表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の代行者  作者: ひとみ
18/24

言いたい事があるんだ

………。


……暗い。とても暗い場所だ。


水の中を、黒い水の中を、深海を、ただただ下に落ちているような感じだ。


いつまで沈むんだろうか。どれくらい沈んでるんだろうか。辺りは黒に染まっているのに、自分の身体には色が映えている。


見れば、吸血鬼に落とされて無くした筈の左腕が俺の左肩から伸びていて、腹に空けられた傷口も塞がっていた。死んだからだろうか?


てか、俺はこれからどこに行くんだ? どこに向かっているんだ?


答えの無い疑問を頭に並べながら、俺はまだまだ沈む。


もしかしたら俺は、こうなる事を望んでいたのかもしれない。さっさと現実から消えて楽になりたい、と。


吸血鬼という死を直面して生きたいと思う自分がいれば、死を体感して喜んでいる自分もいるのだ。


死ねば、俺はもう理不尽に捕らわれない……。


そんな気持ちが心の内に根付いていたから、俺は何も変わらなかったのかもしれないに。後悔先に立たず、だが。



しばらくして、沈んでる感覚が無くなっているような気がした。背中が地面と接しているような、そんな感覚だ。微かに重力を感じる。


やっと深海の旅を終えたのか。


俺は身を返して起き上がる。手にも足に力が入らなかったが、なぜか立てた。幽体だからかな。力は入らないが身体がやけに軽い。


で、辺りを見回して見ても先程と何も変わらず真っ暗。何も無い。


取り合えず歩いてみるか。



───歩いてみて思ったが、なんだか時間の感覚が鈍い気がする。果てしない時間を歩いた気もするし、まだ数歩しか歩いていない気もする。不思議な感覚だ。


不思議といえば、周りの景色が一変していた。いつの間にか。


いつの間にか俺は暗闇の中から脱出していて、なぜか建物内の廊下を彷彿とさせる場所を歩いていた。


長い廊下だ。右を見れば上へと伸びる階段があるし、後ろを見れば体育館へと続く渡り廊下があ───


「体育館……!?」


思わず声に出てしまった。


俺はこの場所を知っている。知っている、と言うかとても懐かしい馴染み深い場所だ。そう感じると同時に、無意識に冷や汗が出てしまう。そんな場所だ。



俺が通っていた小学校。



幼いながらに自分の無力さを、自分の価値を、自分の生きる意味を、自分を……見失った場所。


そういえば、死ぬ間際にこれまでの人生の記憶が走馬灯のように目の前に流れると聞くが、俺は流れなかったな。


俺のトラウマが甦るふざけた場所が走馬灯の代わりってか? 笑えないぞ。天国でも地獄でも、連れてくなら早く連れて行ってし欲しい。


『───おーいダリア!』


急に誰かに名前を呼ばれ、俺の背筋がビクッと跳ねた。声の方を見ると、メガネを掛けた少年が俺の方に向かって走って来ていた。


『次体育だぜ!? 早く行こーぜ!』


元気に体育館シューズの袋を振り回しながらメガネの少年が俺の横を駆けて行き、


『待ってよユウヤ! 走ったら先生に怒られるって!』


黒髪の少年が笑顔を振り撒きながら俺の横を通り過ぎて行った。そして流れるように、


『ダリアも走ってんじゃん!』


『なあ、今日の体育ってなんだっけ?』


『ドッジボールじゃない?』


黒髪の少年の連れと思われる少年数人も俺を抜け、体育館に走って行った。


俺は思わず振り返り、黒髪の少年の背を目で追い掛ける。黒髪の少年───あれは俺だ。7、8歳ぐらいか。なんとも楽しげな背中だ。俺にもあんな時代があったんだな。


今までは、ただ自然の流れに身を任せながら苦痛の毎日を送っていたが、小さい頃は毎日が楽しかった……ような気がする。


友達と呼べる存在が、俺にも確かにいた。昔の話だが。


体育館に消える子供達の背中を見送った直後、微かに視界が揺れた。


揺れが治ると、今度は校庭の端にある遊具の設けられた場所に立っていた。子供達があちこち駆け回っているから、今は休み時間だろうな。


『何してんの? 鬼ごっこ? 僕も混ぜてよ』


気が付くと、目の前に黒髪の少年がいた。てか子供の頃の俺がいた。昔の俺って一人称“僕”だったのか。忘れてた。


子供の俺の見つめる先には、数人の少年がいた。


『えー。でもダリアおっせーんだもん』


『そうだよねー。直ぐ捕まっちゃうんだもん』


『でも人数いた方が楽しいんじゃん。遅いけど』


と、子供の俺の友達だと思われる少年達が意地悪に悪態をつく。子供の俺に顔を向けると、少し俯いて肩を震わせていた。


……そうか。この頃からだったな、他人と自分の違いに気付き始めていたのは。避けられ始めたのは。


子供というものは残酷な生き物だ。平気で自分の思った事を口にするんだから。相手が傷付くような事でも。


いつの間にか……友達と呼べる奴らとの間には線が引かれ、ただの同級生になってしまった。


俺はこの時から他との明確な違いに気が付いていた。身体能力に差が出てきていたのだ。他は年相応の成長を見せているのに、俺はまだ幼稚園児並の身体能力だった。


俺が孤立し始めたのは小学2年生ぐらいの時だから、7、8歳の時だ。


身体の成長と共に体力だったり瞬発力だったり筋力だったり、そういう運動能力が上がって行く。


だがそれは、魔法が使えればの話だ。


人は言葉を覚えるように自然と魔法を使えるようになる。小学生にも上がれば基礎である下級の魔法を使えるようになり、人は本能的に運動能力の向上に欠かせない“身体強化”の下級魔法を自分に掛ける。


しかし、魔法を使えない俺は運動能力が他の人とは釣り合わなかった。


下級魔法が使えるようになるのが大体5歳辺り。つまり、当時の俺の運動能力は4歳児止まりという事だ。


同年代にそんな奴がいたらどうなる? 軽く障害者扱いだ。腫れ物扱いだ。


……まあ、俺が完全に孤立したのはこの後なのだが。


………。いや、待て待て。何を感傷に浸っているんだ俺は。こんな気が滅入るふざけた場所になんかいないで、さっさと逃げよう。


そう思い自分の人生から目を背けるように踵を返した瞬間、周りの景色が姿を変え、俺はまた校内にいた。


その場所は踊り場。階段の下には子供の俺と、数人の少年がいた。手にリコーダーと音楽の教科書を持っているが見える。音楽室は2階にあるから、向かうところなのだろう。


『ヤバい! リコーダー家に忘れた!』


少年の1人が声を張り上げる。


『お兄ちゃんとかお姉ちゃんいるんじゃなかったっけ? 借りてきたら?』


『ああそうか! 行ってくる!』 


子供の俺に促され、少年は一足先階段を駆け上がる。そのまま俺がいる踊り場を過ぎ、2階へと消えた。


『───おっと。こらこら、階段を走っちゃあいけないよ? 危ないからねぇ』


『あ、ごめんなさい先生』


『うん。気を付けてね』


『はーい』


何やら上から話声が聞こえる。さっきの少年が運悪く先生に見付かったのだろう。


見ていると、2階から誰かが降りてきた。スーツ姿の男性───


「……っ!」


その姿を見た途端、俺の身体が硬直した。恐怖に似た寒気がする。


……こいつだ。この糞教師こそ、俺の最悪の敵。


こいつさえいなければ、もしかしたら俺の人生は変わっていたかもしれない。まあ、変わらなかったかもだろうが。


糞教師がゆっくりと階段を降りてくる。その穏やかな目は、子供の俺を見付けた瞬間、歪んだものへと変貌した。


『……おや、次は音楽かい?』


『うん。リコーダーの発表があるんです』


『そうか。頑張るんだよ』


他愛も無い会話だった。普通なら、ただの会話で終わる筈だったんだ……。


糞教師は少年達の横を通り、子供の俺の横を通り、そして、



『ぃああぁぁぁぁ──────っぐっ!!』



事件が起きた。


子供の俺が階段から落ちた、否、突き落とされたのだ。


子供の俺が両目を抑えて廊下の上をのたうち回っている。


『た、大変だ! ちょ、ちょっと君達! この子を見ていてくれたまえ! 他の先生を呼んでくる!』


わざとらしい演技で、糞教師が去って行った。周りに子供達が集まるも、どうしていいか分からないでいる。


古傷が抉られた気分だ。すっかり癒えた目の痛みが、階段から落ちる瞬間に映った糞教師のあの顔が、甦ってくる。



しばらく子供の俺の痛みに苦しむ姿を見ていると、景色がまた変わった。今度は病室だ。ベッドの上には顔を包帯で巻かれた子供の俺が横たわっている。


ベッドの脇には父ちゃんが座っていて、顔を横に動かすと、そこには兄ちゃんと母ちゃんが険しい顔付きで向かい合う形で立っていた。


『───ふざけるな! あたしは認めないよ!』


『じゃあどうすんだよ! ダリアは目が見えないままってか!?』


『成功するか分からないって先生も言ってるじゃないか! 失敗したらあんたの片目は無駄になるんだよ!?』


病室なのにも関わらず、自重しない声量でいがみ合う兄ちゃんと母ちゃん。


『やらなかったら確率は無くなるんだ! それに適正は俺しか合ってないんだろ!? 俺は片目だけだけど、ダリアは魔法だけじゃなくて光も失うんだぞ!?』


『あ、あんた……! いつから知って……』


『……俺だって馬鹿じゃねーよ。ダリアが魔法を使えないのは発育が遅いだけじゃねーんだろ?』


『だからって馬鹿な事を言うんじゃないよ! あたしは認めないよ!』


『ふざけんな! ダリアが可愛いなら俺の意思を飲めよ!』


『あんたも可愛いから言ってんだよ!』


平行線の2人。温度を高めていく2人を静めたのは、


『……喧嘩、しないでよ』


俺の一言だった。包帯に巻かれて表情が見えないが、包帯の裏には確かな悲しみが見える。


『ごめんね、ダリア君。起こしちゃったみたいだね』


そんな優しい言葉は父ちゃんのものだ。息子に“君”付けするのは父ちゃんの癖だ。母ちゃんにも名前で“ちゃん”付けするし。


『ダリア君、聞いて欲しい。君は目が見えなくなってしまったんだ』


『目が……見えない?』


『うん。でもね、お兄ちゃんが片目をくれるから安心だよ』


『あんた───っ!』


母ちゃんがグラついた。


『……僕はね、お母さん。お兄ちゃんの意思を尊重したい』


父ちゃんが確りとした双眸を構え、母ちゃんを見据える。と、母ちゃんはしばらく睨んだ後、諦めたように握り拳をほどいた。


母ちゃんも本当は同じ気持ちだったんだろう。ただ、母親としてどうしても兄ちゃんの意見を飲みたくなかった。そんな腑に落ちない空気が母ちゃんを纏っている。


『……あたしが、あんたと変われれば良かったのにね』


『片目ぐらいどうって事ねーよ』


兄ちゃんがしれっと返す。


『あ、じゃあさ、俺の欲しい物買ってくんね?』


『……ああ。買ってやるさ。何がいい?』


『え……いや、冗談だよ。流石にこの状況で物をねだる勇気はねーわ』


兄ちゃんは昔から斜め上な会話をするな。にしても、心が痛む会話だ。あの時こんな事話してたのか。


多分俺の記憶が現れてるんだろうが、随分と鮮明だな。まあ、記憶ってのは忘れはしても消えはしないって言うしな。


無意識にまばたきをしていると、徐々に母ちゃんと父ちゃんと兄ちゃんと子供の俺の輪郭がぼやけていった。


視界がクリアになると、場所は変わらず病室内だが、病室にいる人物が包帯が取れた子供の俺と中学生が2人に変わっていた。


中学校の制服に身を包んだ兄ちゃんと、クリーム色のサイドテールが特徴的な女の子───兄ちゃんの幼馴染みのユギサちゃんである。


俺の顔の包帯が取れているから、退院間近の時の記憶みたいだ。兄ちゃんは数日で退院し、俺は3週間くらいだったかな、そのくらいで退院した。


『おうおう坊や。お姉ちゃんが遊びに来たってのに、何シケた面してんのよ』


ユギサちゃんが挑発的な口調で子供の俺の頭を撫で回している。


『え。僕そんな顔してる?』


『してるしてる。そんな陰険な顔してたら幸せがぶっ飛ぶわよ? とりあえず笑え。これお姉ちゃんからの命令な』


『えー……。急だね』


子供の俺の反応は冷たく、ユギサちゃんが口を尖らせて兄ちゃんを見た。


『おい、お前の弟、私にメッチャ反抗的なんだけど』


『嫌われてんだよ、お前』


『マジかよ。あ、前に賞味期限切れのメロンパンをあげちゃったから、きっとそのせいね』


ユギサちゃんは笑いながらサイドテールを指で弄る。兄ちゃんもユギサちゃんもテンションが高めなのは、子供の俺の様子を察しての事だろう。


『……なんか最近、クラスの皆がよそよそしいんだよね』


と早速、子供の俺は悩みの種をまいた。


『そりゃあお前、ダリアがそう思ってたらそう見えちゃうんだよ。兄ちゃんが言うんだから間違いねぇ』


『ダリア、こいつの言葉は信用しちゃダメ。私の言う事だけ信じなさい。とりあえずクラスメイト全員を1発殴れ。友情が深まるから』


『おーけーユギサもう喋るな。ややこしくなる。ダリア、そういうのは面と向かって聞きゃいいんだよ。“なんで仲間外れにするの?”ってな』


『う、うん……』


子供の俺が俯いた理由は、そんな事は聞けないからだ。


何を言われるか分からない。傷付く事を言われるかもしれない。溝が深まるかもしれない。


そもそも俺は小さい頃から気が弱かった。その上に話辛くなってきた相手にそんな踏み込んだ事を聞けと? ご冗談を……。


こればっかりは俺の性格だからなんとも言えない。


てか、いつまで続くんだよ、俺の人生の旅行は。もういいだろ。あの糞教師の顔を見てから吐き気が止まらない。


そんな俺の気持ちとは裏腹に、旅行は続くらしい。


気が付くと、俺は家の中にいた。この懐かしい雰囲気を味わうのは2年と半年ぐらいか。家具の位置が所々違うのを見て、時代を感じずにはいられない。


俺がいるのはリビング。部屋のだいたい真ん中にはテーブルがあり、L字型のソファが据えられている。


で、子供の俺がいた。ソファには座らずソファとテーブルとの間に腰を下ろしている。テーブルには教科書類が置かれているから、宿題でもやっているんだろう。


『───よーっす! 愛しのお兄様のお帰りだぜ! さあ崇めろ』


そこに、学校帰りの兄ちゃんが乱入してきた。


『あ、お帰りお兄ちゃん』


『おう。何してんだよ? 宿題?』


鞄をソファに置き、兄ちゃんがノートを覗き込む。


『なんだよ、宿題やってないのか』


『うん終わった。お絵かきしてる』


『下手な絵だねー』


兄ちゃんのダメ出しに子供の俺は眉を潜めて頬を膨らませた。


『じゃあお兄ちゃん代わりに描いてよ』


『美化しろってか? 任せろよ』


と、兄ちゃんがノートに向かって鉛筆を落とす。


そういや、兄ちゃんはなんでもそつなくこなせる人種だからな。絵も上手けりゃ料理もできてスポーツも得意。俺とは真逆だ。


『なんか……胸おっきいね』


『そこはお前、ロマンだよ。ロマンは偉大だぜ? 周りの女子は平たい奴ばっかだから、ロマンを求めたくなんのさ。……分かるか?』


『さあ……?』


『俺の弟ならいずれ分かるさ』


ガキの俺に変な持論を説くなよ。分かりっこないんだからさ。今なら共感できるが。



しばらく鉛筆を走らせていた兄ちゃんだったが、何かを思い出したように顔を上げた。時計の秒針を目で追う兄ちゃんの顔に、一筋の汗が流れる。


『やっべぇぇぇっ! 母ちゃんに買い物頼まれてたの忘れてた! くっそ、店閉まっちまうよ!』


兄ちゃんは慌てて立ち上がり、ソファを乗り越える。勢い余って足を挫いたみたいだがそんな素振りは見せず、


『……に、兄ちゃんこれからジョギングとシャレ込んでくるから留守番宜しく』


それだけ言い残し、リビングから出ていった。


子供の俺は兄ちゃんに手を振った後、ノートに顔を戻す。


『んー……いいね』


感心するようノートを眺める子供の俺を見て、俺はある違和感を感じた。


景色が変わらない気が……するのだ。


今までなら直ぐに景色が、記憶が移り変わっていた。だが、これは変わらない気がする。このまま現状で停滞しそうだ。


気のせいか、子供の俺がノートを眺めたまま時間が停止したかのように見える。


「………」


なんだろう。子供の俺に話を掛けてみたい。そんな衝動に駆られたので話掛けてみた。


「……なあ」


『………』


「これ、いつまで続くんだ? もうそろそろいいんじゃないかな? なんか疲れたんだけど」


『………』


「まあ……あんまり思い出したくない過去だったけどさ、最期に家族の顔を見れて良かったよ」


『………』


反応無し。まあ記憶の中の存在がキャッチボールをしてくれた方が驚きだが。これはただ、俺の人生を振り返ってるだけ。


「出口って、ある?」


受け取ってくれるか分からないが、俺は懲りずにボールを投げた。


『……退院してから、世界が変わったよね』


「……え?」


届かないと思っていたボールが、子供の俺に届いた。返されたボールは俺が求めていた答えではなかったが、確かにボールが返ってきた。


子供の俺は立ち上がり、俺を見据える。


『教室に帰ったけど、そこに僕の居場所は無かったよね。たった3週間いなかっただけなのに、そこはもう別のクラスに見えた』


子供の俺が遠い目をしながら語る。


『もしかしたら、僕の勘違いだったのかな? クラスの輪に入っていたのはただの錯覚で、僕は元からかやの外だったんだろうね』


その表情はとても悲しそうで、


『周りに溶け込めなくなって、でもお父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも強がって、それでもやっぱり自分が情けなくて』


「………」


『頑張ったよね。色々と。でも僕は不器用だったし、そもそも諦めるのが早かったから何をしても直ぐに妥協した』


おい待て、何を言って……。


『その内魔法が使えるようになる、と淡い期待も抱いていた。そんな考えだから、努力の成果も付いてこなかったのかな』


「……止めろ」


『1人でなんとかしようと王都まできたけど、結局何をしてもダメだったから最後は全てを諦めて逃げようと……』


「止めろ!」


俺は叫んだ。


これはキャッチボールなんかじゃない。目の前にいる子供の俺は、俺の記憶を口に出しているだけだ。


こいつが喋る事で、俺の記憶が甦る。しかも鮮明に。当時に何を思っていたのかも。


「なんなんだよあんたは! なんなんだよ!」


無駄なのは分かっている。こいつが喋った事は俺に返ってくるのだから。でも、言わずにはいられない。もう考えたくないんだ。


「いいじゃん諦めても! 俺はもう死んでるんだ! 今更何を足掻けって言うんだよ!」


そうだ。俺は死んでるんだ。こんなものを思い出しても意味がない。なんの因果でこんな記憶が甦ってるんだよ。


「もう変な記憶を思い出させないでくれよ」


『無理だよ。僕(俺)が忘れていても僕(記憶)は忘れてないんだから。僕(俺)が勝手に思い出してるんだよ』


「なんで今更……」


『さあ? ああそうそう。次はこれを思い出す番だね』


「は……?」


子供の俺がさっきのノートを手に取る。良く見たら、俺がイサメ達を召喚する時に持っていったやつと同じだ。


子供の俺はノートを広げ、俺に見せてきた。


白黒でタッチの少ないさっぱりとしたその絵は、兄ちゃんが描き直したものだろう。


「………」


その絵を見て、思わず俺は唾を呑んだ。


6枚の翼の男性、メイド服の女性、黒猫、胸が強調されたツインテールの女性、角と尻尾の生えた少女、輪郭線だけが描かれた人型───俺が召喚した者達の姿が、そこにはあったのだ。


なんだ……頭に刺激が走る。掛かった枷が外れそうだ。


『懐かしいでしょ? 僕は絵なんて全然描かないけど、描いたんだ。なんでだと思う?』


「………」


なんでだ。どうして描いた。


『彼らに、お願いされたんだよ。僕が目を手術して何も見えなかった時に、微睡みの中で彼らと出会ったんだ』


「………」


そう言われた瞬間、記憶の枷が外れた。



確かに出会った。黒に染まった視界の中で。あれは丸くなったり四角になったり、形を持たない奇妙な物体達だった。


その物体達に頼まれたんだ。『存在をくれないか?』と。


『我々は長い間、ずっと在るだけだった。無の中を漂うだけだった。だから存在したい』


無機質な声だったが、確かな悲しみが見えた。


『人の形でも動物の形でも良いから頭の中に想い描けばその形を成す事ができ、その方が呼べばその方の魔力を糧に顕現できる』


と説明され、俺は素直に了承した。その悲しみに共感したから、迷いなく頷けたんだと思う。


でも正直、当時の俺はこのやり取りを夢だと思っていた。目が見えなかったし、薬が効いていて意識が定まらなくて現実と夢の区別が付かない状態だったから。


無事に退院した後、俺はあの夢の事をふと思い出し、試したくなった。


そこで俺は絵を描く事にした。絵を描けばイメージしやすくなると思ったからだ。下手くそだったが。そこに兄ちゃんが乱入し、絵を描き直してくれた。


俺はその絵に愛着が湧き、楽しくなって直感で名前を付けた。色も塗った。そうしている内に、イメージが確立したものになっていった。


しかし、彼らは何度名前を呼んでも出て来なかった。至極当然の事だ。名前を呼んだくらいで召喚できれば苦労はしない。


あの奇妙な物体は夢の中の住人だったんだ。そう結論付け、俺は日に日に忘れていった。夢なんてそんなものだ。



「で、あの日、俺が即興で想像したものじゃなくて、イサメ達が召喚されたのか。記憶が覚えていたから」


前にイサメが“我々は皆、遠い昔にダリア様の想いによってつくられました”と言っていたが、そういう意味か。


多分、あの時の奇妙な物体達は皆の魂みたいなものだ。それで召喚した時に俺の想い描いた身体が顕現し、皆の魂が宿ったんだろう。心があるからあんなに生き生きとしているんだ。


「……なるほど」


『なるほど、じゃないよ』


納得すると、子供の俺に否定された。


『まだ僕は、皆の事を良く知らないんだよ。皆を想い描きはしたけど、皆の心までは知らない』


「確かに知ろうとはした。でも俺は……」


『もう死んでる、でしょ? でも、世の中って結構理不尽だよね。中々自分の思い通りにはいかない』


「……なんか、含みのある言い方だな」


『耳から入った音もさ、僕(記憶)は忘れないんだよ。僕(俺)は忘れてしまうけど。今も……聞こえるんだよ』


「君さ、俺なのに随分周りくどいんだな。何が言いたい?」


聞くと、子供の俺が微笑んだ。


「んー……残念。もう夢から覚める時間みたいだよ?」


「え?」


なんだか、さっきまで鈍かった身体が軽くなってる気がする。……いや、軽くなったというか、自然に動く感じだ。身体に重みがあり、頭が冴え渡っていく。


気のせいか右手に温もりを感じる。俺が目が見えなくて泣きそうな時、ずっと手を握ってくれていた母ちゃんを思い出す。


右手を軽く握り締めて顔を上げる。と、辺りが白い光の世界に変わっていた。


『皆の事を知る前にさ、皆に言わなきゃいけない事があるよね?』


と、子供の俺が問い質してきた。その身体は半透明で、身体から溢れ出た光の粒が吸い込まれるように上に登っていっている。


『僕が皆を召喚した理由を、皆は知りたいんだよ』


「ああ、前に聞かれたな。流しちゃったけど」


『だからちゃんと言わなきゃダメだよ』


「いや……でもさ、まだその理由が思い出せないんだ」


『僕はもう思い出してるよ。ただ……一歩踏み込めないだけだ……よね』


子供の俺の声が掠れて聞こえづらくなっていく。身体はもうガラスのように透明で、下半身はもう無くなっていた。


『大丈……夫。皆ならなっ……てくれるよ……。───に……』


再び、子供の俺が微笑んだ。


「え……? ちょっと待ってちょっと待って! 今なんて言った? 大事な部分だろそこ! えっ!?」


消え行く子供の俺に手を伸ばそうとした瞬間、目の前が光に包まれた───



───気が付くと、暗闇だった。


まあそれは嘘で、物凄く目蓋が重くて目が開かなかったから真っ暗だった。


目蓋に力を入れてゆっくりと目を開ける。と、大空が視界を埋め尽くした。雲1つない朝焼けが残る空だ。無数の星が見える。屋敷の中でこんな部屋を見た覚えがある。


……うん、あれだ。生きてたんだな、俺。


「あれ……」


誰かに右手を握られている……気がする。顔を少し動かして見ると、やはり誰かに握られていた。温かい手だ。


温かい手を辿った先には、ナイトがいた。目には涙が溜まり、いつも表情を豊かに変えるその顔は今はぐしゃぐしゃに崩れ、肩を震わせている。


俺の事を心配してくれていたのだろうか。


「……あ、おはようナイト」


俺は掛ける言葉が見付からず、とりあえず挨拶。そして、


「ダリア様ぁ……!」


眼前に巨乳が広がった。否、迫ってきた。


編集メールで編集画像を追加削除


ここにページを追加ここに章を追加


238ページ


「おぶっ……!」


再び俺の目の前が真っ暗になる。ナイトに抱き付かれたらしい。胸が顔に当たっているが、息が詰まって喜べる状況じゃない。死ぬ。


「お帰りなさいダリア様……! 無事で良かった……本当に……」


ナイトの抱擁が強くなる。


「……ごめんなさいダリア様。私、何もできなかった。ダリア様を守るって言って、何もできなかった。私がもっと気を回せていれば、ダリア様をあんな目に遭わせる事もなかった。リュウも自分を責めたりしなかった……」


ナイトが何か言っているが、ごめん全然頭に入ってこない。苦しくて。


「ダリア様、私……いる意味無いですよね……」


ナイトの腕の力が弱まり、俺は息苦しさから解放された。俺から遠ざかるナイトの表情は、儚げなものだった。


ナイトはベッドの脇に座り、俺から顔を背けてそのまま伏せた。


「……ダリア様、お帰りなさいませ。ご無事で……」


入れ替わるようにイサメがベッドの脇に立った。ナイトと同様、表情や雰囲気から光が消えている。


イサメは俺に目を合わせないままひざまづく。


「……今回の失態は決して許されるものではありません。いかなる処罰をも受けます。首を切れと言うなら喜んで命を差し出します」


「しかし……!」とイサメは声を張り上げ、続ける。


「虫が良いのは百も承知です。ですが、どうかもう少しだけお側に置かせて下さい。わたくしはまだ───わたくし達はまだ、ダリア様の笑顔を……見れてないのです……」


イサメの叫びが、心に響いてくる。


イサメ達は俺を吸血鬼から守れなかった事を悔いているのだろう。ただ、その落ち込み具合は流石にどうかと思う。


彼女達の心情は分かる。ただ在るだけで無に等しかった皆を召喚した俺は、恩人みたいな存在なのだろうから。俺に対する礼儀も、その過度の反応もその為だろう。


心配してくれるのは素直に嬉しい。


でも、その悲しい顔を見たくはないんだ。


さっきまで諦めきってた俺が言えた台詞じゃないが。



「……なあ、2人共」


俺は静かに起き上がり、ベッドから降りる。結構寝ていたのだろうか、身体に力が入らない。


2人に慰めの言葉を掛けようとしたが、俺の口から出たのは全く違う言葉だった。


「この人達……誰?」


近くにいたのに全く気が付かなかった。ベッドの頭側に、まるで天使のような風貌を持つ者が3人立っていたのだ。一瞬ここが天国かと錯覚してしまった。


「自分達ハルシファー様ニ召喚サレタ天使デス。自己紹介ヲ挟ミタイトコロデスガ、自分達ノ事ハオ気ニナサラズ」


「うむ。ワシらの事は気にせんでいい。自己紹介なぞ後で幾らでもできるからのぅ」


「その通りだよ。君は今すべき事をすればいい」


3人の天使が順に答える。


この天使達はルシファーが呼んだのか。凄いな。天使を召喚するなんてとんでもない事だが、確かに今は優先すべき事があるから驚いている暇はない。


そう。いつもならキョドっていただろう。だが、不思議と今は天使達の存在を受け入れられた。


「……腕と腹、治しくれたんだよね?」


天使達がいる理由はそういう事なんだろう。天使というだけあって治癒魔法が得意らしいし。


「当然ノ事ヲシタマデデス」


「ふふん。チョチョイのチョイじゃよ」


「僕達は僕達のやれる事をやったまでさ。気にしないでくれ」


天使達が各々の言葉を口にする。イサメ達とは随分反応が違うな。普通の反応なんだけど、なんか新鮮だ。


「そっか。でも、ありがとう」


お礼を言い、イサメとナイトの肩を叩く。


「……ほら、俺元気だから。そんな顔じゃなくてさ、笑って欲しいんだけど」


「私に見せる顔なんか……」


とナイトが渋る。熱い抱擁をした時の勢いはどこに行ったんだ。


「あのー。なんだ……君達は俺を助けてくれたんじゃん?」


「私は別に、何も……」


「ナイト殿、それを言うならわたくしの方が何もしておりません。ナイト殿がいなければ、ダリア様に負荷を与えず一瞬でお連れするのは不可能でした」


「えー……あのさ、まあ聞いて。俺は君達に用があって呼んだ。でもそれは、力の誇示とか、自分の凄さとか、そういう為に呼んだじゃないんだ」


思った以上に言葉を出る事に驚きながら、息継ぎの為に一拍。


「……なんだろうな。今ナイトが“私はいる意味が無い”って言ったけど、違うんだよ。君達がいる事に意味があるんだよ。いて欲しいから呼んだんだ」


依然としてイサメもナイトも何も反応を起こさない。でもこれ以上は皆に向けて言いたい。


「ところでさ、他の皆は?」


「……他の方々はリュウ殿の部屋に」とイサメ。


「リュウの部屋?」


何かあったのだろうか? 他の皆がこの場にいないのはずっと気になっていた。ルシファーもリュウもコロネもシロも、俺がこんな状態なら側にいそうなのに。


考え過ぎかもれないが、やっぱり何かあったしか考えられない。例えば、イサメとナイトみたいに自分を追い込んでしまったとか。それも尋常じゃないほどの、心が壊れるほどの追い込み具合。


「そっか。分かった行こう。皆に言いたい事があるし。ほら、イサメ、ナイト」


イサメとナイトの背中を軽く叩いて促す。2人が立ち上がるのを確認してから、


「えっと、天使の人達も来てくれないかな? 君達とは初対面だから何も知らないけど、だからこそ聞いて欲しい事があるんだ」


あれ、俺ってこんなにものを言えたか? そんな疑問を抱えつつ、天使達の返事を待つ。


返事は直ぐに来た。天使達は静かに頷き、イサメとナイトの脇に並んで立ったのが天使達の返事だ。


俺は踵を返し、リュウの部屋に向かった。



───リュウの部屋に入ると、ルシファーもコロネもシロも……それとリュウがいて、まずルシファーがひざまづいた。


「……ダリア様、お帰りなさいませ。此度の全責任は───」


「ルシファー、君に責任は無いよ」


俺はルシファーの台詞に声を重ねて制止し、コロネとシロが膝を折って頭を垂れようとしたので、


「あの、コロネもシロも頭を下げないで。君達は俺を助けてくれた。責任も何も無いから」


これも止めた。


普段なら返って来ない俺の言葉に驚いたのか、三者三様に顔を俺に向ける。しかしどの顔も、驚きより別の表情の方が強く浮き出ていた。顔の無いシロですら表情が見える。


その原因が……部屋の隅に踞るリュウだろう。


不謹慎だが、あのリュウが生きているのか疑ってしまった。本人なのかと疑ってしまった。


「リュウで……いいんだよな?」


「はい」


ルシファーが頷く。


「やっぱり、俺が吸血鬼に襲われたのが原因なんだろ?」


「……はい。リュウは、自分が一番ダリア様の近くにいたのに、ダリア様を危険に晒した事を悔いています。リュウは我々の声に応じず、食事も口に運ぼうとしません。最初は自ら命を絶とうと暴れたので行動に制限を掛けましたが、次は自ら魔力を棄てるという方法を……」


魔力を自分で棄ててるのか。魔力は生命力に繋がるから、魔力が無い状態で魔力を絞り出そうと身体が悲鳴を上げる。死にも直結する。


「我々の方でリュウの魔力は維持していますので問題ありませんが……正直打つ手が無く、ダリア様の帰りをお待ちしていた状態でして」


「そっか」


つまり俺じゃないと説得できないって事か。説得できるのか不安だが、やるしかないな。


「……や……だ。こな、いで……」


近付こうとすると、リュウからそんな声が飛んできた。辛うじて聞き取れる、死にかけた声だ。足を止める気はないけど。


「こ、ない……でよ……やだよ……」


そんな事を気にせずにリュウの前に腰を下ろす。近くには、リュウの食事が手も付けられずに置かれてある。


「おはようリュウ。ご飯食べてないの? ちゃんと食べないとさ」


「……や……」


「や、じゃなくてさ。食べないと。ほら、顔上げて?」


「……ぼク、ダ、りあ……を、まもれ……な、かった」


「そんな事ないよ。俺はここにいるんだから」


「まも……れ、てない。ダ、りア……けが、させた……」


「あのー、取り合えず目を見て話そう」


「……や……」


「や、じゃなくて」


顔を上げてくれないなら無理矢理上げるしかないよな。


俺は側頭部に生える角のしたに手を添え、ゆっくりと上げてみる。と、羽のように軽く持ち上がった。


「……やだ……」


リュウの抵抗は口だけだった。虹色に染まっていま瞳は灰色に濁り、子供みたいにふっくらとしていた肌は痩せこけ、目のしたにはクマと涙の後が生々しく残っていた。


「……お、おはようリュウ」


一瞬言葉が喉に引っ掛かったが、なんとか挨拶。


「なん、で……? どう、して……かまう、の……?」


「まあ、リュウの元気が無いからかな」


「なん……で。ぼく……いるり、ゆう……ない……のに……」


「あのさ、リュウ」


どこを見ているか分からない瞳に目を合わせ、俺は言う。


「あの、俺は君にいて欲しいんだ。理由がどうこうじゃなくて。えっと、君は起きてる時は俺から離れようとしないし、隙あらば抱き付いてくるし、風呂の誘いを受けた時は焦ったよ。それに君は……まあ褒められはしないけど、こんなになるまで俺を思ってくれていた」


なんか言ってて恥ずかしくなってきた。


「……あのー、なんだ。俺が聞きたいのは、リュウは俺の側から離れたいのか? って事。俺は、君にいて欲しい」


「ボく……りゆう、が……」


「じゃあ、離れたいの?」


そう聞くと、やや間があってから、


「……や……」


ほんの僅かに。ほんの僅かにだが、リュウの首が左右に動いた気がした。


「い、たい……いたいよ……だリアぁ……」


「……うん」


「ぼく、いて、いいの……?」


「いていいんだよ」


「ダリあ……ぼク……ボク……っ!」


リュウの瞳には小さな光が灯り、頬を1滴の涙が伝った。細く痩せた腕が俺に向かって伸びる。


立ち上がりたい。そんな意志が見えた。


リュウの背中に手を回して一緒に立ち上がる。まだ身体の感覚が鈍い俺でも支えられるくらいに軽い。


「ダリア様、わたくしが代わりに……」


「いや、大丈夫。このままで」


イサメが心配してくれたが、このぐらいどうって事はない。


「ナイト、さっき君も言ったよね。『私にいる意味なんかない』って。でも、俺を思ってくれているな、そんな事言わないでくれ……。

 ……イサメもさ、悪い事なんて何もしてないんだから、自分責めるのも膝をつくのも止めてくれ」


俺は2人に言葉を送り、顔をずらす。


「……ルシファーもコロネもシロもだ。悪い事をしていないのに頭を下げられると、なんか俺が責めてる気がしてさ。君達が遠くにいるように感じるんだ」


一拍。


「でも、俺は皆に近付きたい。……俺は君達の事なんてあまり知らないから。君達を呼ぶのに10年も掛かってしまったし、皆には迷惑ばかり掛けている。それに皆を呼んだ理由を思い出すのに、1ヶ月も掛かった」


俺は首を横に振った。


「……いや、言いたい事はそんなんじゃないな。皆、聞いてくれ。言いたい事があるんだ」


一呼吸。



「皆、こんな俺だけど、俺の───」



俺の言葉に、皆は一瞬戸惑った顔をしたが、直ぐに笑顔をくれた。


その笑顔はとても温かく、優しく……なんだろう、久しぶりに幸せというものを感じた。



 ☆



「───あ、もしもし兄ちゃん?」


『誰だお前。あ、さては詐欺だな? 名を名乗れ』


「いや、宅電じゃないのに詐欺はないんじゃ……。その携帯用の電話でも詐欺ってあんの?」


『さあ? 俺はあった事ないから知らんけど。で、どうしたダリア?』


「あ、うん、兄ちゃんに報告があってさ」


『報告? なんだよ? 遂に女声でも習得できたか?』


「“遂に”ってなんだよ。練習した覚えもないんだけど」


『分かった分かった。で、報告ってなんだよ?』


「ああうん。実は俺……できたんだよね」


『は、できた? 何が?』


兄ちゃんにそう言われ、ふと背後に目をやる。と、リュウはその小さな口を動かし、ナイトから食べ物を受け取っていた。


リュウは小食なのにも関わらず、結構がっつりと食べている。


「……ふぐっ」


「まだ食べるの? 食べ過ぎは身体に良くないわよ?」


「がんばる……!」


あの様子を見るに、リュウは無理をしているらしい。


「食べ過ぎも身体には良くありませんよ」


「そうだな。それより早く休むのが先決だろう」


「ですわね。休んで魔力を回復させた方が良いですわ」


見かねたイサメとコロネとシロが言葉を掛けたが、


「ふざけんな。心配させたんだからもっと食えチビ助」


と、ルシファーが笑いながら魚の切れ身をリュウの頬に押し付けた。


「む……ルシファー、チビって言うな。ボク、チビじゃない」



いつもなら線が引かれててこの場にいるのすら気まずかった。でも今は、線が薄れてこの光景が賑やかに見える。


そんな光景を眺めつつ、兄ちゃんに一言。



「友達」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ