔法学院の総生徒数は約2400人。1クラスは約40人編成の各学年20学級もある。


王国には数多く高校があるが、東宮魔法学園と同等の規模を持つのは、同じ王都内にある“西園寺魔法学園”と、他の都市に2校があるぐらいだ。


俺が通ってた中学校の総生徒数は300人に満たないくらいだったから、カルチャーショックって言うのか? 衝撃が物凄かったね。


嫌な事だらけのこの高校だが、席の割り当て方は神掛っていると思う。


生徒に与えられている机は3人掛けの長机で、それを基本的には2人で使うようになっている。


その長机の配置だが、縦7列の横3列という構成だ。2人で座るなら42人だが、実質63人が席に座れる。


しかし40人しかいないクラス。そして席順は各々の自由という校風。


つまり、俺みたいな奴が長机を1人で贅沢に使っても問題は無い、という事だ。


まあ同じ席に座ってくれる人がいないだけなんだけど。


鞄から今日の予定表を出し、辺りに聞き耳を立てる。


「……ねえねえ聞いた? この時期に編入生いるんだってさ」


「……私見たよ。見慣れない生徒が職員室にいたよ。先生が鼻の下伸ばしてた」


「……流石に3年じゃないでしょ。あと半年しかないのに」


「……3年って聞いたわよ? 親の都合とかじゃない?」


と女子グループ。そして、


「……スゲかったぜ、あの編入生。レイカちゃん負けんじゃねーかな」


「……ははっ、まさか。あの二ノ宮には勝てないだろ」


「……編入生って2人だっけ?」


「……確かそうだぜ。マジヤバかったから。両方マジヤべーんだって」


と男子グループ。


話の内容からして編入生は女子2人か。確かにこの時期って可笑しいな。まあ事情があるんだろう。俺には関係の無い話だ。


「───黒江おはよう!」


突然フレンドリーな挨拶が聞こえた。ビクリと背筋を震わせ、顔を上げる。


そこには、男子生徒がいた。クラスメイトだが名前は興味がないのでうろ覚えだ。確か井上カブトムシだったか……。


「いやー急に悪い。ちょっと俺さ、数学と現代語学の課題やる忘れちまってさぁ。だから貸してくんね? あれって期日って明後日までじゃん?」


「……え? いや……」


「頼むよー! 頼む!」


井上カブトムシの魂胆は分かる。俺から課題を奪ってそのまま提出するか、文字でバレるの防ぐ為に丸写しにして俺のを捨てるか、単に捨てるか。その3択だ。


でも残念な事に今日は持ってきていない。中学の時に嫌な目をみたので、期日までは家に置いて意地でも持って来ないようにしている。もしくは担当教師に直接提出しに行っている。


「鞄を確認してくれ、ダリア様。贈り物を入れておいた」


返答に困っていると、コロネが謎な事を言ってきた。贈り物? 贈り物ってなんだろうか。


言われた通りに鞄を漁ると、見覚えのある数学と現代語学の課題である問題集が入っていた。下の方には俺の名前がふられている。


あれ? 可笑しいな。置いてきた筈なんだけど……。


「安心しろ。それはダリア様の物ではない。俺達で用意したものだ。それをそいつにやると言い」


コロネに心を読まれた。


「その問題集はここの購買部とやらで入手できるらしいな。そこで手に入れたそうだ。鼻をホジりながら十数分で解いた、とルシファーが言っていたぞ」


いつの間にそんな事を……。部外者は基本的に敷地内に入れないんだけどな。それに十数分で解ける量じゃないぞ、これ。


色々と疑問が生まれたが今は聞けないし、先にこの井上カブトムシをどうにかしたい。


そう思った矢先、


「お! 持ってんじゃん! サンキューサンキュー!」


許可も出してないのに問題集が奪われた。井上カズトシは中身をパラパラと流し読みして確認し、嵐のように去って行った。


「……持ってかれたんだけど」


井上カブトムシの背中を眺めながら小声でぼやく。


「気にするな。予想できていたからな。……ああ因みに、ルシファー曰く適当にやったらしく、8割方故意でハズしたそうだ」


じゃあもし井上カブトムシが丸写しにしたら先生に説教される可能性がある訳か。まあ賢ければ間違いに気付くな。


……あ、思い出した。カブトムシじゃないカズトシだ、今のクラスメイトの名前。てかカブトムシって虫だったな。


まあ今の奴の名前なんてどうでもいいので、俺は席に座り直し、予定表で口元を隠す。


「あの……いつ問題集買ったの?」


「夏期講習の時だな。イサメが購入したらしいぞ」


「ほう」


説明会の時イサメを廊下で待たせていたが、その時か。


ふと辺りを見やると、クラスメイトがほとんど揃っていた。正面にある黒板の上の時計が、そろそろホームルームが始まる時間だと告げている。


まあ今日は始業式。ホームルームではなく、代わりに全校集会がある。その後にホームルームをやって、昼には解散。


そういや明日は実力テストか。ヤバいな。さっさと帰ろう。



「───はーいおはよう。出欠取るよー席に着いてー」


時計が8時半を示すのと同時にガラリと前の引き戸が開き、担任の先生が入ってきた。メガネの黒縁がやけに太い男性教師だ。


気のせいか、沈んだ表情をしている。


「えー、ひーふーみーよー……」


出席簿を片手に、生徒達の顔を見回す先生。


余談。この高校のクラス替えは2年に進級する時の1度だけ。俺達は3年に進級する時にもクラス替えがあった。


現在の退学者は約30名。留年が数名。クラス替えは生徒数と成績を均一にする為に行われるから、その影響だ。


もしクラス替えで思いやりのある人と同じクラスになれたら、もうちょっと学校生活を過ごしやすかったかもしれないな。


「えー……欠席は無しだな」


先生が出席簿を閉じ、それと同時に生徒の1人が声を上げた。


「五十嵐先生、3年に編入生がいるって本当ですか?」


「情報早いな。いるよ。女子生徒2人」


「へー。何組です?」


「てか先生、まだ鈴木と松本の2人が来てませんよ? 休みじゃないんですか?」


「……全校集会の前に、その2人について話がある」


教室に入ってきた時から浮かない顔をしていたが、先生の顔が更に重味を増した。


言いづらいのか、先生が口を開くまでに10秒ほど間が空き、


「……鈴木と松本だが、残念な事に諸事情で退学になった」


その突然の知らせにクラスメイト達は一瞬硬直し、「た、退学……?」とざわつき始めた。


「……成績が足りなかったとかですか?」


「それは当人達に聞いてくれ。先生の口からは話せない」


まあそうだろうな。退学になるんだから相応の理由があるんだろうが、許可無く話せば人権侵害になる。


「いいか? 皆もこの時期だからって浮かれてると、直ぐに退学になる。中にはこれから就職する者も、進路が決まった者もいる。けど───」


先生が語り出したが、要約すれば『退学したら俺の評価に繋がる』って事だ。話の内容は全く違ったんだが、俺が捻くれているせいかそう聞こえた。


先生は話を終えると手をポンと叩き、


「じゃあ廊下に並んで───」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ