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最弱の代行者  作者: ひとみ
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それぞれの思惑

「───ほう、依頼の破棄とな?」


ラグサスは無表情のまま首を傾げた。


『一隻眼を始末しました』


そんな良い知らせを受けたのは、ラグサスが執務に一段落をつけた時だった。


座りっぱなしで固くなった身体を伸ばして応接室に向かうと、確かに『一隻眼』の亡骸はあった。が、その亡骸と一緒にそんな言葉が渡された。


「はい」


テーブルを挟んで向かいに座る無造作な紫の髪を持つ細身の女性───柩が、肩を縮めて少し目を伏せながら頷く。


「大変申し訳ないのですが、こちらの予定が変わってしまい依頼の続行がフカノウになってしまいまして……」


「それは残念だ。“心の帰り道≪コル・レウェルティ≫”の実験に貴女達の力添えがあった方が、より良い結果になったろうに」


「ワタクシ共よりも適任のカタがいますよ」


「ふっ。貴女達以上に適任の人材など中々いない。だがそれなら致し方ないな。元より正式な契約を結んでいた訳ではないし、そちらに外せない都合があるなら依頼の継続は諦めよう」


「恐縮です。では、機会があればまた」


立ち上がって一礼をする柩。そのまま踵を返し、応接室から姿を消した。


それと入れ替わるようにして、応接室に1人の老人が入ってきた。白い髭を生やし、背が綺麗に伸びている。


「───ほっほっほっ。依頼の破棄とは驚きですな」


髭を擦りながら老人は微笑んだ。ラグサスは老人に顔を向ける事なく、1枚の書類に目を落とす。


数日後に各国の首脳達が集まる会議が行われる。それに先駆け、開催地や主要議題、大まかな予定が各国に送られる。これはその書類だ。


「おい、どう思う?」


「会議の話ですかな?」


「違う。奴らの話だ。奴らには今回の計画の詳細を伝えていた」


イクリプスへの依頼は、“心の帰り道≪コル・レウェルティ≫”の効果が及ぶ範囲とその効力の実験、及び要人の警護。そして───


「内乱への参加」


ラグサスは書類を眺めながら続ける。


「王と第二王子。この2人が抑止力となり俺の出す政策は停滞の一途を辿っている。非常に嘆かわしい事だ。障害は取り除かねばならん」


「心中お察しします」


「だが俺が自ら手を下す訳にもいかない。不慮の何かで消えてもらわねばならん。奴らには内乱に乗じての暗殺も依頼していた。だが、蓋を開ければ依頼の破棄ときた」


「信頼を第一に掲げるイクリプスからは考えられらぬ行動ですな。我々の監視から離れれば情報の漏洩という懸念も出てきます」


「そうだな。まあ、部外者を雇うのだから情報が漏れるのは覚悟の上だ。俺が懸念しているのは別の事だ」


「と言いますと?」


「あの“イクリプス”が依頼を破棄する程の用とはなんだと考える?」


顔を老人に向ける事なく、近くの茶菓子を摘まむラグサス。


“陽を喰らうもの(イクリプス)”。


団員1人1人が一騎当千の実力を持ち、強力な武器や装甲車、“叡知の結晶≪アルス・マグナ≫”を複数所持するというこの集団は、少数ながらも小国程度なら3日の内に転覆できると言わしめる程だ。


そのイクリプスの団長である“(いぬい)”という男の前では、一軍をも退かざるをえないという。


加えて、巧みな交渉術や知恵や判断力なども持ち、一言で表すなら、“化け物”。イクリプスはその集まりだ。都市伝説として通じているのも頷ける。


では、そんなイクリプスを持ってしても、第一王子であるラグサスの依頼を蹴る程の用とはなんなのか。


「これは仮定ですが、彼女は依頼の続行は不可能、と言っておりました。言い変えれば、この計画を完遂する事はできない、と言う事ではないですかな?」


「まあ計画が無事に終わらねば依頼も達成できんからな。辻褄は合う。ではその完遂できない障害とはなんだ?」


「例の……赤い月に関係があるのではないですかな?」


「ああ、吸血鬼の仕業と処理されたアレか」


「王国全土で観測された月です。あれ程の異変を起こす者がもし王都にいるとするなら、イクリプスでも割りに合わないと判断するやもしれませんな」


「イクリプスですら相手取りたくない何かがいる。仮にそうしよう。で、そんな少数か多数か分からない脅威が存在したとして、貴様は勝てるのか?」


そこでやっとラグサスは顔を上げ、老人を鋭い双眸で見据える。


「なあ───コウジよ?」


「ほっほっほっ。それは愚問ですぞ」


ラグサスの瞳に映った老紳士は、口角を吊り上げながら血のように赤い瞳を妖しく光らせた。



 ☆



「───とまあ、ラグサスサンとあのおじいサンはそんな話をしているコロでしょうかねぇ」


帰りの馬車に揺られ、窓から外を眺める柩。紫の長髪に手ぐしを入れる彼女の目蓋は、眠そうに閉じかかっている。


柩の前にはバンダナを目深に被った男性───獄がケラケラと笑っていた。


「おじいさんって、依頼を受ける時にいたあの老人の事っすか?」


「そうです。あーあ、キンチョーしましたぁ。ラグサスサン絶対タダモノじゃないですよ。あの目は赤ん坊コロせますよ。サスガは第一王子」


「てか柩さん、仮定の話にしちゃあマトを射過ぎじゃないすかね? 赤い月がなんなのかは知りゃしませんが、確かにとんでもない奴が王都にいますもんね。例の得体のしれない女が」


「まあ本能的に答えをミチビいちゃうもんなんですよ、ああいうレンチューは。獄クンもラグサスサンを見たなら分かるんじゃないデスカ? アナタも依頼を受ける時は居合わせたんですし。いかにも佇まいが一般人の出すソレでも、王族のボンボンが出すソレでもなかったじゃないですか」


「確かに」と獄は納得して天井を仰ぐ。


「そういやあの時、第一王子の脇に居た爺さんも妙な圧がありましたもんねぇ」


正直その話はどうでも良かったので話題を変えた。


「しっかし、依頼破棄なんてよく団長が許可出しましたよね。あの人好戦的だから戦争大好きっしょ?」


「いやが3つでいやいやいや。獄クン、アナタも大概ですよ?」


「俺そこまでじゃあないっすよ。人殺し反対! 人殺しサイテー! 戦争なんて無くなっちゃえ!」


「うーわ棒読み。ですがまあ、元々今回の依頼はワタシ達に全部任せるって言ってましたしね」


「そういや、例の得体のしれない女について連絡したんすか?」


「しましたよ? そしたら───」


『是非とも会いたい! そう言った気がする』


柩の言葉を遮ったのは、目の前に座る獄でも馬車を引く乗り手でもなかった。


それは、馬車の天井から逆さ吊りでぶら下がった黒い鳥が───鴉が発したものだった。


柩も獄も別段驚く事はなく、鴉に顔を向けてにこやかに手を振る。


「あ、その声は乾サンですか? こんちゃです」


「団長お久っす」


鴉の声。その声は、自分達の団長───乾の声だと柩と獄は瞬時に理解した。


『はいはいご機嫌よう諸君。今、(からす)ちゃんの伝話鴉を借りて連絡してるよ。元気してる? 俺はお前達がいなくて心細いよ。死んでない?』


「死んでませんよ。ピンピンしてます」


柩はドヤ顔で逆さまの鴉に向かって、全く山になっていない力こぶを見せる。かと思うと、直ぐに顔を伏せた。


「……まあ、今は、ですが」


柩の顔に緊張が走る。


あの得体のしれない女から依頼の話はまだ聞いていない。明日その場が設けられているのだが、一体どんな依頼を持ってくるのだろうか。


───来るも来ないもあなた達にお任せしますわ。ですけれど、来なかった場合はあなた達を敵と見なしますのでそのおつもりで。


あの言葉が脳裏から離れない。あの恐怖が支配した空気を、潰れるような重圧を、身体が忘れない。


直ぐに気絶してしまったから柩ほどではないが、獄にも似たものあった。だから、


「……すんません団長。マジであの得体のしれない女に会いたいんすか?」


獄は挙手して疑問を投げた。


『だってなんかこう、そそるよねぇ。だって柩ちゃんが危険だって判断したんでしょ? 柩ちゃんと獄君と芥君が束になっても敵わなかったんでしょ? いやー、やっぱこう……クるものがあるよねぇ』


饒舌な鴉の向こう側で、乾が肩を抱いてぐねぐねと動いているのが柩と獄には目に前にいるかのように見えていた。


乾サンは危険な橋も真っ裸で平然と歩くヒトでした、と柩は溜め息を吐く一方で、だからこそ乾サンは頼もしい、と口元を緩めた。


「相変わらずですネ。それで乾サン、もうコッチに着いたんですか?」


『うん着いてる着いてる。国境ぶっちぎって飛ばして来ちゃったよ。明日が楽しみで今から寝れないよ』


くふふ、と逆さ吊りの鴉が笑う。


『いやー、明日は何が出るんだろうね。天使か、それとも悪魔か』


「悪魔で済めば気がラクなんですけどね」


柩は苦笑し、再び窓の外に目をやる。


「ワタシも今日は寝れないカモですねぇ……」



 ☆



堕天使がテーブルを勢い良く叩き、叫んだ。


「いいかテメェら! 俺達はダリア様の信頼を勝ち取ったと言っていい! 長かったなこの1ヶ月! 俺は今メッチャ興奮しておりまっす!」


毎度ながら喧しいですね、この堕天使は。そう思うのはわたくしだけではない筈。


右を見ればシロ殿が目を擦っていて、その頭の上にはコロネ殿が大きく欠伸を鳴らしながら耳の裏を掻いている。左を見れば眉間にシワを寄せたナイト殿が貧乏揺すりに勤しんでいる。


この場にリュウ殿がいないのは、単に体調が戻っていないからだ。今はぐっすり寝ているだろう。


「でも気を抜くんじゃねーぞテメェら」


ルシファー殿は腕を組み、全員の顔を見回す。


「ダリア様に醜態を晒さないよう努力しろ。大丈夫だ。お前らならきっとできる。出来なかったらドロップキックしてやるからな」


「……てかさぁ、ねぇルシファー? 私言ったわよね? 夜に起こすなって。今何時だと思ってんの?」


ナイト殿の貧乏揺すりが速度を増した。


「今3時よ? 夜中の。召集するなら寝る前にしなさいよ」


「まだ2時56分だ。時計も読めないのかお前は? ───ごふっ!」


屁理屈を捏ねるルシファー殿にナイト殿のボディブローが炸裂した。


「……いや、マジすんません。調子乗ってました本当に。いやでも嬉しくて仕方がなくて……その……」


ナイト殿の威圧に潰され、ルシファー殿は瞬く間に小さくなった。6枚の翼を畳み正座をして謝罪をするその姿は、滑稽としか言いようがない。


「まあ、気持ちは分かるわよ。分かるけど……時と場合を考えようか? ん? 明日は……って言っても、日付的には今日ね。今日がなんの日か分かってるでしょ? 寝坊する訳にはいかないのよ」


「はい。その通りです」


「よし。じゃあ私達をここに呼んだ理由を早く言って」


「はい。でもよくよく考えたら、この話はシロだけで十分でした」


チラチラとナイト殿の様子を伺うルシファー殿を尻目に、ナイト殿の顔はシロ殿の方へ。


「ねぇシロ、ルシファーがあなたと今宵を共にしたいって」


「いや言ってねーよ。何それ」


「えっ……気持ち悪いですわね。私もう寝たいんですけれど。明日にしません?」


「分かった。明日話すわ」


という訳らしいので、早くも解散となった。


蹉跎歳月(さたさいげつ)とは、こういう時の為の言葉だろう。

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